第5話 「少女の正体」
「あの、先輩」
「ん……」
大きめのキャスケットを揺らして歩く少女が立ち止まり、振り返った
「今ちょっといいですか?」
あれ?
言葉を続けようと思っても、次に出すべき言葉が思いつかない。
あっ、まずい緊張している。
顔を見て対面し、自分が緊張していることに始めて気づく。自覚する。
自分がしてることを考えてしまったら、なおさら緊張が増す。
異性の先輩に声をかける事。
ほぼ初対面の女性に、自分から話しかける事。
今はいつもいるアサヒもいない。
僕だって人並みには、緊張するんだな。そんなことを考える。
目の前の人は姉さんと同い年だろうけど、大人びた感じはまったく無い。年下みたいな感じは凄くある。
だから緊張しないとか思っても、そうはならない。急に喉がからからになってく感じだ。落ち着こう。
今はとりあえず落ち着きたい。
今、無理に喋ってもいいことはない。
「あ、さっき角でぶつかった。えっと1年生?」
呼び止めておいてすぐに喋らない僕に、先輩の声がかかる。
「はい、そうです。急いでいてろくな言葉もかけれなくて、すみませんでした」
「まぁ、お互い様よ」
先輩の声でハッっと我にかえる。会話の糸口が出来たのがありがたい。
彼女はもうこちらに振り返り、僕を見上げている。しっかりしないと。
「それでわざわざ謝りに?」
「いえ、それもあるんですが、他にですね」
「ほか?」
「あ、さっき階段でぶつかった時に、その」
そこまで言った時、先輩から感じられる空気が変わった。
「私は、あの時の事について何も話す気は無いけど」
睨まれた。これは威圧されている。
「とりあえず話だけでも、聞いてほしいんですけど」
少し警戒心を刺激してしまったかな?やはり僕は人と話すのが苦手なんだなと思う。
「えっと」
なら、余計なことは考えず素直に話そう。こっちには、ちゃんとした理由がるんだ。
とりあえず警戒心を解いてから、落し物の鍵の話だ。
じゃ、まず軽い自己紹介から。
「あの先輩、僕はこういう話は初めてでどう切り出せばいいのか分からないので、単刀直入に言いますね」
「えっ?」
「僕の名はアイトといいます。階段でぶつかったのもそうなんですが、もっと前にもあった気がしてですね」
「そ、そう。えっと」
「まぁ、それは関係あると言えばあるし、無いと言えばないんですが」
「はぁ」
よし警戒心はとれた、はずだ。
さっき睨まれた時にあった、威圧感はもう消えている。ただ戸惑わせてしまっただけかもしれないけど、このまま言おう。
「これに気づいた時、授業とか関係なく、すぐに追いかけて、その伝えるべきとかも考えたんですが、それは迷惑になるだろうし」
「そうね、授業中はダメね」
「でもこれは、とても大事なものだろうから」
僕はこぶしを強く握る。緊張もあって声のトーンが上がっていた気がする。
「大事な?想いとかって事?」
「あの、とりあえず見てもらえますか?」
「見るの……?」
あれ妙な空気だ。目の前で先輩が緊張しているように見える。
それに、いつの間にか周りがザワザワしてきた。
見れば少ないが、何人か人が足を止めてこちらを見ている。
気のせいだろうか?これは気のせいと思いたいんだが「告白」などという単語が飛び交っている気もする。
ざわ ざわ ざわ
「なになに?」
「ぶつかったんだってさ、曲がり角で」
「え、それ漫画みたいに?」
「らしいよ」
「今から告白するらしいよ」
「すげぇな、マジでか」
「さっき愛がどうのとか、前にもあった気がするとか言ってたし」
「くどき文句かよ。学校で」
「すぐに伝えたかったとか言ってたし、すっごい情熱的だよね」
ざわ ざわ ざわ
なんだこれは?この状況は?みんなアサヒと同じ思考なのか?
すると先輩の目がキッとこちらを睨んだ。鋭い目つきだ。
「あの?何で睨んで」
「ちょっと、貴方……告白……なの?」
「えっと、そうですね、その」
混乱していた。どう言えばいい?
