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第三十一話 成長 その2

 溶けた。


 極めて分厚いステーキは、1センチほどもナイフで切り分ければじゅうぶんに口一杯頬張れるほどの大きさであったが、噛み始めるなり、肉の繊維がほろほろと崩れてきて、旨味が口中に広がった。

 

「マジか」 


 美味い、とすら言えず、俺の口から出てきた言葉がそれである。

 一切れを咀嚼して飲み込んだきり、俺はしばらく放心してしまった。


「ね? 美味しいでしょ?」


 同じステーキ肉をレアに焼いたものを、小さく切り分けて、チェルージュは口に運んだ。ナプキンで口を拭ってから、葡萄酒の入ったガラスの杯を口に運ぶ動作も、堂に入っている。


「あむ」

 

 もう一切れ、肉を口に運ぶ。舌に乗せるなり、肉の断面から肉汁が広がる。肉を噛み締めるたびに、潰れた繊維から新たな肉汁が溢れ出てくる。ミディアムレアに焼いてもらった肉の断面は、わずかに血が滴っているが、その血と肉汁が混ざった何ともいえない、野趣溢れる味だった。


「すげえ」


 それだけではない。味付けも特別な岩塩か何かなのか、風味の良いもので、そこに香辛料として、何か特別な香りが加わっていた。民族的エスニックというか、独特の香りが、ともすれば強くなりがちな肉汁と脂の風味を抑えつつも、まろやかに調和させつつ、さらに、肉本来の、芯の味だけを強調させている。


「あむ」


 さらに俺は一切れ、肉を口に運んだ。次なる肉を口に入れようとして、ナイフとフォークを握った手と、口の咀嚼が止まらない。何よりも特筆すべきは、この旨味だ。舌に乗せた途端、味を感じる細胞の一つ一つを花開かせていくように、肉汁の旨味が口の中でどんどんと広がっていくかのようだ。


極鬱金アルティメリックを使った、魔角牛マナバイソンのヒレステーキです。お気に召しましたか?」


 さりげなく、俺たち二人が向かい合わせに座った机の脇に控えているのは、本日の料理長である。メインディッシュを持ってくるにあたり、この店で最も偉いという、オーナー兼メインシェフの彼が、自ら皿を持ってきて挨拶にやってきたのだった。


「うん、今日もおいしいよ。お婆ちゃんの作るご飯よりも美味しいかも」


「グランマの腕にはまだまだ及びませんが、過分のお褒めを頂き、恐縮の極みでございます」


 そう言うと、総料理長はきっかり九十度かというぐらい、深々とお辞儀をした。

すさまじく長い料理帽は手元に抱えているが、もし頭に着けていたら、落下間違いなしである。


「グランマって、ボーヴォの屋敷で賄い作ってるっていうお婆ちゃんのことか?」


「うん。料理の世界では、名前の知れた人なんだってさ。あの人に紹介されてこのお店に来たんだけど、前回も丁寧におもてなししてくれたんだ」


「グランマは、この業界で並び立つ者なき重鎮でございます。直々に手ほどきして頂いたこともございますが、何よりも私がこの業界に入ったのは、あの方の料理に魅せられたからでございますから」


「ディノ青年も言ってたなあ、極鬱金アルティメリック魔角牛マナバイソンステーキがお勧めだって。あいつ、いいもん食ってたんだな」


「おや。お客様の仰ってるのは、冒険者ギルドのディノ・クロッソ様で?」


「あれ、知ってるのか? 世間は狭いな」


「上顧客というか、お得意様でございます。女性をお連れになるときは、決まって私どもの店をご利用になって頂いています」


 ウィンクをしつつ、一本指を口にあてて内緒ですよ、のポーズを取る料理長である。茶目っ気もあるお兄ちゃんだ。


「いや、それにしても美味いわ。前菜とかも見事なもんだったが」


 この店は、一品ずつ料理を提供するらしく、一皿の料理を食べ終わると、間もなく次の料理が運ばれてくるのだ。最初に運ばれてきたのは、堅焼きのビスケットのような生地に、小さなつぶつぶした魚卵が乗せられたものだった。

 

 近くに海がないこの街において、魚介類は迷宮からでのみ産出されるため、俺も食うのは初めてである。ぷちぷちした食感と、魚卵の風味、旨味、それにドレッシングの軽い酸味と、生地のさくさく感が、とても美味かった。


