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第八話 初陣

虫表現があります。

 すべての準備が整ったので、迷宮ダンジョンがある、街の中心部へと向かう。

 迷宮へと近づくにつれ、俺と同じような、全身に武器防具を身に付け、少なくない荷物を背負う人の姿も増えてくる。

 迷宮への入り口付近に、数十人は映せるであろう大きな鏡が置かれていて、人々はそこで自分の姿を映し、装備の痛みや付け忘れ、道具の持ち込み漏れなどをチェックしているらしい。


 俺も、その巨大な鏡に自分の姿を映してみる。これから迷宮に向かう自分はどういう姿をしているのだろう?


 まず、全身に皮鎧レザーアーマーを装備している。肩口まである胴鎧と、ひざ下から靴までが一体となった足鎧、腰周りからひざ上までの脚鎧、この三つが大きなパーツだ。ひじと膝、肩回りの三ヶ所は鎧を外付けで固定しているので、関節部を窮屈に感じることはない。

 牛の皮で作ってあるという皮鎧は、全体的に茶一色で統一されており、余分な装飾はない。販売値段を抑えるため、なめしの手順を簡略化した大量生産品だと仕立屋サフランの女店主は言っていたが、雑な作りに思えるところはどこもなかった。


 試しに自分で鎧の胴にあたる部分をぼこぼこ殴ってみたが、ほとんど衝撃が身体に伝わってこない。獣の牙ぐらいなら、これでじゅうぶん身を守れそうだ。


 兜だけは鉄製である。本職の戦士なら、もっと穴の少ない兜を選ぶらしいが、俺が買ったのは卵型で、目と鼻にあたる部分は空洞だ。簡単な面頬を降ろすことで、口元と喉の回りは守ることができる。


「兜だけなら、マナ回復の速度が一割ほど低下するだけで済む。頭だけは頑丈に守っとけ」とは鍛冶屋ダグラスの弁である。


 皮鎧を選んでもらった仕立屋で、ベルトも買い、右利きの俺は左腰あたりに、鞘に入った長剣を差し込んである。回復薬ポーションや食料を含む消耗品は、すべて背負い式の背嚢バックパックに入っている。

 背嚢も皮製なので、剣と兜を除く俺の全身は茶色で統一されていた。


 ベテランともなると、自分たちの手柄を主張するために、派手な装飾を好む人もいるらしいが、今の俺がやったところで笑われるだけである。簡素で頑丈に、堅実にいくべきだろう。


「完璧だな」


 誰にも聞こえないようにそう呟くと、迷宮の入り口へと向かう。今の俺にできる準備は、すべてした。痛い思いをしたり、死ぬかもしれないことへの覚悟は、昨日のうちから決めてある。

 俺が死んで泣く家族はいない。俺が困ったときに、助けてくれる家族も、またいない。今の俺は、無職だ。日雇いのような仕事をして、何とか食っていくだけなら、できたかもしれない。冒険者ギルドは、そういう雑務も扱っているのだ。

 だが、馴染みの薄いこの世界で、真っ当にこつこつやっていこうという気にはならなかった。十六歳らしい俺は、今まで生きてきた中で培った、この世界とのつながりを何一つ持っていない。


 熟練の冒険者になり、羽振りよく生活し、できれば可愛い女の子の二人や三人は侍らせたい。趣味丸出しの欲望まみれだが、それはそれで、戦う原動力になるならいいやと思っている。


 迷宮で戦って生きていく。その闘志を再び燃やしながら、俺は歩いていく。


 途中、迷宮とこの街の歴史について語っている看板があったので、立ち止まって流し読みしておく。まとめると、看板にはこう書いてあった。


 迷宮と呼ばれるものの入り口は、当初、人が広げた両手ほどの、小さな穴だったこと。迷宮は蟻の巣のような迷路になっており、地上へ至る出口も、人間が気づかないだけで無数にあったこと。この地に生活拠点を求めた先人達が、入り口の穴が多い一帯を取り囲むように家や店を建てていったこと。現在では、迷宮に入れる穴という穴はすべて冒険者ギルドが管理していて、混雑の解消のためにどの穴から迷宮に潜るかを現場の職員が振り分けていること。


