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第三十四話 中層 その2

「はあ、なるほど。この一つの部屋を一つのパーティで使うのが暗黙の決まりごとになっていると」


「そうだ。もう少し進むと、更に森は広くなり、一つの部屋から行手が二つ以上に分かれてくる。奥地のよほど広い部屋でない限り、すでに人がいる部屋は通り過ぎるのがマナーだな。狩り場で湧いた魔物の取り分について揉めたくはあるまい?」


 俺が話しているのは、後方からやってきて、俺たちを追い抜いて先に行こうとした二人組である。中層に入ってきたばかりのときに出会った三人組のパーティとはまた別の、男女のペアであった。


 この部屋は使用中だったか、通らせてもらうぞなどと言い捨てて先に進もうとした彼らを呼びとめ、二、三の質問に答えてもらったのだ。


「危険な魔物が出没し始める階層か? もちろん冒険者の技量にもよるから一概には言えんな。無理をしてレベルが低いのに中層に来ているなら魔角牛マナバイソン異常茸エラーファンガスでも死ぬ奴は死ぬからな。が、個人的な見解だと、地下三十階付近からは高い知性を持つ魔物が出てくる。矮魔インプ狂信者ファナティックといった、魔法を使う魔物だな。奴らは強いぞ、なんせ人間と変わらんほどに知恵が回る。最初なら、地下二十階付近で狩りをして慣れる方がいい」


 丁寧に説明してくれたので丁寧に礼を言い、去っていく彼らを見送った後、俺はみんなを呼び集めて作戦会議をした。


「もう一部屋か二部屋進んだら、そこを拠点にしばらく狩りをしてみようと思う」


「良いと思います。ここで狩りをしないのは、狭すぎるからでしょうか?」


「そうだな。さっきの骸骨剣士スケルトンウォリアーみたいのしか湧かないようなら、戦力過剰だ。安全に狩りをしたいから、そこまで奥に進もうとは思わないが」


「エマは、もう少し手ごたえのある敵がいい」


「魔角牛の出現階層でもあるし、骸骨以外の奴もそのうち出るはずだ。今はとにかく様子見で、安全に行こう。慣れない場所で無理をするべきじゃないからな」


 さらに部屋を二つ分ほど奥に進み、体感で地下二十階あたりの深さまで潜ってきたころ、俺たちは三組目のパーティと遭遇した。今までに出会った二組ともまた別の、五人組のパーティである。


「隣の部屋、空いてますよ」


 魔術師メイジらしい、皮鎧レザーアーマーを装備した二十代の女性であった。熟れた柑橘を思わせる橙色の髪に、そばかすと明るい笑顔が印象的なお姉さんである。


 彼女が指差した先に進んでいくと、横の部屋に移動する通路があった。

 今までは、奥に進むか引き返すかの二つの出口しかなかったところに、横移動のための道が現れたことになる。


 エリーゼに索敵体制を取らせながら新たな部屋へ踏み込むと、確かに先ほどの彼女が言っていた通り、広大な森であるところのこの部屋は誰も使っていないようで、しんと静まり返っていた。


「ここで、しばらく狩りをしてみよう。エリーゼ、索敵と、この部屋の地形を調べてもらえるか?」


「了解です」


 一口に森といっても、足場がないほど木々が密集しているわけではない。

 木々が茂らせた葉で天井は覆われているものの、木の幹と幹の間や、足元あたりは雑草が茂みになっていたりして、俺たちが楽に通り抜けられる隙間がある。もちろん、すべての葉は真っ黒だ。

 

 森というよりは、雑木林といった方が適切かもしれなかった。潅木や高木だけが生息しているわけではなく、ある程度見通しのいい草原などの平地もあった。


「平地から先に行きます」


 エリーゼはまず、視界が確保しやすい草原地帯から進んでいくことを選んだ。


 ある程度進み、周囲に敵がいないことを察知し、手振りで俺たちを招き寄せ、さらに自分は先行して進む。何度かそれを繰り返した後に、俺たちは魔物と出会わないまま、次の部屋へと進む通路に辿りついてしまった。


