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この世界の科学、あの世界の魔法  作者: SIM
第二章 東京区役所警察機動課
5/11

4.正義への誘いに

 何が起こったか、と問われれば、返す言葉は一つしか存在しなかった。


 つまり、『何も起こらなかった』。


 あれから一週間が過ぎた。

 特に何が起こるでもないまま。

 《レオーネ》はその姿を眩まし、東京区はことさら不気味な、嵐の前の静けさというやつを演出している。

 一週間も経てば区民は興味を日々の生活にシフトする。そこかしこで話題になりこそすれ、その危険性を理解している者は民間人の中には少ない。

 そんな中、どこに属しているわけでもない、学生という立場から考えれば民間人以外の何者でもない僕、吾妻あづまミナミは今日も今日とて屋上のベンチに座り時間を潰していた。

 蒼と白のコントラストが、見上げた先には広がっている。

 はて、なぜ空は蒼いのだろう。

 確か、太陽の光は七色あって……だとかそんな感じだった気がする。まあ、興味無いからどうでも良いや。

 一瞬で興味は空から別のモノへと移る。

 このように、僕も民間人の一人として次から次へと興味をシフトさせている。

 シフトさせた先にあったのは、屋上の扉を開け放ち、その歩みをこちらへと進める西織さいおりキタノだ。

 だがその興味も一瞬で失せた。

「ちょっと、今こっち見たよね。なんですぐ視線を逸らすの?」

「興味を持つまでもないと思ったから」

「へぇー……あ、なるほど。もうお互いのことをなんでも知ってる仲ってことか」

 刹那、怖い顔が浮かんだ気がするがそれもすぐに消え、代わりに明るく跳ねるような声を出す。

「なんでそんなクソみたいにポジティブな思考回路を繋げられるの。もしかしてマゾ?」

「だとしたらミナミちゃんはどうするのかなぁ」

「めんどくさいから人生やり直す」

「そっちの方が随分めんどくさいと思う」

「だろうね。だからそんなことさせないでよ」

「今のはツンデレと受け取って良い?」

「お好きにどうぞ」

 相手するのもめんどくさくなって、僕はまた空を見上げる。

 やはりそこには変わらず、蒼と白が絶えず変化するムービーが展開されていた。


 一週間前、僕らはこの上空で《レオーネ》と戦った。

 もはや戦ったと呼べるのかわからないほどに僕はボロボロだったけども。

 でも、成果はあった。

 まず一つ。この世界でも魔術が使えるのがわかったこと。

 そして二つ。キタノが《シャッター》を破り、《魔女》として覚醒したこと。

 二つ目に関しては、いつかこの日が来るだろうなとは思っていた。

 何せ、キタノの中には、植え付けられた思い込みなんか強く跳ね除けてしまう獰猛な獣がいるのだから。

 その獣が何らかの理由により表に出て来てしまったため、いとも簡単にキタノのナノチップに施された《シャッター》は破られたのだろう。

「そういえばさ、聞いてなかったと思うんだけど」

「何を」

 キタノが顎に人差し指を当てて、斜め上を向きながら言う。

「なんであの時、《紅い獅子》そっくりのロボットへの攻撃を止めたのかなーって」

「…………ああ」

 あの時僕は、まあ、言ってしまえばキタノの攻撃を邪魔した。

 単に叫んだだけだけども。

「おまえも聞いただろ。あのロボットから聞こえる声」

「んー?……聞いたような聞いてないような……私、あの時の記憶曖昧だし。それとなーくは憶えてるんだけど」

「あのロボットからは、機械質な声が聞こえてたんだよ。なんとなくだけど、あれはたぶんテロ放送の奴と同じ声。ってことは、あのロボットには人が乗っていた。遠隔操作とかじゃないんだよ、あのロボットは」

