第3話 「小さな国の英雄譚」
みじかいです
僕達は教師より早く教室に辿り着き、息を切らせながら空いている席に座った。
視聴覚室の席順は自由、僕が座った席の隣にアサヒが座る。だが授業は始まらない、チャイムはなったはずだが、まだ先生が来ていないのだ。
そんな時、隣に座るアサヒが僕へ話しかけてきた。
「アイト~、考え事じゃなくて~。ちゃんと授業聞いてないとだめだよ~」
「うん、分かってるよ」
笑顔で軽く返す。だがそれで不信感が消えなかったらしく、アサヒは言葉を続けてきた。この信用度のなさは、まさに僕の日頃の行いの賜物だろう。
決して自慢できない話だけど。
「アイトは知らないかもしれないけど~、授業中に寝てるって思われてるんだよ~」
「それはないと思うよ。僕のこの体質は、先生も知ってるから」
「どうかな~?それだけど~、ちゃんと理解してもらってないと思うな~私~」
「どうして?」
「先生の反応を見てれば分かるんだよ~」
「アサヒは人間観察がうまいんだね」
「そんな事ないよ~。アイトが周りを気にしなさ過ぎるだけだよ~」
「まぁ、否定はしないけど」
「それで考えたんだけど~、アイトの体質を先生に説明したのって誰~?そこに問題が有ったって考えられないかな~?」
「あぁ、そうかも」
アサヒの意見を理解して納得する。
先生に僕の体質を説明したのは、僕の両親だ。それはもう、いいかげんな人達なのだ。
「息子は、たまに動かなくなったりしますが。まぁ、眠ってるみたいなものなので、気にしないで下さい。睡眠学習機能は付いているようですから」
そんな説明をしたのだろう。きっとそうだ。
言っておくが僕にそんな便利な機能は付いていない、これはボーっとしているのに成績が落ちない僕を見て、両親が勝手に言い出した俗説だ。
「息子睡眠学習説」とか言ってたか?我が両親ながら、それで納得していいのかと思ってしまう。まぁ、それが美徳なのだろうけど。
僕が納得していると、隣でアサヒが今も心配そうな顔で話していた。
「だからね、先生達はアイトの事、突然寝てしまう子だと思ってるんじゃないのかな?」
「なるほど」
どちらにしても、病気だと認識されているなら僕としては問題ない。あえて説明して、混乱を生むことに利点はない。
授業中に先生に呼ばれたのは最初だけ、今は無い。それは病気だという認識がされている証明に他ならない。
「問題ないよ」
「そうなの~」
「うん」
「ふ~ん、アイトがいいって言うならそれでいいけど~、まぁ、私も側にいるわけだし~」
「心配してくれてありがとうアサヒ、気をつけるよ。授業中は出来る限りね」
「うん、そうしたほうがいいよ~」
こうしてアサヒがようやく安堵の表情を浮かべた。少しして扉を開けて先生が入ってきた。
チャイム後ということもあり授業はすぐに始められる。だが人はすぐには変わらぬものだ。
僕は授業の間、先生の話しも聞かず、また考え事をしていた。
それは、さっきぶつかった女生徒の事だ。
なんだったのだろう。
学校に付け耳とか、いやもしかして最近の流行か?
無い話ではないか。ネックレスや指輪それにイヤリングも、実用性の無い装飾品は普通にある。
装飾品とはそういうものだ。
自分を飾る物なのだから、ならね小耳だってそれに加えられてもおかしくは無い。
外でイヤリングを付けるのを恥ずかしがる人はいない。
それと同じネコ耳だって別に……ある……のか?
分からない。圧倒的に分からない。
実際、流行に疎い自信はある。僕はそれに興味がないから、でも流行は常識さえひっくり返す。
いや大きな流行は、常識となるんだ。
思えば7年前に「生還者」という普通ではないものが現れて、「死」という常識は変わった。
これは流行ではない現象、災害のたぐいによって、世界の摂理によって強制的にだ。
ならその後にあった生還者を保護する流はどうだろう。
もともとあった道徳に則した行動ではあるにせよ、流行と言えるのか?
