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この世界の科学、あの世界の魔法  作者: SIM
第一章 この世界の科学
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3.まあそれも、使う人次第なんだけど

「ラァァァアア!!」

 屋上から飛翔する。

 空気の壁が顔を打つが、それを《超反射》で押し返し、さらには自分のスピードに変える。

 高速で空を飛ぶことで起こる障害を跳ね除け、そればかりか己の力に変えてしまう。その圧倒的な魔法センスは《魔女》の中でも格が違う。

 先ほど魔力による歪みが生まれたところに狙いを定め、上級下位魔法《爆咆哮ばくほうこう》を放つ。

 広範囲に爆風を散らす《超爆咆哮》とは違い、一極一点に向けて放たれる。それゆえ、最初から狙いが決まっている場合にはこちらの方が威力が高い。

 それを感覚的に知り、利用するのは西織さいおりキタノだ。

「チッ……空振りか」

 口調から雰囲気から、そのすべてがキタノとは別のものだ。

「──出て来いよ巨大ロボットォ!私がぶっ壊してやっからぁ!」

 返る言葉はない。

「虱潰しに行くか……」

 呟き、キタノはまた新たな魔法を展開する。




 既視感のある、妙な爽快感を感じた。

 爆風に圧され、かなり遠くまで吹っ飛ばされた。

 脳がズキズキと痛む。腕は痺れ、全身から力が抜けるような倦怠感に舌打ちする。

 危なっかしくも《飛翔》で体勢を持ち直し、今まで自分がいた方を見る。

 と、視界がボヤけた。

「……っー、血か……」

 額から少々血が流れている。おそらく、爆風によって学ランのどこかが壊れて、その破片が当たったのだろう。

 見れば学ランの右袖についているボタンが一つ無くなっている。

 ……さっき、僕は明らかに上級上位魔法を超える魔法を食らった。とても防げそうに無かったはずだ。

 だが現に僕は生きて、ここにいる。多少吹っ飛ばされたけども。

 どうして?

 それに、先ほどの既視感のある妙な爽快感……なんというか、この世界の魔法を使う時の不快感とまるで逆の──

 ここまで至り、ある可能性に辿り着く。

 まさか……使えるのか?

 この世界でも……地球でも、あの世界の魔法まじゅつを……?

 確かに、この世界に戻ってきてから魔術を使ったことはない。使おうともしなかった。

 ここは地球で、魔術を使えるはずがないと思ったからだ。

 だからこそ、この世界の魔法を少しでも多く使えるようになろうと、その方法を模索し、《シャッター》を破り上級上位魔法まで使えるようになった。

 不快感に悩まされながら、この世界にはこれしかないのだからと、必死に自分を納得させて。

 だが、もしかしたら、その必要はないのか?

 この世界にも、精霊はいるのか──?