 存在が確認されているのは、地下五十階程度までの深さであり、現在も未踏地域の調査が進められていること。階層が一つ違うだけで、魔物の強さも段違いなので注意が必要なこと。深部に至るにつれマナが濃くなっていくため、より良い土地を求めて魔物たち同士の間で縄張り争いが稀にあること。

 そのため、同じマナの濃度では、出没する魔物は何種類かいるものの、基本的には同じような強さの魔物しかいないこと。迷宮の内部は非常に広く、人間の街の下ばかりか、それよりも広がっている階層もありふれていること。


 地下一階と、二階まではおおよその構造と、出没する魔物の種類がわかっており、公表もされていること。


 これらの知識を看板から得た俺は、迷宮の入場待ちの列に並ぶ。


(役所みたいだな)


 闘技場コロシアムのように、迷宮の中心部をぐるりと石造りの壁が囲んでいる。今までに一度もないが、魔物が迷宮からあふれ出した時の隔離壁にもなるらしく、中心部には衛兵の訓練所兼、詰め所もあるとか。この建物全体を示す名前は迷宮城だそうだ。


 入場待ちの列は、その迷宮城をぐるりと取り囲むように並ぶのが通例らしい。


紋章エンブレムをすぐに職員に見せられるように準備をお願いしまあす」


 冒険者ギルド職員と書かれた腕章を付けた男性が、迷宮城の周囲にぽつぽつと配置されていて、声を張り上げている。入場証にもなるといっていた、血の紋章のことだろう。俺もすぐ取り出せるよう、バックパックから取りだして懐にしまった。


 

 かなり長く思えた列も、滞りなく進み、数分で最前列へと進むことができた。

一つしかない迷宮城の入り口を進むと、数人の衛兵と冒険者ギルド職員が、血の紋章を確認しつつ人の流れをさばいている。


 闘技場のような迷宮城の中は開けた空間になっていて、迷宮の入り口と思しき場所には、頭に番号を付けた小屋のような石造りの建物が並んでいた。


「ジル・パウエルさん。二十五番の出入り口です」


 番号が刻まれた木片を受け取り、二十五番の建物へと向かう。

 小屋の一つ一つに衛兵が立ちふさがっており、番号札を見せると中に入ることができるようだ。


新人ニュービーか。後がつかえている。入り口付近での狩りは避けるように。帰るときは、どの出口から出てきてもいい。ベテランになったら帰還リターンの指輪を使い、混雑の緩和に協力すること。では行っていいぞ、命だけは持って帰れ」


 衛兵に背を押されるように、小屋の中に入ると、下へと続く曲がりくねった坂道が目に入ってきた。小屋は、単に出口を覆っていただけらしい。ここが、迷宮の入り口なのだ。

 

 緊張を覚えながら、一歩一歩大地を踏みしめて進む。

 ふと振り返ると、出入り口はもう見えない。もう、自分は迷宮にいるのだ、という実感が、ようやく沸いてくる。今こうしている間にも、魔物に襲われる可能性がないとは言えない。


 俺は長剣ロングソードを抜いた。何度か素振りはしたが、魔物に襲われたとき、とっさに抜けるか自信がなかったので、抜き身のまま歩く。先行していた冒険者もいることだし、しばらくは魔物はいないだろうが。

 

 帰るときは、上り坂になっている道を選べば帰れるはずであるから、今日は現在地の確認などはしない予定だ。いざという時には帰還の指輪を使えばいい。

 ともかくも、まずは下へと降りていくことだ。今日の目標は、魔物と戦ってみること。


 日の光は差し込まない迷宮の中であっても、暗視ナイトサイトの指輪のおかげで視界は良好である。迷宮の中にも稀に苔のような植物が生えている場所があり、そういうところは、付近に水脈でもあるのか、じめじめしていた。