「うぇ、この時代に、ロボットに乗り込んで操縦……?なんでそんな危ないことするのかなぁ」

「さぁね。直接人から魔力を供給する必要があるのかもしれないし。とにかく言えることは、あそこでキタノが《爆咆哮》撃ってればあの中にいた人間は無事じゃなかったってこと。つまり──」

「──私は、人殺しになっちゃってた、ってことか。んー、なるほどねぇ。あの子が出て来ると私も手がつけらんないからなぁ。そもそも、眠ってるような感じがするから何もできないっていうか」

「言い訳するなよ。あれだっておまえだろ」

「あっはは、まあね。最初は怖かったけど、今じゃ立派な私だよ」

 キタノの中には、もう一つの人格がある。

 それは生まれつきのものではない。『あの世界』を冒険してる時、とある出来事が原因で新たな人格が生まれてしまった。

 まあ、簡単に言えば二重人格だ。

 その人格が表に出ている時のキタノは、凶暴で獰猛。

 キタノ自身もそれを抑えることはできない。

 その時の記憶は、元に戻った時に『こんなことがあった』程度の薄い記憶として定着する。こと細やかに思い出せるわけでもないが、まったく憶えていないわけでもないという、とても微妙な感じらしい。

 僕だったら耐えられない。気味が悪い。

 でもそれを平然と受け入れて、上手くやっていけているキタノは純粋に凄いと思う。

 決して口には出さないけど。

 だって、めんどくさいから。

 キタノのことは凄いと思うけど、嫌いなのは変わらないし。

 って、僕は誰に言い訳してるんだ。

「どうしたの。急に頭ブンブン振っちゃって」

「ちょっと眠いんだ。寝るからどっか行ってくんない」

「嫌だ」

「やっぱ嫌いだおまえ」




 やがて、そのままベンチに横になって本当に寝てしまったミナミの寝顔を見ながら、キタノは顔を綻ばせる。

(あぁ、可愛いなぁもう)

 キタノは知っている。ミナミは誰にでも嫌いと言うことを。

 キタノは知っている。ミナミが嫌いと言うのは、人を寄せ付けないためだということを。

 だが、キタノやら『仲間』はすでにミナミにベッタリだったのだ。今さら寄せ付けまいとしても意味がない。

 つまり、キタノたちに向ける『嫌い』という言葉や、邪険な態度は全部──

(なんだかんだで、受け入れてるんだよなぁ。私たちを。今は私しかいないけど)

 初めて出会った時──『あの世界』で初めて出会った時のミナミは、この世界で知っていたミナミとは少し違っていた。

 その隣にはリオンがいて。ユーノスがいて。

 どんな経緯でそうなったのか、キタノは知らない。

 だけど、あの『友情嫌い』のミナミが、隣に『仲間』という存在を置いていたことにとても、とっても驚いた。

 相変わらず『嫌い』とは言っていたが、リオンやユーノスに向ける『嫌い』は、他者に向けるそれとは少し違った。

 ミナミを追って『あの世界』に転生して、やっと追いついたと思ったらそんなところを見せられて。

 キタノは、ミナミがすぐそこにいるのに遥か遠くに行ってしまったかのような錯覚を憶えた。

 それから紆余曲折あって──ありすぎて本当──唐突ながらにキタノはミナミに『──』した。

 そしてミナミの口から放たれた一言。


『死んで死んで死ね。百度死ね』


 今でもあの時を思い出すとニヤけてしまう。

 だって、そう言いながらもミナミの顔は真っ赤に染まっていたのだから。

 その反応を見て当時のキタノは大はしゃぎ。リオンとユーノスにもからかわれるミナミは本当見てて楽しかった。

 顔が赤いのは酒のせいだと言って、酒をガブ飲みして倒れてしまったのも可愛かった。


 何の曇りもない寝顔を見せるミナミの、色白な頬をツンと突つく。

 ミナミは少し唸って、また元に戻る。

(お、これ楽しいぞ?)