 他にも、緑色をした、クリーム状の冷製スープや、雑穀の混じっていない、真っ白でふわっふわなパンなど、どれもこれも、今まで食ったことのない味で、それでいて素晴らしく美味い。


「ゲスなのを承知で聞くが、この料理ってお一人様、おいくらほど?」


 料理長が去った後に、小声でチェルージュに聞く俺であった。


「コースだったら、お一人様20,000ゴルドから。今日のメニューだと、30,000ゴルドぐらいじゃないかな」


「うし、わかった。いつか、エマたちにも食わしたる」


 この美味を、ぜひともあいつらにも食わせてやりたい。そろそろエマたちも、食器の扱いに慣れてきたし、俺にそれだけの金銭的余裕ができるころには、よもや連れてきても恥をかくようなこともあるまい。


「いいと思うよ。飛び入りの客は断るのがこの店のポリシーらしいけど、一度でも来たことがあれば顔パスで次回からも手厚くもてなしてくれるから。私もジルを連れてくる前に、さっきの料理長に聞いたんだ」


「お高く留まってると言いたいとこだが、確かにこの味なら頷けるわ。店の雰囲気もいいしな」


 他のテーブルから視線を遮るようにうまく仕切りを配置していたり、食器や家具、照明器具の一つ一つまで、それなりのお値段がするんだろうなあと思うような綺麗なものばかりである。

 もちろん、騒いだりするような不心得な客はいない。この落ち着いた雰囲気も、店の売りなのだろう。


 デザートは、ムース状の生地に、甘糖珈ココナカカオの粉を振りかけたものが、運ばれてきた。例によって、皿を運んできたのは、料理長である。


「お、ティラミスか」


 俺がそのケーキの名称を言うと、料理長ばかりか、チェルージュまで驚きの表情を作った。


「おや、良くご存知で。最近、当店の菓子職人パティシエが考案したものなのですが、もうお耳に入っているとは。どなたか、ご友人の方からお聞き及びになられたのですかな?」


 俺は言葉に詰まった。見たことも聞いたこともないケーキではあったが、出されたものが「そういう名前」であると、何となくわかってしまったのだ。


「ああ、そんなようなもんだ」


「濃厚な味に合うよう、炎帝茶ヘリオスティーは濃い目に淹れてまいりました。では、ごゆっくり」


 疑問に思わなくもなかったろうが、特に追求はせず、料理長は一礼して去っていった。


 後に残された俺とチェルージュの間に、微妙な沈黙が落ちるが、その空気を振り払うように、チェルージュはデザート用の小振りなスプーンを手に取る。


「うん、おいしいね、このティラミスっていうの。ほんのりした苦味と甘さ、それに香りがいいね」


 俺も、スプーンを手にとって、口に運んだ。初めて食うケーキではあるし、もちろん質は最上で美味いのだが、斬新な驚きを感じるほどではない。やはり、俺はこのケーキのことを知っていたような気がする。


「何で、俺はこのケーキのこと知ってたんだろうな。記憶をなくす前に、食ったことがあったのか?」


 言ってから、それは考えにくい、と自分でも思った。つい最近、ここの菓子職人が開発したばかりだと料理長が言っていたではないか。


 チェルージュは、黙り込んでティラミスを口に運んでいる。


「その様子だと、俺が何者かってところに関係してるんだろうな」


「まあ、そうだね。このデザートを、君が知っている理由も、想像が付くよ」


「でも言いたくない、だろ? わかったよ、問い質したりはしないから、味を楽しもうぜ」


「いいの? ジル自身の正体に関することなのに」


 困惑顔のチェルージュというのも、珍しいものである。


「無理強いしても言わないだろうし、それにまあ、なんだ。一応、デートだっただろ? 相手を困らせるのもな」


 デート、という言葉に反応して、チェルージュは笑顔になる。糖分を摂取して血糖値が上がったのか、白磁のような頬にほんのり朱がさしていて、口に出した俺も、少しどきりとした。


「んふふ。ジルは下げておいてから持ち上げるのが上手いねえ。この女たらし」


「はい?」


 心外な言われようであった。




「――お帰りなさいませ」


 帰宅し、鯨の胃袋亭の大部屋である自室の扉を開けると、我が愛すべき家族であるところの三人の少女たちが、冷やかな視線を俺に向けてきた。


「た、ただいま」


 冷やかな視線と言うと、語弊があるかもしれない。エリーゼを筆頭に、彼女たちは、俺がどれだけ言葉を尽くして自由に振舞うよう諭そうとも、俺との上下関係を崩さないという一点においては頑固であり、そんな彼女たちが俺に面と向かって軽蔑の視線を投げて寄越すわけもない。