 でも、そうでなければ説明できない。

 あの魔法を相殺するほどの魔術を、僕が使ったのでなければ、他に何があると言うのだ。

 やるしかない。

 初めはただ、見憶えのあるあのロボットのことを知りたいと、そんな軽い気持ちだった。

 ちょっとくらいなら首を突っ込んでも死にはしないと、そう思っていた。

 でも、やっぱり兵器は兵器だった。

 躊躇い無く人を殺そうとする。

 いつの時代も、すべては何かを壊すためにしか存在しない。

 そんな中で、僕は。

「人を殺したら、次会った時にあいつらにボコられるからなぁ……めんどくさいけど、人殺しのロボットは放っておけなくなった」

 目の前に人殺しがいて、それを止めなければ自分もまた同じ人殺し。

 確か、ユーノスが言っていた言葉だ。

 今でもめんどくさいことに巻き込まれるのは嫌だ。嫌いだ。胸糞悪い。人助けなんてそんなの偽善だ、反吐が出る。

 でも、『仲間』の言葉をないがしろにするのは後味が悪い、かなぁ。

「──よし、痛いのは嫌だけど、あいつらにボコられる方がもっと痛いから、あのロボットを何とかしようか」

 さっきまではただの興味本位だった。

 だけど、理由が出来た。

 あのロボットをどうにかしなくてはいけない理由。

「あー、最初から決まってたなぁ」

 何のために首を突っ込むか。

 何のために戦うか。


「──そんなの、自分のために決まってる」


 そして、戦うための手段も手に入れた。この世界に存在した。

 魔術。

 魔術に、空を飛ぶためのものはない。

 だから魔法の《飛翔》で飛ぶ。覚束ない足元を、慣れた〝魔術〟で補強する。

 五大元素、火、水、雷、風、土。

 その内の、風を操る魔術。

『あの世界』では誰もが使えた魔法──元素魔術エレメンタル

元素魔術エレメンタル──《ウィンド》」

 最初は、えらく厨二な魔術だと思った。

 こんな小っ恥ずかしい詠唱を、『あの世界』の住人は日常的に口ずさんでいた。

 見ててイタかった。目を逸らしたくなった。

 でも、いざ使ってみると──とても、気持ち良かった。爽快感があった。

『あの世界』の魔法は、こんなにも清々しい。

 使い慣れた魔術により、精神的にも余裕が出る。

 もう大丈夫。僕は飛べる。

 無駄な出力が出る《超飛翔》はいらない。

 バランスを崩さない程度の出力に、《超加速》を追加する。

 僕は、その場から飛ぶ。




 上級上位魔法《金槌カナヅチ》を発動する。

 右手に魔力の奔流が現れる。

 ハンマーをイメージし、それを右手で掴む感覚。

 右手を高く振り上げ、空気を、叩く。


 ────ッガァァァン!!


 音が空気を伝う。

 衝撃が右腕を駆け抜け、少しだけ呻く。

 遠くからビリビリと音がする。

「あぁ……そんなとこにいたのかよ」

 《金槌》によって弾かれた魔力が相手に当たると、その動きを拘束する。

 その際大きな音を出すため、見えない敵を探すのにも使える。

 ただし、《超爆咆哮》に比べると範囲が極端に狭いため、ある程度絞ったところでしか機能しない。

 目を鋭く細め、標的を見定める。

「おーぃ、《レオーネ》?さぁん。もう隠れても無駄だぜぇ?さっさと姿晒したらどうよ」

 凶悪な笑みを浮かべるキタノ。

 そこに、数十分前までの、飄々とした余裕の笑みはない。

 ただ、獲物を狩るためだけに特化した狩人のようだった。

 やがて、空間がうねる。

(お、きたきた……)

 口角をニヤリと上げ、その赤褐色のボディを睨む。

 空間を裂くようにして現れた《レオーネ》は悠然と空に佇み、既に暗くなり始めた中に怪しく赤いコアが浮かんでいる。

 両の手にあたる部分では、展開された計八つの爪が鋭く尖っていた。

 《レオーネ》から声が響く。


『……きみは何者だ』


 放送で流れた声と同じ、ハスキーな女性の声。

 キタノは答える。

「何者でもねーなぁ……強いて言えば、とある少女の影?」

 答えになっていない答えに、《レオーネ》から放たれる声の持ち主が舌打ちする。

『チッ……日本語は知っているかい?』

「これが日本語に聞こえないなら、私はあんたにそっくりそのまま同じ言葉を返す。──ってかさぁ、そんなのどうだって良いんだよ」

 口元から笑みを消す。

 その代わりとでも言うように、キタノの周りの空気がうねりを上げる。


「──ミナミをぶっ飛ばしたのは、やり返される覚悟があってのことだよなァ?」


 不穏な気配を感じたのか、《レオーネ》がその場から離れようとする。

 だが、《金槌》によって動きを止められたそのボディは、ギシギシと音を立てるだけに留まっている。

「おーぃ、何をそんな恐がってんのぉ?」

 自分の周りに魔力を放出しながらキタノが言う。

「上級上位魔法よりさらに上の威力を持つ魔法なんてもんを使えるんだろ?それもそのロボットあってのことかもしれねーけど。使えるなら何もビビるこたぁないでしょぉ。私が使えるのは上級上位魔法まで。それもついさっき使えるようになったばっかり」

 淡々と事実を述べていくキタノ。

 それはまるで、何かの確認作業のようで。

「もしかして──」

 そしてここにきて、チェックをかける。


「攻撃力は上級上位魔法より上でも、防御力はそうでもなかったりして?」


 その一言に、《レオーネ》の動きがピタッと止まる。

「あははははは!当たりかぁ!そりゃそーだよな、レオーネなんて名前、いかにも防御捨ててるよな!

