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第五十一話 朱姫の元冒険者

「もー、ジルってばせっかくの私の登場シーンなのに何寝てんの。ほら目、開けて開けて」


 頬をぺちぺちと叩かれた感触で、俺は目を開けた。

 

「あれ?」


 地面に寝転がった俺の視界を埋めているのは、見慣れたチェルージュの顔である。


 しばし呆然とその顔を眺めていた俺は、我に返って勢いよく上半身を起こした。


「え? 夢?」


 敵が襲ってくる気配はない。夢から醒めたときのような静けさだ。


「って――うおわ!?」


 周囲を見渡すと、すぐ間近に鎖鎧姿の一団がいた。俺たちを包囲し、襲ってきた連中だ。彼らがぶらさげた剣は俺の血に塗れている。


 しかし、様子がおかしい。


「なんでこいつら、動いてないんだ?」


 彼らは、微動だにしなかった。というか、世界そのものが動きを止めていた。

 宙に舞う火の粉も、枯れ葉も、何もかも微動だにしない。


 音もしない。木々のざわめきすらも聞こえない無音の世界なのに、俺とチェルージュは会話をしている。むくれるチェルージュの表情も見慣れたものだ。


「助けて欲しそうにしてたのに、いざ来てみたらこの扱いって、ひどくない?」


「え、いや。確かに、間にあわないだろうって話はしてたけど。なんで来れてるの? じぶんにいたんでしょ?」


「そうだね。いくら私でも、空を飛んできたら間に合わないよ」


「じゃあ、なんで?」


 俺はもう、加護を返したはずだ。現に、加護を返した日以来、一割減っていたMPの最大値は元に戻っているので、瞳に溜めたマナを使って俺を助けることなどできないはずだ。


「ふっふっふ。それができるんだな」


 俺は首を傾げた。いくらチェルージュといえど、マナを使わずに瞬間移動などできはしまい。


「もったいぶりたいところだけど、状況が状況だし教えてあげよう。ウキョウって言ったっけ、初めてジルを殺した人間は。ウキョウにやられて瞳のマナが空っぽになってから、私に加護を返すまでの一ヶ月ぐらい、ジルは瞳にマナを溜めていたでしょ?」


「あ」


 確かに、加護を返しただけであって、瞳に溜まったマナを使ってしまったわけではない。

 

「そういうこと。すでに溜まってたマナ、いわば貯金を使って飛んできたってわけ。しかも何を隠そう、ジルの最大MPが上がってきてからの一ヶ月分のマナなので、今回は量に余裕があってね。前回と違って今の私は本体なのだ」


「え、ほんとに?」


「ほんとほんと。どうせだからジル、私の本気見せてあげるよ。力試しでボーヴォにも勝った実力、一等席で見物しておくといい」


 お、おうと俺が頷くのを見届けてから、チェルージュはぱちんと指を弾いた。

 静止していた世界に、動きと音が戻る。木々のざわめき、敵の話し声、ぱちんと爆ぜる火の粉の音。


「なっ!?」


 突然、殺害対象である俺のそばに見慣れない女性が現れたせいで、敵の戦士たちに狼狽が走る。鞘にしまおうとしていた剣を、慌てて抜き放った。


「ちょっと静かにしててね」


 それからの光景は、圧巻の一言だった。

 チェルージュがちょっと手を振ると、光の輪のようなものが何本も現れて、戦士たちの腕ごと胴体を締め付けた。すさまじい力が加わっているらしく、戦士たちが

いくらあがいても外れる気配はない。

 

「こっちもね」


 光の輪は、あちこちに飛んだ。

 林の中に隠れていた弓兵や、坂の下の方にいた敵の魔術師も同じように縛り上げる。そして驚くことに、胴体を一本の光の輪で締め上げられているだけだというのに、みなふわふわと宙に浮き始めた。


