表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界の科学、あの世界の魔法  作者: SIM
第一章 この世界の科学
2/11

1.この世界の魔法は

 ──高度に発展した科学は、魔法と見分けがつかない。


 僕らの世界を言い表すなら、まさにこれだ。

 オーバーテクノロジー。

 第三次世界大戦なんてものが起こり、また科学は進化した。この百年の間に何人もの天才、凡人が築き上げ、それを可能とした。

 そのオーバーテクノロジーは、こう名付けられた。

 すなわち。


 ────魔法。


 過去に、ファンタジーに必須の要素として様々な創作に利用された、誰しもが憧れ手を伸ばしたモノ。

 それが、この現代においては日常の一部と化している。

 人間に埋め込まれたナノチップと、血液を流れるナノマシンによって。

 ナノチップは、言うなれば魔力受信機。魔力と呼ばれるものを通信施設から体内へと受信する。

 それに対しナノマシンは、言うなれば魔力抗体。本来ならば、体が受け付けず害を及ぼすだけの魔力を、己の力に変えてしまう。

 これは、第三次世界大戦時に造り出された。

 人間兵器を、生み出すために。

 いつだって、科学は戦争とともに進化し、発展してきた。

 その結果が、この魔法。

 すべては殺すために。壊すために。そのための力。

 それを日常生活への使用にシフトし、既存の科学と併用する。

 それが現代の在り方だった。


 人は、常に受信される魔力を体内で弄び、必要に応じて対外へと放出する。そうすることで魔法が発動される。


「そう、こんな風に」


 言う教師の右手から電気が放出される。初級下位魔法《稲妻》だ。

「戦時は、こんな簡単な魔法でも相手を絶命へと追いやれた。ちょっと電圧と電流を弄れば一発だな。だがそれは、戦争を終えた我々には必要のない技術だ。

 それゆえに、民間人に施されている封印措置が《シャッター》。ナノチップに制限が設けられ、害のない、初級下位魔法しか使えないようになっている……ここテストに出るからな?聞いているのか、吾妻あづま?」