状況を変える一手がいる。今すぐ鍵をポケットから出そう。
「あっ」
僕がポケットに手を突っ込んだ瞬間、周りがザワついた。
「ラブレターか」
「違う結婚指輪よ」
「婚姻届かも」
「自作の歌の歌詞カードよ」
凄まじいまでの速さで、凄まじいまでの憶測が飛び交う。
ツッコミを入れたかったが絶えて僕は、鍵を取り出して先輩の前に突き出した。
これで状況は変わる。
皆が、「何だ落し物届けに来ただけか」と白けるはずだ。
だが違った。
「合鍵だ。こいつ合鍵を渡したぞ」
「そう来たか。まだ結婚は出来ない。でも同棲なら出来る」
「一つ屋根の下。先に既成事実ね」
「すげぇ、ぶっ飛んでるぞ。この後輩」
ざわ ざわ ざわ
状況が、もう収拾がつかない所までいった!と確信した。
「人を操るのは、真実ではなく状況よ」姉さんの、そんな言葉を思い出していた。
姉さんは僕と違って社交的で、人と場を操るのがうまかった。
そんなことを考えて一瞬固まっていると、先輩が僕の手首を掴み歩きだした。
帽子の隙間から見えた先輩の顔は、とんでもなく真っ赤だった。
「場所を変えるわ」
「は?」
「変えるのよ!」
「はいっ」
昼休み、先輩に連れていかれたのは誰もいない屋上だった。閉鎖されてるわけではないが誰も来ない場所。
先輩は僕の手を放して一人で少し進み、僕から距離をとった場所で、背中を向けたまま話しだす。
「まさか、昼休みにこんな事になるなんて、放課後まで、まだ授業あるのに」
独り言とも思えたが、声の大きさからして僕に聞かせるように言ってるのが分かった。
「すみません。本当に」
本当に迷惑をかけてしまった。
現場が現場だけに、教室に戻りにくさは僕の比ではないだろう。
「いいのよ」
「え?」
何度も睨まれていたから、てっきりそうとう怒ってると思ったのに、そんな優しい言葉が返ってきた。
「えっとその……あれよ」
微妙な間、落ち着きの無い先輩の背中、後姿だけどソワソワしてるのは分かる。
「まぁ何て言うの。そういうのはさ、やっぱ場所を選ぶべきだと思うわよ」
小さな声でそう切り出す先輩。
鍵を返す場所?そう思ったが違うとすぐ分かった。
「うまくいくにせよ。いかないにせよ。そういうのってさ秘密にするもんじゃん。冷やかされるし。まぁ大胆さも必要だけどね。それはほら、付き合った後でもいいわけだし」
どうやら僕と先輩は、まだ間違いの関係にあるようだ。
この気まずい勘違いをどうにかしないと。
「まず謝ります。すみません」
「いいの。私もそういう経験ないし、色々あるんでしょ」
「先輩」
「ほらタイミングとか、気持ちとか。急にテンションが上がって勢いで告白とか」
「先輩っ!」
「青春よね。うん、青春だ。いいほうの青春だ。いい意味での青春だ」
「せんぱーい」
「当たって砕けろの精神も悪くないと思うわ。若いんだし、想いを秘め続けるのも辛いもんね。うじうじとかしててもね。バカみたいだものね」
「せーんぱーーい」
「あ、言っとくけど私はそういう経験は無いわよ、あくまで一般論よ」
「ぱいせん!」
「そうよね。そうだ。そう。ここでじらせるのも悪いわよね。せっかく告白にうってつけ?うーんどうかわからないけど、人の来ない場所まで来たわけだし」
「ぱーいせーん」
「うん、私も覚悟決めるわ。ここで逃げたら女が廃るって言うものよね」
「ぱぱぱぱーいせーん」
「こんなの人生に1度2度あるかないかなことなわけだし。君にとってはそれこそ、人生の凄いあれなわけだし」
「もういいですから話を聞いて下さい」
さすがに呼び続けるのも限界だった。
それに早い段階で先輩には正気に戻ってもらわないと、後々まずい気がする。
妄想がリミッター解除している。このままでは先輩は、一人で爆発四散する。
つまり自爆する。
「分かったわ。ドンと来なさい。試し、試しに、あくまで試しに。暫定的な感じで。重くとらえない感じでの恋人同士なら」
