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第7話 「真実と嘘は、帽子の下へ」

 ある国に商人が現れ。王と謁見し言った。

「王様これは、心の綺麗な者にしか見えない……」

 王はそれを、たいそう気に入った。

「すばらしい」

 王様は買った服を着てパレードに出た。

 そして、それを見た少女は言った。

「何で王様は……」

 ご存知、裸の王様だ。

 王様は、どんな気持ちで見えない服を買ったのだろう?

 どんな気持ちでその服に袖を通したのだろう?

 そもそも王様にそれは、本当に見えてなかったのだろうか?

 王様には、ちゃんと服が見えていたのだとするならば、すじは通る。

 服を買った理由。袖を通した理由、それを着てパレードに出た理由。

 王様にはその服がとても素晴らしく感じられ、だから皆に見て知ってほしかった。

 こんなにも素晴らしい服があると。

 そして結末は……

「なんで王様は裸なの?」

 一人の少女が真実を口にして、終わる。

 少女はこの後どうなったろう。

 王様の怒りをかい、王様の命令によって断頭台に送られた。多分そんなところだろう。

 人は一度言った言葉を、簡単に覆せない。それが地位の高い人物や、国の意向ならなおさらだ。

 真実なんかで人は動かない。

 地位の高い人物も国も、真実で動く人間など求めていない。

 だから裸の王様は、少女を殺す。

 国の意向にそぐわぬ者を殺す。

 先輩とのやり取りの中で、頭に浮かんだおとぎ話。

 先輩は裸の王様だったのだろうか?

 無い物を有ると言い張る。裸の王様。

 たった一言の他愛もない真実で壊れてしまう。とても脆弱な理想の服をまとった裸の王様。

 そもそも裸の王様は、本当に愚王なのだろうか?

 王様が着た理想の服は、存在しなかったのだろうか?

 この国は7年前に、真実かどうか定かではないアキヨ首相の言葉を信じて「生還者は素晴らしき奇跡」という理想の服を着た。

 それを見た外国は「死者は復活なんてしない」という正論を浴びせた。

 それでもこの国は、「生還者は素晴らしき奇跡」という服を着続けている。

 この服を着せたアキヨという人物は消えたが、それでも「生還者は素晴らしき奇跡」その一点に関しては譲れないものがあるから、この国は変わらない。

 生還者を守ってきた時間。

 積み上げてきた技術。

 共に暮らした思い出。

 体から感じられたぬくもり。

 それらは全て「素晴らしき奇跡」がもたらしたもの、死者が復活したから手に入ったもの、奇跡はあった。

 外国で100人もの命を、生還者にすることで救ったトウゴウも、そうだったんだと思う。

 生還者は生きていると信じた。

 皆に見て知ってほしかった。

 こんなにも素晴らしいものがあると。

 目に見えないものを、あるか定かではない〔命〕というものを信じた。

 それでも、誰にも共感してもらえない裸の王様。

 裸の王様は、真実にたどり着いたのだったか?

 あの話、最後はどうなったんだろうか?