 面白がって調子に乗ったキタノは、ミナミに触りまくった。

 傍から見れば、リア充バカップル爆発しろ──である。




「おまえらに、一つ聞きたい」

 またいつも通りの授業が始まるのかと思ってた矢先、新任教師がそう切り出した。

 何を血迷っているのか、街はいつもと変わらない日常を過ごしている。その中には学校も含まれていた。

 つまり、まあ、その、なんだ。

 テロなんてものがあったにも関わらず、普通に彩られるこの街は、やはりどこか異常だ。

 そんな異常者である教師が続けた一言は、どこか異常で、それでいて普通だった。


「おまえらは、なんだ?」


 そんな質問などまったく予想していなかったため、僕とキタノは面食らった。

「屋上でのあれは見ていた。あんなところに得体の知れないデカブツがいたことに盛大に驚いた」

 教卓に手をつき、こうべを垂れながらうわ言のように呟く。

「だがもっと驚いたことがある」

 ゆらりと顔を上げ、その先を続ける。

「《魔女》なのに魔法を上手く扱えていない。そんな奴がなぜあんな巨体に立ち向かうのか」

 そう言って僕を見て、

「あの巨体をも下さんとするのか」

 キタノを見る。

 そして再度、同じ質問をする。


「おまえらは、なんだ?」


 尋ねる教師の目に、僕らは一体どんな風に映っているのだろうか。

 魔法使い。《魔女》。生意気な生徒。突然凶暴な性格になる少女。

 僕らは、僕らを指すのにピッタリな言葉を持ち合わせていない。

「何者か、だってさ。キタノならなんて答える?」

 教師にも聞こえる声で言う。

「んー……私なら、どうだろ。ミナミちゃんは?」

「さあね。そもそも、こんなこと聞かれるだなんて思ってもみなかった。まったく期待されていない答え方ならできるよ?僕らはただの19歳の留年男女だ。それ以外の何者でもないんだけど」

「それ、使い古されてるし答えになってないよねぇ」

 僕らの会話を聞きながら、教師はずっと待っている。

 これは、答えるまで引く気はないな?

 でも、ホントに何とも言えないんだけど。

 ならば、ここは言葉を借りようか。

「先生には僕らが、何に見える?」

 その問いが、答えに繋がると思ったのか意外とあっさり教師は答える。


「俺には……クソ生意気な生徒という皮を被った、化け物に見えるが」


 化け物。

 化け物だってさ、僕らは。

 ははっ。

「その通り。僕らは化け物だ。なんだ、わかってんじゃん」

 化け物だよなぁ。そりゃ。

 そしてそれは、僕ら以外にも当てはまる。

 人間のくせに魔法なんていう兵器を持ち合わせ。

 そのくせ、時に魔法に恐怖を抱く。

 その矛盾に人は気付かない。

 それに気付いている僕らは、やっぱり人からかけ離れているのかも?

