第二十二話 逆風
「ふむ」
自室に戻り、血の紋章を起動させてスキルをまじまじと眺める。作級魔法の習得が終わった後、エマたちは、三人で行きたい場所があるとのことで、魔法ギルドで別れた。いまは宿に俺一人きりである。
【名前】ジル・パウエル
【年齢】16
【所属ギルド】なし
【犯罪歴】0件
【未済犯罪】0件
【レベル】318
【最大MP】9
【腕力】12
【敏捷】9
【精神】10
『戦闘術』
戦術(23.9)
斬術(18.2)
刺突術(17.8)
格闘術(5.2)
『探索術』
追跡(10.8)
気配探知(11.5)
『魔術』
魔法(16.1)
魔法貫通(9.2)
マナ回復(31.5)
魔法抵抗(1.2)
『耐性』
痛覚耐性(14.6)
魅了耐性(100.0)
『始祖吸血鬼の加護』
「ふむむ」
全体的に、成長してはいるのだが、器用貧乏な感が否めない。
これが俺の得意分野だ、と胸を張って言える項目がないのである。
未だパーティに所属して狩りをした経験のない俺だが、パーティの基礎というものはわかっている。前衛、斥候、後衛という三つの役割分担がパーティの核だとは、何度もディノ青年に聞かされたものだ。
(この三つの役割の中で、俺ができる仕事はあるだろうか?)
まず、敵の接近を食い止め、後衛に敵が行かないようにする壁役の前衛。これは装備がないのでパスだ。最低でも鎖鎧か、ランク2の中層でやっていくならば板金鎧を着込みたいのだが、それは新たな出費になってしまう。
では、盗賊たちから剥いだ鋲皮鎧があるから斥候役の狩人ならいけるかといえば、そう話は簡単でもない。狩人に求められるのは、隠身スキルによる偵察と、痕跡探知・マナ探知スキルを活用しての奇襲阻止、それに加えて罠探知と罠解除スキルによる、進路の安全確保が仕事になってくる。
迷宮も中層となると、知性を持つ魔物が増える。中には罠を仕掛けたり、魔法で遠距離から攻撃してくるなど、狡猾に立ち回ってくる魔物がいるから、斥候の重要性はぐんと上がる。
だが、これらのスキルを習得するためには、それなりの金と時間を使って盗賊ギルドで学ばねばならない。今の俺に、そんな余裕はない。
では、魔術師ならどうだろうか?皮鎧は金属鎧と比べて廉価で手に入る上に、魔法は一度覚えてしまえば無限に使える。
だが、それだけだ。
マナ回復スキルや魔法スキルは、長い時間をかけて育てなければ実戦では使えない。限界ギリギリまで使って火矢の二、三回で使い物にならなくなる魔術師など論外である。それこそ戦力外だった。
迷宮でしっかりと戦えている魔術師は、最低でも火矢の一つ上のランク、火球を数発撃てるだけの最大MPと、継続的に魔法を唱えられるだけのマナ回復スキルを備えているのが普通だった。
これらの理由から、消去法で、もっとも俺がやっていけそうなのは戦士である。装備は買えばいいし、武器だけは立派な長剣を持っている。
中途半端な武器スキルの数値であるため、パーティの生命線である前衛を担うのは荷が重いが、それも、もう少し迷宮に潜って成長すれば、何とかなるのではないかと思っている。
とはいえ、一人で迷宮に入ると、武器スキルだけを特化して鍛えるのは難しい。なんだかんだ火矢を使ったりするので、剣だけを使わない戦闘も多いからだ。
パーティというか、自分の職業を特化させる利点の一つに、自分の得意分野だけに集中できることが挙げられる。例えば戦士であれば、敵と斬り合うことだけを求められるから、スキルの伸びが一点集中で早いのだ。まんべんなくやっている俺は、色々なスキルを活用して敵を倒しているから、どうしても特定分野だけ伸ばすのが難しい。
なんとも、もどかしい日々である。中層で活躍するパーティに参加したくとも、なかなかその下地が作れないのだった。下層で戦う、まだ弱小のパーティに参加しようと思ったこともあるが、ディノ青年にはいい顔をされなかった。