「大丈夫なの貴方」

 すぐ隣に先輩がいる。

 そうか僕は今……先輩と屋上で話していて、日射病で……

 回りこんだ先輩が、僕の体を必死に支えてくれている。

「すみません。酷い立ちくらみがして」

 言った瞬間、僕は膝を折っていた。

「だ、大丈夫なの?保健室行きましょ」

「あ……優しいんですね先輩」

 心配で側へ駆け寄って来てくれただろう先輩に、そんな事を言ってしまう。

 これは重症だ。

「何よ。普通でしょ」

 先輩は怒らず。今も僕のことを心配してくれている。肩をかしてくれて、そのまま校舎の中へ、中へ入ると当然すぐにあるのは階段だ。

「好意は嬉しいんですが。この状態で階段はちょっと無理です」

「そうね、転げ落ちるか」

「あっ、でも先輩が支えてくれるなら」

「無理よ。見捨てて、きっと落ちた貴方を鼻で笑うわ」

「鼻で笑うのは、必然性が無いと思いますが」

「いいから、もう安静にしなさいよ」

「はい」

 室内に入ってすぐの踊り場、下りの階段の近くだと転げ落ちそうだからと、踊り場の階段側の壁を背にする形で座らせてもらった。

 僕の視界には立ったまま心配そうに覗き込む先輩の姿と、その奥の開け放たれた扉、そして、そこから広がる屋上と青空が見える。

 本来ならば上り階段がある場所、だがここは屋上なのでそれはなく壁がある。その角に座り先輩越しに屋上の風景を見るでもなく見る。

 横にはなれないが、ひんやりとした壁に体重を預けれるので、とても楽だ。熱を持った頭が次第に、いつもの調子を取り戻していく気がする。

「でも、どうして急に立ちくらみなのよ?」

 視界をずらすと、先輩の顔が近くに見える。声が聞こえた。でも答えを返す気力がない。

 座ると、流石に僕が見上げる形になるんだな、そんな事を思う。

 ようやく思考がはっきりしてきた。

「あっ、もしかするとですが」

「なによ?」

「立ちくらみの原因は、先輩に睨まれ続けたストレスかも」

「あっ、私の目つきが悪いのは生まれつきというか、他意はないからね」

 予想どおりの反論。やっぱりそうなのか。それが聞けてちょっと安心した。

「冗談ですよ。本当の立ちくらみの原因は天気です」

 僕の言葉に先輩は振り返り、扉の外を見る。その先輩ごしに外を見て僕は言う。

「今日はいい天気なうえ、ここは日に近い場所ですからね。先輩が言ったとおり日射病ですよ」

「やっぱり。にしても数分でそれって、貧弱ね」

 顔をこちらに戻した時、その先輩は呆れ顔だった。

「否定はしません」

「はぁ、ビックリさせないでよ。ほら私の帽子、貸したげるわ」

「すみません」

 呆れた顔に笑顔を浮かべ、少し大きいキャスケットを僕の頭にかぶせてくれる。

 今の先輩は、姉のように優しい、自分から帽子を外し貸してくれた。もう既に室内なのだから、必要ないのだけど。

 つば付きの帽子なので深くかぶるとほとんど下しか見えない。そんな状態で僕は考えていた。この騒動の原因を。

 先輩は、悪い人ではない。

 ただ先輩は最初から最後まで、必死だっただけだ。

 それは「付け耳」の話に。

 なら何故必死だったのだろう。意地?いや違う。そういった自分でどうにかできる物ではないような、例えば真実。

 もしかして、僕は勘違いしていたのではないのか。

 それは、今まで先輩と話し。そして、耳を僕に見せた後、ずっと目の前で不安そうにし震えながら強がっていた。そんな彼女を見た上で、辿り着いた結論だ。

「こんな耳が生えてるのよ。私なら気持ち悪いって思うわ。こんなのが生えてる人間なんて、どう考えても」

 先輩の、あの時の声の震えは、芝居とは思えない。もしかすると、先輩は……



 自分の嘘(設定)を真実と思い込んでしまっているのではないだろうか?

 つまり、ずっと前からの嘘。

 その嘘は先輩にとっての真実。

 流行が長い時間で定着して、常識となるように、その嘘も今まで何度も何度繰り返し言っているうちに、真実に思えてきた。

 彼女はその嘘で、まず自分を完全に騙し、自分の中での真実にしてしまった。

 少なくとも先輩の中で、今日ここで話されたことばは、全て真実。

 この可能性はあるのだろうか?

