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この世界の科学、あの世界の魔法  作者: SIM
第三章 世界一長い十五分
9/11

8.さあ始めよう

 どこから聞こえて来るのかもわからず、ただ走る。


『この一週間はまあ、嵐の前の静けさってやつを演出してみたんだが……どうだったかな?楽しんでいただけた?』


 目標が定まっていないからすぐに足が止まる。

 どこだ、どこから聞こえて来るんだ。


『んで、まあこれから、嵐を起こそうと思う。とびっきり大きな──ね』


 上からも聞こえて来る気がするし、遥か遠くから聞こえて来る気もする。

 ただ一つ、確かなことは、今回は街の放送機器を使っていないということだ。

 あちこちにあるスピーカーからはその声が聞こえない。

 つまりこの放送はロボット自身から発せられている可能性が高い。

「クッソ……どこだ、どこにいる!」

 嵐を起こすと言った。

 これからあのロボットがするのは、たぶん、たくさんの人殺し。

 これはもう災害レベルだ。僕が止められなかったとして、それを『仲間』が怒るだろうか?

 いいや、怒らないだろう。なんだかんだであいつら、僕に甘いから。

 でも違う。そうじゃない。

 散々言い訳を探した。

 僕があのロボットを止める理由。

 あれが人殺しのロボットだからだとか、『仲間』に殴られるからとか、そんな誰かに理由を押し付けるようじゃこれからも戦えない。

 やっぱり、戦う時は僕のためなんだ。

「あのロボットは胸糞悪りぃ……!」

 結局は、本当の意味で僕のために戦うのだ。


 ふと、旧東京ドームの上で朱色の空が歪んだ。

 耳を傾けてみれば、声は確かにそこから聞こえる。

 空間を裂くようにして現れる赤褐色のボディ。

 そのコア部分は怪しく光り、その周辺は魔力によって黒く渦巻いている。

 首を吊られているかのような浮かび方をする《紅い獅子》そっくりのロボット──《レオーネ》の姿が、一週間ぶりに僕の網膜に焼き付けられる。

 それを見た僕は、上級下位魔法《飛翔》を発動したのち、

元素魔術エレメンタル──《ウィンド》」

 魔術による補強を施し、空を翔ける。




「──ねぇ」

 何か、大きな魔法の予兆を感じキタノが声を出す。

 それに反応する《魔女》は一人もいない。

「今、何か聞こえなかった?」

 外で何か大きな声……何かの放送?が聞こえた気がしたのだが、窓が邪魔をしてはっきりとは聞こえなかった。

「……何か聞こえたとして、それがどうしたのにゃ?」

 ようやく反応したのはチヒロ。たが、やけに刺々しい対応に不審感を募らせる。

「どうしたって──」

「たぶん、今のはテロリストの放送。何か放送機器を使った感じはないから、ロボット本体に拡声器か何かを取り付けて喋ってるんだろうな。マイクみたいに」

 テレビに噛り付いて離れないシノイの言葉に目を見開く。

「アタシ、耳は良いんだ」

 そういうことを聞いているのではない。

 なぜそこまでわかっていて、動こうとしないのか。

「にゃー、西織ちゃんはわかってないッすにゃー」

 呆れたように、嘲笑をたたえてキタノを見るチヒロ。

「ウチらは区役所警察機動課。警察って名前にあるからって、どんなテロ事件にも出るわけじゃないのにゃ」

 ユラギの髪を弄りながら、『当たり前』を呟く《魔女》に、キタノはひたすら疑問符を浮かべる。

「どういう、こと?」

 なぜかわからない。

 背中を冷気が伝う。

「ウチらは警察である前に《魔女》部隊。つまり、《政府》直属の組織でもあるッす」

 何がつまりなのかわからない。

 《魔女》部隊である前に、警察だろう。

 何を言っているのだ。

「そんなウチらはー、《政府》の許可無しには動けないにゃ。どんな事件であろうとも」

「そ、それじゃあのロボットを放っておくってこと?」

「ん?……まあ、今回ロボットが動けばそういうことになるッすにゃ」

 それがここでの『当たり前』。

 それに異を唱えれば、どうなるのだろう。

 この国では、《政府》の持つ力はとても普通とは思えないほどのものだ。

 それはキタノが、この世界に生まれてから変わっていない。

 ここの『当たり前』に反することは、《政府》に反することも同義。

「じゃあ、なんのために機動課なんてものが──」

「それを考えちゃったらお終いだよ」

 シノイが口を挟む。

「アタシらに選択権はないんだよ?」

 それは、人形とどう違うのだろうか。

 言われるままに動き、事件を解決する?

