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P.あの世界と違って

 世界を救った英雄。

 たぶん、今の僕らはそんな風に呼ばれるのだろう。

 目の前に広がるのは、戦いの痕。

 《魔女》との戦いは、これで終わりだ。

「やったぞ、やったぞぉぉおおお!」

 僕の後ろから歓喜の声が上がる。

 それを軽く流し、最大の魔法を破られた《魔女》の元へと歩み寄る。

「やぁ」

「…………」

 《蛇遣い座の魔女》と呼ばれるその女は、僕を睨み続けている。

 もう、何もないのに。

 自分の切り札を破られたのに、なぜこうも、闘志を燃やしていられるのか。

 暑苦しいよ、そういうの。

「……逃げれば?」

 僕は言った。

「こんなにボロボロにされて、それでも諦めたくない何かがあるんでしょ?──なら、逃げれば?逃げてそれを叶えれば?」

 僕の言葉に唖然とする《蛇遣い座の魔女》。

「あいつらにも、攻撃させないように言うし。……信じられない?でも、今のあんたには逃げるしか選択肢はないと思うんだけど」

 そこまで言ってもまだ渋る女に、流石にイライラする。

「……チッ、良いからさっさと行けよ。人殺しするとあいつらにボコられるんだ」

「……あなたは、何のために戦ったんですか?一体、何者なんですか?」

 また、この質問。

 これまで、何度も何度も浴びせられた。

 最初は、後ろではしゃいでいる『仲間』たちに。

 そして、こう答えて来た。


「──自分のために戦った」


「──ただの、転生者だけど?」




 《蛇遣い座の魔女》が去ってから、僕は『仲間』の元へと戻ってきた。

「あいつ、逃がして良かったのか?」

「逃がす他に何があるってのさ。殺したらおまえ、僕を殴るだろ」

「ああ、もちろん」

 堂々と言い切るな。

「やったね、これで安泰だ」

 僕の隣に並ぶ少女。少女は僕と同じような黒髪黒眼で、この世界では少し珍しい外見をしている。

 この少女も僕と同じ、異世界からの転生者だ。

「やっと、のんびりできるか……、っと?」

 一人呟く僕に、また別の女が抱きついてくる。

「やったやった!あたしたちやったのよ!」

 長く赤い髪を振り乱し飛び跳ねる女性に心底ウンザリする。

「くっつくな鬱陶しい。耳元で喚くな」

「なぁに言ってんの救世主。街に戻ったらあちこちから歓声が湧き上がるのよ?これくらいでうるさがってちゃやってけないわよ?」

「じゃあ街に戻らない」

「もう、捻くれないの」

「良い加減、姉面するのやめろよ。気持ち悪いよ?」

「何を言われても動じないわよ。だって──」

 そこで、女は僕から離れて、僕の顔をまっすぐ見て言った。


「──『仲間』だもの」


「……あ、そ」

「あ、照れてるぞこいつ。可愛いとこあんじゃねえか」

「うっさい可愛くなんかない」

「私より可愛いとかムカつくなぁ」

「だから──」

「あたしにとっては可愛い弟よ〜!」

「ああもう、うるさいおまえら!」

 平和だった。

 長い戦いが終わって、僕らは久方ぶりの平穏に身を委ねていた。

 密かながら、僕も。


 だが、それも長くは続かなかった。


 突如、耳鳴りがする。

 どうやら僕と同じ転生者である少女もらしい。

「な、にこれ──」

「うぅっ……」

 頭を抑えて苦しみ出した僕と少女を見て、男と女が驚く。それとほぼ同時に、僕と少女の体が光に包まれる。

「──おいッ、なんだよッ!!」

「ミナミ、キタノ!?」

 僕らの体が淡く輝くのを見て、『仲間』が慌てふためく。

 この現象を、僕ともう一人の少女は知っている。異世界転生だ。

「ミナミちゃん……これ……!」

「今さら──どこに転生させようってんだろうね……クソ!」

 こうなったら、僕らにできることはない。なす術もなく、ただ飛ばされるだけだ。

「な、なあ、なんだよこれ?」

「さあね……たぶん、異世界転生だろうけど」

「はぁ……?そ、それって──ッ!これで最後なのかよ……?なあ、ミナミ、キタノ……ッ」

「そんなわけないでしょユーノス!縁起でもないこと言わないで!……ちょっと、ちょっとの間いなくなっちゃうだけなのよね?そうでしょ?──ねぇ!」

 僕らの『仲間』のユーノスとリオンが涙を流す。僕と少女の様子を見て、何か取り返しのつかないことが起きようとしていることを感じ取っているのだろう。

 そしてそれは、当たりだ。

「ユーノス、リオン。少し話を聞いてくれる?」

 僕の、今までにない真摯な言葉に二人は顔を強張らせる。

 僕にはわかる。たぶんもう、そう簡単には戻ってこれない。

 それでも、言う。


「ちょっと、遠い所に行ってくる。……でも、最後なんかじゃないよ?何言ってんのホント」


 僕の言葉は端々が軽い。

 そういう性格なのだから仕方が無い。だから、できるだけ、伝わるように努力する。

 ははっ、こういうの、僕の柄じゃないな。


「だからさ……泣くなよ。正直暑苦しいよおまえら。これだから仲間なんて嫌いなんだ」


 僕は、溢れそうな感情を抑える方法を知っている。だから、泣かなかった。


「せっかく世界が平和になったんだ。ほら、笑えよ。なぁ?」


「でも……でも!」

 啜り泣きを続ける、姉面をしていた女──リオン。


「俺はまだ、おまえと……思いっきり酒、飲んでねえぞぉ……!」

 歯を食いしばりすぎて欠ける。それを意に介さず言葉を吐き出し続ける男──ユーノス。


 それを見て、やっぱり、こいつらないわ、と思う。


「ユーノス、リオン。大丈夫。また会えるから。だからそれまで精々、再会した時に言い合う皮肉をお互い考えておこう?」

 こんな時まで性格の悪い、僕と同じ転生者の少女。彼女の体も光に包まれていて眩しい。


「じゃあ、僕から『仲間』へ、初めてのお願いごとをしよう」


 僕は、たぶん、誰かの前じゃ泣かない。そしてそれは、これからも。

 だから、最高に皮肉の効いた笑顔で言ってやる。


「暑苦しいし鬱陶しいから──もう、泣くな。じゃないと、ホントのサヨナラになっちゃうだろ」


 なのに、言葉が震える。


「そんなの僕は嫌だ。おまえらじゃなきゃ……おまえらじゃなきゃ──」


 ──誰が僕の捻くれた性格に、付き合ってくれんだよ。


 それを最後に、僕と少女、ユーノスとリオンは別れた。




 次に意識が覚めた時には、懐かしい、地球から見上げる空が視界いっぱいに広がっていた。

 もう、来ることはないと思っていた。

 親も友達もいない。こんな世界で今さら、僕は何をすれば良いのか。

 そしてそれは、少女も同じようで。

「ミナミちゃん……なんで、なんで戻って来ちゃったのかなぁ……」

 僕は何も言わなかった。

 何も言えなかった。

 この世界は、僕らが冒険したあの世界とは違う。

 ここは、僕と少女が生まれた、本来いるべき世界だ。

 この現象を起こしたのは、たぶん、あいつだ。

 最初に僕を転生させ、またしばらくしてこの少女も転生させた、あの性別のはっきりしない神様。


「ホントさ……空気読まないよね、あんた。ムカつくよ……ねえ?」


 その名前を、呟く。


「────アリス」

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