 当てられて、僕は少し驚く。

「聞いてましたけど……そんなボーッとしてました?」

「ノートも取らずに、黒板だけを見ていただろう」

「それが何か」

 飄々と答える僕に、教師は右手を上げる。

「何を勘違いしているか知らんが……ここは戦前の日本じゃないんだ。多少の暴力は許されているんだぞ?」

「だから、それが何か」

「……一度、痛い目を見なきゃわからないらしいな」

「あ、先生──」

 他の生徒が教師を止めにかかる。だが、そんな制止に意味はない。

 なぜなら、今は魔法があるから。生徒も魔法を使える学校において、多少の体罰は許されている。その本来の目的は、魔法を悪用する生徒への処罰。

 教師が説教する時にまで魔法が使われるようになり、それが今、僕に行使されようとしている。

 やれやれ……参ったなぁ。

「生徒のくせして──教師を、舐めるなッ!」

 振り上げた右手から放たれたのは真っ白なチョーク。初級下位魔法《加速》がかけられて、そのスピードは恐ろしく速い。

 こんなのが当たったら体罰のレベルを超えると思んだけどなぁ……。

 眉間に狙いを定められたチョークが、あと数センチで当たる──というところで、僕は魔法を発動した。


 ────初級上位魔法《超反射》


 チョークは途端にその威力を、スピードを、向きを、すべてのベクトルをそのまま逆向きにし、教師の方へと飛んでいき、右手にぶち当たる。

「あー……」

 教師を止めようとした生徒が額に手を当てて、ため息をついている。

「ッ、がぁぁぁ!」

「あーあ、先生、新任だから知らないんでしょ。この人がなんて呼ばれてるか」

 また始まった。こいつの、『僕』自慢。

 そんなことをしたら、逆効果だって気づかないのかな。

「この人ねー、カッコ良い名前で呼ばれてるんだよ?」

「あのさ、もうやめ──」

 たまらず制止に入るが、こいつは口を閉じない。


「──《魔女》」


「魔女……?何を言っている。《魔女》というのは──」

「じゃあなぜ、この人が初級下位魔法じゃなく、初級上位魔法を使えたと思う?」

「…………」

 それきり、教師は黙ってしまった。

 そのままチャイムが鳴り、授業は終了。痛むであろう右手を抑えながら教師は教室を後にした。

「……ホント、良い趣味してるよなおまえ。男のくせに《魔女》って呼ばれて、それをカッコ良いだとか」

「ふっふ〜。でも、現代で《魔女》の名前が持つ力は凄いでしょ?そんな名前を持ってるんだから凄いってことじゃーん。カッコ良いよそういうの」

「あり得ないね。やっぱキミの感性おかしいよキタノ」

「ははっ、それは君もでしょ、ミナミ〝ちゃん〟?」

「それ、ちゃん付けで呼ぶのやめてくんない」

「もう慣れちゃったし〜」

「ムカつく」

 二人しかいない教室で、僕、吾妻あづまミナミと西織さいおりキタノが駄弁る。

 この教室は、とある事情で休学していたため授業を受けられなかった生徒が集められる《特別学級》。僕とキタノは、約二年半の間学校に来ていなかったため、19歳になった今でも高一の授業を受けている。