「この部屋をもう少し探索しよう」


 俺の指示の元、次の部屋へと続く通路には入らず、エリーゼが再び草原を進み始める。しかし、そう時間が経っていないのに、他の部屋へと続く、また別の通路が見つかり、俺たちは顔を見合わせた。


「一辺に二つの通路? 今までこんなことなかったよな」


「奥地に来たからかもね。ちょっと待って、大まかな地形書き込むから」 


 紙にさらさらとペンを走らせるエミリアである。

 書き終わるのを待って地図を覗き込むと、この部屋の全体図がおぼろげながらにわかってきた。


「俺たちは、端っこを歩いてただけか」


 部屋を大きな四角だとすると、俺たちは左辺中央の通路からこの部屋に入ってきて、そのまま外周を北上し、部屋の最北にある二手の分かれ道を見つけたところである。 


 草原のようになっているのは外周だけで、部屋の中央付近は雑木林になっており、それが部屋の大部分を占めていた。一部屋の大きさは、五十メートル四方といったところだろう。


(直線距離だけで考えたら、さほど広くもない部屋なんだろうが――)


 俺は、目の前に広がる雑木林を見ながら考える。


「それが林だとなあ、話は別だよなあ」


「何か仰いましたか? ご主人様」


「いや、同じ広さでも、平地と林じゃ探索のしやすさも変わるだろうなって」 


「視界が確保できませんから、ある程度は魔物の接近を許してしまいそうですね。慎重に、索敵します」


 先行するエリーゼの後に続き、俺たちも林の中へと足を踏み入れる。

 元は真っ黒だった葉は、枯れ落ちると赤みがかってくるようで、地面は赤や黒の葉で埋まり、絨毯のようにも見えた。

 中層のうち、浅い階層とは異なり、このあたりの地面には土がない。元は岩肌が露出していたであろう地面は、葉っぱ越しに踏みつけても硬く感じる。


 雑木林の中心に向けて、十メートルも歩いたころだろうか。エリーゼが、手振りで止まれと伝えてきた。俺たちは、武器を構えつつ、その場で待機する。


 敵発見。十四番。数は五以上。


異常茸エラーファンガスか) 


 手振りでエリーゼが伝えてきた情報は、この先に魔物がいるという内容だった。十四番というのは、魔物シリーズ図鑑の番号であり、今回の場合は異常茸である。


「茸の種類まではわかりませんでしたが、気づかれてはいません。魔法で先制しますか?」

 

 エリーゼといったん合流し、手短に作戦を話し合う。


「そうしよう。異常茸は、確かマナを感知して胞子をばらまくはずだ。視覚も聴覚もないはずだから、全員で遠距離からやろう」 


「火属性が弱点よね。腕が鳴るわ」


 魔法のみを使い続けて戦ってきたエミリアは、もう俺よりも魔法の威力が高い。パーティで唯一、火弾ファイアボールを習得している彼女は今回の戦闘にうってつけだった。


「こちらです」


 エリーゼの先導に従い、茂みをかき分けながら林の中を進んでいくと、木々がやや開けていた。そして、キノコなんだか酸水母スライムなんだかよくわからない生物が、見上げるほどの木の幹や、木の股などに、粘液質の菌糸をべったりと張り付かせていた。


「うええ。傘がてっぺんに付いてなけりゃ、茸だとは思わんな、あれ」


「気持ち悪い見た目ね」


 保護色を狙っているのか、異常茸の傘は真っ黒で、内側のひだや菌糸は、糸を引いて粘るような白である。


「じゃあみんな、詠唱開始。最初はエミリアの狙ったやつに集中攻撃しよう。火力過剰オーバーキルだと思ったら、各自で適当に目標を分散させてくれ」


「了解」


 エミリアが天に向かって両手を上げると、頭上に火の玉が現れて、膨れ上がっていった。ただの炎ではなく、まるで炎帝ヘリオスのように、火球の中心は溶岩のように赤黒いどろどろが流動している。


