梅雨時、コインランドリー。
それは梅雨の頃のこと。六畳間のベランダの窓越しに、俺は雨を眺めていた。曇天を通り越して濃い墨のような空から雨粒が降ってくる。ベランダの窓に当たっては弾け当たっては弾け、そのたびに音を立てる。テレビもないその部屋で、その雨粒が窓に作る軌跡を眺めていた。
頭の中にあるのは、洗濯物の事だった。晴れの日に洗えばいいや次の週末でいいやと日々の忙しさにかまけて放置しているうちに、いよいよ着るものがなくなってしまう。
そして今日も雨だ。梅雨は自身が梅雨であることをはっきりと主張してくる。たまには謙虚になって遠慮してもいいんだぜとテレパシーをとばしても雲海には届かない。我関セズと雨は降る。
俺はそんな梅雨が好きだった。生まれたのが二月だからかもしれない。乾燥しきった季節に生まれた俺は、本能的に湿り気を求めているのだ。
でも今はそんな連想をしている場合ではない。服がないのだ。今だってパンツだけで雨を眺めている。なんならこのパンツも一日半履いている。いいかげん洗いたい。
部屋干しで仕方ないが、と妥協して窓を開けてベランダに設置してある洗濯機のボタンを押す。うんともすんとも言わない。ガッデム! こんなときに限って壊れてやがる! 舌打ちをして部屋に戻る。
仕方なく、財布の中から千円札を取り出した。アパート一階のコインランドリーへ行くことにする。服を小脇に抱えたが、やはりパンツも洗うかと思い直しパンツを脱いでジャージの上下を身につける。あまり気持ちのいいものではないが背に腹は変えられない。服を抱えて一冊の文庫本を持って、取られるものもないんだからと鍵をかけずに部屋を出た。
一階のコインランドリーは三つあるうちのどれもが空いていて、その一つに服を投げ込んだ。千円札を入れてお釣りを取り椅子に座る。しおりのない文庫本のどこまで読んだっけなと思い出しながらページをめくる。
時々、世界が止まっちまえばいいのになと思うときがある。コインランドリーだけが回り続けて、雨粒が音を立てている。俺は文庫本をめくりながら、洗濯物が柔軟剤にほだされてふわふわになるのをいつまでも待っているのだ。
でも梅雨ももうじき終わっちまう。それにパンツがないと困る。洗濯物を回収したら、そのときは扇風機でも出してアイスでも食おう。文庫本を読みながら。