 つまり――いわゆる、ジト目である。例えば、仕事帰りに一杯引っかけ、千鳥足で帰宅した亭主を見つめるような、女衆のやれやれという視線であった。


 よく考えたら、例えになっていない。今の俺の状況そのものである。


「チェルージュさんと食べたご飯は、おいしかった?」


 前言を訂正しよう。エミリアは、全力で俺の弱味をエグりに来ている。冷やかな目であった。


「今まで食ったことがないってほど、美味でございました」


 思わず丁寧語になりつつ、椅子に座って俺が神妙な態度を取ってしまったのも、むべなるかなである。


「富裕層の連中が住む高級住宅街に店があるだけあって、一見さんはお断りなんだけどな。俺はチェルージュに紹介されたから、今度はみんなを連れていっても問題ない。余裕ができたら、みんなを連れてくから、すまんがそれまで待っててくれ」


 深々と頭を下げる俺である。結婚したことのない俺だが、きっと妻を持つ世の中の男性諸氏も、こんな気分なのだろう。


「まあ、帰りの遅いご主人様を、少しからかってみようって皆で示し合わせていただけで、そこまで私たちも気にしているわけではありませんから」


「あ、もう教えちゃう? この様子だと、もう少し引っ張って遊べたのに」


 エリーゼの温情と、エミリアの鬼畜っぷりの対比がひどい。


「まあ、連絡はしたんだし、許してくれ。みんなと食べるメシの時間は大事だってわかってるからさ」


 チェルージュと食事に行く前に、装備を置くためにこの部屋に戻ってきたときには誰もいなかったので、書き置きは残していた俺である。


(――ん?)


 ふと脇を見ると、いつもならすぐに俺に密着してくるエマが、何やら眉間に皺を寄せて、盛んに鼻をうごめかせていた。 


「どうした、エマ?」


 エマは、答えない。何やら不審なものを見つけた犬のように、俺の右半身に顔を近づけて、すんすんと匂いを嗅いでいる。


「おんなのひとの、においがする」


「――あ」


 思い当たる節があった。右半身は、チェルージュと腕を組んでいた側である。


「そんなに匂うか? 腕を組んでいたとはいえ、あいつ、香水とかは多分付けてなか――」


 俺は自らの失言を悟った。腕を組んでいた、のあたりから、みるみるエマの顔が曇っていったのである。

 エマの視線が泳ぎ、最近になって共に迷宮の探索へと赴いている、愛刀であるところの帯広剣ブロードソードで固定されたあたりで、エリーゼとエミリアの顔に縦線が刻まれ、「ヤバい」とでも言いたげな表情になってきた。


「いや待てエマ、落ち着こう、な? 特に変なことはしてな――」


 俺の右手に嵌めた念話テリングの指輪が、魔力を感知してうっすらと輝いたのは、俺がエマをなだめにかかり、何とか鎮火の素振りを見せ始めたときのことであった。



『あ、ジル、聞こえてるー? あのね、ジルとのチュー、結構気持ち良かったよ。今度はジルからしてねー』 



 空気が凍った。

 

 エマが弾かれたように帯広剣に手を伸ばすのと同時に、ベッド二つ分を飛び越えて、エミリアとエリーゼが羽交い絞めにするかのようにエマに抱きついた。


「ごしゅじんさま、そのゆびわをください。こわすので」


 帯広剣の柄に手をかけつつ、小柄の身体のどこにそんな力があるというのか、腰にしがみついたエミリアとエリーゼを引きずりながら、エマは俺の方へとにじり寄ってくる。


 もちろん怖い。


「いや待て、落ち着け」 


「わたしはおちついてます」


 鬼気迫る顔であったならばまだ怯えるだけで済んだだろうが、ほとんど無表情の上に目が据わっていて、なまじ真顔であるだけに背筋が凍るような恐怖がある。それでいて、鼻息だけは荒く、目は血走っていた。


「ほら、女の子の顔じゃなくなってるぞ、エマ。怖いから落ち着いてくれ」


 宥めすかしているうちに、どうにかこうにか落ち着いたのか、二、三回も深呼吸を繰り返した後に、エマは剣を鞘ごとベッドに放り投げた。


「チェルージュ」


 エマは、俺の瞳を見ながら口を開いた。俺の瞳を通してこの光景を見ているであろう、チェルージュに話しかけたのだ。

 