 ずっと目は、真剣だった。

 初めて会った時、あのとっさの時でさえ付け耳を外そうとせずに落ちた帽子を探してかぶり直していたんだ。

 彼女の中であの耳は、体の一部。

 それで僕が嘘(設定)と決め込んで適当にあしらおうとした時、食い下がった。

 これなら筋が通る。

 帽子で隠してまで学校に付けてくる理由も、これまでの話の流れも、完全に自分を特別な存在だと思い込んでいるんだ。

 その結果として自分の嘘で、自分を縛っている。

 理由は知らないけど、それでいいのだろうか?

 いや、僕が決める事ではないか、ならここで僕はどうすればいいのだろう?

 真実を話すことは誰にでも容易い、だけど嘘には意味があるものだ。嘘が生まれた経緯、嘘にしか果たせない役わり。

 少なくともこんな嘘は、誰かに強要されるものじゃない。自分の思い込みによって生まれるものだ。ならば、本人の救いになっているのでは?

 少なくとも今まで誰もこの嘘を暴こうとしなかった以上、この嘘は周囲の人の優しさによって守られている可能性もある。

 優しさ?

 と、ここまで考えて冷静になる。

 太陽光線を受け続けて、僕の頭は熱暴走していたようだ。

 いや、単純に先輩の演技力に騙されただけか。

 それにしても相変わらず僕は流されやすいな、これではアサヒの心配も分かる気がする。

 本当に余計なことばかり考える。

 彼女はただの中二病で皆それに触れたがらなかっただけだ。

 どこにでもある話だ。土産話にもならないくらい。

 でもここは、無難に乗るべきかな。

 それにしても、付け耳が頭から生えた本物で、その原因が薬と幽霊によるものだとは、改めて思い返すと、なかなか面白いかも知れないな。

「先輩、一ついいですか?」

「なによ」

 帽子を浅くかぶり直した僕は、先輩を見上げる。

「その耳の件です」

「えっ」

 その言葉を聞いて一瞬先輩の顔に不安が滲む。僕は、その顔をまっすぐ見ながら続けた。

「僕は正直カワイイって思いましたよ。猫耳の先輩が」

「な……」

 僕が先輩の帽子をかぶっているのだから、先輩は当然、頭に何も乗せていない。しいて言うならそこには、猫耳をつけただけの先輩がいる。

 当然つながりで言うなら先輩は、驚いた後でまたキッと睨んできたわけだけど、それでも今の先輩は恐くない。

 いや、事実かわいいと思う。

 なんか、顔が赤いし。

「本当に。これは正直な感想ですからね。たとえ恐い顔で睨まれても今回は、変えられませんよ」

 色々あったが、初めて先輩に、本心からの言葉が一つ言えた気がする。

「いいわ。その言葉だけは信じる」

 そして初めて先輩を、少し安心させることができた気がした。

「なんか、他の言葉は信用できなかったみたいですね」

「あら、信用に足る言葉なんて言ってたの?」

「そうですね。ほとんど信用に足らない言葉でしたね」

 考えてみればそのとおりだ。一つの嘘に必死だった先輩に比べて、僕は酷い。

 信じてもいない先輩の話を、信じているといい。結局、先輩の耳もちゃんとは見ていない。本当にいい加減だ。

 まぁ、猫の付け耳は今もこの距離で見ているから、それで許してもらおう。

 こっちは座っていて、あっちは立っているので、頭頂部まで見えないのが残念ではあるけど。まぁ、少し覗く猫耳というのも悪くない。

「なによ黙って」

「すみません言い訳を考えていたんですが、いいのが出なくて」

 もはや言い訳ですらなかった気もする。

 そんな僕に相応しい言葉が、先輩から浴びせられた。

「貴方って変な人ね」

 それが先輩から貰った返しの言葉。なら快く頂いておこう。

 めでたく変人認定された僕は、立ち上がると、先輩の頭に帽子を返した。

「否定はしません。自分でも普通ではないと思ってます。それと、大切な帽子を貸してくれてありがとうございました。おかげで助かりました」