 僕のその答えをどう受け取ったのか、教師は目を細める。

 キタノは何も言わず、その黒い髪をくるくると弄っている。僕と同じで良いのだろうか。

 結局その日の授業は、自習になった。

 ま、ありがたかったけど。




 思えば、教師のあの問いは一種の伏線だったのかもしれない。

 その日の放課後。

 やはりいつも通り、屋上で時間を潰していたらそいつらは来た。

 バンッと開けられた扉から出て来たのは二人の女。

 この学校の生徒でないのは、服装や顔つきから見ればわかる。

 そんなイレギュラーな事態に、僕とキタノは鈍感に反応する。

「なんだよ、人の眠りを邪魔するやつはバチが当たるぞ」

 僕が牽制の意味も込めて言葉を吐くと、二人いるうちの背の低い方が微笑んだ。

「すみません、吾妻あづまさん。でも、規則正しくない生活リズムは身を滅ぼしますよ?」

 いや、ねーよ。規模がデカすぎだろ。

 ちょっと昼寝するくらいで人の体が滅んでたまるか。

 そんな文句が頭に浮かんだが、なんとなく不毛な気がしたので口には出さなかった。

 代わりに、キタノが口を挟んだ。

「あなたたちはだぁれ?」

 笑いかけてるつもりなのだろうが、目が笑ってない。逆に怖えよ。

「ああ、自己紹介がまだでしたか。……でも、人に名前を聞く時はまず自分から全てを曝け出すべきではありませんか?」

「名前を聞くくらいで全てを曝け出さなきゃいけない理由を教えてくれるかな」

 たまらずキタノがツッコんだ。まったく、我慢できない奴だなぁ。

 だが、ここで僕も口を挟んだ。

「そこは『名前を聞く時はまず自分から名乗るべきでは』でしょ。そして、おまえらに名乗る必要あるの?」

 さっきこいつ、普通に僕の名前を呼びやがった。

 どうにもきな臭い連中だ。

 すると、背の高い方がどこからか資料を取り出しそれを気怠そうに読み上げる。

「──吾妻ミナミ。年齢19。性別男。特筆するようなプロフィールは特に無──童貞」

「ちょっと待てやコラ」

進徒しんと112年十二月から115年四月までの二年半のデータは一切なし」

 僕の静止も構わず資料を読み上げ続けるそいつ。

 ちなみに、進徒しんとというのは今の年号である。第三次世界大戦終了後から進徒1年とし、今は115年にあたる。

 その女はなおも続ける。

西織さいおりキタノ。同じく年齢19。性別男──」

「は?」

「──のことが好きな女」

 たまらず吹いた。

「ちょ、ミナミちゃんっ!」

「ぷはっ、ははは!男のことが好きな女って!やべえ、その通りじゃん!もろビッチ!あははっ、ぷはははは!」

 お腹が痛い。でも笑いが止まらない。

「はははははっ!ははげふぅっ!」

 キタノの裏拳が鳩尾に入った。

 咄嗟に《超反射》を発動することもできず、たまらず膝をつく。

「ミナミちゃん、あとでお医者さんごっこしよっか♡」

 お医者さんごっこ。

 年頃の男子ならば誰もが一度は憧れる魅惑の言葉。

 だが僕はわかる。こいつにあんな甘いのをやる気はない。

 たぶん、手術だとか針治療だとか言って惨い拷問をするのだと思う。

 裸にひん剥かれてあちこちにメス(と称したナイフ)を麻酔無しで刺し入れたり、注射(針)をあちこちに打ったり。

 想像するだけで血の気が引いていく。

 そんな僕らを放って、背の高い方の女はまだ続ける。

「特筆するようなプロフィールは……ああ、二重人格っていうのがあるわね」

 僕とキタノは戯れる手を止める。

 キタノのもう一つの人格は『あの世界』の冒険中に生まれたものだ。さらに、この世界に来てからあの人格が表に出て来たのは一週間前のあの日だけ。

 その情報をなぜ。

「で、こちらも同じく約二年半のデータが一切なし──」

 そこでようやく口を閉じ、続きを背の低い方が引き継ぐ。

「確かに、吾妻さんの言う通りあなた方のことは調べがついています。ですが空白の二年半のことは何もわかりませんでした。あなた方がどこで何をしていたのか──どれだけ調べを尽くしても。

 だから、教えてくださいませんか?あなた方が一体、何なのか」

「……なるほど。だからこそ『全てを曝け出せ』っていうことか。いや、それでもおかしいんだけどもね。

 さて……断るって言ったら?」

 ようやく痛みが和らいできたので立ち上がりながら言う。

「生憎と、おまえらに教えるようなことは何もない。勝手に調べられるのは胸糞悪いけど、それは好きにすればいい。でも、僕らからは話さない」

「それは困りましたねぇ……。このままでは上に怒られてしまいます」

「なんの目的でそんなことを調べてるのか知らないけど、怒られてろよ。プライバシーの欠片もない女はさ」

「ふふっ、口が達者ですね。まあサブの話題はこの程度にしておきましょうか。正直言って、あなた方が何者か、などというのはどうでも良いのです。上が勝手に興味を持っているだけなので」

 途端に態度を変える女。女というか、女の子。

「今日、直接あなた方を訪ねた本当の理由はですね」

 女の子は右手の平を頬に当て、落ち着いた笑みを見せた。

「勧誘です」

 勧誘?