 エミリアの顔よりも大きく火球が膨れ上がったところで、玉を投げるかのようにエミリアは両手を前に突き出した。


火弾ファイアボール!」


 火球は真っすぐに一本の木へと向かっていく。狙いは、木の股に張り付いた異常茸である。


火矢ファイアアローよりも、弾速は少し遅いな)


 冷静に俺が、初めて見る火弾を観察している中――


 炸裂した。 


(ッ!)


 予想より遥かに大きな轟音に、一瞬だが怯む。 

 粘液質の菌糸に着弾した火弾は、腹に響くような重低音とともに、破裂して爆発を起こした。


 目標となった異常茸はというと、組織の一部分を木の幹に張り付かせてはいるが、大部分が消し飛び、元は胴体あたりであった菌糸が焦げ付いて煙を放っている。


「目標変更、他の敵を狙え。あの状態で茸が生きられるか知りたい」


「はい」


「了解です」


「了解よ」


 三者の返事を待って、俺も火矢の詠唱を始める。近くで魔法を使われたことを感じ取った異常茸は、傘の下から胞子を撒き散らし始めていた。薄い黄色がかった、霧のようなものである。


(胞子の有効射程は、三メートルってところか)


 俺は火矢を放った。木々の隙間を抜けて、二匹目の異常茸に突き刺さる。


 どれほどの範囲に状態異常を引き起こす胞子を散布するかが不明だったため、俺たちは十メートルほど離れた場所から異常茸を狙い打っている。いざとなればすぐに逃げ出せるように。


(案外、頑丈だな)


 俺の火矢が着弾した異常茸は、胴体に十センチ四方ほどの穴がえぐれているが、胞子を吐き続けていた。エマとエリーゼの火矢も命中するが、それはより小さな穴しか開けられていない。魔法を使い慣れておらず、威力が低いのだ。エミリアの火弾の火力が伺い知れるというものである。


 とはいえ火弾ファイアボールの消費MPは8と火矢の倍で、エミリアもあと一発しか撃てまい。


(エミリアの火弾でもう一匹、俺たちのMP全部使って二匹やれたとしても、合計四匹か。一匹残るな)


「エミリア、無傷な敵に火弾。他は火矢の集中攻撃続行。MPがなくなったら残敵は放置で後退」


 第二陣の火矢が三発、同じ異常茸に命中する。傘と胴体の四割ほどに風穴が開いているが、それでも異常茸は胞子を撒き続けている。俺の三発目の火矢が傘と菌糸の境目あたりに刺さり、傘がほとんどもげかけたところで、ようやく胞子の放出は止まった。死んだようだ。


 新たな轟音に振り向くと、エミリアが新たな火弾を炸裂させ、異常茸を消し炭に変えたところだった。計三匹の異常茸を倒し、二匹が残っている計算になる。

 最初にエミリアが火弾を直撃させた異常茸は、すでに死体が迷宮に吸収されて跡形もなくなっている。



「よし、休憩しよう」


 部屋の入り口付近、平地に戻ってきた俺は、そう宣言した。

 背嚢バックパックから水袋を取り出し、ぬるまった水を口に含む。このぬるさにも慣れてしまったが、生活に余裕が出来てきたら冷却クーラーの魔法を買いたいものだ。氷属性作級の魔法で、酒場で樽を冷やすときに使うあれである。

 

 エマも、換気とマナ回復の向上を兼ねて、胴体部分の板金鎧プレートメイルを少しだけ外し、隙間から作風クリエイトウィンドの魔法を送り込んでいる。キルティング加工済の布鎧クロースアーマーに汗が染みているのが見て取れた。