「もう大丈夫なの?」

「はい」

 答えを返す、先輩はそれを待ってから帽子をかぶり直し、呟いた。

「私が自分の帽子を貸したのは貴方が初めてよ。私の耳を見て、こんな反応する人も、いなかったもの」

「それは、光栄です」

 そう言いながら少し心が痛む。

 これならば、ちゃんと先輩の耳を見ておけばよかった。

「えぇ、拍子抜けすると言うか。私の方が訳が分からなくなったわ」

 なら、お返しができたってことかな?僕のほうもずっと、訳が分からなくなっていたから。先輩の言動一つ一つに。この先輩は突拍子もないことを言うから。

「ふふっ」

 思えばアサヒには、こういった苦労をずっとかけていたのかも知れない。

「なによ?」

「いえ、僕の友達が言ってましたけど、僕はよく変わった思考と納得のしかたをするんだそうです。とは言っても僕にとっては筋が通ってるつもりなんですけどね」

 そう言った僕の頭には、呆れたアサヒの顔が浮かんでいた。

 アサヒいわく僕は「鈍感でしかも思い込みが激しい」のだそうだ。自分では、そう思わないのだが。

 僕はこの言葉は、どちらかと言えば先輩にこそ相応しいなんて考えていた。

 その先輩が真剣な顔で口を開く。

「それは興味あるわね。貴方はこの耳をどういったふうに納得したわけ?」

「そうですね。世の中には色々な人がいる、ですかね」

「なに?それで納得できるの貴方?」

「はい、それに先輩が初めに自分で言ったんじゃないですか。害は無いって、ならこれは大切にされるべき個性ですよ」

 これが正直な、僕の結論だ。付け耳を自分の体の一部と言って必死に言い訳する先輩。素晴らしい個性だ。

「ふーん、まぁいいわ。気持ち悪がられたり、奇異の目で見られるよりは、普通にしてくれてる方が、ちょっとだけ嬉しいもの」

「よかった」

「でも、ちょっとだけよ、本当にちょっとだけだからねっ!」

「ちょっとだけ」って、そんなに何度も言わなくても……んっ?もしかして?これってアサヒが言ってたツンデレなのかな?

「なによ。ニヤニヤして」

「いえ、ちょっと思い出し笑いです」

「思い出しって何をよ」

「ここに来る前に言われた、友達からの予想が当たったなって。あと、先輩の朝の占いは外れたんだなって」

 先輩の顔がみるみる赤くなる。

「あの告白に勘違いのくだりは忘れなさい。絶対よ。他の人に言うのも絶対にダメだから」

 真っ赤な顔を向け、必死な声で僕に釘を刺す。その先輩の瞳に、楽しげな僕の姿が写りこむ。

「言いませんよ、誰にも」

「そう」

「でも忘れるのは無理かな、面白くて」

「なっ」

「先輩が最後に出した返事のセリフ、まだ有効だったりします?」

「するわけないでしょ。雰囲気に流された気の迷いだったんだからっ!」

 目の前で強がる小さな先輩が「かわいい」と本気で思えて、つい笑顔になってしまっていた。

 この人は、僕が言っても差しつかえないくらい変わった人だろう。

 そして、少なくとも消しゴムやシャーペンより僕は先輩に興味を持っている。

 それは先輩のあの耳の話を含めて、先輩が僕にとって面白い人だからだ。

 とても不思議だ。

 姉が生還者となってからずっと僕の心の中にあった憂鬱な感覚と倦怠感、それを忘れるほど楽しい。

「貴方絶対に私を馬鹿にしてるでしょ」

「すみませんが、否定はしません」

「そこは、しなさいよっ!」

 面白い。なにより「興味深い」とでも言うのだろうか?

 心が躍る、始めての感覚。

 そんな意識が、今の僕の中にあった。


ぎりぎり11がつちゅうにあげれた

あしたのあさでもよかったけど

きもちのもんだい なのだとおもう

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