 今の教師が僕たちに教えていたのは魔法学。魔法の成り立ちやら歴史やら、それらを総括した科目だ。

 本来であれば魔法学というのは、魔法歴史や魔法構造、魔法実技なんかに小分けされる。

 だが僕とキタノはすでに19歳。ゆっくりと基礎を学んでいる暇はないのだ。だから魔法学という形で一括りにする。

 でもまあ、正直言えば。

「……今さら魔法学なんて学んでもなぁ」

「ミナミちゃん、そんなんだから怒られちゃうんだよ?」

「だって事実でしょ。僕ら、これ以上の勉強する意味あるの?さっきの教師だってただ教科書の内容を口頭で説明してるだけだし」

「新任なんだから許してあげなきゃ。それに、卒業できなきゃ私たちは──」

「……あー、めんどくさいなぁ」

 僕は早く、あそこに戻らなきゃいけないのに。




 この世界の核兵器は、魔法の誕生によりその意味を成さなくなった。

 当然だ。最上級の魔法、上級上位魔法が使えれば、星を壊すような兵器も止めてしまうことができるのだから。

 そのため、核を切り札としてチラつかせていた国は方針を変えざるを得なくなった。

 その国は、魔法の開発に着手するのが遅れてしまったため魔法発展途上国と呼ばれる。……そのまんますぎて、普通の発展途上国とごっちゃになる。

 当然のことながら、発展途上国はそのほとんどが魔法発展途上国でもある。魔法が生み出されて100年になるが、それでもまだ、全世界に普及されたわけではない。

 発展途上国があれば先進国もある。中でも日本は、核兵器など最初から無かったため、魔法による戦力を得ようとしていた。

 だからこそ、最先端の魔法を造り出し、戦場を生き残ったその経験を活かし、魔法先進国最大の国となっていた。

 まあそんなわけで、僕らの住む国日本は、最先端の魔法を駆使する魔法先進国なのだ。

 だからそもそも、この国日本に戦争を吹っかけてくるような国は今や無いに等しい。それは、第三次世界大戦時に破棄された平和条約が機能していない今でも同じだ。

 ゆえに、僕らは平穏に身を委ねていられる。


「ねーぇ、ねーってばぁ」

 隣でやかましいキタノが、僕の進路方向にぴょこぴょこと顔を出して邪魔すぎる。

「……なんなの、さっきから」

「やっと反応した。いやね、なんだか最近、空気がピリピリしてるなーって思って」

 そんなことを言うキタノに、僕は眉を寄せる。

「あ?なんだよ、魔力が空気中に充満してるって?」

 空気がピリピリしている。その言葉の意味は、この100年で大きく変わった。

 戦前は、一触即発の意味で使われていたが、新たに意味が追加された。

 空気がピリピリしている。その意味は、魔力発信施設から放射されている魔力の量が多すぎて空気中に充満している。

 たまにあるのだ。人に埋め込まれたナノチップに向けて発信される魔力の量が多すぎて、人体で受け止めきれず空気中に散乱してしまうことが。

 それを僕ら魔法使いは感覚的に知ることができる。

 といっても、それにも個人差がある。

 たとえば、その量が微弱であればほとんどの場合気付かない。だが、キタノのように鋭敏な知覚があれば気付くこともある。

 今回は、僕には感知できなかったためその量は微弱だと考えられる。

「うーん、でもね、それがここ一週間続いてるの。気持ち悪くてさー。最初はまたいつものか、って思ってたんだけど、流石に一週間は長過ぎだしもう我慢できないし」

「良かったじゃん。これで少しは、その減らず口も大人しくなるだろうし」

「あはっ、割と本気でウザいかも」

「奇遇だね。僕はおまえに対して同じことを、いつもいつも思ってるよ」

 いつも通りの会話を交わしながら、僕は何かきな臭いものを感じていた。

 屋上への階段を登り、その扉を開ける。

 途端に、


 ────キィィィイン────


「……──ッ」

「な、にこれ……!」

 突如激しい耳鳴りがする。

 同時に頭痛、さらには全身を包む倦怠感。

 これは……なんだ?

 街の至る所に設置されたスピーカーから、ピーガガッと音がする。あれは確か、魔法によって遠くへと音を伝えるものだったはずだ。

 スピーカーから、声が聞こえる。


『──やぁ、箱庭の人間』


 ややハスキーな女性の声。


『今から重大なことを告げるー……よぉく聞けー?』


 やたら間延びした言い方に、声の持ち主の適当な性格が伺える。それとも、わざとやっているのか。

 何にせよ、あまり良いことではなさそうだ。


『えぇー、まず。現在の日本は十二の区に分けられていることは知ってるな? んでここは東京区。いやぁ、大昔はあんなに小さなとこだったのに、こんなにでっかくなっちゃって。まあ良いや。そんで、本題』


 おかしい。

 普通の伝達放送とは違う。これはもしや──何者かのテロ放送。

 そんな僕の予想を、この声の持ち主は裏切らなかった。


『その東京区が誇る殺戮兵器──《レオーネ》は、わたくしがいただきましたー……とさ』


「んなっ……!?」

 思わず呻いてしまう。

 殺戮兵器……なんだそれ……!?

 隣ではキタノも目を見開いている。


『この東京区が隠れて密かに保有していた軍事兵器の存在は、今、わたくしに公開されてしまいました。そのうえわたくしに盗まれちゃってるけど──どう出るの?東京区のお偉いさん方は』


 気付けば、声が段々と間延びしなくなっている。

 怒ってる……?何に対して。

 というか、殺戮兵器ってなんなんだよ……!


『ま、よぉく考えると良いさ。なんでこんなことになったのか。──なんで、魔法なんてものがあるのか』


 それで放送は終わった。

 途端に今度は地鳴りがする。

 遠く──旧スカイツリーが沈んでいく。

 代わりに現れたのは──


「……は、ははっ。ねえ、キタノ。ここって、どこ?」

「……夢を見てるんじゃなきゃ、現代の日本、だけど?」

「だよね……じゃあ、あれは何?」

「どー見ても……男ゴコロくすぐられるアレ、でしょ?」


 スカイツリーがあった場所に現れたのは、真っ直ぐに立つ巨体だった。

 扇情的なフォルムを彩るのは赤褐色。四肢の先は鋭利に尖っていて、触れただけで斬り裂かれそうな爪を連想させる。よく見れば、先はただ尖っているだけではなく、その先にさらに四つの爪があるように見える。