 道はいくつにも枝分かれしており、ジルは深く考えずに下り坂を選んで進んでいる。体感だともう十メートル以上は地下に降りたはずである。地下だからか、空気はひんやりとしていて、湿っていた。


 濃い気配ではないが、それでも時たま、何かがかさかさと這うような音や、人以外の生命がとっとっ、と地面を走るような音がどこかから聞こえる。その度に長剣を構えなおしていたが、しばらく待って何も現れないので、いちいち身構えるのをやめて、長剣をぶらぶらさせながら歩くことにした。


 道にも広さがあった。複数人が横に並んでもらくらく通れるような広さの道から、ようやく一人が通れるほどの狭い道。見上げるほど天井の高い、広くごつごつした岩場のような場所もあったし、小さな湖というか、天井から垂れてきた水が地面に大きい水たまりを作っている場所もあった。何種類かの植物も生えている。


 不思議に思ったのは、冒険者と出くわさないことだった。剣戟のような、戦闘音もまるで聞こえない。


(あれだけの数、冒険者が迷宮に入っているのなら、どこかで出くわしそうなもんだが――?)


 ディノ青年の口調からすると、地下一、二階までは初心者の階層のようだから、人が少ないのだろうか。戦闘音や血痕などもないことから、突然変異めいた強力な魔物にみなやられてしまった、などということもないだろう。


そんなことを考えながら、道を歩いていると――




 曲がり角を進んだ瞬間、壁に張り付いていた、全長三メートルほどの巨大なムカデと目が合った。





「うおおおおおお!?」


 とっさに数歩後ずさり、長剣を構える。態勢を立て直そうとしたのだが、巨大なムカデは俺から見て左方向の壁から地面に這い降り、俺の方へと向かってきた。開かれたムカデの口は十五センチほどで、唾液に濡れたギザギザの歯が光り、アゴの回りには黒光りする針のような爪が一対、わしゃわしゃと動いていた。人のそれよりも幾分か小さな眼には俺の姿が映っており、まっすぐに俺へ向かってくる。


(ムカデって目は発達してないんじゃなかったのか!? いやそれどころじゃない。あの巨大なアゴに噛まれたら――)



 ぞっとする。

 サイズ的に、人間の腕や脚ぐらいなら噛み千切れるかもしれない。針のようなあのアゴも、刺されたら毒があるかもしれない。地を走って追いかけてくる巨大なムカデの、見た目のグロテスクさに、俺は距離を取ろうという本能で後ずさって――


「しまっ――」


 いつの間にか、壁に背を打ちつけていた。ムカデはもう二、三メートルの目前まで迫ってきていて、全長を縮めるようにうねらせたあと、鎌首をもたげて――俺へと飛び掛ってきた。


「ぐあああああ!!」


 右足の付け根あたりに白熱した痛みを感じて、俺は叫んだ。見ると、大ムカデが俺の太ももにがっちりと噛み付いている。


「あああああ!!」


 とっさに、俺は右手に持った長剣の切っ先で、大ムカデの背中を突いた。が、堅い甲殻の表面をすべるだけで、傷を付けるには至らなかった。

 大ムカデの口撃は続く。身体の中にめりこんだ大ムカデの牙によって、太ももの筋繊維が噛み千切られるぶちぶちという感触と、激しい痛みが脳を突き抜ける。


「クソがあっ!!」


 俺は逆さにした長剣の柄を両手で持ち、大ムカデの甲殻と甲殻の間を狙って、力任せに突き刺した。狙い違わず、やわらかな肉の部分に剣が突き立ち、大ムカデは牙を打ち鳴らしながらのたうった。太ももから大ムカデが口を離したので、俺も剣を引き抜いて距離を取る。