「では遅ればせながら自己紹介を。東京区役所警察機動課長の相空あいそらソラです。ソラのことはソラとお呼びください」

 東京区役所警察機動課。

 名前だけなら聞いたことはある。

 あそこは《魔女》の巣窟。

 《魔女》として覚醒した魔法使いの中でもさらに優秀な者で構成される、武力行使を許された警察組織。


「吾妻ミナミ、西織キタノ。あなた方の《魔女》としての実力を認めたため、機動課《魔女》部隊への勧誘に訪れました」


 女の子──ソラの微笑みが、黒く怪しく光る。

「ソラはあなた方をなんとしても引き入れたいわけですが──どうされます?」




 一週間。

 その期間の間に、テッペイとハルトが掴むことのできた手掛かりは皆無だった。

 いくら調べても犯人についてわかることは何一つとしてない。

 あるとすれば、あのペンダントだけなのだが……

「鑑識、仕事サボってるんですかねぇ……」

「んなのが警察にいるんだとしたら、もうこの国は終わりだな」

 ハルトがぼやけばテッペイが愚痴る。

 この構図が続いて数日。粗方調べ尽くした二人は、どこへ行くでもなくひたすら考えていた。

 刑事の基本はとにかく動く。

 現場に出なければ始まらない。

 始まらない……のだが、今回のテロは普通と違う。

 まず、現場らしい現場がない。

 当然だ。テロと言っても、何が被害を受けたわけでもない。

 今回のテロは、あの赤いロボットが盗まれたことにあるのだから。つまり、今回の現場はロボットそのものということになる。

 そのロボットが姿を眩まして一週間。できることと言えば情報を集めることくらいだ。

「……今日はどうします?どこかに出向きますか?」

「無駄だろうな……それならば、唯一の手掛かりかもしれないペンダントについて待つしかねえ。あのロボットがいつ動くかも知らないから気持ちも焦っちまうが、今は待つことくらいしかできん。動くのは、ペンダントの鑑識結果が出てからでも──」


「鑑識結果、お持ちしました!」


 公安課の扉が開け放たれる。

(やっとか……!)

 ハルトは昂ぶる気持ちを抑える。

 鑑識の青年が見せる表情を見ればわかる。

 ──ヒットだ。

「時間がかかってしまい申し訳ありません。このペンダント、情報解析妨害魔法がかけられていて」

「妨害魔法?なんだそりゃ」

 魔法に少し疎いテッペイに、鑑識の青年が説明する。

「トラップ式の魔法……ですかね。我々の情報解析魔法を文字通り妨害するものです。といっても、普通は物に長時間魔法をかけておくなんてのは到底一般人には無理です。まずもって、できるわけがない、という固定観念がありますので。

 つまり、このペンダントに妨害魔法をかけたのはまず間違いなく《魔女》──」

「今回のテロリスト──ッ!」

 ようやく捜査に進展が見られたことでわかりやすくはしゃぐハルトとテッペイ。その様子を見て、鑑識の青年もこの一週間の努力が報われた気がした。

「高度な妨害魔法だったため時間がかかりましたよ……でも、かけた分の成果はありました。

 このペンダントは情報記録端末で、ペンダントに埋め込まれたナノチップに魔力を送り込むと、ナノチップに何かを記録したり、その記録したものを見たりできるんです。その中に記録されていたものが──こちらです」