「重戦士は大変だな。移動するだけで疲れるんだろうし」


 レベルの恩恵で腕力が上昇しているとはいえ、全身を鉄板で覆って、その下には金属から皮膚を守るために厚手の布鎧クロースアーマーを着込むのである。その上、重い斧を持っての行動となれば、歩いているだけで重労働であろう。


「レベルが上がれば、楽になる。つらいの、今だけ」


 板金兜プレートヘルムの面頬を上げ、革袋から水をごくごくと飲むエマの頬には、くすんだ金髪が濡れて張り付き、汗の玉が幾筋も滴っていた。


「さっきのキノコ、胞子の色が黄色でしたね。麻痺茸パラライズファンガスでしょうか?」


「恐らく、そうだろう。図鑑によると、睡眠茸スリープファンガスの胞子は白っぽくて、混乱茸ハルシュルームは傘の色が紫色のはずだ」


「ジル、そろそろ火弾ファイアボール一発分、マナが回復するわ」


「もうか? 早いな」


「私の最大MPは18で、だいたい三分に1ポイント、マナが回復するわ。移動時間も含めば、そんなものよ」


「了解だ。倒し終わった後、新たな魔物が湧いたときに対処できる余裕は残しておきたいから、もう少し休んでおこう」




 火矢の一斉射を二セットと、おまけに俺の火矢。それに、エミリアの火弾で、残っていた二匹の麻痺茸は全滅した。わずかに吐き出した胞子が薄れるのを待って、エリーゼが現場へと踏み込んでいく。

 エミリアがいつでも解麻痺キュアパラライズを詠唱できるように身構えていたが、特に状態異常になることもなく、エリーゼは計五個の魔石を回収してきた。

 

「よし、先へ進もうか。マナ酔いは出てるか、エリーゼ?」


「いえ、大丈夫です」


 エミリア以外の三人は、マナをかなり消費した状態であるが、少し身体がだるいだけで戦闘には影響なさそうだった。歩いているうちに、症状はやわらぐだろう。


「何度も言ってるが、万全の状態じゃなくなったらすぐに言うんだぞ。我慢して戦闘へ影響が出たら、他の仲間に迷惑がかかるからな」 


 パーティを組むにあたって、俺たちはいくつかの決め事をした。主に報告と連絡、相談であるが、しつこいまでに言い、徹底させている。彼女たちも重要なのはわかっているようで、異を唱えたりはしない。 


「お?」


 先行して更なる林の奥を偵察していたエリーゼが、満面の笑顔で振り返った。


 敵気配なし。発見。素材。


「マジか!」


 エリーゼが手振りで伝えてきた情報は、採取できる迷宮素材を見つけたというものだった。思わず、俺も顔が綻んでしまう。


 小走りでエリーゼの元に駆け寄ると、木々の隙間から、ネギのような尖った葉の植物の群生地が見えた。迷宮の植物だけあって葉は黒かったが、血管のように葉のところどころに筋が浮き出ている。


漢玉葱ガッツオニオンだな。これは幸先がいい」


 力強く栄養素を吸収し、運搬するためなのか、あのネギのような植物は太い管を体中に張り巡らせている。それは食用となる地中の球根も同じで、血管を浮き上がらせているように見えて妙に暑苦しい印象を与えることから、漢玉葱と名付けられた迷宮産の食用素材であった。


「エリーゼ、ここを起点に採取するから、周囲の警戒を頼む。集中して手振りを見落とすかもしれんから、反応がないようなら声をかけてくれ」


「了解しました」 

 

 敵からの奇襲対策をエリーゼに任せ、彼女を除いた俺たち三人は、うきうきしながら漢玉葱の採取に取りかかる。素材の群生地に足を踏み入れ、さあ収穫だと意気込んでみたはいいものの――


