わたしにとっての詩の書き方(平成二十八年八月二十二日現在)
『試と詩』を書いた時、確かに浮かんでいたことは、見えないもの、聞こえない音を現したいということでした。
それは、小説においてのオリジナル世界の構築と展開とは違って、現実世界の手触りはあれども名を持たないなにかを現したいということでした。
例えば、風になる前の大気の気配だとか、驟雨の降り止んだ直後のまだ雨の中にある湿度百パーセントの空気の匂いだとか、まだ種の中にある美しく咲かんとする花の確信だとか、わたしたちの共通意識に語り掛けてくる世界の声のような何かを現したいと思ったのでした。今もその思いは変わりません。
さて方向性は見えていますので、方法論というか手順としては
ざっくり言うと、
①ある着想があり
②そこから広がる景色があり
③着地するイメージがあり
④まとめようともせず終わる
こんな感じです。
実際にやってみます。
①月を見上げました。ほぼ満月です。少しクリーム色かな。斑模様です。ぶちの月。
②いつも明るく照らしています。でも寂しいのです。どこを見ているのか。結局横顔しか見せてくれません。彼女はいつも太陽だけを見ているのです。地球の衛星でありながら、太陽に焦がれている。地球はただそれを、己自身の重量で守っている。
③月が地球の影に隠れる時、月蝕となる。その時だけ月は正面をわたしに見せる。真っ暗な顔。地肌の色。目は閉じている。ふと目を開けると、まだ触は終わっておらず、ある目線を感じる。月と目が合う。静まった狂気の瞳。揺らめく憧れの炎。一瞥をくれてつまらなそうに星を見る。輝けない傍星のさみしさ。そして強さへの恋慕。
④やがて触は終わり、月は明るさを取り戻す。わたしたちに、また美しい横顔を晒す。
作ってみます。
*
月と目が合う/
月蝕の刹那に
彼女は真っ暗な顔をして
地肌を晒していた
わたしのいつも見ていたのは
その横顔ばかりだったが
このときばかりは
正面を向いていた
その瞳は閉じていたが
やがて開いて
ぼんやりと
わたしを見た
その灰青の瞳には
静まっている狂気があり
憧れの炎が揺らめいていた
と思ううちに
北を見て
何か言ったようだった
蝕の終わりを北極星に問いかけたのか
思いがけない鋭い輪郭は
傍星のさみしさを湛えていた
薄く、しかし柔らかそうな唇の隙間からは
白い宝石のような歯が少し覗いた
蝕が終わる時
彼女はもう一度こちらを見たのだろうか
どうかわからないのだ
その時、不思議なことに
虫の音のぴたりと止んだ
皓皓と照らされた庭一面には
今まで嗅いだことのない
月白の香りとでもいうべきものが
強く立ち籠めていて
わたしは
その香りに当てられてしまったのか
強い酒に酔ったように
ぼうっとなってしまっていたのだから
*
詩中の月白の香りとは、勝手に作った表現です。
イメージは、ひんやりとして少し甘く、透明で寂しげに蠱惑的な感じです。