表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/52

第四十九話 確認

「俺たちも、まあまあ強くなったなあ」


 迷宮の中層にて、素材を採取しつつ次の魔物の湧き待ちをしている最中、俺はぽつりと呟いた。手には、起動させた血の紋章に俺自身のステータスが表示されている。


「中層の浅いところなら、もう危なげなく狩れますもんね」


 俺と同じように、血の紋章を眺めながらエマが同意を示す。

 彼女も板金鎧を着込むことに慣れ、腕力値が上がったことによって闘斧を豪快に振り回せるようになっていた。

 

「今後はどうするの? 同じ中層でも、もっと深部に行くの?」


「まだ、かなあ。新しい魔物と戦うなら、もっとレベルの余裕が欲しい。蜂の一件が片付いたら、検討しようって感じかな」  


 その魔血蜂はというと、グランマに懐いたため、カヌンシルの自宅に置いてきていた。冒険者ギルドマスターとしてのカヌンシルの仕事が終わって帰宅するまで、グランマとボーヴォハウスにでも遊びに行っているのではなかろうか。


 魔血蜂の取り扱いが想像より楽だったため、カヌンシルは俺たちに行動の自由をくれた。当初の予定では、俺たちがカヌンシルの家で魔血蜂を見張り、かわりに日当をくれるという話だったのだが、日中は迷宮で狩りをしていても構わないとのお達しが出たのだ。


 それでいて本来くれる予定だった日当もくれるという。太っ腹である。


「油断厳禁だしうぬぼれるつもりもないけれど、私たちも迷宮に慣れてきたわね」


 血の紋章を眺めながら、にまにまとエミリアが笑う。台詞と表情が一致していない。

 レベルが上がったのが嬉しいというよりも、稼ぎが上がるのが嬉しいのだろう。


「私たちも、レベル500を超えましたしね。早いものです」


 感慨深げなエリーゼに同意して、俺は手元の紋章に目を落とす。

 本当に、成長したものだ。






【名前】ジル・パウエル

【年齢】16

【所属ギルド】なし


【犯罪歴】0件

【未済犯罪】0件


【レベル】1031

【最大MP】34


【腕力】37

【敏捷】32

【精神】34


『戦闘術』

 戦術(46.2)

 斬術(41.9)

 刺突術(36.0)

 格闘術(20.2)


『探索術』

 追跡(17.7) 

 気配探知(23.3)


『魔術』

 魔法(30.9)

 魔法貫通(22.9)

 マナ回復(45.5)

 魔法抵抗(1.2) 


『耐性』

 痛覚耐性(23.1)

 毒耐性(7.0)







【名前】エマ

【年齢】12

【所属ギルド】なし


【犯罪歴】0件

【未済犯罪】0件


【レベル】622

【最大MP】14


【腕力】29

【敏捷】19

【精神】14


『戦闘術』

 戦術(39.7)

 斬術(38.4)

 刺突術(16.1)

 格闘術(9.3)


『探索術』


 気配探知(12.2)


『魔術』

 魔法(18.6)

 魔法貫通(11.2)

 マナ回復(20.6)


『耐性』

 痛覚耐性(44.2)

 毒耐性(25.1)










【名前】エリーゼ

【年齢】12

【所属ギルド】なし


【犯罪歴】0件

【未済犯罪】0件


【レベル】651

【最大MP】5


【腕力】18

【敏捷】28

【精神】19


『戦闘術』

 戦術(40.4)

 斬術(26.1)

 刺突術(34.1)

 弓術(5.3)

 格闘術(18.9)


『探索術』

 隠身(25.3)

 開錠(21.5) 

 罠探知(20.2)

 罠解除(20.1)

 窃盗(23.2)

 追跡(27.3)

 気配探知(28.1)


『魔術』

 魔法(19.4)

 魔法貫通(12.2)

 マナ回復(21.8)


『耐性』

 痛覚耐性(15.8)