「どうやって抜くんだ、これ?」


 中層入り口付近とは違い、このあたりの森は、地面は土ではなく岩である。

 漢玉葱は、がっしりと岩盤質の地面に食い込んでいて、軽く引っ張ったぐらいではびくともしなかった。


「失敗したなあ。金になる魔物の情報は頭に叩き込んであるけど、普通に採取できない素材があるなんて考えてもいなかった」

 

 エマも、エミリアも、漢玉葱の収穫方法は知らないと、悲しげに首を横に振った。念のためエリーゼにも聞いてみるが、やはりわからないと言う。


「ここまで来て採取できないってのも悲しいし、変な抜き方したら素材が傷つくかもしれないけど。まあ練習台だと思って、色々試してみようか」 


 頷く二人とともに、漢玉葱を採取すべく、俺たちは様々な方法を試し始めた。


「よっ、と」

 

 漢玉葱が生えている地面に長剣ロングソードを刺し、実の部分だけ取り出せないか試してみる。鈍魔鋼ウーツの外刃をつけた長剣だけあって、浅く地面に突き立ちはするものの、土のようには掘り起こせない。てこの原理で、刺しこんだ刀身の先で地面を掘ろうとしても、岩盤はまるでゆるむ様子がない。


 これ以上力を篭めると、長剣を傷めてしまいそうだったので、力技で掘り起こすのは断念する。


「葉と地面の境い目なら、もろくなってるかと思ったんだけど」 


 エミリアが、漢玉葱の根元部分の岩をぺりぺりと剥き始める。確かに、地面から葉が飛び出ている根元だけは少し岩がゆるんでいて、少し力を入れれば岩を剥がすことができた。

 しかし、それも行き詰まる。葉の根元から二センチ四方ぐらいの岩は剥がせたものの、それ以上は頑丈でとても指では剥がせない。長剣の先でさらに亀裂を広げられないか試してみたものの、手先が狂うと葉や球根まで傷付けそうだった。


「これなら、いけるかも」


 根元の岩を剥いた漢玉葱の葉をつかみ、エマが力一杯引っ張り始めた。


「お?」


 ぴきり、とごくわずかな亀裂が地面に入ったのが見て取れる。


「俺も手伝う」


 エマと俺の二人で、漢玉葱の葉をつかみ、踏ん張りながら引っ張り続けると、地面の亀裂はぴきぴきと広がっていき――あるとき、ずぼりと地中の球根ごと、根こそぎ引っこ抜くことができた。反動で、後ろに倒れこむ俺とエマである。


「抜けた」 


「よしよし、良くやったぞ」 


 微笑むエマを、いつもの癖で撫でようとして――板金鎧で全身を覆っていることを失念していたので、声をかけるに留める。


「この状態で、売り物になるのかな? 苦労して掘って持ち帰って、買い取れないって言われたら悲しいなあ」


 抜いたばかりの漢玉葱は、ネギのように太い葉も、丸々とした実も、ヒゲのような根も全てついている。


「さっきのベースキャンプで、この形のまま買い取ってる商業ギルドの天幕があったわ。多分だけど、このままで大丈夫なはずよ」


「お、よく見てたな。さすがエミリア」


「当然よ」


 つんと顔を背ける彼女であるが、実は彼女も褒められるのが好きである。その証拠に、わずかに口元が緩んでいた。


「じゃあ、どんどん掘っていくとしよう。エマと俺で抜いていくから、エミリアは背嚢に詰めてってくれ」

 

 魔法メインで戦い続けたエミリアは、基礎ステータスの精神が育ち、最大MPが増加したかわりに、腕力は俺やエマの半分ほどしかなく、力仕事は向いていない。適材適所である。


 