「はい、ちょっとみんな、静かにしててね」


 沈黙か何かの魔法をかけたのか、宙に浮いたまま怒号を発していた敵が、みな一様に黙りこくる。口をぱくぱくと開けて何かを叫んでいるようだが、声が出ていない。


「やあ、エディアルド君。こうして話すのは初めましてかな。私は君のことを良く知っているけど」


「何なんだ、お前」


 エディアルドは、嗄れた声でようやくそれだけを絞り出した。

 彼だけは光の輪で拘束されていない。ただし、俺が与えた手傷をまだ回復させていないので、肩口と腰から血を流している。


「赤の盗賊団を倒したのが私だって言えば、わかりやすいかな? そしてジルに加護を与えた吸血鬼でもあり、ジルの恋人でもある。それだけ聞けば、十分でしょ」


 俺との関係性を聞いたエディアルドが、驚愕に目を見開く。

 そんな彼は放っておいて、俺は聞き捨てならぬ一言に突っ込んだ。


「いや、まだ恋人じゃねえだろ」


「ジルが二回も死んじゃったから、実力行使なのだ。一人の力で生きていきたい、きりっ。なんて言ってたよねジル? いまどんな気持ち?」


「ぐっ」


 的確に弱点を突いてきやがる、この吸血鬼。


「あっ」


 俺たちが掛け合いをしている隙を見て、脱兎のごとくエディアルドは逃げ出した。腰を怪我しているというのに、素晴らしい逃げ足で林の中を縫い走っていく。


「いいのか? 追わないで。いや任せるけども」


 すっかりエディアルド姿が見えなくなってしまったので、俺はチェルージュに尋ねた。そんな彼女はというと、エディの逃げ去った方向に両手を伸ばしている。


「まさか。私も彼にはイラっときてるからね。ちょっと派手にやろうかと」


 真っすぐ伸ばした両手の先は、人差し指と中指だけを内側に折り曲げている。

そんな両手の平の中に、白熱した光の塊が生まれ、そして膨れ上がっていった。


 チェルージュの指が、竜の牙に見えた。


「本来の魔法名とは違うんだけど、彼には因縁のある名前だからこう呼ぼう」


 竜の息吹(ドラゴンズブレス)と。


 

 閃光が放たれた。


 末広がりに拡がっていくその光に触れたものは、消えた。蒸発したのだ。

 木々も、地面も、はるか遠くの山でさえ、その光は飲み込み、消した。


 一キロ先か、果たして十キロ先か――どこまで先か見えなくなるまで、その光は一瞬にして何もかもを消し飛ばした。


 一瞬遅れて、はるか遠くに爆炎が上がった。まるで溶岩のような濃くまばゆい爆発が、山よりも高く天へと昇った。それも城壁のように、横に長い長い、爆発だ。

地平線まで、朱に染まったように見える。


 しばらくしてから、腹に底響くような、どおん、という爆音が聞こえてきた。


「マナの気配、消失確認。エディアルド君、さよならっ」


「なんだこれ」


 もはや、現実味がなさすぎて俺は呆けていた。


 チェルージュの立っている地点から、扇状に遥か彼方まで大地がえぐれていた。

 それまで緑深き森であったところも、魔法が通り過ぎたあとには何もなくなっていた。

 ただ、上層を消し飛ばされた土があるのみである。


「こんなに強かったんだ、チェルージュって」


「ね。すごい威力。私の何倍あるかしら」


 エマとエミリアが、魔法の威力に驚きの感想を漏らしていた。


「いやあ、俺も初めて見たよ。赤の盗賊団を倒したときは、ぜんぜん本気じゃなかったんだな――ん?」


 ふと、俺は横を向いた。

 

 エミリアが立っていた。

 エリーゼは、エマの焼け溶けた板金鎧を脱がせる手伝いをしていた。

 エマはあちちち、などと言いながら鎧の留め具を外していた。

 

 夢でも見ているのかと、己の頬を張る必要はなかった。

 チェルージュは傷を少ししか治してくれていないので、あちこち刺された傷がとても痛んでいるからである。 

 