「お勧めしません。下層のパーティは装備が整っていない冒険者も多く、判断能力も完成されていません。群集心理で強気になって判断を誤ったり、何かと予期せぬトラブルが起こります。恐狼狙いのパーティならいいかもしれませんが、所詮はランク1の魔物ということで素材は高く売れませんし、スキルを磨くためならわざわざ恐狼を狙う必要がありませんから」
確かに、その通りであった。大ムカデや豚人と戦っているだけでも、武器スキルは上がっているのである。つまり、どうあがいても今は下積みの時期なのだった。もどかしくても、進歩が実感できなくてやきもきしても、ランク2で通用するだけの能力を手にするまで、毎日迷宮に潜って少しずつ強くなるしかないのである。
「鉱石採集の護衛依頼? おお、やるやる」
そんなこんなで煮詰まった日々だったので、鍛冶屋ダグラスの申し出は渡りに船と言えた。
「いいのか、簡単に受けて。そりゃあ大した危険はないと思ってるけどよ」
相変わらず、暑苦しい筋肉をした男だった。鍛冶仕事のせいか、腕の毛はちりちりに焼けてしまっているが、大胸筋のまわりは前掛けで隠しきれない胸毛が色濃く生えている。
閉口した嫁が手を尽くしたがどうにもならなかったという逸話のある胸毛だ。
「気分転換が欲しいと思ってたとこだ。護衛任務っていうが、街の外にはどんな魔物が出るんだ?」
「街から近いからな、このあたりの森では魔物はあまり出ねえ。人手の入ってない、もっと奥の森にいけば野生の魔物がいるが。どっちかっていうと、盗賊からの護衛だな。ちょっと前までは槍のフィンクスって奴が幅を利かせてたんだが、討伐されて街道の治安が良くなってな。護衛が少なく済みそうなんで、大量に使う普通の鉄を今のうちに溜めておこうってわけよ」
「なんだ、街の外にゃ結構魔物がいるかと思ってたのに、そうでもないのか」
「どうやって増えてるかもわからねえ迷宮の魔物と違って、外の魔物は普通に生殖で増えるんだ。長生きしてるから、同じ種族の魔物でも知恵が回って手ごわいって話だな。矮人や豚人なんかは群れを作って昔はたびたび街を襲ってきたらしいが、衛兵隊が撃退してからは、奴ら、人間の縄張りには近寄らないようになった。多分、魔物はいねえんじゃなくて、人間から隠れてるだけだな」
「ほう。魔物の生態にも興味はあるが、街角とかに立ってる衛兵って強いのか?」
「強いぞ。冒険者ギルドが役人としての出世街道なのと一緒で、衛兵になるってのは冒険者にとっての花形だからな。衛兵の中でも古参の腕利きなんかには、冒険者ギルドが魔石を吸わせて街の防衛力を強化してるって話だ。その分、制約の腕輪っていう、まあ奴隷に付けてるみたいな拘束具で行動は厳しく制限されるが」
「あんなに魔石買い取って何に使ってるのかと思ってたが、指輪とか猫目灯に使ってるんじゃなかったんだな」
「そりゃそうだ。日常生活の道具から冒険用の指輪とかまで、魔石はいくらあっても足りないだろうさ。青天井の値段になっても困るから相場が決まってるが、お偉いさんの本音としちゃもっと魔石を売って欲しいだろうな」
こうして、数少ない知り合いから得られる知識は、俺にとっては貴重なものだった。まだこの街で二ヶ月も暮らしていないので、欠けている常識はこうやって埋めていくしかないのだ。
「一つ思ったんだけどな。迷宮の鉱石じゃなくて普通の鉄なら、商業ギルドとか鍛冶ギルドやらで売ってもらえないのか?」
これだから素人は、とダグラスは嘆息する。