 五分ほど経ち、新たに二本の漢玉葱を収穫したときのことであった。


「敵発見!」


 声量は控えめながらも、鋭いエリーゼの声によって、俺たちは作業を止める。

 開けていた板金鎧の胴部分をエマが装備し直すまで、俺は彼女の前に立ちふさがって時間を作る。


「敵は?」


 エリーゼが戻ってきたので、俺は尋ねた。敵の種類と数、場所はどこだ?という意味であったが、それだけで俺たちの間では意味が通じた。


魔角牛マナバイソン、一匹です。林から出た、外周の平地を歩いているのを見かけました。声を上げたときに気づかれましたが、林には入ってこないようです」


「了解。湧くのが早いな」


 麻痺茸パラライズファンガスを倒して、この部屋に魔物がいないことを確認してから、十五分も経っていまい。上層と違い、マナの濃い中層は魔物も多いのだ。


「どうしますか? 林の中に踏み込むのを嫌がっているようでしたので、放置して採取もできますが」


 少し悩んでから、俺は決断を下した。


「いや、倒そう。さらに別の魔物が湧いて戦闘になったとき、逃げ道が魔角牛で塞がれてるのはまずい。林の中から火矢で脚を狙おう。エマは回避重視、接近戦に持ち込めそうなら脚を狙ってくれ」


 三人が返事をした後に、俺たちは移動を開始した。雑木林の中から、魔角牛を狙い打てる場所を探すためだ。


「いたぞ。散開」


 全員がそれぞれ分かれ、林の木を盾にして布陣する。魔角牛も、俺たちに気づいていた。後ろ脚で地面を掻きつつ、いつでも突進できるような体勢で、俺たちを睨み付けている。


「目標、左前脚。俺たちから見て右だ。詠唱開始」


 四人とも、火矢を引き絞る。


「発射!」


 俺の合図とともに、四本の火矢が空気を切り裂きながら飛び、魔角牛の左前脚に次々と突き立った。


「モォォォオオ!」


 痛覚と怒気の混じった叫びではあったが、普通の牛と変わらない鳴き声は、どこか間が抜けていた。しかし、現状は決して楽観できるものではなかった。魔角牛は、大地を蹴って、俺たちのいる雑木林の方へと、突進してきたのである。


「くっそ、あの細い足すら火矢の斉射で折れないのか――回避!」


 狙われたのは、エミリアである。全身に金属鎧をまとった重戦士ですら即死させるほどの突進であった。魔法スキルの熟練度に応じて、一定量の攻撃を受け流す魔鎧リアクティブアーマーで防御力を底上げしているとはいえ、正面から食らったら一巻の終わりである。


「えいッ!」


 ぶつかる直前に、横っ飛びに跳んで、エミリアは突進を避けた。

 急な方向転換は難しいようで、魔角牛はそのまま木に頭をぶつけ、倒れ――ない。


「マジか!?」


 そこそこ太い木だった。エミリアの火矢でも僅かに焦げるだけだった、頑丈な迷宮の木である。その木がめきりと甲高い音を立て、幹に大きな亀裂が入った。


 内心の動揺を押し殺し、俺は二射目の火矢を放とうとしたが、角度が悪かった。脚を狙ったつもりだったが、その場で方向転換をした魔角牛の胴体に火矢は突き立つ。無論のこと、表面を焦がしただけでほとんどダメージはなく、木に頭をぶつけたことで怯んでいる様子もない。


 更なる突進をすべく、魔角牛は後ろ脚で地面を掻いた。火矢を放ったせいで、魔角牛の注意が俺に向いたたらしく、矛先をエミリアから俺たちへと切り替え、突っ込んでくる。


「しまっ――」


 一度目の突進を避けた後に、散開するのを怠っていた。

 俺も、エマも、エリーゼも、三人とも集まってしまっている。


 三人とも横っ飛びで回避しようとするが、重装備のエマだけ、身体が素早い動きに追いつけていない。どんっ、という軽い衝突音とともに、エマは魔角牛に撥ねられて地面を転がっていった。