「生きてる!?」


 多分、そのときの俺はすごいアホ面をしてたと思う。

 それぐらい、心の底から驚いた。みんな、あちこち怪我はしてるし服や鎧がボロボロだったが、元気そうな顔をしていた。驚きすぎて、俺の傷が開いた。


「なによ、生きてちゃ悪かった?」


「いや、だって、馬車の中で、お前たち――」


 むくれるエミリアに反論する声も出てこない。

 あのとき、馬車の中にいたエミリアとエリーゼは火弾の直撃を受けていたはずだ。


「ああ、ちゃんと助けといたよ。気の回る恋人でしょ?」


「助けといたって、あのときまだチェルージュ、出てきてなかったろ?」


 チェルージュが出てきたのは、俺が死んでからだ。つまり、エミリアもエリーゼも、やられてしまった後だ。エマは俺と一緒に助けられたかもしれないが。


「えっとね、ちょっと前にエマちゃんが無理をして、恐狼ダイアウルフにやられたときのこと、覚えてる?」


「そりゃまあ、覚えてるが」


 エマが守りきれなかったので、エミリアが深手を負わされて大騒ぎになったのだ、忘れるはずがない。


「あのとき、私とジル、デート中だったでしょ? でも、ジルに念話の指輪で連絡が行く前に、私が異変を察知したのに気づかなかった?」


 そういえば、念話の指輪が光り始める前に、チェルージュは何やら宙を睨んで厳しい顔をしてたっけ。


「ほい、種明かし」


 ぱちんとチェルージュが指を弾くと、それまで何もなかった虚空に、一匹のこうもりが現れた。ぱたぱたと飛んでいるのに、羽音がしない。


「これって、使い魔か?」


「そう。ジルに加護を与えたみたいに、私は使い魔の瞳を通じて情報を得ることができる。つまり、君たちのことは、影ながらこのこうもりが見守ってたってわけ。

普段は、透明化インヴィジビリティの魔法がかかってるから目に見えないのさ」


「え」


 ということは、俺たちが独力で冒険を続け、迷宮で苦難を乗り越えてきたと思っていた間も、すべて大事が起きないように見守られていたということだろうか。


「そういうことだね。馬車を襲ってきた火弾も、使い魔が身代わりに受けたのさ。実は一発目の火弾でエミリアは死にかけてたから、使い魔じゃ動かせなかったしね。もしジルがあそこで戻ってきたら、燃え盛る馬車の中で必死に大回復を唱える二匹目のこうもりの姿が見れたよ」


 俺はがくりと肩を落とした。なんというか、釈迦の掌の上である。


「なによ、私たちが死んでた方が良かったってわけ――きゃ!」


 がばと、俺はエミリアを抱きしめた。勢い付いて、エミリアを地面に押し倒してしまう。


「生きてて、良かった」


 何故だか知らないが、みんな助かったのだと思うと、目頭が熱くなった。

 鼻水も出てきたので、ぐずりと啜る。


「あー、ずるーい。それは殊勲賞の私にこそくれるべきー」


 ぽりぽりと何かを噛み砕きながらチェルージュはぶうたれる。


「よしよし、もう何でもいいや。チェルージュは今度好きなだけ抱いてやる」


 やっほーい、などと叫びながらピースをしつつ、また彼女は口に何かを放り込み、ぽりぽりと噛み始めた。


「ところで、何食ってるんだ? まさか人肉食でもあるまいし」


 目に見えない拳骨で、脳天を殴られる。

 背後を見てみたが、エマたちは遠く離れていて誰もいない。チェルージュの魔法で殴られたようだ。


「ムードなーい。せっかく一個百万もする魔石食べてもうひと働きしようとしてるのに。気軽に食べてるけど、ここまで結晶化した魔石ってうちのあたりでもあまり採れないんだよ?」


 ぴくりと、エミリアの耳が震えた。反応早いなおい。

 確かに、光の輪に捕まえられている戦士たちがほったらかしにされていた。


「そういや、今は腕輪してないもんな。その補給か?」


 このあたりはマナが薄いので、チェルージュが本気を出すことはできないと聞いていた。さすがにあれだけの大魔法を使ったのだ、俺が瞳に溜めていたマナだけは足りまいと思っていたが。


「そういうこと。本気出せば、やりようは色々あるのだ」

 