「鉄鉱石にも質があってな、剣を打つのに向いた鉄があるんだ。それに、インゴットみたいな売り買いしやすい大きい塊にすると、それはそれで剣を打つにはうまくねえ。鉄鉱石からちょうどいい鉄塊を作るのも立派な職人の技がいるんだぜ? それを作るんだったら、師匠のところに自分で選別した鉄鉱石を持ち込むのが一番いい。あそこは街の外にでかい炉を持ってるからな。うちにある炉じゃ、剣は打てても鉱石を溶かすのには向いてねえんだ。何よりギルドを通して買う奴は、向こうの連中が手間賃取ってる分、高くつくからな」
「剣一本打つのも大変なんだな」
「バカヤロウ、職人の仕事なめんじゃねえ。素材選びからすでに始まってんだ」
「ということはだ、ひょっとしてダグラスも現場まで掘りに行くのか?」
「当たり前だ。肝心要の素材を他人任せにする奴がどこにある」
「俺が盗賊なら、いかつい見た目のおっさんなんざ襲わねえけどな。案外、賊より強いんじゃないか?」
冗談で言ったつもりだったが、ダグラスは真顔で思案を始める。店のあちこちで木箱に立てかけられた剣のうち、一本を無造作に鞘から抜くと、片手だけで正中線にぴたりと構えて見せた。俺が両手で持っても重く感じる、鈍魔鋼の長剣だ。
「自分で使ってみないと、剣や防具の良し悪しなんかわからねえってのが師匠の持論だったからな。自作の、今思えば欠点だらけの武器防具を装備して、俺も迷宮に潜ってた時期がある。重い迷宮産の金属を鍛えるにも、力がいるしな。食い詰めた賊なら、まあ片手で捻れるだろうが、さすがにベテランにゃ勝てんな」
「ダグラス、俺より強いのかよ。護衛なんざ要らなくないか?」
「俺だけならな。魔物か賊か、まあ何が襲ってきたにしろ鉱夫は逃がしてやらにゃならねえ。要するに万が一のときは、鉱夫が逃げる時間稼ぎをしてくれりゃいい」
「ああ、壁になれってことか。了解了解」
「まあ、多分襲われることはねえと思ってるがな。平和だったら鉱石運びの雑用でもしてもらうか」
気軽に頷いたあのときの俺を、叱ってやりたい。
(雑用か、これ?)
岩と鉄の混合物であるからして、結構な重さがある、赤茶けた鉄鉱石を、両手で必死に抱えて持ち運ぶ。迷宮で魔物を討伐している賜物で、成人男性の平均よりは何割か増しで俺の力は強いはずだが、それでもひと塊を持ち上げるのがやっとだった。俺の持っている鉱石よりも大きな塊を、ダグラスが軽々と運んでいて軽く自信を失う。
作業着がわりにと借りたローブは、錆びだか土だか判別もできないもので前がどろどろに汚れていた。
「ダグラス、これ、どれだけ、集めるんだ?」
恐らくは顔を真っ赤にしながら運んでいるであろう俺と比べて、ダグラスは運搬をしつつも涼しい顔である。時おり、鉱山の中に入っていっては何事かを鉱夫に指示しているようだ。
「人数分の台車がいっぱいになったらだな。帰りは一人一台、曳いて帰る予定だ」
「本気で言ってんのか」
中に鉱夫は三人いるので、ダグラスと俺で計五人である。五台分の台車に鉄鉱石を積み込む作業を思い、俺は気が遠くなった。
「がはは。気軽に受けるからこうなる」
「これの、どこが、雑用だってんだ。どう見ても重労働じゃねえか」
台車の中に鉄鉱石を放り込む。割れると都合が悪いらしいので、降ろすときも気を使う。
「よそのギルドから暇してる奴が一人、助っ人で来る予定だ。冒険者ギルドで公募したときに、自分ところのギルドの若い者を使ってくれって頼まれてな」
「ということは、合計で六台か。まあ二人でやれるならまだマシか」
首を回して凝りを取る。明かりを灯した鉱山の中には、運搬待ちの鉄鉱石が山と積まれているのが見えてげんなりする。明日は筋肉痛だろうので、冒険はお休みになりそうだ。
「お、きたぞ」
街から鉱山へと続く道のまわりは、元は森であったらしく、伐採後の切り株があちこちに剥き出している。人が通るであろうところだけは、石などで舗装されていない坂道でこそあるものの、根まで切り株は掘り返されて、踏み固められた土のように、歩きやすくなっていた。
