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第三十二話 投資

「それでだ。ダグラスよ、来月から中層に潜るんだが、装備の相談に乗ってくれ」


「そりゃ仕事だから構わねえけどよ、何で嬢ちゃんたちまで付いてきてんだ?」


 週に一度の休みの日、俺たちはダグラスの鍛冶屋で集まっていた。もちろん、主目的は、来月からの中層探索に向けて、装備の調達である。


「パーティメンバーだからな。エマたちと一緒に、中層に潜るんだ」


「はあ? お前が他のパーティに参加して中層に行くんじゃねえのか? 嬢ちゃんらがここに装備買いに来たの、十日ぐらい前だろう? 何を焦ってるのか知らんが、そりゃいくらなんでも無謀だろうよ」


「誰が聞いても、そういう反応になるだろうなあ。まあでも、聞けよ」


 俺は、先日のエミリアの計算をそのままダグラスに伝えた。

 聞き終わるなり、納得がいった体で、感嘆のため息を漏らすダグラスである。 


「なるほどねえ。そりゃあ成長も早いはずだわ。ありえねえ話で疑っちまったが、

装備を全部買ってもらって、生活費はタダ、取れた魔石は全部使う。そこまで恵まれた環境で冒険者をやり始められる奴なんていねえからなあ」


「そんなわけで、装備を中層向けに一新すべくここに来たってわけだ」

 

 銀蛇シルバーサーペント皮鎧レザーアーマーは、俺が使っていない方を一着、商業ギルドで売ってきた。中古ということもあり、買値は1,200,000ゴルドと相場より少し安く、それはすべて懐に入れて持ってきている。


「ふむ。話はわかったが、買い換えるのは小っこい嬢ちゃんの装備だけでいいと思うぞ」


「エマだけでいいのか?」


「まず、お前さんの思い違いから直してやらあ。中層ってのはな、迷宮に対する慣れを問われるんだよ。低層と違って、物理攻撃主体で攻めてくる魔物の方が少ないぐらいだ。魔角牛マナバイソン羽人ハーピー蜥蜴人リザードマン骸骨スケルトンぐらいか。魔角牛の突進だけは規格外に強いが、あれは正面から食らったら何着てても死ぬと思え、例外だ。それ以外の奴らなら、鉄製の鎖鎧チェインメイルで十分だ。俺なら毒針や毒液を通さない板金鎧プレートメイルを勧めるが」


「そういやそうか。中層から、特殊攻撃を使う敵が増えるんだっけ」


「それもあるし、魔法を使ってくる魔物だって出る。毒や麻痺攻撃持ちの敵だって、かなり多い。一発でパーティが崩壊するようなヤベぇ攻撃持ちがいるってことだから、狩人レンジャーの重要性がぐんと上がる。もちろん、状態異常を治す役割で、魔術師メイジの仕事も増えらあな。本来は俺が言うこっちゃねえんだが、防具に金を使うよりも、魔術師のくるくる嬢ちゃんに鎮静トランキライトとか治癒ピュリフィケーションとか覚えさせといた方がいいと思うぞ?」


「誰がくるくる嬢ちゃんよ。頭悪そうに聞こえるからやめてくれる?」


 心外といった風に怒ってみせるのは、エミリアである。一般市民であるダグラスに奴隷が気安い口を聞く、本来であれば有り得ない光景であったが、ダグラスはそのあたりの理解があるようで、特に気分を害した風でもない。


 何度かエマたちだけでこの店に訪れているようだったから、その時にでも打ち解けたのだろう。


「まあ、いい武器がありゃ狩りがはかどるってのは事実だからな。金があるなら、武器を買い換えるのもいいだろうよ――武器を買い換えるといえば、ちっこい嬢ちゃんと、ジルもそうだな。両手武器にするか、盾を持ったりはしねえのか? お前さんらに売ったのは、対魔物用に作った剣だから、普通の品よりは分厚く頑丈に作ってあるけどよ。筋力に余裕があるなら、いつまでも剣を使う必要はねえんだぞ?」


「あ、そうか。他の武器にするって選択もありなのか」


「ちと癖があるから使いこなすまでに時間がかかるが、戦斧ハルバードとか薙刃グレイブもいいぜ。要するに両手で振り回せる、長柄の斧みてえなもんだ。破壊力はピカイチだぞ」


 壁に立てかけてある鉄製の戦斧を、ダグラスは親指で指した。

 先端に槍のついた、俺の身長よりも長い柄のついた斧である。


「斧かあ。使ったことねえな。それに、あんな狭い迷宮の中で、長物を振り回す気にはならねえなあ」

 

