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第七話 筋肉


 甲高い金属音は、槌を振り下ろす音だろう。ディノ青年の教えてくれた鍛冶屋の店先には、「鍛冶屋『炎と鉄』 ヴァンダイン一門達人(マスター)級 ダグラス」と黒文字で掘り込まれた錆び色の鉄鉱石が看板がわりに存在感を放つ。


 職人街の喧騒とは裏腹に、店の入り口をくぐると、ひんやりとした空気が肌を引き締めた。


「いらっしゃいませィ」


 言葉遣いこそ丁寧だが、言い慣れていない無骨な職人の挨拶が、俺を出迎えた。見ると、筋骨隆々とした肉体派の大男が、カウンターからたくましい上半身だけを覗かせて俺を見つめている。

 揉み手をしつつ、笑顔を作ろうとしているのか口元は歪んでいるが、目付きは全く笑っていなくて威圧感が凄く、歯をむき出している髭面はインパクト大だ。


「ひどっ」


 思わず声に出してしまった俺を誰が責められるというのだろう。

 ぴしっ、と、空気にヒビが入った音がした。


「お、お客様、ウチの店にどんなご用件ですかい?」


 揉み手こそ力を入れすぎて血管が浮き出ており、たくましい筋肉は威圧感を与え、目だけは笑っておらずこちらを凝視する。もはや取り繕いようもなく、言葉遣いは荒々しい職人のそれが垣間見えた。


 あえて俺を威圧しているのかと思えばそうではなく、脂汗をにじませた、心底では焦った様子からすると、どうも接客という概念に慣れ親しんでいないのではないかと思わせる。


「すまん、多分、というか憶測で言ってるんだが、ひょっとしてここの店主――ダグラスさんだったか?」


「な、なんでわかった!? あ、いえ、なぜおわかりになったんだ?」


 丁寧な言葉と荒い言葉が混ざった、すさまじくちぐはぐな台詞を放つこの筋肉男は、どうも俺の想像通り、この店の主で間違いなかったらしい。この店をわざわざ指定したディノの思惑を想像して、俺は深いため息をつくのだった。

 流行らない店のテコ入れがしたかったのか?




「気にすんな、俺は新人の冒険者だからさ、丁寧な言葉遣いなんぞやめてくれ」




 そんな俺の挨拶から始まった交流は、何がどうなったのか酒盛りに発展している。いや、昼酒とかそういうレベルの話ではなく、早朝に冒険者ギルドに行ったのだから、今は時間が過ぎたとはいえ朝だ。店主のダグラスは、よほど鬱憤がたまっていたのか、朝っぱらから麦酒エールどころか火酒ウィスキーをガブ飲みして――


「いやさ、腕前はさ、俺ぁいいのよ。なんてったって、ヴァンダイン一門で修行して達人級にまでなったのよ? うぬぼれてるわけじゃねえのさ、実際問題、俺ってぁいい腕してんのさ。ヴァンダインの師匠に皆伝はもらえてないが、そりゃあ師匠の腕前に誰も追いつけてねえだけで、弟子の中じゃあ、俺が一番いい腕してんのさ。でもよ、それで店が流行るかっていったら、そうじゃねえんだよなあ。せちがらい、っていうのか? お前だけじゃ心配だからって、師匠が宿屋ギルドの腕っこきを連れてきてくれたのさ。そしたらどうだ、内装がどうとか、色合いがどうとか、接客はどうとか、職人の俺にわかるわけがないじゃねえの。挙句の果てにゃ、店の導線がどうのこうの言いやがる。家を爆破する気か! って怒鳴ったらみんな帰っちまってな。俺だって建てたばっかりの店を流行らせようと色々考えたんだ。男衆の好きなもんといったら女だろう? ちょいと細腰の、綺麗どころのお姉ちゃんを雇ったら、みんなすぐに辞めちまいやがるのさ。近頃の女は根性が足りてねえんだ、すぐに店主には付いていけません、辞めさせて頂きます、ときたもんだ。店主じゃねえ、親方と呼べと何度言ってもわかりゃしねえ、職人ってのぁ飾りじゃねえんだ。心意気と仕事で物を言うのが本当の男ってものさ。そいつを若い衆はわかっちゃいねえ、職人ってのぁな。寝る間も、酒飲む暇も、女口説く余裕も、なんもかんも全部投げ捨てて、ひたすら炉を眺めて鉄を打つもんなのさ。雑念が入っちゃ煮えたぎる炉の中の鉱石は微笑んじゃあくれねえ。一心不乱に槌を振るうんだ。それだからこそ、炎はいよいよ調子に乗って、打ちあがる武器はいよいよ輝きだすってなもんだ。そんなこともわからねえで俺の店にああするこうするってグガンっ」


 人体が発してはいけない、鈍く重い金属の衝突音は、小柄な女性が握り締めた鈍器がダグラスの頭を強打した音のようだ。


 倒れ伏した店主。凶器を手に、荒い息を吐く女性。剣と槍がところ狭しと並べられた、静まり返った店内。すさまじく事件性のある光景である。色々な常識が音を立てて崩れていくかのようだ。あ、軽い眩暈までしてきた。