 それはもしかしたら、解決していない事件なんかもあったってことじゃ──


「行きたいなら行けば良いのよ」


 奥の部屋の扉が開き、中からユイが出てくる。

「あなたは別に、何も気にすることはないでしょ。ソラから自由にして良いって言われてるんだから」

「え、そうなの」

 シノイがさも意外そうに言う。

「元々、この子達は上が引き入れろってんで迎えに行ったのよ」

「ソラちゃんが選んだわけじゃないのにゃ?」

「そう」

「じゃあ、興味があるわけじゃ──」

 そこで不自然に口を閉ざす。

 それっきり部屋を静寂が包む。

 その間に考える。

 自分が何をすべきか。

 その瞬間、キタノは部屋を飛び出し走り出す。




「……っだー、もう。チヒロ!口滑らしちゃダメじゃないの」

 ユイの声が、キタノのいなくなった部屋に響き渡る。

「にゃはー、ごめんごめん。でもあのソラちゃんが選んだんじゃないってことはつまり、そういうことっすよね?」

「……違うのよ」

 深いため息をついてユイがその先を続ける。

「最初は確かに上から引き入れろって言われただけだけど、最後にはちゃんと自分から興味を持っていたわ」


『ああ、気になって仕方がありません。上だけではなくソラにすら、このような感情を抱かせるなんて──余計に欲しくなりました』


「ふぅん?」

「でもまあ、それも吾妻ミナミに対してだけ──西織キタノのことはどう思ったんでしょうね。一応、あの子もソラを殺したんだけど」

「へえ、だからソラちゃん寝てるのかにゃ」

 興味なさげに呟くチヒロに、ユイはまたため息を一つ。

(この子には何を言っても無駄ね……)

 まさに暖簾のれんに腕押し。

 言葉がチヒロに響かない。

(ソラはなんたって、こんな危ない子を連れて来たのかしら)

 この《魔女》部隊は、ソラが集めた者で構成されている。

 ユイもそうだった。

 《魔女》として目覚めた頃、どこからともなくソラが現れ、一緒に来てはくれないか──と。

 当時、10歳だったユイは《シャッター》を破ってすぐに魔法を暴走させ、周りの子どもたちに忌み嫌われていた。

 それこそ、魔女だと。

 そんな噂がどこからかソラの耳に届いたのかもしれない。

 そうして機動課に入り、同じように集めた仲間で気付けば五人。

 そんなユイらには共通点があった。

 一つは、ソラが自主的に興味を持ち集めたということ。

 二つに、皆それぞれ、何かしらの曰く付きであること。

 だから気に食わないのだろう。

 この場に、ソラが選んだわけでもないミナミとキタノがいることが。

 その中でも、ことさらその気持ちが強いのがチヒロだ。

 彼女の闇は深すぎる。

 ユイが立ち入れるようなものではない。だから、チヒロのことを深く知っているわけではない。

 だが、少なくともソラは知っている。

 チヒロはそれを、許容している。

(このメンバーの信頼度も知れたものね)

 ユイはまた一つため息をつく。




『今からこの街を焼いて行きまーす。逃げたかったらさっさとしろよ?とりあえず十五分は待ってやるからさ』


 ふざけたことを抜かすロボットに向けて放つ魔術を構築する。

 右手と左手に集中する光は、精霊が集まることで発せられるものだ。

元素魔術エレメンタル──《アース》」

 右手に鉱石の塊が現れる。それが徐々に削られ、刃を象り、一つの刀となる。

 土が宿すのは数々の鉱石、金属。

 それらを組み合わせ、強固な刃を作り出したのだ。

 相手は所詮鉄の塊。それらが精密な構造で繋がれている。

 ならば、それらを切り離せば良い。

 そして、こういうロボットは総じて、関節が弱い──ッ!

 左手に精霊を留まらせたまま、背後から、こちらに気付いていないロボットの首を狙う。

 マフラーで目立たないようにしているが、首も立派な関節だ。

「らあぁぁぁぁあああ──ッ!」

 鋭い刃が、その首に突き立つ。

「ぐっ……!」

 硬い。途轍もなく硬い。合金とほぼ変わらない刃でさえも通らない。

 ええい、くそ、そんなの知るか。このままマフラーごとぶった斬れ!


『──ああ、またおまえか、ガキ』


 相手に気付かれた。

 だが問題ない。このまま押し切る!

 だが突き立つ刃は先へ進まない。

 なら……。

 左手の精霊にマナを注ぎ込む。

元素魔術エレメンタル──《ファイア》──付属エンチャント!」

 炎が剣を中心に上がる。

 紅いマフラーが焼け、首が露わになる。


 燃えろ──燃えろ──燃えろ──ッ!!