「だから先輩。僕は告白しませんよ」
「は?」
冷え切った空気が、場に立ち込めた。
「な、なに??なに???」
ようやく先輩がこちらを向いてくれた。顔にクエッションマークをつけてだけど。
「落ちついて聞いてください先輩」
「うん、聞く聞く」
「僕は告白してませんし、するつもりも無いです。あの場にいた周りの人が騒いでいただけです」
「うん、そうね。そうよね。私も何かおかしいとは思ったのよ。本当よ。だって貴方、会いに来て自己紹介しただけだものね」
「まぁ、そうですね」
「それなのに告白って、無いわよね。ないない。ははは」
「落ちついてください。先輩」
鍵のくだりは完全に記憶から消えてるようだ。まぁいいけど。
「僕は、鍵の持ち主をですね」
「そうなんだ。鍵ね。鍵」
「えっと、今はいいです。少し落ちつきましょうか」
「そうね。そうしてもらえると助かるわ。見ていたドラマが急に打ち切りなうえドッキリだったみたいな、そんな感じなの」
混乱は伝わってくる、そう思った。
しばしの沈黙。
さっきまで振り向いた形で固まっていた先輩。今はただ、遠い目で空を見上げてたそがれている。
告白、あんなに気を使って前向きに考えてくれてたんだ。悪いことしたな。
悪意は無かったとは言え、騙して気をもませてしまった。
今の先輩はまるで、ついさっき失恋でもしたみたいだ。なんて思ったけど、これは絶対言わないでおこう。
「うぉおーー何なのよ。朝の占いっ!」
空にむかって叫ぶ先輩。どうやら朝に何かあったようだ。
まぁこれも、聞かないでおこう。
「あの先輩、そろそろいいですか?」
先輩を一人にしてあげたい気持ちは山々なのだが、それではただのトラブルメーカーもいいとこだ。
否定はしないけど、でもだからといって、やはり目的だけは、成し遂げようと思う。
先輩に鍵を返す。そうすればこの一連の出来事に意味がうまれるはずだ。
「そうね。落ちついたわ」
空を見上げていた先輩が一言そうもらし、こちらに向き直り背筋をピンと伸ばすと、ずれた帽子を両手で整え「こほん」とわざとらしい咳払いをして言った。
「よろしい、話したまへ」
色々と取り繕ったつもりなのだろうけど、色々あったのはついさっきのこと、場の空気はいかんともしがたい。
まぁいいか、話そう。
「えっとですね。階段でぶつかった時なんですけど」
「それで、なに」
「カギ落としませんでしたか?」
「カギ?」
「そう鍵です。さっき見せた。誰のともつかない鍵なんですけど、もしかしたら先輩のじゃないかなって」
先輩はきょとんとしている。しまった見当が外れたか。
実際、階段の踊り場で見つけただけ、この先輩の持ち物とは限らない。
「みみずくの、みみずくのキーホル」
「ストップ!」
「え?」
「見たのね?」
「えっ?」
突然の先輩の質問に、僕はサッパリ理解できずに固まってしまう。
こちらの反応を、先輩はチラリと見て落ち着いた声で続けた。
「見たんでしょ、見たから来たのよね。そうよね。分かるわ」
「えっと……なにを?」
たずねたのに答えは無い。
「そう、見てしまったのね」と続ける先輩の抑えられた声は、どこか誇らしげではある。
そして、お互いまたしばしの沈黙。
僕は続けざまにすぐ何か言われるのかと思っていたのだが、そうでもないらしい。
とは言え困った。
普通に何かを言われるのであれば話が見えるのだが、これでは話が見えない。
いや、何となく予想はつくけど、多分あの耳の事だろうけど、鍵の話から付け耳の話に跳ぶ理由が分からない。
ここは様子を見るべきだろう。
まるで、あえてためているように沈黙の時間が流れる。
待てよ。思い至る。
昼休みの残り時間はもう長くない。このまま沈黙が続けば、すぐ終わってしまう。
ここは彼女の感情を後回しにしてでも、まずこちらの本題から片付けるべきではないだろうか?