その坂道を、一人の少年が歩を進めてくる。鎖鎧を着込み、濃い青に染めたマントを羽織っている。身長は俺よりやや低いぐらいで、俺と同じような、一般的に普及している卵型の鉄兜から覗く素顔には、幼さが色濃く残っていた。
「待たせたか?」
「おう、気にすんな。お前さんが竜の息吹から来た手伝いか?」
「エディアルドだ。護衛任務を引き受けてきた」
なめられないようにという魂胆なのか、ぶっきらぼうに話している彼は、俺よりも二つか三つは下だろう。ダグラスはそんな冒険者も見慣れているのか、あしらい方はも手慣れていたものだ。
「んじゃ、ご自慢の鎖鎧を汚したくはなかろう。このローブを羽織って、そこに積まれた鉄鉱石を台車に運んでくれ」
くいっとダグラスが指さす先に、山のような鉄鉱石が鎮座しているのを見て、エディアルドと名乗った少年は狼狽する。
「話が違う。俺が受けたのは護衛任務だ。そんな誰でもできる仕事はしない」
「依頼を全文読んだか? 護衛及び雑用ってあるだろ。どうせ敵襲なんざないだろうから、実質は鉱石運びの仕事だ。教えてくれる奴はいなかったのか?」
「運搬の仕事なら、そう書いておけばいいだろう。汚いやり方しやがって」
悪態をつく少年に、ダグラスはどこ吹く風である。
「新人のひよっ子に、まともな護衛なんざ期待してねえよ。お前んとこの上の奴らもそれをわかってて、お前みたいな食い詰めてる奴に声をかけて俺のところに寄越してるんだ。時間が短い割にはそこそこの報酬を出すからな。自分をでかく見せようと悪ぶるのは勝手だが、依頼主は俺でお前は雇われた側だ。嫌なら帰んな」
ぺっと唾を吐いてから、渋々ローブを着るエディアルドである。
その姿を見ていて、彼の着ている鎖鎧に、ちょっとした違和感を覚えた。どこかで見たことがあるような――?
その鎖鎧の大きな特徴は、わき腹から心臓のあたりにかけて、本来の編みこみ式の小さな鎖ではなく、大きな鎖で乱雑に縫いとめられていた。まるで、亀裂を修復したかのように。
「何だよ。じろじろ見てるんじゃねえよ。喧嘩売ってんのか?」
あの鎖鎧はどこかで見たことがある。それもつい最近だ。
ふいに、ウキョウが使っていた、魔鋼製の戦斧が思い出された。
「エヴィの鎖鎧か、それ?」
「何だよ、兄貴の知りあいか」
「鎖鎧の傷に見覚えがあったからな。そうか、エヴィ、家族いたんだな」
俺がそう言うと、エヴィの鎖鎧だということを指摘されたときよりも大きく彼は驚いた。
「この傷は、兄貴が死んだときに付いたものだぞ? それを知ってるのは――あんたが、討伐隊の生き残りか?」
「まあ、そうだな」
言ってから、しまったと思った。俺は「赤の盗賊団」討伐隊の生き残りだということを、おおっぴらに言っていない。フィンクスを倒した男として有名になっても、身に余る期待をかけられるだけだからだ。
「もう一人の『アウェイクム』のおっさんじゃなさそうだから――あんたが報酬を全部持ってった男か。アウェイクムの奴らは、あんたがほとんど全員、賊を倒したって言ってたが」
「そうなるのかな。たまたまだよ、シグルドにもエヴィにも助けられた」
「たまたまで兄貴が殺されるような奴に勝てるもんか。兄貴はベテランだったからな、性格はクソみたいな冷たい奴だが、腕前は確かだったんだ。あんた、すげえ強いんだろ?」
賊に押し倒されて殺されそうになったところを、エヴィには助けてもらった借りがあった。返せないまま彼は死んでしまったが――そのエヴィに思うところがあるのか、エディアルドは悪し様に罵る。
家族同士の問題に口を出すつもりはなかったが、いい気分はしなかった。
それに、予想通りというか、俺を強者だと勘違いしているらしい。こうなるのが嫌だったから、俺が討伐隊の生き残りだということを知られるのは嫌だったのだ。
「期待させて悪いが、俺はエヴィの足元にも及ばないよ。今もそうだが、まだ迷宮に潜りはじめて一ヶ月の新人だ」