 のんびりと魔石をかじるチェルージュの次の一言に、恐らく締め上げられた敵兵たちはすくみあがったことだろう。


「それじゃ、ちゃっちゃと吐かせようか」


「吐かせる?」


 あちこちに浮いている、捕獲した敵兵へと振り向くチェルージュの後姿に、俺は問いかける。何の屈託もなさそうに、チェルージュは笑顔で頷いた。


「うん。黒幕吐かせて、落とし前付けさせないと」


 俺たちを襲った自業自得とはいえ、こんな反則じみた奴の敵に回るなんて大変だなあと、俺は敵の黒幕に少しだけ同情した。








 かいつまんで言うと。


 エディアルド、ひいては刺客たちのの黒幕は、冒険者ギルドの前ギルドマスター、アークノーラ氏だった。どうも、エディアルドの兄であるエヴィが、アークノーラ氏の手駒だったらしい。

 後ろ暗いことをこなす手下を持っているという噂は、事実だったというわけだ。


 その線で、行方をくらましていたエディアルドはアークノーラに保護されていて、エヴィの死や、カヌンシルの台頭が俺のせいだと吹き込まれた彼は、手下を総動員して俺を暗殺しようとしたらしい。


 どさくさに紛れてカヌンシルも殺害し、再びのギルドマスター就任を狙っていたというのだから、その権力に対する執念には恐れ入る。


 それらの情報をもたらしてくれたのは、他ならぬそのアークノーラの手下たちである。チェルージュの光の輪で宙吊りにされていた彼らは、魅了の魔法であっさりとすべてを吐かされた後、地属性魔法か何かなのか、地面から生えてきた木の杭に一人残らず串刺しにされていた。


 例によって、舞い散る血しぶきを浴びながら嬉しそうに踊っていたチェルージュにエマたちがドン引きしていたが、些細なことだろう。





 冒険者ギルドでも、血の雨が降った。

 魅了をかけられたアークノーラ本人からの情報により、彼と密接に手を組み、悪事に手を染めていた元部下が割り出され、アークノーラともどもやっぱり串刺しにされた。


 せめて、人類の手で裁かせてはもらえまいかと切り出したカヌンシルに対して、やだ、の一言で拒否したチェルージュはあっさりとアークノーラたちを殺害して見せた。


「怒らせちゃいけない子を怒らせたんだもの、仕方ないわ」などとグランマが諦め顔でカヌンシルを慰めていたのが印象的だ。







「前々から構想だけは練っていた計画を、どうやら実行するときがきたんだよ!」


 概ね、今回の騒動に関わった罪人たち(俺たちから見てだが)を私刑し終わり、事後処理に追われるギルドの人々とは裏腹に俺たちが平穏を取り戻したころ、チェルージュは俺とエマたち、それにカヌンシル夫妻(もう夫妻でいいと思う)を一室に集め、そう高らかに宣言した。


「はあ。一体何をするんだ? まあ何にせよ、付き合うけどさ」


「んっふっふ。ねえジル、今回の件で、ちょっと冒険者ギルドというか、街そのものというか、人間に不審を抱いたんじゃないのかい?」


「いきなり何を言い出すんだ――まあ、なくもないな。今回の騒動、権力争いに巻き込まれたってのが大きな要因ではあるし」 


 正直なところ、自分が政治に関わることなどないと思っていたが、いざ巻き込まれてみると洒落にならない。いち個人を揉み潰せるほどの大きな流れの前で、人は無力だ。


「ねえ。ジル、国を創ってみないかな?」


「はぁ?」


 とっておきの話を聞かせるんだぞと言わんばかりに、わざとらしく咳払いをしてから切り出したチェルージュの言葉に、俺は呆れ顔になった。


「だからさ、新しい開拓村をジルが作るんだよ。ジルは初代村長で、初代国王でもあるのさ。何もない土地に家を建てて、耕して、人を増やしていくんだ。楽しそうじゃない?」


「当事者でさえなければ無邪気に面白そうって言うかもしれんが。本気か?」


「うん、結構本気。ジル、やって」


「いやいやいや」


 やって、と気軽に言われましても。お前国作れって言われてはいそうですかと素直に頷く奴が果たしているだろうか。 


「そもそも、国民だか村民だかはどこから連れてくるんだよ。俺とエマたち、それにチェルージュが入ったとして五人だろう。五人で国を名乗ってもなあ」


「そこはほら、新規移住者を募ればいいんだよ。ちょっと手伝うだけでマイホームが手に入るんだよ? リカちゃんを見てれば、家を欲しがる人って多いんだなって思わない?」


「そりゃそうかもしれんが。何もない土地の家貰ったって、不便なだけだろうに」


「最初はそうかもしれないね。歯車が回りだすまでは苦労するだろうね」


「ちょっと考えただけでも無理だとわかりそうなもんだが。土地はどこを切り開くんだ? その労力はどこから? 土地と家だけあれば人が生きていけるわけじゃない。水や食料だっているだろう。魔物が湧いたら撃退しなきゃいけない」