「エリーゼ、エマを!」 


 俺は魔角牛に向かって走る。激しく転がっていたエマは、木に身体をぶつけて動きを止めた。起き上がってこない。エリーゼがエマを起き上がらせようとしているが、鎧の重量のせいで動かせないようだ。


 更なる突進を魔角牛がエマに向けて行ったら、避けれないだろう。


「おおおおおッ!」


 向きを変えて、次の突進をすべく地面を掻いている魔角牛に、今度は俺が突進する。あの突撃を行える魔角牛の前に躍り出るという行為は恐ろしかったが、そんな悠長なことを言っている場合ではない。後ろには身動きできぬエマがいるのだ。


(相打ちでもいい、何とか脚の一本を――)


 今にも駆け出そうとしている魔角牛の顔面に、火矢が突き立った。悲鳴とともに、魔角牛は怯む。振り向かなくてもわかる、この威力はエミリアの火矢だ。


「助かる!」


 叫びながら、俺は右斜め上から長剣を振り下ろした。魔角牛の左前脚、ちょうど膝のあたりに刃が食い込む。骨髄かなにか、硬質なものを断ち割った感触があった。

 接近戦では有効な攻撃手段を持っていないのか、魔角牛は俺から距離を取るべく駆け出そうとした――もちろん、俺が見逃すはずもないのだが。


「せいッ!」


 尻を向けて逃げ出そうとする魔角牛の後ろ右脚、その腱のあたりを、横薙ぎに斬りつける。渾身の一撃を、細く締まった足首の部分に当てたにも関わらず、刃は半分ほどめりこんだだけで、斬り飛ばすには至らなかった。


 魔角牛が膝を折ったので、念を入れて左の後ろ脚にも斬り付ける。右前脚以外の三本すべてに深い傷を負い、悲鳴を上げながら立とうとして、魔角牛は横倒しになった。そのままもがき始める。


(借りるぞ、エマ)


 俺は、近くに落ちていた、エマの闘斧バトルアックスを手に取る。長剣で何度も斬り付ければ倒せるだろうが、先ほど斬り付けた感触だと、かなりの手間になってしまうはずだ。


 ずしりと、両手に響くほどの重量を、俺は振りかぶる。

 柄の先端を握っていては重くて持ち上げられなかったので、エマを見習って刃のついた首元あたりを右手で握り――横倒しになってもがいている魔角牛の首元に叩き込んだ。


 どぱんっ、という刃物とは思えない音を立て、斧の刃部分がほとんど魔角牛にめり込む。長剣では脚一本すら斬り飛ばせなかったのに、肉やら喉の回りの骨やら、一切合切を闘斧は一撃で断ち割った。

 末期の痙攣を見せている魔角牛を放っておいて、俺はエマの元へと駆けつける。


「怪我は!?」


「へいきです、ご主人様」 


 エリーゼに肩を借りて、エマは立っていた。

 最悪の事態はどうやら免れたようだった。肩の力がどっと抜ける。


「もうだいじょうぶ」


 エリーゼの介抱を断り、一人でエマは歩き出す。最初だけ少しふらついていたが、魔角牛の死体まで辿りつき、喉元に刺さりっぱなしの闘斧を引き抜いた。


「脳震盪を起こしていただけみたいです。エマ、他に外傷はない?」


 両腕や首をこきこきと回して、異常がないことを示すエマであった。跳びはねようとするも、板金鎧の重量に負けて、かかとが一瞬浮くだけに留まった。


「ふう。無事なようで何よりだ。帰還リターンの指輪で一度、外に帰って休憩しよう」


「休まなくても、エマなら、まだ行けます」


 あんな目に遭っても、エマは冒険を続けたそうにしているが、俺は首を横に振った。


「いや、一度外に出よう。魔角牛の死体は放っておいたら消えてしまうし、反省会も兼ねて、休憩が必要だ」


「了解しました。漢玉葱ガッツオニオンはどうしますか? 三本しか収穫できていませんが」


 群生地のほとんどが、手付かずで残っている状態である。あれらを全部引っこ抜けば、恐らくは数にして三十玉は収穫できるだろう。


「もったいないが、諦めよう。魔角牛の死体を維持したまま収穫を続けても、次の魔物が出たら結局は手放して戦わなきゃならないから、死体が消えてしまう。漢玉葱がいくらで売れるかわからないが、魔角牛より高く売れるとは思えないし」