 百獣の王が他の動物に襲われるなんてことねーもん。最初ハナから守りを捨てちゃってるんだぁ。ははっ、納得だぁ」

 言う中で、空気中に放出された魔力が圧縮される。

「んーとさぁ、とりあえず、まあ」

 今から放とうとしているのは《爆咆哮》。だが、今回は込めている魔力が段違いだ。

 これが一箇所に向けて撃たれたら、一溜まりもない。

 それを、《レオーネ》に向けて。


「爆ぜ──」


「──ちょっと待てキタノォォオオオ!!」


 その場の空気が、一瞬だけ凍る。

 だがそれも一瞬。突如割って入った声に驚くも、すでに発動寸前だった魔法は止められない。

 《爆咆哮》は放たれ──


「キタノ、上ぇぇ!」


 ──る寸前で、その方向を上へと変える。


 ────ゴウッッッ!!


 全身に反動が返る。筋肉が痙攣しかけ、辛うじて持ち直す。

「キタノ!」

 割って入ってきた声の持ち主は、吾妻あづまミナミ。

 最初に空を飛んだ時のようなたどたどしさはなく、空を駆ける姿は様になっている。

 それは、キタノの『仲間』であり──

「ミナ、ミ……?生きてんの……?」

 飛んできたミナミがキタノの前に浮かぶ。

「勝手に殺すな。……こんなセリフ、リアルに言う日が来るだなんて思ってもみなかった。創作の世界そのものなあっちの世界でも言ったことない」

「ミナミ……」

「なぁに、名前を連呼されると少し恥ずかしいんだけど」

「ミナミ……ミナミだ。ミナミだ、ミナミが生きて、私の目の前に……!」

「ああもう、うるさいししつこいなぁ。名前を連呼するなっての。おまえは『普段の』キタノよりウザいから嫌いなんだ。早く引っ込んでくれる?」

「嫌だ、せっかく久々に出てこれたのに、ミナミと話せてるのに引っ込むなんて──」

「なら一度寝ててよ。やかましいから」

 ズドン、と、腹に重い一撃。

 そのままキタノは、意識を失った。

 辺りにはすでに、《レオーネ》の気配はない。

 闇に染まった空に、ミナミとキタノだけが浮かんでいた。




「な──起動課を出動させないッ?何でですか!」

 テッペイは区役所警察長室で声を荒げた。

 それに対し、椅子に腰掛ける警察長が答える。

「あの兵器、《レオーネ》と言ったか……あれが本当に、殺すことを目的とした『殺戮兵器』なら、そうそう人は投入できんよ。

 それに、なにより政府から許可が降りない。機動課の出動には、政府の許可が必要であることは君も知っているだろう」

 髪の生えていない禿頭とくとうに手を当て唸る警察長の姿を見て、テッペイは冷静さを取り戻す。

「しかし、あんなものが東京区の地下にあったことを政府が知らないはずがありません。だとしたら、政府はあのロボットの存在を知りながら隠していたということになり、つまりそれは──」

「それ以上は言うな、志島公安課長」

 区役所警察のすべてを仕切る男、警察長羽釜はかまジュウゼンは立ち上がり、テッペイと視線の高さを同じにする。

「我々が政府に逆らうことは許されん。この区の政府が動くなと言ったら動くとはできん。背いたら、どうなるかわかっているだろう」

「…………」

 俯き沈黙する。

 この国日本には、十二の区画が存在し、それらのトップに『政府』が設置される。

 現代において政府が持つ力は肥大化し続けており、魔法に関してもすべてを管理している。

 そんな政府に歯向かうようなことをすれば──

「……今回の捜査はここまでだろう。政府からの許可が降りない以上、何もすることはできん」

 席を離れ、窓から外を見つめるジュウゼン。

「そんな……!?」

「悔しいのはわかる……だから」

 なお反論をしようと思ったが、テッペイは見てしまった。

「君もわかってくれないか──ッ!」

 ──歯が欠けんほどに食いしばり、目をギラつかせるジュウゼンを。




「あ、テッペイさん。どうでした?」

 公安課室に戻ってきたテッペイをハルトが迎え入れる。

 課長席に腰を下ろし、胸ポケットから煙草を取り出しながら呟く。

「沖田、俺ぁ悔しい……自分の無力さってのを、痛感した」

 煙草に火をつけ、続ける。

「ああ、そうさ。人間ってのは無力だ。何も出来やしねえ。魔法なんてモノを使える今の時代でも、それは変わらねえ。本当の力なんてモノには、いくら手を伸ばしたところで届かないんだ。だから、代わりになるモノを求めて、それを手にしたら満足しちまう。