「あんたァ! 何度言えばわかるの!? 金儲けと職人の仕事は別だって言ったろう! あたしはあんたの仕事に惚れこんであんなに嫁いだんだけどね、あんたほどの腕があってなんでこんなに店が流行らないんだい! それはね、あんたのせいさ! 内装を頼んだ職人は追い返す、店員に雇った女の子は脅えて逃げる、自分の才能をどんだけ自分で潰してると思ってんだい! せっかく作った武器だって、使ってもらえてなんぼだろう!?」

 

「でもよお、やっぱ俺にゃあ店をやっていくなんて、向かないんじゃねえかなあ」


「あたしはあんたの才能を誰より買ってるんだ。お父みたいな異常な才能は人を不幸にする。それを間近で見てきたあたしだから、あんたに嫁いだんだ。こんな台詞、何回言わせるんだい。真っ当な人間が、こつこつ頑張って何かを創る。誰よりあんたは仕事に対して真摯だった、だからあんたの仕事が、こうやって正しく評価されずに寂れてるのがあたしゃ我慢ならないんだよ」


「お前――すまない、お前――」


 会話の合間に、店主が小柄の女性の鈍器によって複数回殴打されていることを除けば、まったくもって美談である。

 手加減をして殴っているかと思えばそうではなく、俺が食らうと一発で頭蓋を砕かれそうな重い音が俺の鼓膜に残って離れない。

 気がつけば店の隅まで後ずさって逃走経路を計っている俺を余所目に、彼ら夫婦の会話は弾んでいく。


「何度目かわからないけどね、わかってくれりゃいいのさ。あんたの腕は誰よりあたしがわかってるさ。あんたが精魂傾けて作った武器だって、ちゃんと使ってくれる持ち主のところに行かなきゃ寂しいだろう? あんたがちゃんとすれば、あんたの武器は今よりううんと評価されるんだ。朝っぱらから飲んだくれてる場合じゃないよ、もそっと気合入れて頑張んな!」


「お前――お前――! すまねえ、俺が間違ってた、今度こそちゃんとする。ちゃんと武器を売ってみせる。確かにそうだ、作った俺の武器たち(あいつら)に悪いもんな、ちゃんと使い手を捜してやらねえと――」


「わかってくれりゃいいんだよ、あんた。どれだけあんたが失敗しようが、あたしだけは付いてってあげるからね。また一緒にやり直せばいいんだ。さ、顔を拭いておくれ」


 顔を拭かなければいけない理由が、妻の打撃による多量の外出血でなければ、美談で済まされたのかもしれない。


 すっかり二人の世界を作ってしまっている彼らと関わりあいになっては、命がいくつあっても足りない。そそくさと俺は忍び足で店を出ていこうとして――


「見苦しいとこを見せたね、お客さん。さ、ゆっくり選んでっておくれ」


 爽やかな笑顔で近づいてくる小柄な死神の姿を見て、どうやら、逃げ遅れたらしいことを悟らざるを得なかった。






「ああ、ディノの坊やの紹介か。冒険者ギルドに入ったって言ってたな。くだらねえ気を回しやがって。わざわざ客を回さねえでもちゃんと店は潰さねえでやってみせらあ」


「何言ってんだい。店が繁盛する手助けをしてくれてるんじゃないか。足向けて寝るんじゃないよ。何か文句があるのかい?」


「いえ、ありません。で、ジルって言ったな。特に職を決めてなくて、ひとまず迷宮に潜るための装備を整えたいと」


 ディノからの簡単な紹介状を読んだ店主は、木箱に立てかけてある何本かの剣を手に取った。殺風景な店内である。槍などの長物は壁にもたれかけさせてあるだけで、剣を置く机の代わりが木箱らしい。

 金属鎧も何種類か置いてあるようだが、どれも布袋に収納されていて中が見えない。なるほど、商売が下手というのはその通りのようである。商品の見栄えを全く考えていない。


「こいつらがいいな。ただの鉄を打った軽い剣だ。両刃と片刃のこだわりはあるか?」


「いや。恥ずかしい話だが、剣を握ったこともない」


「恥ずかしがるこたあねえ、誰にだって初めての時はあるもんさ。うちの母ちゃんだって」


「あの、両刃と片刃の違いを」


 これ以上犬も食わぬ夫婦の愛情表現の形を見せ付けられるのはごめんである。

 再び鈍器を手に険しい顔をしている妻の姿に気づいて、ダグラスは青い顔で俺に向き直った。


「助かった、一個貸しにしといてくれ――で、だ。ざっくり言うと、両刃の剣は叩きつけるように使う。左右に振り回しても刃の部分で敵を殴れるからな。その分頑丈に、重く作るんだ。片刃の剣は、敵を斬るときに滑らせるように振らなきゃいけねえ。断ち割るんじゃなくて、引き斬るんだ。慣れるまでうまく扱えねえが、軽くて鋭いって長所はある。他にも先端で刺せる剣と、そうでない剣があるんだが――お前さん、剣は素人だって言ってたな?」