『はいはい、聞こえてるよ。どうしたのー?』


 そして、返事は、俺の右手薬指に嵌められた念話の指輪から発せられた。

 エマは答えず、とてとてと俺の方へ歩いてきた。先ほどの一件があるので恐ろしかったが、何とか逃げずに踏みとどまった。

 

 がしり、と俺の右腕に、両腕で抱きつく。


「ここは、わたしのなわばり」


 エマは、俺の瞳をびしっと指差しながら、宣言した。


『あはは。宣戦布告、受け取ったよー。』


 俺の右半身は、いつしか縄張り争いの発生する、領土めいた扱いとなってしまっていた。


 解せぬ。





 その日の夜のことであった。


「そういえばご主人様。私たちのレベルがどれくらいまで上がれば、狩りに連れていってくださいますか?」


「ん?」 


 丁寧な言葉遣いの主は、もちろんエリーゼである。

 みな、寝巻きに着替え、これから就寝しようというタイミングであった。


「パーティを組んで迷宮に行きたいっていう話、やっぱり本気なのか?」


「はい。色々な方に話を伺ったのですが、しっかりと稼げるようになるのは、やはり中層からの狩りらしいですし。パーティを組まないと、中層での狩りは厳しいとも、皆さん仰っていました」


「俺も、中層で狩りをしたくはあるんだ。でもさ、言っちゃ悪いんだけど、みんなが死ぬ可能性があるなら、やっぱり一緒には連れていけないかな。最低でも、豚人オークを一対一で安定して狩れるぐらいにはならないと」


 それに、俺はいわゆる盾役となれる、重装の戦士ではない。パーティを組むなら、後衛に攻撃を届かせないために、敵と真っ向から打ち合う前衛のエマには、それなりのレベルを求めたかった。


「ご主人様とレベルの開きがあるのは理解していますが、ご主人様が先行している以上、いつまで経ってもその差は縮まらないですから。豚人を、一対一で倒せればいいのですね?」


「安定して楽に倒せる、っていうところが大事だな。無理して背伸びしても意味ないぞ? それに、一番攻撃を食らうであろうエマには、多少なりともレベルの余裕を見ておきたいかな」


「がんばる」


 ふんす、と鼻息を一つ、やる気を見せているエマである。


「中層の推奨レベルが、確かパーティの平均レベル300だったはずだ。みんな、まだ足りてないだろう?」


 チェルージュに拾われた始まりの森で俺が目覚めたとき、俺のレベルは180ぐらいだったはずだ。それで、成人男性の平均よりやや低い能力だというのだから、彼女たちはもっと低いはずである。

 数日やそこらの狩りで一気にレベルが上がるほど、迷宮は甘い場所ではない。


「そういえば、みんなの血の紋章(エンブレム)、見たことがなかったな。見せてくれるか?」


 三人とも頷き、血の紋章を起動させる。まずは、俺のすぐそばにいた、エマから見ていくことにした。




【名前】エマ

【年齢】12

【所属ギルド】なし


【犯罪歴】0件

【未済犯罪】0件


【レベル】164

【最大MP】4


【腕力】7

【敏捷】5

【精神】4


『戦闘術』

 戦術(16.2)

 斬術(14.9)

 刺突術(12.6)

 格闘術(4.2)


『探索術』


 気配探知(5.3)


『魔術』

 魔法(6.4)

 魔法貫通(0.6)

 マナ回復(9.2)


『耐性』

 痛覚耐性(41.3)

 毒耐性(22.8)




「あれ、エマって11歳だったよな? いつの間に誕生日が来たんだ」

 

 記憶を遡るまでもなく、エマとエミリアは11歳、エリーゼは12歳のはずである。床屋で髪型を変えてからというもの、急に大人びてきたとはいえ、彼女たちがまだ少女であることを忘れてはなるまい。


