②退部
②退部
「ただいまー」
高橋はドアを開けて言った。
すると、弟の淳が、
「メシできてるからー」
と二階から返してきた。
中二の弟にしては高橋とのコミュニケーションは多い。
最近はコンテナ部の午後練で帰りが遅くなるので、淳が高橋の分までご飯を作って置いておいてくれる。
「サンキュー」
ニ階に叫ぶ。返答はない。
父親は自殺し、母親は遅くまで働いている。「はあ。」
部活はとても楽しいが、家のことを考えるとその時間をバイトに当てたほうが良いのかもしれない。毎日葛藤するのであった。
ポケットに突っ込んでいた手を抜き、、頭を掻いた。昨日のことが頭から離れなくてむしゃくしゃしているからだ。
新しい顧問の話ではなく、港康介への勧誘の話だ。
「ふざけんなよ」
つぶやいてみるが、なんだかイライラする。
その時、隣を高橋が通った。
篤には気づいていないようだ。
何か考え事をしているように見えた。
相談に乗ってやりたいものだが。
その日の授業が終わった。
鞄を取ると、走って部室へ向かった。
今日は一番乗りで行けそうだ。
あと10m!9..8..7....3..2..1..着いた!
「ちっす!」
誰もいない。よし、一番乗りだ。
ロッカーに向かうと、野口先輩のロッカーにプリントが貼ってあった。
『職員室前、集合』
「やっべ!」
また走り出した。
「おお、篤。遅いぞ」
「すいません」
「揃ったわね。」
高峰が話す。
「コーチである瀧本さんが倒れたわ。」
「え?」
「じゃあどうやって」
「回復を待ちたいけど、もしボランティアでコーチをやってくれるという人がいるのなら、迎え入れるわ。」
「はあ」
後ろから一年の担任である千田が近づいて来た。
「高峰先生。」
「はいっ?なんでしょう?」
「高橋君…お母さんが倒れた。すぐに帰りなさい。」
「え????あ、はい」
高橋は呆然として立ちすくみ、しばらくしてからとぼとぼと歩いて行った。
いたたまれない。相談に乗ってやれなかった。気付いてやれなかった。あいつの心の重みに。
そう思った時には、もう足は動いていた。
電話がなった。母からである。
「もしもし。」
「康介、今日は塾の先生休みだから授業、明日になったわ。」
「あ、わかった。じゃあ」
「切るわよー」
もっと早く連絡してくれればいいものを、だいぶ遠回りをした。
「帰るか・・・」
そう呟き、殺伐とした雰囲気の住宅街を通り抜け、スーパーの前を通って帰ろうと思った。
コンビニの前を歩いていた時、30mほど先から40代の主婦らしき女の人が歩いて来た。
足取りがはっきりしていない。そして康介とすれ違う時、
『バタッ!』という音を立てて倒れた。
「ッッ!大丈夫ですか?」
近くを通りすがった若い女の人に声をかけた。
「救急車を呼んでください!」
「あ、はいっ!」
「いや、本当に素晴らしいです。あなたのおかげで大事には至らず、良かったです」
「いえいえ」
『ガラガラ』
「母さんはっ!」
「あ、息子さん。大丈夫だそうですよっ。ッッ!」
息子の後ろには港篤がいる。
「なぜお前がここに。」
「こっちのセリフだ。後輩の付き添いで何が悪い。」
「おれは道でこの人が倒れたの見て介抱しただけだ。」
「・・・そうか。済まなかった。」
「まあ、いい。帰るから。」
「ありがとうございました。横港の学生さんですよね?」
高橋が口を開く。
「礼はいい。じゃーな」
「ちょっ・・・」
港康介はさっさと出て行った。
「あの人、誰なんですか?」
「横港二年・港康介。」
「……港先輩。俺、コンテナ部やめます。」
「えっ?嘘だろ。」
「僕、バイトします。シングルマザーなんで。弟は中学生だし。どうせあんな部活に入る人なんていないんですよ!大会なんて永遠に出られないんですよぉ!」
「でもっ?そんな!」
「うるさいっすよ!」
高橋は病室を飛び出して行った。
「高橋……」
その時、ドアがもう一度開いた。
「あ、どうも。高橋充の弟の、淳です。」
「えっ?淳?同じ名前だ。あっ、ごめん。横港コンテナ部の港篤です。」
「あっ!あなたがあつしさんか。兄ちゃん、最近部活辞めようって言ってて。」
「そうか…」
「でも大丈夫っすよ。なんとかしますから。」
この弟も、相当思いつめている様子だった。
「なんか俺にできることがあったら・・」
「俺たちは、連続ハイジャック事件に人生を狂わされたんです。」
「?」
「うちの父親は、大手の航空会社の社長だったんです。連続ハイジャックの34回のうち、16回は、うちの父親の航空会社の飛行機だったんです。だから飛行機運行の停止で勿論倒産。ほぼ夜逃げ状態で家を出ました。父は僕らを母の実家に車で送ってから、何処かへ消えました。そして一週間後、首吊り死体で見つかりました。それから母と兄と三人で暮らしてきましたが、生活は苦しくて・・でも、かあさんも俺も、兄ちゃんが大好きだから。すきなことを好きなだけして欲しいし、俺も兄ちゃんみたいになりたい。島国唯一の国境を超える手段の港で働きたい。だから、兄ちゃんには部活をやめて欲しくない。あっ。すいません。長ったらしく喋ってしまって。」
「いや、いいよ。ごめんな、おれも。でもさ、その気持ち高橋に伝えてやればあいつ、絶対に立ち直れるぜ。」
その翌日、高橋は笑顔で朝練に出席した。
目は腫れていた。