「おい、嘘を吐くのはよせよ。あんた強いんだろ? 人助けと思って俺のパーティに入ってくれよ。ランク2の魔物は俺たちには強いんだ、あんたが入ってくれれば一気に狩りの効率が上がる」
「中層に行けるパーティは確かに探していたが、俺じゃ実力不足だよ。見るか?」
口で言っても信じてもらえそうになかったので、戦闘系の技能――戦術と武器術、魔法スキルを表示させた血の紋章を見せてやる。それを覗き込んだエディアルドは、明らかに落胆した表情になった。
「んだよ、勇者様じゃねえか」
「なんだそりゃ?」
「武器も魔法も中途半端にしか使えない、どっちつかずのお前みたいな奴を指す蔑称だよ」
イライラした表情で、エディアルドは地面に唾を吐く。
「強い奴ならパーティに入れりゃ楽できると思ったのに勇者様かよ。どうせ盗賊団の奴らだって、『アウェイクム』の奴らに取り入って金だけもらったんだろ。上手くやりやがって」
ここまで悪意が明確だと、俺もいい気分はしなかった。自分を大きく見せたい跳ね返りや、言葉遣いが雑ぐらいなら個性として認められると俺は思っているが、これは行き過ぎていて不愉快だ。
「んじゃあお前、金持ってんだろ。賊の討伐賞金は全部お前が持っていったって話だからな。兄貴に世話になったって言ってたし、兄貴の分、金よこしな。参加報酬も二人で山分けしたって話だろ、それでいいぜ」
俺はため息を吐いた。内心で、俺は完全にこの少年を切り離していた。
「借金を返すのに使ったからな、大した額は残っちゃいない。まあ余るほどあっても、お前にやる分はないが。エヴィを連れてこれるなら好きなだけ払ってやるさ」
「意味がわかんねえよ、死体を持ってこいってことか?」
「お前にやる金はないって言っただろ。俺が世話になったのはエヴィであってお前じゃない」
「ちっ、ケチくせえ」
もう一度、エディアルドが地面に唾を吐いたところで、やり取りを眺めていた第三者が底冷えのした声を発する。
「おい」
「ああ? 何だよ――」
言い終わる前に、首元を捕まれたエディアルドは、片手一本で軽々と吊り上げられた。エディアルドの足が宙をばたつく。筋骨太ましいその片腕の主は、もちろんダグラスだった。
「受けた任務もこなさねえで、俺が雇った奴に金をたかるとはいい度胸だ」
「離、せ、よ、このクソ野郎」
「そうかい」
ダグラスが軽く腕を振ると、掴まれていたエディアルドは地面を二、三回も転がって倒れ伏した。
「お前はクビだ。冒険者ギルドから正式に発行された任務ってことを、お前わかってねえな。悪評が付いた冒険者に仕事を回したがる依頼人なんざいねえんだぞ?」
「けほっ、ああそうかい。こんな依頼がなくなって清々すらあ」
「それと、ギルド『竜の息吹』は全メンバー俺の店には出入り禁止だ。マスターにも伝えとけ」
「誰がお前の店なんざ使うか。くたばれクソ野郎」
唾と共に呪詛を吐き散らすと、エディアルドは早足で坂道を降りていった。
その後ろ姿を見ながら、ダグラスは、はあ、とため息を一つ吐く。
「『竜の息吹』、最大手のギルドだからと信用してたんだがなあ。下っ端には指導が行き届いてねえか」
「そうなのか、知らなかった」
「お前さん、そういや記憶喪失だったな。有名どころのギルドは、冒険者ならみな知ってるもんだが」
一ヶ月少々ではあるが、俺にとっては長い付き合いでもあり、気心も知れてきたので、俺の事情はある程度ダグラスに話してあった。
「あのギルドは、所属メンバーだけなら一番多いところでな、三百人は所属してるんじゃねえかな。ベテランが集まったわけじゃなく、助け合い所帯みたいなところでな。腕がいいわけじゃないかわり、それなりにまとまってるのは規律がしっかりしてるんだろうと思ってたが、単なる野放しみてえだな」
「三百人もいるのか。そりゃあ目の届かないところも出てくるわな」