「せんしゅう」


「言ってくれれば祝ったのに」


「7歳と15歳の誕生日ならともかく、毎年祝うなんて大袈裟ですよ、ご主人様」


 エリーゼが、苦笑顔である。事あるごとに祝いをしたがる主人とでも思われていそうだ。


「そんなもんか。ダグラスの鍛冶屋で帯広剣ブロードソードを買ったときは、確か腕力値は6だったよな? 順調にレベル上がってるみたいだな」


 わしわしと頭を撫でると、ふんす、と嬉しそうに鼻息を漏らすエマである。

 口には出さなかったが、耐性が高いのは、奴隷商人の元で過ごした過酷な日々がもたらしたものだろう。


「では、次は私のですね」




【名前】エリーゼ

【年齢】12

【所属ギルド】なし


【犯罪歴】0件

【未済犯罪】0件


【レベル】191

【最大MP】5


【腕力】6

【敏捷】8

【精神】5


『戦闘術』

 戦術(18.5)

 斬術(5.9)

 刺突術(16.3)

 弓術(5.3)

 格闘術(7.8)


『探索術』

 隠身(22.8)

 開錠(21.5) 

 罠探知(20.2)

 罠解除(20.1)

 窃盗(23.2)

 追跡(21.2)

 気配探知(17.6)


『魔術』

 魔法(6.1)

 魔法貫通(0.5)

 マナ回復(8.8)


『耐性』

 痛覚耐性(15.2)

 毒耐性(11.3)



「おお、圧巻だな。さすがエリーゼだ」


 狩人レンジャーとして、斥候として、どこに出しても恥ずかしくないスキルの数々である。


「元々、狩人もこなせる奴隷というのが売りでしたから。処刑された父から受け継いだ技術の振るいどころがあって、私は迷宮に赴くのは楽しいです。犯罪者でしたが、父のことは好きですので」


(ベテランの盗賊シーフだったって言ってたな、エリーゼの親父)


 一朝一夕に取得できる技能数でもないし、娘にしっかりと技術を教え込んでいたのだろう。


「じゃ、次は私ね。笑わないでよね?」


 エミリアが顔を背けながら差し出してきた血の紋章を受け取る。




【名前】エミリア

【年齢】11

【所属ギルド】なし


【犯罪歴】0件

【未済犯罪】0件


【レベル】173

【最大MP】8


【腕力】4

【敏捷】5

【精神】8


『戦闘術』

 戦術(4.1)

 格闘術(4.2)


『探索術』

 気配探知(3.8)


『魔術』

 魔法(13.3)

 魔法貫通(4.5)

 マナ回復(14.2)


『耐性』

 痛覚耐性(18.9)

 毒耐性(13.7)



「おお? 他の二人と比べて、魔法系の上昇が早いな。さすが魔術師メイジ


「別に、私だけ皮鎧レザーアーマーでマナ回復が早いんだから、魔法を唱える回数が多いんだし、早く成長して当たり前じゃない」


 つん、と横を向く。


「ふふ、ご主人様。口ではこう言っていますが、マナに余裕ができたら小まめに魔法を唱えたりと、エミリアは陰で頑張ってたんですよ」


 何で言っちゃうのよ、と顔を赤らめるエミリアであった。 


「努力を見られたくないのか? エミリアらしいといえば、らしいな」


 照れ隠しなのか、エミリアは血の紋章を俺の手からひったくると、踵を返してベッドに潜りこんでしまった。


「俺のも見せようか。確か、全部表示させた奴は、見せたことがなかったろ?」






【名前】ジル・パウエル

【年齢】16

【所属ギルド】なし


【犯罪歴】0件

【未済犯罪】0件


【レベル】493

【最大MP】14


【腕力】18

【敏捷】15

【精神】16


『戦闘術』

 戦術(34.3)

 斬術(28.4)

 刺突術(27.0)

 格闘術(13.3)


『探索術』

 追跡(14.1) 

 気配探知(16.2)


『魔術』

 魔法(24.1)

 魔法貫通(17.1)

 マナ回復(39.6)

 魔法抵抗(1.2) 


『耐性』

 痛覚耐性(18.3)

 魅了耐性(100.0)


『始祖吸血鬼の加護』




 「すごい」「すごいですね、ご主人様」などと、エマとエリーゼが二人して褒めてくれるので、ちょっと面映く思いつつも、えへん、と胸を張る俺であった。

 ディノ青年のステータスを見せてもらったときの俺も、今のエマたちのような驚き顔だったのだろうか。


 ベッドに引き篭もっていたエミリアも、俺の能力を見たいという誘惑に負けたのか、ベッドから這い出してきて血の紋章を覗き込み、感嘆の表情を作る。


「何で私よりも魔法関係のスキルが高いのよ」

 