 口の中で新たな詠唱。

 発言している元素魔術エレメンタルファイア》を火力をあげるためのものだ。

 首回りの金属が溶けて行く。

 刃が突き刺さる。

 刃先十センチが、突き刺さる。


『鬱陶しい……!』


 《レオーネ》の左手が首の部分、つまり僕のいる場所に伸びる。獅子の爪のような鋭く尖った左手は僕を目掛け迷わず振り下ろされる。

 くそ、ここまでか。

 上級下位魔法《飛翔》と元素魔術エレメンタルウィンド》を組み合わせて飛び上がり距離を取る。

 その際、刀はそのまま置いて行く。

元素魔術エレメンタル──《レイン》!」

 水たまり程度の水が、刺さった刀の上に現れ、そのまま落ちる。

 機械は水に弱い。刃が突き刺さり剥き出しになった電子回路に直接水が触れ、電気が漏れ出る。

 その一瞬、《レオーネ》の動きが止まる。

 ここだ……!


元素魔術エレメンタル上位互換ライド──《サンダー》」


 稲妻が奔る。

 空から落ちた光が、鉱石──金属でできた刃に吸い込まれて行く。

 その周辺は濡れ、電子回路は剥き出し。

 そこに、雷が落ちる。


 ────ズゥンッ!


 付属エンチャントは、元素魔術エレメンタルによって生まれたものに、別の属性の元素魔術エレメンタルを上乗せするもの。

 上位互換ライドは、同属性の元素魔術エレメンタルを重ね合わせるもの。

 僕がしたことは結局、キタノの真似だ。

 キタノは初級魔法を組み合わせることにより、新たな魔法を生み出した。

 それはある意味で、キタノの固有魔法になり得る。

 あれと同じことを魔術で実践したのだ。

 雷を防ぎ得るマフラーと表面の金属を焼き。

 刃を刺すことで、脆い部分を剥き出しにして。

 さらに脆くするため熱した部分を水で急激に冷やし。

 そこに、金属でできた刃を避雷針として雷を落とす。

 ただでさえ脆い部分に、水による感電も合わせた複合魔術。


 結局、機動課であの強さを盗んでやろうという目論見も達成できぬままロボットは現れてしまった。

 今のままじゃ勝てない。

 そう思った時に思いついたのが、あの屋上でキタノがやってみせた戦闘スタイルだったのだ。


「……魔術を使って、科学の実験してる気分だよまったく」


 元素魔術エレメンタルの行使によるマナの消費は少ないとはいえ、慣れない連続使用のため疲労感はある。

 だが、そんな僕を休ませてはくれない。

 煙が晴れ、現れたのはあちこちが焦げた巨体。

 だが、大してダメージが無いように思える。

 なんとなく、表面を焼いた感じだ。


『……妙な技を使うな、ガキ。固有魔法か?』


 相も変わらず機械質な声に、耳が痛くなる。

「固有魔法……魔法と一緒にされちゃあ困る。困るけど……めんどくさいからそれで良いや。そう。これは僕の固有魔法だよ」

 聞こえているのかわからないが、わざわざ聞かす必要もない。普段の声量で返す。

 チッ、あのでっけえ雷を食らっても大した傷つけらんねえのかよ。

 もっと強力な何かを……と言っても、魔法は論外だし、魔術しかないんだけど……。

「あの鉄の塊に効くのか?」

 僕の魔術は精神系。

『あの世界』ではこんな鉄の塊を相手にすることなんて──ああ、一度だけあったか。

 あの時はどうしたんだっけ。

 リオンが動きを止めて、ユーノスがどデカいの一発。そしてキタノが一極集中の攻撃で崩して、僕がトドメ──あれ、僕何もしてないじゃんか。

 なんてこった。『あの世界』での僕の活躍って、実は何もないんじゃないか?


『──あと十分だ』


 そんな声が聞こえてくる。

 ああ、そういえば十五分待ってやるとか言ってたんだっけ。律儀に守るのかこいつは。

 下を見下ろせば蟻のような人間が蠢いている。逃げようとしているのだろうか。

 無駄なのに。たった十五分でどこへ逃げようというのだ。

 あと十分でこいつをどうにかしないと、あの人間たちが危険に晒される?……もっと言えば、死ぬかもしれない。

 そんなのを知ったら、リオンは、ユーノスは、どんな顔をするのだろうか。立ち向かうのだろうか。

 僕はごめんだ。この十分でどうにもならないのなら逃げる。

 命が惜しいから、逃げる。

 ………………。


 僕が取った行動は。


「──とりあえず、時間までは踏ん張る」


 らしくもない、だがある意味では最も僕らしい。


 偽善だった。

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