「ギルドマスターと話したこともあるがな、まあ人の良い奴ではあったよ。何となく慕われる奴だった。人当たりがいいし、そこそこ面倒も見てくれるってんであいつのギルドは人数が増えてったんだがな。大きくなっちまうとやっぱり駄目だな」
「組織の運営の能力と人当たりの良さは別物ってな。それよりいいのか、人手が減っちまったぞ? 鉱夫のおっちゃんたちもある程度掘り終えたみたいだし、仕事が増えたぜ?」
「ああ、しょうがねえなあもう。おういお前ら、悪いが助っ人は追い返した。運搬も手伝ってくれえ!」
腐るでもなく、鉱夫のおっちゃんたちは「うぇーい」みたいな声を返して鉱石を運びにかかる。
俺も手伝うべく歩を進めると、「親方、また人追い返したんですか?」「またですか親方」「うるせえ」「また嫁さんに怒られるぜ、親方」などと笑いあっている。イジられるほど、鉱夫との仲は良いようだ。
「んしょ、っと」
鉄鉱石を両手に抱え、俺も運搬に加わる。掘削された鉄鉱石が、山のように鉱山内に積まれていて、少なからずげんなりする。
「そういやジル、『槍の』奴らをお前が討伐したってのは本当か?」
台車の前で二人きりになったタイミングを見計らって、ダグラスが声をかけてくる。
「ああ。こんなことが良くあるから隠してるんだがな」
「そりゃあそうか。誰もお前が倒したなんて思わねえだろうしな」
「俺は加護持ちなんだよ。記憶喪失で森に倒れてたって前に言ったろ? 『赤の盗賊団』と戦ったときも、本当は俺は死んでたんだ。行き倒れてた俺を助けてくれたのが魔物でな。フィンクスたちも、俺に加護をくれた奴に倒してもらっただけさ」
「ほう! そいつぁお前さん、珍しいな。加護持ちとは豪気だ。まあ何だっていい、おかげでこうして鉄が掘れる。鍛冶連中はみんなお前さんに感謝してるだろうよ、代表して俺から礼を言わせてもらうぜ」
「俺がやったわけじゃないから礼を言われてもくすぐったいし、まあ気にしないでくれ。そんなことより、助っ人が帰った分、仕事が増えてるだろ。鉱夫のおっちゃんたちも疲れるだろうし、一杯奢ってくれてもいいんだぜ?」
「がはは、そんなんでいいなら安いもんだ。職人連中、ご用達の店に連れてってやるよ。飯も酒もうめえところだ」
「話がわかるな。それじゃあ、とっとと終わらせちまうか」
俺は鉱石の運搬に戻る。酒が出る、と聞いた鉱夫たちも、歓声を上げて鉱石運びに取り組んでいた。
ふと、追い返されたエディアルドのことを考える。
(もったいないことをしたなあ、あいつ)
もったいないというのは、ダグラスとの繋がりを切ったことだ。
まともに仕事を終わらせていれば、ダグラスと面識が出来て、彼の店に足を運ぶ機会もできたかもしれない。
開店したばかりで固定客がいないことと、新規が入りにくい店構え、そして見た目のいかつさと商売の下手さ、これらの要素で大幅に損をしているだけで、ダグラスはまず一流の職人である。
ダグラスが手がけた武器や防具は、他の店では手に入らないほどに質がよく、なおかつ値段も突出して高いわけではない。素材を吟味しているから数打ちの品よりは高いが、ダグラスの技術を考えると、手間賃をもっと加算されていて当然の品だ。彼の打った剣をひと目でも見れば、それは一目瞭然である。
装備に己の命をかける冒険者のことであるから、どれだけダグラスが商売下手だろうが、品物の良さが知れ渡って、いずれこの店が大繁盛するのは火を見るより明らかである。流行っていない時期にダグラスと面識を持てたというのは、幸運以外の何物でもない。
当初は流行らない店のてこ入れなのかと思っていたが、ディノ青年がこの店を俺に教えたのは、ダグラスの腕を知っていたがゆえの、純粋な好意から来るものだったと今はわかる。
俺は縁をつなぎ、エディアルドは縁を捨てたのだ。