 みんなが頷いて同意を示してくれたので、俺たちは魔角牛の死体の周りに集まる。帰還の指輪に魔力を通すと、指輪を中心に三メートル四方ぐらいが、淡い光で包まれ始めた。

 

 二十秒ほども経つと、その光は目を覆うほどに強くなっていき――

 

 光が収まると、俺たちの頭上には、青空が広がっていた。



 周囲には、俺たちと同じように鎧姿の冒険者が歩いていて、突如何もないところが光ったかと思うと、光が収まった後に別のパーティが現れたりしている。


 俺たちは、地上に帰ってきたのだ。


「魔角牛だね、じゃあ番号札は五十二番だ、買取市場の方に回って待っててくれ」


 商業ギルドの職員と思しきローブ姿の男性が、焦った様子で駆け寄ってくるなり、番号札を俺に押し付けて去っていった。同時に、台車を押しながら二人の男が現れ、俺たちが持ち帰った魔角牛を積み込み始める。とても手際がいい。


「俺らも邪魔になったら悪いな、行こう」


 彼らが焦っているのには理由があって、この広場は迷宮城のすぐ前にあるのだが、ここが満杯だと帰還の指輪で新たな冒険者が帰ってこれなくなるのである。よほどの事情がない限り、すぐにその場を立ち去るのがマナーであった。


 指輪広場と呼ばれているこの場所は、すぐ隣に迷宮広場がある。俺たちもよく利用する、身体を洗うために冒険者が集まる例の広場だ。今も多くの冒険者が作水クリエイトアクアの魔法で身体や装備を流している。


「返り血が付いてるのは俺だけか。ちょっと待っててくれ」


「私たちも泥とか付いちゃってるから、軽く流すわ。エマも、いったん鎧は脱ぎなさいな」


「うい」


 各関節の継ぎ目など、エマが留め具を外し始めたのを見て、みな鎧を脱ぎ始める。板金鎧プレートメイルと比べると、皮鎧レザーアーマー鋲皮鎧スタデッドレザーアーマーは、着脱も簡単なもので、エマがすべて脱ぎ終わったころには、俺たちは鎧を流し終えていた。


「んじゃ、先に素材の買取だけ、終わらせちまおう。エマ、半分持つよ」


 身体に装着して歩くならともかく、持ち歩くには、板金鎧はかなり重い。

 胴と腰、大きな二つの部品を両手に持って、俺は歩き出す。小手と腕はエミリアが持ち、膝から上の脚と、膝から下の足部分は、エリーゼが持つ。本人であるエマは、闘斧を肩に担ぐのだ。


「街中で地面削りながら歩いたら、怒られるからな」

 

 迷宮産の鈍魔鋼で出来た斧を引きずって歩くと、石の道が削れるので、刃の部分は持ち上げていなくてはならないのだ。


「エマ、あんたよくこんなの装備して歩けるわね」


 腕力値の低いエミリアにとっては、小手と腕部分だけでも重いらしく、額に汗を浮かべていた。


「なれればへいき。あと、気合」


 脳筋じみた発言をしているエマであるが、金髪は汗に濡れて顔に張り付き、輝いていた。板金鎧の下に着込んでいた布鎧も、かなり汗を吸って色が変わっている。


「てい」


 エマの顔面に人差し指を向けて、作風クリエイトウィンドの魔法をぶち当ててみる。顔の汗やらを吹き飛ばして、髪の毛が少しぼさっとなった。エマを含めて、三人娘がきゃあきゃあと笑う。

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