 戦斧を持っていると想定して、恐狼ダイアウルフと戦ったらどうなるかを想像してみる。 天井に先端が引っかかって思う様に振り回せず、恐狼の突進を食らう図しか見えてこない。


「低層だけでの狩りならそうだろうが、中層からは迷宮自体がかなり広くなるんだよ。長柄の武器を振り回せる場所も少なくねえ。まあ、狭い通路や小部屋もあるっちゃあるんだが、そこらへんは柄を短く持ったり、先端で突いたりと、工夫次第で何とかなるからな」


「ほう? 初耳だな、迷宮も奥に行くと構造が変わるのか」


「おうとも。俺が冒険者をやってた時代にな、見たことがある。中層までしか行かなかったが、それでもまるで別世界だぞ。鍾乳洞みたいな階層もあれば、マナが表面を覆って、地面や壁が魔石みてえにキラキラ輝く階層だってある。さらに深層まで行けば、迷宮の中なのに昼みてえに明るいところもあるって話だぜ」


「なんだそりゃ。地下なのに光があるのか?」


「なにが光ってるのか、詳しく説明はできねえがな。俺なんかに原理がわかるわきゃねえだろうよ――話が逸れちまったが、そもそもジル、お前さん、パーティ内での役割はなんだ?」


「え?」


 パーティ内の役割と言われても、特に決めていない。


「レベルが俺の方が高いからな、みんなを引率する役目だと思ってたんだが、役割って言われてもなあ」


「馬鹿野郎、100や200のレベル差なんざ誤差だ。大事なのは連携って言っただろう。ちっこい嬢ちゃんが前衛、背の高いキツネ目の姉ちゃんが狩人、くるくる嬢ちゃんが魔術師。みんな立派に役割があるじゃねえか。お前はなにをやるつもりだ?」


 俺は、うっと言葉に詰まる。

 

「そう言われると、決めてねえな」


「そんなんで迷宮に行っても、自分が何をやればいいのかわからなくて戸惑うのが落ちだぞ? 索敵と奇襲が狩人、身体を張るのは前衛、戦闘補助の魔術師。基本通りの鉄板構成だ。そこにお前さんが加わって、何ができるのか考えてもいねえのか?」


「その、ご主人様、よろしいですか?」


 ダグラスに言い負かされてしょんぼりしている俺に、エリーゼが助け舟を出してくれた。


「ご主人様には、遊撃と言いますか、魔物に攻撃をする役目をお願いしたいと考えていたのですが」


「んん? 詳しく言ってみてくれ」


「はい。まず、私は奇襲を担当していますが、うまく一撃で魔物を倒せたとして、二匹目からは対処ができません。ですので、もし二匹以上の魔物がいた場合、エマがもう一匹と対峙して、攻撃を引き受けます。その間に、私とエミリアが横から攻撃して倒す、という具合でやってきたのですが」


「ほうほう」


 しっかりと連携が確立されているようだ。いいことである。


「今後、三匹以上の魔物が出現した場合や、二匹の魔物が相手だとしても、私が一匹を即死させられなかった場合、エマが相手をしていない魔物が、私やエミリア、いわば後衛に向かってきてしまいます。その場合に、ご主人様が二人目の前衛として、敵と対峙するという役目をお願いしたいのです」


「お前さんより、よっぽど嬢ちゃんらの方がしっかりしてんじゃねえか。情けねえ奴だ」


「うるせえ、自慢の家族だ。文句あっか」

 

 咳払いをしつつ、エリーゼは続ける。


「エマだけで敵を引きつけられるなら、そのまま火力を担当して敵を倒す役割。敵が多ければ、エマに次ぐ前衛。そして、奇襲などでエミリアが戦闘不能になったら、魔法や回復薬ポーションで状態を立て直す、いわゆる何でも屋――というと聞こえが悪いですが、指揮官のような役割を、と考えていたのですが」


「お、じゃあそれでいこう」


 よくできた案なので、あっさり可決する俺である。


「なんつうか、締まらねえなあ、お前さん。奴隷に全部やってもらってるじゃねえか」


「うるせえ、適材適所だ。頭脳労働はできる奴に任せりゃいいんだ」


 エリーゼは、再びの咳払いである。


「みんなと話し合って、こういう形がいいんじゃないかという話になりました。ご主人様がお嫌でなければ、そのようにしてみてはいかがでしょうか?」


「うん、そうする。ところでダグラス、今エリーゼが言ったみたいな遊撃だと、武器はどうするのがお勧めだ? 破壊力があるっていうから両手武器は魅力なんだが、いざってときに前衛張るなら盾とか持つ方がいいんだろうし」