 何とか立てているが、右足には力が入らない。見ると、皮鎧の一部が食いちぎられ、隙間から赤黒い血が溢れ出ている。 

 大ムカデはと言うと、ひとしきり身体をくねらせた後、怒りに駆られたのか、先程よりも鋭い動きで襲い掛かってきた。


「逃げねえのか、ちくしょう!」


 迫り来る大ムカデを迎え撃つように、長剣を振りかぶって叩き付けた。狙い過たず大ムカデの上半身に刃の部分で斬りつけることができたが、手ごたえこそあったものの頑丈な甲殻を切り裂くには至らず、大ムカデは俺の右すねのあたりに噛み付く。再び、俺の叫び声。骨が、みしみしと砕かれていく音が聞こえた。

 先ほどを上回る激痛に脳が悲鳴を上げる。


「死――ねええええ!!」


 先ほどのように、逆手に持った長剣で大ムカデの背を刺した。今度は大ムカデも口を離さず、執拗に俺に噛み付いたままだ。知ったことか。構うことではない。とどめを刺しておかなければ、やられるのは俺の方だ。

 脳が命の危険に最大音量で警鐘を鳴らしている中、俺は意志の力でそれらを押し殺し、大ムカデの背に突き刺したままの長剣を、甲殻の隙間に沿うように全力で引き斬った。大ムカデの胴体を、刺し口から六割ほど切断するのに成功したようだ。


 大ムカデが再度、口を離してのたうつのに対して、俺は手を休めなかった。

 白い腹を見せながらもだえている大ムカデに、身体ごと長剣でぶつかっていく。背中の甲殻を突き通すには至らなかったが、大ムカデの太い腹に剣が刺さる。そのまま、腹を割くように剣を縦に振った。しっかりと斬った手ごたえ。やはり、甲殻のない腹は弱い。

 だいぶ弱っているだろうが、まだ激しく痙攣するだけの力を残している大ムカデの、白い腹を狙って剣を振り下ろす。急所であろう頭部は、激しくのたうちまわっているせいで狙えない。だから、俺の力でも切り裂ける、白い腹を狙って剣を振り下ろす。

 たまに外して地面を斬っても関係ない。背中の甲殻にあたって剣が弾かれても問題ない。こいつは生命力が強い、すぐに死ぬとは思っていない。

 柔らかい腹を、何度も、何度も、長剣を力任せに振り下ろして切り裂く。何度も、いつまでもだ。大ムカデが動きを止めるまで、何度も。


 

 何十回剣を振り下ろしたか覚えていない。動きが鈍くなってきたところで、大ムカデの口先から剣を入れ、脳があるあたりを突き通す。ひとしきりぐりぐりとかき回し、完全なるとどめを刺した。大ムカデは、動かなくなった。


 戦っている最中は気がつかなかったが、俺は全身で呼吸をしていた。鼓動も早鐘のようである。俺はよろよろと後退し、尻もちをついた。地面に腰を降ろしてしまうと、疲労と痛みがどっと襲ってきた。

 傷口は――見たくもない。噛み千切られるには至らなかったが、右足の付け根あたりで、十センチ四方の肉がべろりと剥がれている。右すねの骨も、恐らくは砕かれているだろう。


 忘れていたと言わんばかりに激しい痛みが襲ってきたので、震える手で背中のバックパックを床に置き、中から低級回復薬レッサーポーションの小瓶を取り出した。割れていないのが心底ありがたい。

 コルク栓を抜き、二箇所の傷口に振りかけた。


(~~~~!)