 青年がペンダントに魔力を送り込み、記録されたものを映像化する。

 それは、どうやら誰かの『記憶』のようだった。

「おい、記憶なんてもんまで記録できちまうのか?」

「できないことはありませんが……それにはまず、記憶を鮮明に思い出し、尚且つそれを『物』だと思い込む必要があります。そして、箱に『物』をしまい込むイメージで……ストンと。

 やろうとしてできることじゃありませんよ。これができるとしたら、相当自分の魔法センスに自信があるということです」

 説明を終え、次はこの『記憶』について考察する。

「この二人の男女は姉弟で、姉の名前が月島カグヤ。弟の名前が月島タケトラ。ペンダントの持ち主である月島カグヤは、弟との思い出をこのペンダントに遺しておこうとしたんだと思います」

「そんなの、その時にカメラとか使えば良くないですか?」

 そんなハルトの疑問に、青年は淀みなく答える。

「撮ろうと思って撮れるなら良いですが、そうでない思い出もあるでしょう?」

「新しい思い出とかじゃ……」

「たとえば──新しい思い出を、作れなくなったら?」

 その言葉が意味するところを理解する前に青年が答えを言う。

「調べたのですが、月島タケトラはもう一年近く病院のベッドで横になっています。脳の大部分が損傷していて、目を覚ます見込みはなし。脳死判定を出されていますが……姉がそれを受け入れず、死体として片付けることもできず。そのまま姉は失踪。弟はベッドの上──と」

「つまり、テロリストは月島カグヤの方か……だとして、なぜこんなテロを起こす。月島カグヤの背景は?」

「《政府》の上層部に勤めていたそうですよ。そこから先は調べられませんでしたが……おそらくその時に何かがあったのだろう、としか」

「協力者の存在は?」

「今の所は認められていませんね……流石にそこまでは調べてません」

「だろうな。ここから先は公安課の仕事だ。助かった」

 テッペイの素直な礼に、青年は気持ちの良さそうな笑みを浮かべる。

「せっかく持ち直したモチベーションがすぐに切れて一週間。ようやっと、今度こそ本当に先に進んだんだ……繋がった糸が切れねえようにしねえとな」

 テッペイの漏らした呟きに、ハルトは心底共感した。




 移ろう思い出。

 次から次へと変化し、絶えず脳にチラつく映像。

 これは……姉との思い出。

 今思えば、姉はずっと少年にべったりだった。

 仕事が忙しいくせに、日に日に愛とやらが増していく感覚にほとほと参り、それに反比例するように姉を拒絶するようになった。

 まあ、すればするほどべったりしてきたのだが。

 そんな現状に終止符を打ちたかった。

 ただ、それだけなのに。


 学校帰り、声を掛けられた。

『バイト、してみないか?』、と。

 ちょっと魔法のテストに付き合うだけで50万。

 ラッキー、と思った。

 内容を聞けば、ただ魔力を放出し続ければ良いらしい。

 ファンタジーのように、魔力を放出し続けたら気怠くなる、命に関わる、なんてことがない現代で、そのバイト内容はとても魅力的に映ったのだ。

 それに、50万なんていう額を自分で稼げると証明できれば、姉から離れて一人暮らしなんてのもできるかもしれない。

 それに、まさか現実にそんな怪しいバイトがあるわけ──

 そんな甘っちょろい考えで少年は、そのバイトを引き受けた。


 姉から離れたい。

 簡単なバイトで50万は魅力的。

 現実に危ないバイトなんて存在しない。


 そんな思い込みは、少年と、姉をも巻き込み破滅の道へと誘う。

 その少年の名前は月島つきしまタケトラ。

 今は、病院のベッドで眠る、カグヤのただ一人の家族であった。

何か分かりづらいところがあったら指摘していただくと助かります。

細かい設定ばっかり決めてるくせに、大事な設定が曖昧だったりするので(真顔

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