 毒耐性(11.6)





【名前】エミリア

【年齢】11

【所属ギルド】なし


【犯罪歴】0件

【未済犯罪】0件


【レベル】579

【最大MP】8


【腕力】14

【敏捷】16

【精神】27


『戦闘術』

 戦術(7.9)

 格闘術(7.1)


『探索術』

 気配探知(11.9)


『魔術』

 魔法(35.2)

 魔法貫通(28.1)

 マナ回復(38.7)


『耐性』

 痛覚耐性(21.1)

 毒耐性(14.3)






「エミリアには、もう魔法スキルは抜かれちまったなあ」


「そりゃあ、私はジルと違って魔法メインで戦ってるもの。むしろ未だにマナ回復スキルが抜けてないのが悔しいわね。全自動でスキルが上げれた加護が羨ましいわ」


 お互いの血の紋章を見比べつつ俺が感想を漏らすと、エミリアが胸を張った。成長期なのか、布鎧の胸元が初めて会った頃よりも膨らみを帯びている気がして、

思わず俺は目を逸らす。


「中層のパーティの中でも、いい線行ってるんじゃないですか、私たち?」


 スキルが成長して索敵範囲が伸びたことによって、わざわざ俺たちから離れて警戒しなくても良くなったエリーゼが、俺たちと同じように血の紋章を眺めながら口元を綻ばせる。


「ああ、いい調子だと思うよ。中層パーティの中でも、もう新人じゃなくて中堅ぐらいにはなったと思う。ここんとこ、稼ぎも増えてきたしな」


「いい調子ね」


「ね」


 奴隷身分からの脱却を目指すエマとエミリアが、顔を見合わせて微笑む。

 魔角牛を一体倒すまで狩りをして帰還、それだけで一日の冒険が終わっていたあの頃と違い、いまは一日に帰還の指輪を数個使うほどに稼ぐペースが上がってきている。


「っと、来ました」


 短剣に手をかけながら、エリーゼが立ち上がる。索敵に新たな魔物が引っかかったのだろう。


 みな慣れたもので、無言で立ち上がり、武器に手をかけながら走り出す。

  

「牛だわ。お願いね、エマ」


「了解!」


 一足先に森から出て、魔物の様子を確認してきたエリーゼの報告に反応してエマが駆けていく。板金鎧を全身にまとってなお、エマの足取りは力強い。


「っ――せいッ!」 


 魔角牛の突進を避けつつ、横薙ぎに闘斧の一撃を繰り出すエマである。

 すさまじい重量の斧を慣性に頼って振り回していたあの頃とは違い、今はしっかり武器として扱えている。


 闘斧の重み、そしてエマの腕力が乗った一撃の破壊力は凄まじく、むっちりと筋肉の張った魔角牛の左前脚の根元に、闘斧は深々とめり込んだ。


「いつもながら、すげえ威力だなあ」 


 お膳立ては整えてくれたので、後は俺の仕事である。

 魔角牛の首筋をさっと長剣で切り裂くと、勢い良く鮮血が噴き出した。


 返り血がかからないように俺はすでに飛びのいている。

 しばしよろめいた後に、魔角牛は地面へと倒れ伏した。戦闘が終わるまでに、ものの数秒しかかかっていない。


「最近のエマの破壊力は、怖いぐらいよね。なんだって斧でぶっ壊すんだもの」


 褒められてにへへへ、と笑うエマを横目に、俺は冷静に突っ込む。


「いや、エミリアの火弾ファイアボールも大概だからな?」


 魔法スキル、魔法貫通スキル、そして基礎能力である精神が成長したエミリアの魔法の破壊力は、ひどい。以前は異常茸一体をどうにか一発で仕留められるかといった程度の火力でしかなかったのが、今では二、三体をまとめて消し飛ばすほどに威力が上がっている。