 ぶすっとした表情で俺を非難するエミリアであった。


「俺は器用貧乏だからな。火矢ファイアアローを使ったり、剣で戦ったりしてるから、魔法スキルもそこそこ成長するんだ。それに、俺はみんなよりも二ヶ月近く前から迷宮に潜ってるんだから、この差は仕方ないさ」


「それにしても、何なのよ、この魅了耐性って。100.0って、おかしいでしょ」


「その文句は、加護を授けてくれたご本人様であるところの、チェルージュに言ってくれ。ダイレクトに本人に伝わるから。あと、お前は出てこなくていい」


 何かを言おうとしたのか、念話の指輪が一瞬光って、消えた。


「あとは、瞳にマナを吸われ続けてるせいか、マナ回復スキルも成長が早くてな。意外と便利だぞ、これ。マナ回復を阻害する鋲皮鎧スタデットレザーアーマーを身に付けてても、今じゃ二時間もかからずにマナが全回復するから、三十分に一回、火矢を使っても大丈夫な計算だ」


「やっぱり、魔法は回転率よね、商売と一緒だわ。攻撃魔法を一回撃ったら、しばらくはマナ回復に努めないといけないから、重要なのは最大MPに影響する基礎能力値の精神と、マナ回復スキルよね。一度の大きな取引より、薄利多売でコツコツやるべきなんだわ」


 何やらぶつぶつと呟いているエミリアは、商家出身ということもあって、集中しているときに商売に関連する用語を無意識に使ってしまうらしい。


 忘れがちだが、テーブルマナーや文字を、エマとエリーゼに毎日教えているのはエミリアである。三人の中で、唯一しっかりした教育を受けていた彼女には、助けられていることが多い。


 そんな風に、感慨に耽っていたせいだろうか、エミリアの次の言葉は、奇襲めいていて俺に驚きを与えた。


「あと、ジル。多分だけど一ヶ月もしないうちに、私たちレベル300になるわ」


「は?」


 聞き間違いだろうか。誰一人としてレベル200になっていない現状から、一ヶ月足らずで?


「私の計算だと、このペースで順調に行けばそうなるわ。一週間の狩りで、みんな二割近くレベルが上がってるもの。一ヶ月あれば、倍ぐらいになるはずよ」 


「そんな馬鹿な。俺がレベルを倍に上げるのに、二ヶ月ぐらいかかったし、そんな俺でもかなり成長が早い方だって鍛冶屋のダグラスに言われたんだぞ?」


「こんなに早く成長できるのは、今だけよ。ジルが気づいてないみたいだから言うけど、まず、私たちは装備代や宿代を稼ぐ必要がなかったわ。魔物から取れる魔石を全部、私たちのレベル上げに使えるし、下層の狩りのコツは、図鑑やジルから教えてもらってるから不安要素がないわよね。そのうち、迷宮産の魔鋼武器じゃないと力不足になるんでしょうけど、豚人ぐらいなら鉄の剣とかで十分なのよ。環境を整えてもらって、全力でレベルを上げてられる今なら、一ヶ月で倍のレベルになれるわ」


 断言するエミリアに、絶句する。

 レベル200未満といえば、俺が最初に迷宮に入ったときのレベルよりも、さらに低い。


「もう、豚人を狩ってるのか?」 


「正面からは、まだきついんだけれど。忘れた? エリーゼがいるのよ?」  


隠身ハイドから、急所の喉に短剣を一刺し。それで倒せますよ。失敗したことはないです」


 さも当然のことであると言わんばかりの、エリーゼである。


「暗殺に失敗しても、三人で火矢を詠唱して当てたら、リカバリーが効くって私が判断したから、もう豚人を狩ってるわ。エマの装備だと、豚人の棍棒を受けるにはまだ防御力に不安が残るけど、もう少しレベルが上がって金属鎧と盾を装備できるようになれば、一対一でも余裕で勝てるようになるはずよ」


 ここのところ、俺は自信を持ち始めてきたところであったので、自分を上回る彼女たちの成長速度には驚きを禁じえなかった。三人パーティを組んでいるとはいえ、迷宮に入り始めて一週間で、豚人を狩るようになるとは。


「意味がないから試してないけれど、私とエリーゼなら、多分今でも一対一で豚人を倒せるわ。エリーゼは暗殺で一撃、私はマナが空っぽになるけど、火矢の二連射を両目に当てればいいだけだもの。筋力馬鹿の豚人なら、動きが鈍いからまず外すとは思わないし」