「俺に丸投げして聞いてきたら張り倒そうかと思ってたが、一応、最低限は自分で考えてんだな。両手武器と盾、どっちがいいか、ぶっちゃけて言うと、好みだ。両手武器を持ってても敵を引き付けるのはできるが、どうしても盾持ちに比べると攻め込まれると体勢を崩しやすいな。ただ、射程が長い分、先制攻撃をしやすいから、ひと当てして相手に手傷を負わせておくと戦闘が楽になる。対して盾持ちの利点は、何といっても安定性だな。前衛が突破されにくいから、不慮の事故が起こりにくい。その分、攻撃の威力は片手のそれだからいまいちだな」


「悩むなあ、好みの問題か」


「盾を持つと持たないとじゃ、戦い方がまるで違うからな。慣れって意味でも、使うならずっと使い続けた方がいい。武器スキルがあるように、ちゃんと盾術スキルってのがあるんだぜ」


「なるほどなあ。エマは両手武器と盾、どっちを装備するか、もう決めてるのか?」


 俺の右半身に語りかける俺であった。そこがエマの定位置である。


「きめてないです」


「ふむ、じゃあどうするかな。盾ってどんなのがあるんだ? お勧めの盾みたいなものがあれば教えてくれ」


「大きく分けて三つある。掌盾バックラーみたいな小さな盾か、四角型の、身体を全て覆い隠すデカい盾、その二つの中間、逆水滴型の盾だな」


 奥に一度引っ込んだかと思うと、ダグラスは一枚の円盤を投げて寄越した。

 広げた掌と、大きさがそれほど変わらない、小さな盾だった。


「なんだこりゃ。こんな小さい盾で身を守れるのか?」


「それが掌盾だ。敵の攻撃に、盾をぶつけて弾くように使う。熟練者が使うと、そんなのでもかなり守りが堅くなるんだぜ。デカい盾だと、自分が攻撃を振り回す邪魔にもなるからな、掌盾は愛用者が多いんだ」


 ダグラスは、もう一枚の盾を、取り出してきた。今度は、上下に長い、水滴を逆にしたような形の盾である。


「これが逆水滴盾カイトシールドだ。盾、って言われて真っ先に思い浮かぶのは、多分こんな形じゃねえか?」


「そうそう、こういうのを想像してたんだ」


 盾を左手に持ちながら、俺の顔面に押し付けたり、ささっと構えてみせてくれるダグラスである。


(目の前にかざされるだけで、視界を塞がれるのか)


「この盾の利点としては、噛み付き系の攻撃をしてくる野獣なんかの突進を、正面から受けることができる。そのまま盾ごと相手を押し込んで、身動きを制限したりな。もちろん、レベルが低くて筋力が弱けりゃ押し負けちまうが。見ての通り、左右に長いわけじゃねえから、正面以外からも攻撃されるような状況だと、下手に盾を押し付けたら攻撃を食らっちまうな」


 ダグラスが最後に取り出してきたのは、湾曲した巨大な鉄板かと思われるほどの、デカい盾だった。エマの前に盾を立たせると、首から上を除いてすっぽりと全身が隠れてしまうほどだ。


面盾スクトゥムだ。使い方は、一目瞭然だろ? デカさに物を言わせて、相手をひたすら押し込む盾だ。デカすぎて自分も攻撃しにくいんだが、その分防御範囲は広い。掌盾とかじゃ防ぎにくい魔法とか矢の攻撃も、こいつなら防ぎやすい」


「わかりやすくていいな」


「もし小っこい嬢ちゃんが使うなら、掌盾以外だな」


「なんでだ?」


「身軽さを重視した盾だからだ。板金鎧を着込むなら、掌盾は合わねえ。どっちかっていうと、合うのはジル、お前さんの方だな。軽い鎧と掌盾は相性がいい」


「ふむ。それじゃあ、俺は掌盾を持つか、両手武器にするかってところか――ん?」


 くいくいと、俺の袖を引っ張るエマである。


「わたし、あれがいいです」


 エマの小さな指が示した先には、壁に立てかけられている、一本の斧があった。

柄の先端から、同じ大きさの刃が左右に広がっていて、木こりが使うようなまさかりに似ている。


「ほお? 通好みの選択だな。両刃の闘斧バトルアックスか」


 ダグラスが壁まで歩いていき、柄から刃まですべて茶色い金属でできた闘斧を持つと、ただでさえ重い足音が、さらにずしずしと床を軋ませるものに変わる。


「ほれ、持ってみな」


 手渡された戦斧を受け取ると、予想外に重かったらしく、エマは闘斧を支えきれずによろめいた。何とか体勢を立て直し、闘斧を床に立てながら、しがみつくようにして持っている。