 剥き出しになった胴体の中心部には真っ赤な宝石のようなものが填められていて、日の光を反射し、赤は白にも黒にも染まる。

 首と思われる部分には、昔のヒーローを連想させるこれまた赤いマフラーが巻かれている。風にたなびき、大空を駆ける竜のようだ。

 顔をすっぽりと覆うメットは黒い。その中で、怪しく赤い瞳が灯る。

 そう、それは、ロボットと呼ばれる大型兵器の姿だった。


「《紅い獅子》……なんであれが、この世界にあるんだよ……ッ!」


 僕とキタノは、あれによく似た姿を知っている。

 あれはロボットではなかった。だが、大きさや姿なんかはほとんど同じだ。

 だが、あれは『この世界』にはないものだ。

 それがなぜ──ッ!

「ミナミちゃん、あれ、動くっ!」

 キタノの声に我に返る。

 赤いロボットは直立不動の状態から徐々に前傾姿勢になり、瞬間、その姿を消した。

「ど、どこ行った──?」

 姿を探すも、屋上から見渡せるどこにもいない。

「まさか、テレポート──」

 風が、はしった。

 頭上を何かが途轍もない速さで駆け抜けたような突風が僕とキタノを襲う。

 しばらくすると風は止み、新たに静寂が訪れた。

 やはり、ロボットの姿を見つけることは、できなかった。




「くそッ、どうなっている!」

 場は混沌としていた。ひっきりなしになる電話の対応に追われ、職員は皆ストレスを募らせていた。

「なぜあんなものが東京区ウチにある!」

「知りませんよ、落ち着いてください!」

「落ち着いていられるか──ッ」

 東京区役所、警察公安課の課長、志島しじまテッペイは胸ポケットから煙草を取り出し火を付ける。

「志島さん、まだ煙草派なんですね」

 どうにか落ち着かせようと、無難な話題へと切り替える部下の沖田おきたハルト。だがそれは逆効果だったようで、テッペイは胸糞悪くも自論を吐き出す。

「ハッ、魔法なんつーものが作り出した幻覚で吸った気になれるだの言う今のマジックシガレットは大嫌いだ。健康に良い?俺たちは健康と引き換えに現実を捨てるってのかよ。まるで今の世界だな。みんながみんな、気持ち悪りぃほどに魔法に頼って、この世界の自然を破壊しちまってる。科学っていう自然の摂理に反する魔法は、この世界にとって確実にイレギュラー、邪魔な存在だ。俺たち人間は、また間違えちまってるんだよ」

「で、でも……僕たちが使ってる魔法って、『高度な科学』──じゃないですか?」

「いくら科学が進化したって、物理法則を曲げるようなことにはならん。それはもう科学じゃねえ」

 早くも一本吸い終わり、新たな一本を取り出すテッペイ。

「ふぅー……。……この世界に蔓延っている魔法は、どこか別のとこから来たと、俺は思ってる」

「別のとこ……ですか。たとえば?」

「さあな。まだまだ未知が多い宇宙かも知れんし、もしくは……『この世界』とは違う、『異世界』とか。俺のはただの憶測だ。確証なんてどこにもない。ただ胸糞悪いだけだ」

 未だ鳴り止まぬコール音に、テッペイは舌打ちする。

 いつだってそうだ。この世界の人間は、予想外の事態にとても弱い。自分の知らないことに対して極端に怯え、恐れ、恐怖を取り除かんがために他人に責任を押し付ける。

 俺は何も知らない、おまえら何か知ってて隠してたんだろ。それを教えろよ──と。

 得体の知れないロボットが地上に現れたのはテッペイも確認している。禍々しい赤に塗られたロボットは、もちろん初めて見た。今までこの東京区の地下にあんなものがあったなんて知らなかった。