 淡々と語るエミリアが、自分の力量を誇示したがっているようには感じなかった。本当に、やろうと思えば豚人を倒せるのだろう。


「そうかあ。じゃあ、来月あたりから、パーティ、組むか?」


 完敗である。ここまで見事に言ったことをこなせるのなら、拒絶する意味もなかった。俺だって、中層の魔物は、狩りたいのだ。色々と、金銭面に余裕ができるだろうから。


 俺の台詞に、笑顔になる三人である。


「思ったよりも早く、ご一緒できそうですね。その日が来るのが、楽しみです」


「みんなとパーティ組むにしろ、実現するのはもっと遠い未来だと思ってたんだがなあ」


「環境を整える重要さがよくわかるわよね。商売と一緒で、軌道に乗せるまでが一番苦労するはずなのに」


「それはあるな。俺も、冒険の始めはチェルージュにもらった魔石で準備を整えられたから、かなり楽をしたし。何も持ってない状況から冒険者になろうと思ったら、こつこつ金を溜めて装備を買うところからだからなあ」


「ご主人様が、冒険が終わった後に、その日にあったことを色々お話になるでしょう? あれも、大きいと思うんですよ。狩りの心構えを教えてもらってるようなものですから」


「よせよ、そんな大したもんじゃないさ」


 それよりも、俺は金策を考えねばなるまい。中層の魔物ともなると、ただの鋲皮鎧では心もとない。エマだって、甲殻蟲の鱗状鎧ラメラーアーマーで前衛を張らせるのは無謀というものだ。


銀蛇シルバーサーペントの皮鎧、やっぱり売るかな」


 新しい鎧を買うには、まとまった金が必要である。

 四人が生活するにあたり、一日に必要な金は約10,000ゴルドであって、それ以上に稼いでこなければ、新たな装備品を買うだけの金は溜まらない。一ヶ月の期限で、それだけの貯蓄は、恐らくできないだろう。


「新しい鎧でしたら、自分たちで稼いで買いますよ、ご主人様?」


「いや、早いところ中層での狩りがしたいっていうのは、俺の本音なんだ。稼げる額が、やっぱり違うからな。いくら豚人を狩れるからって、新しい装備や魔法を買う金を溜めるのには、結構な時間がかかるからなあ」 


「そう言われれば、そうかもしれませんね。私は装備品にあまりお金をかけなくても済みますが、エマやエミリアは、そうも行かないでしょうし」


 防御力が売りの前衛と、魔法の多彩さが求められる魔術師。どちらも、初期投資のかさむ職である。


「商売人の目線で指摘をすると、そもそも支出と収入の管理が雑よ、ジルは。パーティを組めるようになったら、冒険で得た稼ぎはどう配分する気? 私たちは全額ジルに渡してもいいんだけど、どうせいつものごとくいくらか私たちにくれようとするんでしょ?」


「ええい、悪いか」


「悪いわよ。ジルの口癖じゃないけれど、これからずっと、迷宮に潜って生計を立てるんでしょ? そのあたりの勘定が雑だと、後々、困るのよ」


「ぬう」


 ぐうの音も出ない。確かに、金の使い方が少し荒いなとは、自分でも思っているのだ。 


「宿賃とか、生活費とか、回復薬なんかの消耗品を補充するお金を、まず稼ぎから抜くじゃない? その後で、突然の怪我とか病気をしたときに備えて、緊急時に使うための貯金を抜くでしょ? さらに、残った全額をお小遣いにできるわけじゃなくて、新しい装備とかを買うための貯蓄も考えないと」


「よし、エミリア君」


「君、って」


 突如として口調を変えた俺に、エミリアは困惑顔である。


「キミを、当家の財政官に任命しよう。収入をどのように使うかを任せようではないか。重大な役目だ、頑張ってくれたまえ」 


「どこに、奴隷に家計を一任する家庭があるのよ」


 ここにいる、と言わんばかりに、俺は片目を瞑りつつ親指で自分を示す。爽やかな笑顔付きだ。 


「と言っても、まあ、なんだ。財布の紐をがちがちに縛られすぎても窮屈だし、ある程度、口は出すけどな。金の関係は、エミリアに任せておくのが一番いいと思ったのは事実だし、やってくれないか? 金の扱いが雑だとは、自分でも思ってるんだ」


「まあ、そこまで言うなら、いいけど」


 むっすりしつつ、頼られたのが嬉しいのか、まんざらでもなさそうなエミリアである。

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