「がはは、そりゃそうだ。芯から両刃の部分まで、一本まるごと全部、鈍魔鋼ウーツでできてる。 普通の斧なら重いので4キロぐらいしかないところ、こいつは倍を超える9キロだ。筋肉自慢の大人でも、そうおいそれと扱えない代物だからな。こいつを自由に振り回すなら、腕力値は最低15、できれば20は欲しいところだな」


 エマの身長は130センチほどだが、背筋を伸ばした彼女の身長と、闘斧の全長は同じぐらいだった。顔の輪郭よりも両刃の部分の方が大きいので、エマ本人よりも斧の存在感の方が勝るほどである。


「エマ、腕力値7だろ? レベルが上がったとしても、それを振り回すのは辛いんじゃないか?」


「これがいいです」


 俺の右半身にそうするかのように、ひしと抱きつくエマであった。一体何が彼女の琴線に触れたのかはわからないが、やけにお気に入りである。


 俺は内心で、どうしたものかと考え込む。


 今はエマの腕力値が足りないといっても、この斧を使うのは一ヶ月後の話だ。レベルが300を越したころには自由に扱えるようになっているかもしれない。ここまで本人が気に入っているのである、使わせてみるのも一興だろう。


「じゃあ、エマはそれと板金鎧だな。俺はどうするかな」


「掌盾なら小さい分値段も安いから、お前さん、試しに使ってみるのはどうだ?」


「でもなあ。左手で盾を持つんだろ? すると右手だけで剣を振ることになるだろ。両手で剣を構える今の型が気に入っててなあ。なんというか、急に変えるのに抵抗があるというか」


「それならそれでいいんじゃねえか? 剣の両手持ちだって、威力が上がるから悪いことばかりじゃねえしな。ってえことはなんだ、あれだけ説明させといて結局盾は買わねえのか」


「すまんな。まあでかい買い物したってことで――」


「あの、ちょっとよろしいですか?」


 談笑していた俺とダグラスが振り向くと、いつの間にか、俺に投げ渡された掌盾を、エリーゼが左手に嵌めていた。


「これ、私が使ってみてもよろしいでしょうか?」


「狩人の盾持ちか? いねえわけじゃねえが、そいつも珍しいな。体術の邪魔になるから、普通は両手を空けたがるもんだが」


「この大きさの盾なら、暗殺をしかけた後に、身を守るのにちょうどいいと思いまして。そもそも短剣は右手にしか持ちませんので、左手にこれを着ければ短時間の自衛ができるな、と」


「よし、じゃあそれも使ってみるといい。ええと、これで買い物が、エマの板金鎧プレートメイル一式に闘斧バトルアックス掌盾バックラーか。ダグラス、合計でいくらだ?」


「ああ、もう聞いちまうのか。もうちょい会話を楽しませてやろうって思ってたんだが」


 俺は首を傾げる。一体どういうことだ?


「正直な、途中から思ってたんだ。多分、払えねえだろうってな。百五十万だ」


「は?」


「だから、1,500,000ゴルドだって言ってんだよ」


「マジで? 鋲皮鎧スタデッドレザーアーマーとか兜とか、長剣ロングソードをここで買ったときもせいぜい数十万で済んだのにか?」


「皮製品と、金属鎧の値段を一緒にすんな。ぼったくっちゃいねえよ、正規の値段だ」


「あの、ご主人様、やはり私、掌盾はいらないような気がしてきました」


 すっと、左手に嵌めた盾を外して差し出してくるエリーゼである。


「キツネ目の嬢ちゃんの盾は、もともと金を取っちゃいねえよ。板金鎧は、装備する嬢ちゃんが小っこいから、部品の流用がしにくくて一から打つ必要がある。特注品オーダーメイドの手数料はマケてやっても、600,000ゴルドだ。残りの900,000ゴルドは、もちろんその斧だ。ジルの持ってる長剣みたいな外刃だけじゃなくて、柄から刃まで全て鈍魔鋼で作ってある。しかも斧はデカい分使う金属量も多いから、高くつく。それに比べりゃ、掌盾の代金なんざ端金だ」