 そんなもんじゃ、全然足りねえのに」

 テッペイの様子を見て、ハルトは悟る。

(機動課は動けない、か……。まあ、今まで隠してきた軍事兵器を大っぴらにされたんじゃ、動くに動けないよなぁ、政府も)

 本来ならば、迅速に対応すべきだった。

 あの放送の直後に機動課でもなんでも動かせば良かったのだ。

 だが、あのテロは政府でさえもパニックに陥らせた。

 対応が後手に回り、今の膠着状態が完成。

「志島さん……志島さんが言う、本当の力って何なんでしょうね。それって、どうやって手に入れられるんですかね」

「わからん。俺も無力な人間の一人だ。……未だ本当の力ってやつを求め続けている方なのか、何か別のもんで満足しちまってる方なのか。それすらわからねえ」

 珍しく弱音を吐くテッペイに、ハルトは参ってしまう。

 だがどうにもならない。

 ハルトだって、魔法を使えこそすれ、無力であることに変わりはないのだから。

 あのロボットは、ハルトたちにはどうにも──

「──あれ」

 そこで何か、違和感に気が付く。

「なんだ、どうかしたか」

 何かが頭で引っかかる。

 何だ、視野が狭い。

 もっと広く、根本的なところから。

 ──ああ、なるほど。

「志島さん、僕たち、まだまだやれることありますよ」

「あ?何言ってんだ。あのロボットは俺たちにはどうにま──」

「ロボットじゃないです。テロリストです。最初からロボットなんて僕たちにどうにかできるものじゃない。僕たちが相手にするのは人間です。あのロボットを盗み出した犯人です!」

 いつから間違えていたのか。

 そうだ、最初は『犯人』を追っていたのだ。

 その手掛かりを掴む。そのために葛飾の無人放送局まで出向いたのではないか。

 それなのにどうして、ロボットをどうにかするなどという思考になる。ロボットが放った魔力のオーロラを見たから?

 どちらにせよ、目的を見誤っていた。

 自分たちが相手にするのは、人間だ。

 そのハルトの一言に、テッペイは豆鉄砲でも食らったかのように呆ける。

 だがすぐに我を取り戻し、舌打ちする。

「チッ……俺としたことが」

「仕方ないと思いますよ……それだけあのロボットの印象が強すぎたんですから」

「だとしてもこれは失態だ。しかも、その失態を部下に気付かされるとはな……」

 煙草を灰皿に捨て、気を取り直す。

「もう一度最初からだ……まずは手掛かりを探す。明日もう一度葛飾に行くぞ」

「はいっ!……と、そうだ」

 手掛かり、という単語で思い出した。

 ハルトはポケットから、ペンダントを取り出した。

「……?なんだぁ、こりゃ」

「ペンダント……だと思います。チェーンの部分が無かったり、妙に小さすぎる気もしますけど。これが葛飾の無人放送局の、入り口の門のところに落ちてたんです。何なのかはわからないけど、もしかしたら何かの手掛かりになるかな、と」