 傷口が沁みる。痛みに耐えながら、もう一本、小瓶を取り出して、それは飲み干した。たちまち、傷口に何かが集まっていって、埋めていくようなぞわぞわした感触があった。

 恐らく、回復薬の成分、マナが、傷を治すために身体を巡っているのだろう。


 傷だけではなく、痛みも少しずつやわらいできた。痛み以外の気分の悪さはないので、あの大ムカデは毒は持っていなかったのだろう。


 何とか勝てた、という事実に、少なからぬ安堵を覚え、はあ、と深くため息をついた瞬間――


 じゃり、と背後で音がした。


 何かを考えるよりも早く、剣に飛びついて立ち上がる。

 新たな敵が現れる可能性を忘れていた、一瞬前までの自分に舌打ちをしつつ――俺の背後に迫った生物が、人間であったことを認めて、俺は心底からほっとした。


「すまない、驚かせた? 無事か――って、大ムカデか。このあたりで出るのは珍しいね」


「そうなのか? 今日初めて迷宮に潜って、最初に出会ったのがこいつだったよ」


 傍らでずたずたにされた、大ムカデの亡骸を顎で指し示す。


「小さい個体だからかな。成体はもう少し大きいから、生存域を追われて逃げてきたんだろう。それでも迷宮初挑戦で戦うには厳しい相手だと思う。よく生き残ったよ」


「こいつでまだ小さいのか」


 三メートルはあった全長を思い出して、俺はげんなりして肩を落とす。

 

 目の前の男は兜の面頬を外すと、背負っている袋を指し示した。

 鋲皮鎧スタデッドレザーアーマーを装備した彼は、まだ若い。十代の半ばほど、俺と同年代ぐらいだろうか?


「俺はキリヒトっていうんだ。百薬草オーディーンの採取に来たんだけど、叫び声が聞こえてね。聞こえない振りをして新人に死なれても後味悪いから、様子を見にきたんだ」


「そいつはすまなかった。俺はジルだ。見ての通り、何とか無事だ」


「杞憂で良かったよ。見たところ防具も傷ついてるし、今日はもう帰った方がいいよ――剥ぎ取り方はわかる?」


「ああ、疲れたし今日はもう帰ろうには同意だ――いや、知らんな。魔物モンスターから魔石が出るとは聞いていたが」


「そうか、じゃあお手本ね。大ムカデは甲殻から鎧の部品が作れるから――」


 ひょいと短剣を抜いたキリヒトは、大ムカデの触覚をつかむと、甲殻の下に短剣を差し込むように入れ、器用に甲殻だけを肉体から切り離し始めた。節の一つ分ほどを剥がしたところで短剣を置き、大ムカデの死体を踏みつけてから、両手でべりべりと甲殻だけを剥ぎ取る。

 細身に見えるのに、凄まじい力だった。俺よりもかなりレベルが高いのだろう。


「はい、おしまい。もう少し待てば死体が迷宮に吸収されて魔石だけが残るから、それを拾うといい。大ムカデは剥ぎ取るときに体液がついて人気がないから、甲殻は出回りにくいからね、売れるはずだよ」


「そうか、ありがとうな。手を汚して実演までしてもらった」


「まあ、大したことではないし、新人を導くのも先達の役目って言うしね。ベテランになったらその時に君も新人を助けてあげてくれればいいよ。お金になる部位を持ってる魔物もいるから、剥ぎ取り方も次から覚えていくといいかもね。低階層なら需要のある魔物の種類と剥ぎ取り方は無償で公開されてるから」


 話しているうちに、甲殻を失った大ムカデの残骸、というか肉塊は、序々にその輪郭がぼやけていき、しまいには半透明になっていって、溶けるように消えてしまった。

 死体があった場所には、小さく輝く魔石が一粒、残されている。

 俺はそれを拾って、背嚢のサイドポケットに押し込んだ。


「じゃあ、俺は行くよ。もうそんなのは出ないと思うけど、帰り道は気をつけなよ? 最短で深部に進む道から離れてるから、このあたりには人が少ないんだ。誰も助けに来ないからね」


「それで人がいなかったのか。納得したよ。今日は助かった、またな」


 手を振ると、さっさとキリヒトはその場から離れていった。俺も地面に置いてあったバックパックを背負い、街に帰るべくゆるやかな坂道を、今度は登っていくように歩き始める。大ムカデの甲殻が加わったせいで、少し荷物が重い。


 道すがら、何か新たな魔物に襲われないかと気を張っていたが、何事もなく、

何組かの冒険者とすれ違っただけで、出口へと辿りついた。


 衛兵に会釈して迷宮から出ると、鮮やかな青空、頬を撫でる風が心地よかった。

 初日の冒険が、終わったのだ。

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