 しょんぼりしつつ、斧を抱きかかえながら壁に戻しにいくエマであった。

 その様子を横目に見ながら、装備を買う必要がないということで、今まで黙っていたエミリアが一歩進み出た。


「ジル、あんた持ち金、1,200,000ゴルドよね? どれくらい私たちに使ってくれる気だったの?」


「いや、そりゃ全部だが」 


 銀蛇の皮鎧の売却したところにもエマたちは着いてきたので、懐具合は周知であった。


「信じるわよ? 本当に、全部使っていいのね?」


「お、何か案があるのか? いいぞ、好きにしてくれ」


 1,200,000ゴルドという所持金を聞いて、ダグラスは頬杖を外して驚いた。


「ジル、お前さん、ずいぶん持ってきたんだなあ。せいぜい、二、三十万ぐらいしか持ってねえだろうと思ってたんだが」


「それなのに最後まで会話に付き合ってたのか? 意外と律儀だな、ダグラス」


「はいはい、話が逸れるから割り込むわよ。ねえ髭モジャ、分割払いって可能かしら?」


 髭モジャ呼ばわりに、俺は吹いた。暑苦しい筋肉と、わさわさと伸びた髭面に、その呼称はとてもよく似合う。身分差がある人間からそんな呼び方をされても、気にした風がまるでないダグラスも、大物であった。


「手付け金としていくらか貰えりゃ、鎧を打ち始める分には問題ねえぞ。まさか払えるとは思ってなかったから言ってないが、板金鎧は一から全部作るなら二ヶ月はかかる。流用できる部品は全部そうするとしても、兜や踵、胴周りなんかの代用できないところは採寸して鉄板から打たなきゃならんから、早くて二十日間は見てもらいてえ」


「ジル、私ね、魔法を四つ、覚えたいの。火弾ファイアボール解毒キュアポイズン解麻痺キュアパラライズ魔鎧リアクティブアーマー。どれも色級だから、一つ100,000ゴルド。合計400,000ゴルドなんだけど、買っていい?」


「財政官に任命したって言ったろ。ビビってないで、好きに使え」


「ありがと。じゃあ髭モジャ、代金の半額、750,000ゴルドだけ先渡しするわ。

残りの750,000ゴルドだけど、毎月50,000ゴルドずつの十五ヶ月分割払いっていうのはどう? それで、最初に半額渡した時点で、板金鎧も斧も、使い始めたいんだけれど」


「ふむ。厳しいことを言うようだが、支払い途中でお前さんらが死ぬか、持ち逃げしない保証は?」


 ダグラスの言う通りである。危険の大きい稼業だけに、冒険者を相手の後払いを好む商売人はいない。


「私たちは奴隷よ。仮に迷宮で死人が出ても、私たちの誰か一人でも生き残ってるなら、売れば残金を払えるわ。それに、ジルは加護持ちよ、聞いてるんでしょう?彼に限っては死ぬ危険性はないわ」


 金に困ったら、自分たちを売ればいいというエミリアの発言に俺は慌てたが、対照的にダグラスはにんまりと笑った。


「いい感じに覚悟決まってるじゃねえか、俺の好きな答えだぜ。前に、ツケで装備を売るって言ってやっただろ? 回答次第じゃ、手付け金なしで装備を作ってやろうかと思ってたぐらいだ。いいぜ、それで」


「はい、交渉終了よ」


 俺の方を見て、ひらひらと手を振るエミリアであった。


「なんか、あっさりとまとまったな。金が足りてないのに装備を先に使い始めていいなんて、うますぎる話だと思うが」


「そうか? 俺からしても、悪い取引じゃねえぜ。いざとなりゃあ『槍の』フィンクスを倒せる加護に、奴隷三人の保証つきだ。まず取りっぱぐれる心配はねえし、気心が知れてるから人柄も問題ねえ。もう少し厳しい要求でも呑んでやろうかって程度には信用もしてる。肝心の代金を値切ったわけじゃねえから俺が損することもねえ。八方丸く収まってるってわけだ」


「ひゃくごじゅうまん――ひゃくごじゅうまん――」


 先ほどから、自分たちに使われた金額の大きさにエリーゼが壊れかかっているが、見ないことにしよう。


「んじゃあ、早速明日から打ち始めるからな。今日中に、採寸は終わらせちまおう。おうい、お前」


 仕事場を兼ねているらしい奥に声をかけると、ヴァンダイン氏の愛娘であるところの、ダグラス嫁が姿を現した。


「嬢ちゃんたちの採寸かい?」


「おう。そこの小っこい嬢ちゃんだけでいい。物は板金鎧一式だ」


 あいよ、と景気のいい声を出しつつ、ダグラス嫁が巻尺でエマの採寸を始める。

 

「斧の代金を払い終えたら、次はエリーゼの短剣を新しくしなきゃね」


 すでに次なる出費の構想がエミリアの中には出来ているらしい。エリーゼが我に返り、慌て始める。頼もしい財政官であった。金の使い道は、エミリアに任せておけば大丈夫だろう。

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