 理論的に説明すれば諦めるかと思ったが、意に反してチェルージュはにやっと笑っている。なんだろう、嫌な予感がする。


「ちゃんと考えてあるんだな、これが。思いつきで言ったんじゃないんだよ?」


 俺は思わず唾を飲み込む。

 エマたちも、顔を見合わせていた。もちろん、同席しているカヌンシルとグランマもだ。


「土地は、私が魔法を一回撃てば一瞬で確保できる。私の魔法の威力、ジルたちは見たでしょ? 立地もいいところを見繕ってあるんだ。今は原生林だけど、近くに良質の鉱石がある山脈があり、結構太い川が流れてて、しかも迷宮の入り口の一つが眠ってるところ。今は封鎖されてるけど、これもやっぱり私が魔法でちょっと掘れば開通する。だいたい、私の屋敷と、この街の中間くらいかな。マナが少し濃いけど、人間でも普通に生活できる」


 ヤバい。何がヤバいかといって、チェルージュは力と金を持っている。

 本気を出されると、かなりの部分で課題をクリアしかねない。


「魔物対策とか、あとは仮にこの街から攻められたとしても、私がいる。使い魔を何体か投入するだけで防衛面は問題ないね。通貨や法律は、しばらくはこの街のを借りよう。今回の一件でこの街には私は大きく貸しがあるから、しばらく食べ物を運んできてくれたりとかは任せればいい。大丈夫、これだけおっきな貸しがあるんだし、カヌンシルならきっと気前よく奢ってくれるはずだから。そのかわり、この街を属国するのはやめといてあげる。対等な国として扱ってあげよう」


 実直な顔つきのカヌンシルの表情が引き攣っているのは気のせいだろうか。

 脅迫半歩手前である。

 そもそもチェルージュが本気を出せば街が消し飛ぶのだから、交渉にさえなっていない。


「木材を切り出すのは私ができるから、それを組み立てて家を建てたり、畑を作ったりするのは移住してきた国民に頑張ってもらう形になるかな。お金があるとわかれば商人だって投資を考えるだろうし、そのうち何もしなくても勝手に村は発展していくと思うんだよね。要は、この街よりも楽に稼げるっていうか、税金とかを安くして『この村は美味しい』ってみんなが思うようになればいいんだからさ」


 勉強の成果ねえ、とのんびりグランマが呟いていたが、違う、そうじゃない。


「ああ、ああ、わかったわかった。つまりまあ、本気なんだな?」


「うん!」


 にこやかに言い切るチェルージュに、俺は肩の力が抜けていくのを感じた。

 どうやら、俺が国王とやらをやらされるのは確定らしい。


 仮に拒否したところで、助けてあげたじゃんとか、恋人宣言はどうしたの、などと突っ込まれて、色々と面倒臭い事態になる未来しか見えない。

 国王になるのとどっちがマシか頭の中で一瞬考える。


「考えてもしょうがないか。どうせ逆らえないし」

  

「そうそう、人生思い切りと諦めが肝心だよ」


 吸血鬼に人生を諭される若者の図である。


「で、王妃様は私で」


 挙手しつつ堂々と宣言したチェルージュの後を、エマたちが引き継いだ。


「エマが第二王妃で」


「私は第三王妃でいいわ、ジル。ああ、王妃間の身分の差はなしでお願いね」


「あの、ご主人様。私はまだ、そういうのは結構ですので」

 

 エリーゼだけが唯一の癒しである。まだ、という一言が不穏だが、きっとエリーゼなら俺の胃を痛めまい。


「勝手なことを言うんじゃないよ」


 きゃあきゃあと盛り上がる女性陣を横目に、ほんの数分の間にやたら肩の重みが増えた件について、はあ、と俺は深くため息を吐くのだった。

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