「あー……鑑識に回しとくか」

「ですね」

 そのペンダントらしきものを、袋に入れる。

「さぁて、やっと希望が見えた……つっても、地獄に垂らされた蜘蛛の糸くらい、ちっぽけで頼りない希望だがな」




 咄嗟に空高くに逃げた《レオーネ》。その操縦席に座り、カグヤは呻く。

「あんな《魔女》がなんで野放しになっている……!」

 一人目の青年は《魔女》にしては魔法の扱いに慣れていないようだった。

 だが、二人目の少女の《魔女》としての力は機動課に属する《魔女》にも匹敵していた。

 この巨体をも拘束してしまう《金槌》からして、その実力はある程度測れる。


 上空3000メートル。こんな高さでも《レオーネ》に問題は見られない。

 当たり前だ。この兵器の、他区画への牽制以外の存在目的を考えれば。

 ここまで来れば、あの《魔女》も追ってはこれまい。

 それにしても、あの圧倒的魔法センス……上級上位魔法を、『ついさっき使えるようになった』ばかりの少女ではあり得ない。

 そもそも、人間が魔法を使用するというのは、自身に強力な暗示をかけ、それを魔力によって具現化するということである。

 暗示をかけるためには、まずもって自信がなければならない。上級上位魔法を使えるようになったばかりの人間に、そんな自信があるはずがない。そのため、《シャッター》を破った《魔女》でもしばらくの間は上級上位魔法は使えないのだ。

 それこそが、《シャッター》が存在する理由。

 誰もが《シャッター》を破れるわけではない。さらには、破ったとしても使えるとは限らない。

 そんな思い込みを植え付けるためのものなのだ。

 みんながみんな上級上位魔法を使えるようになっては、日本は終わる。

 どうやら女性は、その《シャッター》が与える暗示を打ち破る力が強いようで、そのため《魔女》になりやすいという。

「……こんな、理不尽な魔法の特性のせいで……」

 なぜ魔法は女性と相性が良いのだろう。

 そんな特性があるから、カグヤの弟は──

「──過去のことで悔いるのは後、だな」

 とにかく、あの凶暴な《魔女》がまたいつ攻撃して来るともわからない。

 準備が済むまでは、かなり慎重に行った方が良さそうだ。

 今はここでこうして、ただ待つ──




「ロボットもどこかに消えた。空は真っ暗。常に魔力は供給されるとは言え倦怠感が凄すぎるし、魔術を使ったせいでさらに疲労を上乗せされた状態……今日はここまでかな」

 屋上で、キタノをベンチに寝かせながら僕は呟く。

 夜は冷える。本当ならこんなとこに寝かせていたら風邪を引くが……まあ、キタノだし良いか。

 それにしても、この世界でも魔術が使えるなんて思ってなかった。

 僕が致命的な攻撃を食らった時生きていられたのは、おそらく咄嗟に発動した《超反射》のおかげ、だけではない。

『あの世界』でもっとも使い慣れた防御魔術を無意識に展開したからではないだろうか。

 《超反射》と防御魔術。その二つが合わさって、上級上位魔法をも凌駕する攻撃を防ぐことができた。

 あのロボットのことについてほとんどわからなかったとはいえ、これがわかったでも収穫だ。

「……あのロボットと《紅い獅子》がそっくりなのと、この世界でも魔術を使えるのは何か関係があるのかな」

 屋上に吹く風が前髪を攫う。

 街にはポツポツと明かりが灯る。

 それはつまり、誰も逃げちゃいない証拠。

「ははっ、呑気だなぁ……もしかしたらあのロボットが、この街を吹っ飛ばす可能性だってあったのに。数時間攻撃が無かっただけであっさりパニックが鎮まるとか、単純だよねぇ」

 テロ放送があった直後、街は蟻が蠢いているようだった。気持ち悪いくらいに人間が街を縫うように逃げ惑い、周りの人間を突き飛ばしたりした。

 まあ、人間らしい。

 少なくとも、こういう時に正義ぶる奴は気持ち悪い。人間らしくない。

 ちなみに僕らは、別に正義のためにあのロボットを追ったのではない。

 興味があったから。

 《紅い獅子》との関連性が何かを知りたかったから。

 あとは、あれが人殺しの道具だから。

「……あれ、これじゃあ正義のヒーローの考え方じゃん。やめやめ。僕は『人殺しの道具だから』じゃなくて『それを見過ごすと自分も人殺しになるから』。それが嫌だから、あのロボットをどうにかするんだ。別に正義を振りかざすわけじゃない」

 自分まで人殺しにされたら、『仲間』が許さないだろうから。

「あーあ、ホント、仲間とかめんどくさいし、暑苦しいなぁ」

 なのにいちいち仲間仲間と言うのは、やはり僕もあの『仲間』に一種の居心地の良さを感じていたのだという証拠だろう。

「僕も、変わったのかね」

 誰が聞いてるわけでもない独り言に、風が答えた気がした。

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