 だがそんな言い訳を人間は信じようとしない。ただただ疑い続け、追い詰める。

「……だから嫌いだ。魔法なんてものは」

 人間は人間を信じない。なのに、原理を理解できていないのに魔法は信じる。

 こんな大きな矛盾に、人間は気付かない。魔法も、その矛盾に気付かせない。

 このままでは、魔法が世界を滅ぼしてしまう。

 また舌打ちし、部下のハルトを連れて外へと飛び出す。

「行くぞ沖田。ここに俺らがいても何にもならん」

「ど、どこに行くんですか?」

「東京区全域放送が可能な放送施設。絞りきれんから手当たり次第に見て回る。未だ何の報告もないから、無人である可能性が高い。そこから探し出し、手がかりを見つける」

「あ、はい……っと、確かに、無人の放送施設、ありますね。魔法での全自動稼働施設……場所は葛飾かつしかです」

 これも魔法だろう。何も使わずに空で場所を言うハルトに、テッペイは渋い顔をする。

「これくらいは勘弁してください。生まれた時から魔法があるんで、無意識レベルで魔法を使っちゃうんですよ。魔法が普及される前に生まれた志島さんみたいにはなれないです」

「ああ……わかってる。仕事に私情を挟む気はない。死ぬほど胸糞悪いが、それで効率が上がるなら構わん」

 煙草を捨てる。

「行くぞ。魔法は嫌いだが──喧嘩を売られたなら買ってやる」




 僕とキタノは、残りの授業をサボり赤いロボットを探すことにした。

 普段ならこんな、僕たちにはほとんど関係ないことにはなんの興味も示さない。だが、今回は少し毛色が違う。

 僕たちが知っている《紅い獅子》の姿に酷似したロボットは何か。

 戻ってきた・・・・・世界で──何が起きているのか。

「ミナミちゃん、いつものヘラヘラした顔はどこ行ったの?」

「あ?」

 二人でパニックに陥る街を歩きながら、当てのないロボット探しを続けている。

 そんな中でキタノが、なぜ笑っていないのか、などと問う。

「んー、ミナミちゃんがそういう顔する時って大抵ロクなことがなかったからさぁ。で、そういう時って最後に必ず笑ってどーにかしちゃったからさ?」

「……んなこと言われても、この世界とあの世界は違う。魔法の原理さえ違うんだ。ここじゃあ、僕らの使える魔法はあまりにも少ない──」

「でもミナミちゃんは、戻ってきてすぐに《魔女》になったじゃない。そして魔法の制約を解いて、上級上位魔法まで使えるようになったし」

「この世界の魔法をどれだけ使えるようになっても意味がない。あの世界の魔法でないと、《紅い獅子》そっくりのクソ兵器に勝てるわけがない。この世界の魔法は、結局のところ人間が認識する事象を改変するだけのものだ。要するに暗示。それを具現化してるだけ……世界の法則を変えてしまうほどの魔法に慣れちゃった僕らには、とっても使いにくい魔法だよ。言うなれば──こっちの世界のはまさに魔法。で、あっちの世界のは魔術って感じ」