 爆裂音で表現すると、以前はドゴォン、だったのが、今はゴバッギャオン、ぐらいの進化だ。

 自分で言っててよくわからないが、とにかくそれぐらいすごい。思わずビビってしまうぐらいすごい。


 かといって、ここのところ日常生活でも影が薄く、天性の狩人っぷりを発揮してきたエリーゼが目立たないのかといえばそんなことは決してない。


 木から木へと、幹を蹴りながら飛び移ったり、目にも留まらぬ短剣さばきを披露したりする。


 この前など、「隠し芸です」などと微笑みながら、宙に投げ上げた林檎が落ちてくるまでに短剣で八つに切り分け、綺麗な盛り付けになるように皿で受け止めたりしていた。


「俺たちも、強くなったなあ」


 再び、しみじみと呟いてみる。


 こういう気分のときにこそ、落とし穴というものは行く手に広がっているものだが――端的に言って、俺たちは自信を付けていた。


 もはや全体から見ても、いや、中層の冒険者としても、駆け出しではない。

 ベテランかつ凄腕であるとまでは自惚れていないが、いっぱしの冒険者をそろそろ名乗っても良いころだと思う。


 慢心は油断を招くが、ほど良い自信は動きにキレと色艶を与える。

 最近の俺たちのパーティは、最低限のやり取りだけで意思疎通ができ、あるいは何も言わなくても他人のフォローに回れるほどに連携がこなれてきて、各人の強み――例えばエマなら一撃の破壊力や身のこなし、エミリアなら魔法の火力、エリーゼなら索敵範囲と短剣さばき――にも磨きがかかってきた。

 

 思うような動きができると、戦果が上がって稼ぎが増える。そうすれば装備も少しずつ良い物に変えていける、そうすればもっと強くなれる――いわゆる好循環である。今の俺たちは、非常に良い状態であった。

 

「半年よ」


 とエミリアは言っていた。

 

 彼女は半年で、2,000,000ゴルドを溜め、自分とエマを奴隷階級から脱却させるつもりでいるのだ。


「家賃や食費とかの生活費を抜いて、思わぬ事態のための緊急用の貯蓄をして、それでも一日10,000ゴルド近いお小遣いを全員に配れているから――順調にいけば、半年かからずに、私たちはお金を溜められる。そうしたらジル、その、わかってるわよね」


 金勘定をしている生き生きとした表情から一転して、頬を染めるエミリアである。

 

 要は、奴隷身分じゃなくなったら女として扱えというか、女にしろと言っているのである。

 この半年間で覚悟を決めろと言っているのであろうか。


「ふう。おいし」


 エミリアが甘糖珈を啜りながらほっこりとした表情になる。


 魔角牛の死体を地上へと持ち帰って売り、ついでに採取した素材があれば背嚢を空けるべく売り、それから馴染みの喫茶店で一息入れてから、また迷宮へと潜る。


 背嚢に素材を詰めきれなくなるまで狩りをし、地上に戻ったらちょっと休憩し、また狩りへ行く。


 これを朝から晩までの間に数回繰り返すのが、週末の休日以外の俺たちの行動パターンになっていた。実に安定した生活である。





「あらあら、お帰りなさい。いま御飯の準備をしますからね。離れでお湯を使いなさいな」


 そして、これである。

 俺を含め、女性陣のテンションを嫌が応にも高めているのが――グランマの食事であった。


 なんと、グランマは毎日俺たちに食事を作ってくれているのである。


 本来であれば、迷宮に狩りへと赴くために、朝に魔血蜂をグランマに預け、夜に引き取りに来て、俺たちは鯨の胃袋亭へと戻って寝る。それだけなのだが、それでは味気なかろうとの配慮なのか、蜂を引き取りに来るときにグランマが晩飯を振舞ってくれるのだ。

 

 恐らくは、俺たちからカヌンシルへの心象を良くするために内助の功よろしく厚遇してくれているのだろう。ここに来るたびに良いことがあるとわかっていれば、魔血蜂を連れてくるのも楽しみになるであろうからだ。