「ああ。剣術を習ったこともない」


「じゃあ、両刃にしとけ。技術がいらないってわけじゃないが、ただ敵にぶちあてるだけでそこそこ斬れる。滑らせるように斬れば両刃だって切れ味が増すからな、慣れてきたらより少ない力で綺麗に斬れるように頑張ってみろ。多少雑に扱っても曲がったりしない、頑丈な奴がいいから――これだな。ちょっと持って抜いてみろ」


 店主が手渡してきた、白木の鞘に入った剣を抜いてみる。刀身の幅は指三本分ぐらいだろうか。曇り空のような色をした両刃は、吸い込まれるような鉄の静かさと、荒々しい刃先のぎらつきを兼ね備えていた。


「一般的に、長剣ロングソードって呼ばれる剣だ。材質は鉄。今はちょっと重く感じるかもしれねえが、少し魔物を斬ってりゃ力がついてすぐに気にならなくなる。先端は突き刺せるようにもできてるからな。繊細な剣を使う奴には護身用の短剣もあったほうがいいんだが、まあ長剣を使うならなくてもいい。隠す気がないなら腕力の数値も教えておけ。防具も見繕ってやる」


 腕力値は9だ、というと、馬鹿にするでもなく、ダグラスはふむと頷いた。


金属鎧プレートアーマーはまだ早えな、重くてろくに動けなくなる。魔法を使うなら皮鎧レザーアーマーか、気にしないなら鋲皮鎧スタデッドレザーアーマーにしておけ。そこそこ迷宮に潜ったら金属鎧を装備しても大丈夫なほど力は付く。向かいの店は良心的な商売をしてる、後で声かけてやるから適当なのを一式買って装備しとけ。盾はまだいらんな、片手でも剣をしっかり振れないと話にならん」


 あれよあれよと言う間にダグラスが話を進め、長剣と皮鎧一式に身を包んだ俺が出来上がっていた。


「鋲なしだからな、防御力は過信するな。攻撃を食らうと痛いが、まあそれで覚えることもあるだろうよ。試しに迷宮に潜るならこれでいい、慣れてきて色々と変えたくなったらまた顔を出しな。修理ならうちに持ってこい、直せる限りは鉄製だろうと手を抜かずに直してやる」



 勢いで押し切られた感がなくもなかったが、職人というだけあって仕事に対しては真摯なようで、物は確かなようだ。道を歩きながら他の店も覗いてみたが、同じような鉄の剣であってもダグラスが打ったものほど緊張感を備えた武器は少ない。


 その後、商業ギルドと魔法ギルドに寄り、冒険に必要なものを一式揃えていった。初心者だからと馬鹿にすることもなく、どの店も親身に必要なものを教えてくれた。迷宮ダンジョンを核として成り立っている街であるため、初心者の面倒は見てやるという常識が彼らの中には根付いているようなのだ。ありがたい話である。



 すぐに迷宮の入り口まで戻ってこれる、帰還リターンの魔法がかかった指輪と、暗視ナイトサイトの効果がかかった指輪を予備も含めて二つ、火がなくても食える保存食を数日分――どの冒険者も、ごく初歩の火の魔法ぐらいは覚えて、あたためて食べる保存食を買うらしいが――と、戦利品を入れる背嚢バックパック、傷口にかける初級回復薬レッサーポーションの小瓶を十本、毒消し(キュア)の小瓶を三本、値段は張ったが治癒ピュリフィケーション鎮静トランキライトの小瓶も一本ずつ買った。

 治癒の魔法は、毒や麻痺など、肉体系の状態異常をすべて治す、毒消しの上位魔法である。


 魔法も覚えた。扱う武器の種類ごとに熟練度がある戦術スキルと同様、魔法も属性ごとに熟練度が存在するらしい。最初は、生活用にも使える火と水を覚える冒険者が多いとの助言に従い、火と水を生みだす魔法を買う。

 覚えたい魔法の力が込められた魔石を体内に吸収するだけで、その魔法が使えるようになるらしい。どんな仕組みになっているかはわからなかったが、「対象の魔法が発動するためのマナの操作を魔石に刻まれた術式が先導してくれる。詳しく説明すると長くなるからベテランになったら教えてやるよ」とのことらしい。


 紋章で習得魔法を確認できるとのことだったので早速調べると、確かに血の紋章に習得魔法という欄が出来ており、作火クリエイトファイア作水クリエイトアクアという文字が載っていた。

 大項目魔法スキル、小項目の火属性スキル、水属性スキル、すべてが0.0だったので、使い込めば上がっていくのだろう。ちなみに、魔法スキルの熟練度が0.0だと最も簡単な火と水の魔法ですら五割ほど詠唱を失敗するらしい。


 俺は頭の中で、買い漏れがないかを念入りに確認し、迷宮探索の準備を整えた。

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