 一気にまくし立てる。僕は焦っているのかもしれない。

「ほぇ〜……よくわかるね、魔法の原理なんて。私、あっちでも漠然と魔法──魔術を使ってた」

「それで充分だったからね。今さらこっちに戻ってくるとは思えなかったんだ。……クッソ忌々しい、あのクズめ」

「ふぅん……よくわかんないけど、最後の忌々しいクズってところは同感だなぁ。折角あっちで生きてけるようになったのにねぇ」

「今度会ったら殴り飛ばすよ」

「あはっ、殺すんじゃないんだ」

「あいつらの前で人殺しなんかしたら、ボコボコにされちゃう」

「あー」


 ──僕らは、今街中を逃げ惑っている民間人とちょっと違う。

 この世界に存在しなかった空白の二年半。

 その時間で、僕らは一つの世界を、たぶん、救ったんだ。

 あれほど忌み嫌っていた、仲間、とやらもできた。世界を好きになっていた。

 なのに、この世界に戻ってきてしまった。

「あーあ。ホント──イラつくよ」

 ボソッと呟いた時、背広を来た男二人とすれ違った。

 その時、ちょっと違和感を感じた。

 煙草を咥えてる方から、魔力を感じられなかった。

 この世界に充満している魔力に、ポッカリと穴が空いたかのように。

「ふぅん……現代にもいるんだ、こんな人」

 その理由にすぐに思い至り、そしてすぐに興味をなくす。

 この現代で、ナノチップとナノマシンを宿さない人間がいるなんて──ちょっと面白いかもね。




「……なぁ、今の二人、少し変じゃなかったか?」

「はぁ……変、ですか?」

 テッペイの言葉に、ハルトは、たった今すれ違った男女を思い出す。一見普通の男女だったはずだ。確かにちょっと、この状況において落ち着き過ぎな気もするが……。

「そういうことじゃねえ。俺ぁナノチップもナノマシンも埋め込んでねえ前時代的な人間だ。だから魔力の流れなんぞはまったくわからん。

 だがあの二人からは明確に何かを感じた。我ながら意味わからんと思うが……」

「勘……ですかね」

「さあな、今のは忘れてくれ。仕事に集中するぞ」

「はい」

 ハルトは、テッペイのこういうところを尊敬している。

 いろんな人間が無くしてしまった感覚を、今なお持ち合わせている。違和感を感じられる。

 生まれた時からナノチップとナノマシンを埋め込まれ、その感覚を初めから除外されているハルトには、もう望めないものを、この人は持っている。

(……これは、尊敬じゃなくて憧れか──羨望、だなぁ)

 この人について行けば、生まれた時から取り除かれていたものを……手に入れられるかもしれない。

 そんな想いが、確実にある。

 だからハルトは、テッペイについて行く。




 上空千メートル。魔法でステルスを起動し隠れつつ空から、日本を構成する十二の区画の一つ、東京区を見下ろすのは《レオーネ》と名付けられたロボット。

 各区画がそれぞれ保有するロボットの一つだ。

 胴体に嵌め込まれたコアに魔力を送ることで起動し、意のままに操ることができる。

 扱えるのはごく少数の人間のみ。選ばれた魔法使いの中でも、さらに女性のみとなる。

 《レオーネ》の操縦席に座る女性は《魔女》と呼ばれる魔法使い、月島つきしまカグヤだ。

「戦争を吹っかける準備は完了──東京区は、どう出てくるかね」

 なぜ扱えるのが女性だけなのか。カグヤは知らない。だが、東京区がこんなものを造っていた、その理由は知っている。

 現在、日本は他国を寄せ付けないほどの魔法大国になっていた。

 すでに、海外に敵などいない。

 そんな今、日本が注意を向けるべきは外ではなく──内。

 十二の区画に分けられた、その各区画なのだ。

 一見、統率の取れた国であるように見える日本だが、その内政はとても危うい。一歩でも間違えればすぐにでも紛争が起こる。

 その抑止力のために、各区画はこんな兵器を造っていたのだ。そして、それを知るのは各区画のトップと製作に携わった者のみ。

 カグヤも製作に携わった人間の一人だった。とある思想からこのロボットの製作に参加し、そして──たった一人の家族である弟を失った。

 すべてはこんなロボットがあるせいだ。

 カグヤがこのロボットを持ち出し、その存在を公表したのは内戦を起こし、各区画のロボットを引っ張り出しすべてのロボットを破壊するため。

 そのために、自分の命がどうなろうと知ったことではない。

「……魔法なんてものがあるから、こんなロボットを造れてしまうのさ。だったら、すべてのロボットを破壊したあと、魔力発信施設をすべて破壊すれば良い」

 そうすれば、人々も魔法がなかった時代という過去に還れる。

 ──やっと、ここまできた。

 あと、少し。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