 実際のところ、俺たちの内心でカヌンシルとグランマへの友好度の上昇が半端ない。

 グランマは人類最高レベルと謳われた料理の腕を揮ってくれるし、カヌンシルは「いつもすまんなあ」などと言いながら気前よく小遣いをぽんとくれるのである。その上、俺たちは毎日自由に狩りに出ているわけで、何かしらの行動を束縛されているわけでもない。これで懐かずにいられようか。


「んじゃ、先に行ってくる。早めに出てくるから」


 さらには、カヌンシルの自宅でもあるこの家の隣、要は研究室として使われている建物には、風呂がある。目を100ゴルド銀貨のように輝かせながら、風呂代まで浮かせられるなんてとエミリアが喜んでいたほどで、装飾は乏しいものの、研究室で寝泊りする人々のために作られているためにそれなりに広い浴槽のある立派な風呂であった。


 普段使っているのが、天井に通されたパイプから湯が出てくるだけの殺風景な個室風呂であることを考えると、ここでも俺たちの待遇は上昇しているといえよう。


 なお、風呂に入る順番は、俺が先である。

 女性陣を先に入らせようとしたのだが、グランマに止められたのだ。


 いわく、目上を立てるためであるとか、女性の風呂は長いためであるとかいう理由らしいが、エマたち三人は素直にはーい、などと頷いていた。


 グランマの指導のおかげか、エマたちは俺を立てるということを最近になって覚えてきた。 少し尻のあたりがむず痒くあるが、女性陣から丁重に扱われて悪い気持ちになる男がいるわけもなし、何くれにつけて俺を優先してくれるとなると、なにやら偉くなったようでつい誇らしい気持ちになってしまう。


 男の春とはこういう気分か、と内心にやにやしている俺がいるのだ。


 それもこれもグランマによる、男を喜ばせるための女としての接し方みたいな指導の成果であると考えると、やはりグランマもただの料理が上手いだけの女性ではないのだ。侮りがたし、である。

 こういった目に見えない部分で規格外なあたり、やはりグランマもボーヴォハウスの一員であった。


「そうそう、ジル。チェルージュが拗ねていたわ、最近構ってもらえていないって。休みが合ったときにでも、どこかに連れていってあげてちょうだい」


「ああ、そういえばここ最近は、蜂の一件でどたばたしてたからなあ――明日の休みにどこかへ誘ってみるか」


 厚手の手袋をはめた手で、底の浅い大皿に盛られた熱々のチーズグラタンを台所から持ってきつつ、グランマは話を向けた。


「明日はあの子、忙しいはずだわ。カヌンシルにあなたの待遇を良くしてくれって働きかけたかわり、カヌンシルが知らないはずの魔法とかをこっそり見せてあげたりしてるの。明日が確かその日だったから」


「マジか。チェルージュのおかげでもあるのか、この至れり尽くせりの毎日」


 初耳である。 

 ボーヴォハウスの住人からの援助はなるべく断ろうと思っている俺であったが、金銭や物ではなく、このように気配りといった形で表されてしまっては断るに断れないし、何よりとても居心地がいい。チェルージュからの贈り物ということで、有り難く頂いておこう。


「だから、明日はチェルージュ、この街にいないの。いくつも森を超えた先にあるらしい自宅にいるんじゃないかしら」


「わかりました。それじゃあまあ、再来週の休みにでも、どこかに行くとしましょう」


 瞳を通じて、このやり取りもチェルージュに届いているはずだから、こう言っておけばその日を空けておくはずである。


 その証拠に、念話の指輪が一瞬光り、『了解だよー』とチェルージュの声が発せられた。


(今の俺の状況が、幸せってやつなのかもなあ) 


 そう自覚してしまうぐらいに、これ以上望むべくもない、順風満帆な日々を俺は送っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