世界的に見れば生還者保護など、この小さな島国だけでしか行われていない。
外国ではもっぱら「心臓摘出」によって死者を死者として弔うのが主流だ。
そこに住む国民も、それを受け入れている。
受け入れると言うのも違うのか、常識が変わらなかったんだ。
この災害の中にあっても、死んだ者は生き返らないという常識が変わらなかった。
生還者を生きた人間だと一度も認めなかったからこそ、心臓を抜き取り生還者にすることを拒み、彼らは今でも人の死に涙を流すのだ。
もう二度と会えないと、泣くのだ。
この国の人間は、悲しむことはない生還者になり誰しも生き返る。
そう言うだろう。
常識が違うから。
それを表すような事件が、昔あったそうだ。
まだアキヨ首相がいた時代に急速に発展した技術がある。
この国しかない技術〔生還者医療〕だ。
生還者現象が始まって1年半が過ぎた頃ある王国で地震が起きた。
この国から支援として、多くの物資と人材が送られた。その中にトウゴウという医者がいた。
トウゴウは王国の惨状、そして並べられた死体の数を見て嘆いたそうだ。
「もっと早く我々が着いていれば、これほどまでに死者は出なかった」と。
その王国は豊かではなかったし、技術水準もこの国には及ばない。
遅れて着いたとはいえ、まだまだ出来ることは多い。そう思ったのだろう彼は並べられた死体のほうへと歩いていった。
生還者医療これは、簡単に言えば死体修復技術だ。
心臓発作で死んだ者は、死後1日で何もせずとも生還者になる。
心臓を刺された者はどうだろう?
この場合は傷口を縫い合わせ、輸血をすれば死後1日で生還者になる。
では内臓がぐちゃぐちゃに壊れている場合はどうだろう?本来は生還者になることが出来ないとされる死体だ。
この国でもその場合だけは、涙を流して死を悼んだ。
だがそれを生還者にする方法、つまり命を救う方法がある時、見つかったのだ。
外国で臓器移植手術を受けたこの国の少年が死んだ。適合すると思われた臓器が適合しなかったのだ。
だが、その少年は生還者となった。
それは一部の者を驚かせ、ある仮説が生まれた。
生還者には臓器の適合、不適合という考え自体がいらないのではないか。
ここから生まれたのが生還者医療。
最後まで諦めない者達の医術。
奇跡を引き寄せる医術。
そんな風に呼ばれた。だがそれは
臓器のパッチワークだ。
死体を開き壊れた臓器を壊れていない他の者の臓器と交換する。大体の大きささえ合っていればいい。
死体が正しい人の形をしていればいい。
そうすれば、生還者になる。
この国は、この技術を確立するために臓器バンクに力を入れた。
臓器の保管施設。臓器の回収プラン。
この国の税率引き上げの大きな原因となっているシステムだ。
それでも、死んでいい命なんてない。
失われていい人生なんてない。
生きるべきだ。
助けられる命は助けるべきだ。
そんな言葉の中で生還者医療は、今も進歩し、善意によって行われる。
そう、真っ直ぐな、助けたいという、善意によって。
王国にてトウゴウは、仲間たちとそれを行った。
この国にしかない。この国自慢の生還者医療を、外国で始めて披露したのだ。
トウゴウは、100人もの人の命を救った。それも皆が諦めていた命を、技術と奇跡によって。
この事実をこの国の国民は英雄的行動だと絶賛した。
だが王国での評価は違った。
前にも述べたとおり王国は決して豊かではなかった。さらに大地震の後だ。
労働力にならない。介護さえ必要な100人の人間をどうする?
家族も困惑した。なまじ「生きている」と言われてしまったが故に、だが生活は元から苦しいのだ。
地震によってさらに苦しくなるだろう。
それに、彼等が行ったのは医療なのかさえ分からない。死体の蘇生だ。
別の国から派遣された医者が言った。
「フランケンシュタイン」と
死体をつなげ合わせて作られる人造人間の名だ。
そう化物と呼ばれる。
トウゴウは「100体の怪物を生み出した医者」と一部で非難された。
この国は世界に向けて講義し謝罪を求めたが、何の返答もなかった。
トウゴウが救った100人の命。
100人の生還者は、最後まで人間とは認められず。薬で殺され、1日が過ぎて生還者になる前に多くの死体とともに燃やされた。
帰国後のトウゴウがどうなったかは知らない、知るすべもない。
これが事の顛末だ。
この国の流行。
この国の常識。
この国の医術。
それらは異質の中にあったせいで
異質を受け入れたせいで
歪んだのかも知れない。
善意も、助けたいという想いも
狂気と呼ばれてしまうくらいに
ただ、命を尊んだだけなのに。
こうして考え事は続き授業が終わった後、またアサヒに迷惑をかける事になる。
あぁ、本当に困ったものだ。