この鍵が彼女の物なら返さなければならないし、彼女の物でないと分かれば、すぐ職員室へ届けるべきだ。
僕が持っていることで生まれる利点は、直接落とし主に返せる時だけだ。
僕はそう考えてポケットの中の鍵を確認する。そして彼女より先に口を開いた。
「あの、さっきの授業前にぶつかった時ですけど、多分この……」
「やはりあの時、見たのね?そうなのね」
何故かドヤ顔の先輩。
なんかムカついてきた、僕は声を大きく強くして言った。
「だから、鍵を落としませんでしたか?と聞いているんです」
「は?」
ようやくこちらの言葉が通じたようだ。
疲れた。ようやく状況が動いた。
あと彼女の正体についてだが、もはや本人も隠す気はないらしい。
「私の耳を見たから来たんでしょ?」
「違います」
「なら、なにを」
「だから鍵です。落としませんでしたか?」
お互いの目的が噛み合わず、変な間がおとずれる。
先輩はテンションが高く。僕はあくまで鍵を見せることに集中している。
そして先輩の異質な態度のせいで、場の空気が気恥ずかしい感じになっていた。
「えっと帽子の下の」
「耳ですね見ましたよ先輩」
「そう見たのね。この耳は」
「興味ないです。それより鍵を見てください」
彼女の言葉をばっさり切り捨て、僕はポケットから鍵を取り出す。
「えっと私が見るの?」
「はい、お願いします」
「う、うん」
静かな屋上で響いた。先輩の声。その声には、冷め切った場の寒々しさがこもっているように感じられた。
「どうですか?」
「鍵ね」
「そうです」
先輩は僕の持つ鍵を見るために数歩近づく。最初こそ多少の興味思って見てはいたが、ただの鍵と分かると興味を失い一言つげた。
「まぁ当然、私のじゃない」
「そうなんですか?」
「うん鍵、かばんの中だし、形ぜんぜん違うし」
「そうですか、すみません」
この鍵は先輩のものではない。まぁ反応からうすうすそんな気はしていた。
どうやら全て僕の、勘違いだったようだ。
先輩はとても不思議そうな顔をしながらも、鍵を見るために近づいた距離をあえて戻り。
何度目かになる質問をした。
「えっと、私の頭の耳、見たのよね」
「見ましたよ」
「そう」
先輩はまた場を仕切りなおすように沈黙する。僕は考える。
先輩の正体。行動原理。
何故、帽子の下のアレにこだわるのか。
先輩の帽子と猫耳について考えた。
もう答えは出ている。
とても単純な、でも誰も理解できないだろう答え。彼女の世界にのみある答え。
その答えは、「中二病」や「厨二病」というやつだ。
どちらも、読みは一緒だ。
左腕に黒いアザを書いてそれをあえて包帯で隠す。
左目にだけカラーコンタクトをつけてそれをあえて眼帯で隠す。
封印された左腕が暴れるとか、左目の魔眼がうずくとか言う。そうアレだ。
つまり自分には、危険な力や大きな力が宿った部位があり、それを何らかの方法で封印するのだ。
先輩にこれを当てはめれば、耳が力の部位で帽子が封印なのだろう。
つまり「封印された私の頭頂部の猫耳がうずき暴れやがるぜ」とか言うのだろう。
うん、それはぜひ言わせたい。
暴れると言うなら、ぜひ猫耳が暴れるというのを見てみたいくらいだ。
告白の勘違いだの、落し物の鍵のくだりなど、先に片付けなければならない話題があって後回しにしてしまったが、本来の彼女、つまりこの背の低い先輩は、もともと普通ではなかったのだ。
だから話が、告白の勘違いが解けた後でもグズグズになった。
さて僕はどう動くべきだろう。まず確認の質問をしてみる。
「つまり、その頭の耳の事で先輩は話たいんですね」
「そうよ」
「やっぱり」
なるほど、やはりあの「付け耳」の話だ。
一部の中二病患者は、その設定を話したがるらしい。
とは言え見たかどうかを、これほど問い詰められるとは思いもしなかった。
普通ここまでしないはずだ。
あの場で、見られて恥ずかしい。変な物を見た。それぞれがそんな感情を抱くだけで、それで終わる話ではないのだろうか?
僕が先輩の前に再び現れてしまったのが、不味かったのか。
いや、もしかしたら……
「鍵を見てください」とか「鍵の持ち主を探してます」とか、「誰のともつかない鍵なんですけど、もしかしたら先輩のじゃないかな」とか、急に現れてそんなこと言うのって、結構やばい?
しかも先輩からすれば鍵なんて寝耳に水なわけだし、それで同類の中二病だとか思われた?
いや、会ってすぐ告白っぽい空気とかになった。それも含めて先輩は、自分を中心に何かの物語が始まった予感でも感じてしまったのか?
それが先輩の中二病を思いっきりくすぐり、今のこの状態になったんじゃないか。
まさか、そんなまさか。
考えを整理し終えて先輩を見る。
「見たの?見てないの?」
視線を戻すと、再三にわたる質問が、まだ続いていた。
彼女の目は、ギラギラとしている。
「だから見ました。その猫耳ですよね」
「そうよ、見たのね!」
「はい」
「仕方がないわね」
そう言って先輩はやや嬉しそうに話し出した。
「見られたからには教えてあげる。この耳には大きな秘密があるの」
「なんですか?趣味ですか?」と、僕が確信に触れようとした時、先輩は言った。
それは信じられない嘘を。
「幽霊よ」
「はっ?幽霊?」
「そう、昔にある薬を飲んで、それから幽霊に憑かれやすくなっちゃったの!」
とうこうのペースはしだいにおちていきます、きっと
でも、しょきのもくひょうである
1しゅうかんに1つはさいていラインとして
てきとうに、あげていきます
てきとうに、ほかのさくひんとかも、あげるかもしれない
ペースダウンのりゆう?
モンハンとか、かんけいないんだからね。