第十二話 奴隷 その2
「さ、立派な店でしょう。ささ、中に」
どうぞどうぞと口では言いながら、店主は絡めた腕にこめる力を抜くつもりはないようだった。
入り口の扉を後ろ手で閉めると、店主は俺を店の奥の椅子に座らせ、従業員に何かしら声をかけてから、手ずから麦酒の樽を魔法で冷やして俺に差し出す。
治安のよくない場所ということで、最悪の場合、一暴れして逃げなければと考えていた俺は、警戒を強める。魔法を使うのに手馴れているということは、駆け出しの俺よりは魔法スキルが高いということだろうから。
「さて、お探しの奴隷はおりますでしょうか? お見受けしたところ、冒険者の方でいらっしゃる。やはり、迷宮で使える奴隷をお探しでしょうかねえ? 鍵空けや罠探知、レンジャーの技能を覚えた奴隷、ちょうど運良く仕入れてございます。すぐに売り切れてしまうのですよ、いやあお客様は運が良い」
よく口の回る店主である。そうでなくてはやっていけないのかとも思うが、やはり好きになれそうもなかった。どんな奴隷であっても、長所を並べ立て、「運良く」売れていないと毎回言っているのだろう。
「すまんが、持ち合わせは本当にないんだ。参考までに値段を聞いていいか?」
「レベル200前後で、鍵開け、罠探知、気配探知、隠身スキルをそれぞれ最低20.0まで上げてございます。こちらの奴隷ですと、およそ2,500,000ゴルドが相場のところ、特別に2,200,000ゴルドで販売してございます。おあつらえ向きに、初潮が来たばかりの娘ですからね、あっちの方も仕込めば良い具合まちがいなし、でございますよ」
反吐が出そうである。こういった店に来ると、人の本性は悪であるという説に同意したくなる。
「他にも、何名か若い娘、取り揃えておりますとも。いえいえ、みなまで言わずともよろしゅうございます。この時間にあの通りを歩いているお客様の求めているもの、わたくしちゃあんとわかっておりますとも。先ほどのレンジャーとして仕込んである娘以外にも連れてまいります。きっとお気に召しますとも」
誤解であると言うことすら億劫だったので、俺は黙っていた。
店主の話が終わるのを待っていたのか、従業員が店の奥から三人の少女を連れて出てきた。さっさと奴隷を一見して、やはり持ち合わせがとか何とか理由を付けて帰ろう。
三人とも、俺がよく見えるようにとの配慮なのか、俺と向かい合わせに、店主の横に並ぶ。喉元に、首輪がはめられているのが見えた。店主に見えないよう、拳を握り締める。
着ているものは普段着なのか、色あせた肌着と、丈の短いスカートだけだった。
身長に差こそあれど、連れてこられた三人は、まだ少女だった。幼いままの顔立ちで、ろくに食べていないのか、頬がこけていた。
「真ん中のエリーゼが、先ほど話したレンジャーの娘でございます。他の二人も、一通りの家事はできますし、右におりますエミリアは算術や計算にも長けております。性技の方も軽く仕込んでございますので、お買い上げ頂いたその晩からご利用になれますとも。もちろん、ご心配頂かなくとも、どれも生娘でもございます。 さ、お前たちを買ってくださるかもしれない方だ。エマから自己紹介をなさい」
「エマともうします」
「エリーゼと申します」
「――エミリア」
俺が愕然としている中、エミリアと名乗った少女の無愛想さに、店主のこめかみがぴくりと反応した。笑顔で押し殺しているが、怒りの感情が伝わってくる。
「ほほ、照れているようですな。躾がなってなくて申し訳ございません。後で『教育』をしなおしておきましょう」
どうも、俺がエミリアの態度に腹を立てたと勘違いしたらしいが――俺を愕然とさせたのは、少女たちの目だ。
エリーゼは、何かを諦めきっている目。
エミリアは、敵意を隠そうともしない、睨むような目。
そして、たどたどしくエマと名乗った少女の目は――無機質な目だった。
エマという少女は、顔をこちらに向けているだけで、焦点は俺に合っていない。ただ、俺の方を見ているだけだ。口元を笑顔の形に歪めてはいる。目尻だって、意識して細めてはいる。けれど、彼女は何も見ていない。
俺がこの世界で初めて目を覚ました、あの森のように、暗くて、先の見渡せない、気味の悪い目だ。
どんな生い立ちをすれば、あんな目になるのだろう? 残り二人のように、怒りや諦観が露になっているわけではない。何らかの病気で、濁ってしまっているわけでもない。それなのに――
(何て目で、人を見やがる――)
真っ先に俺が感じたのは、この場から離れたい、ということだった。
三人の目が、じっと俺を見つめている。視線を浴びているだけで、不安な気持ちになる。少女たちは、全身で、自分たちが不幸であると主張していた。
「エマがお気に入りですかな? エマ、お客様に身体をお見せしなさい」
左の少女の、無機質な目を見つめていたせいで、気に入られたと勘違いした奴隷商人が声をかける。
エマという少女は、細い両手で上着を喉元までたくしあげた。細い腰、へこんだ腹、浮き出たあばら、そして膨らんでもいない両胸の突起があらわになる。
ろくに食事もさせていないに違いなかった。胃の中の酒精がこみ上げてくる。何とか、吐かずに飲み込んだ。
喉に引っかかるような酸味と生臭さ、そして繰り返し襲ってくる吐き気に耐えながら、この、大して広くもない奴隷商の店に、この街の罪悪のすべてがここに詰まっているのではないか?という錯覚すら覚える。
「お値段の方は、勉強させて頂きますとも。真ん中のエリーゼは、先ほど申しました通り2,200,000ゴルドで結構でございます。左のエマは、1,500,000ゴルド。右のエミリアは、1,700,000ゴルドでお譲り致します」
逃げるなら、ここしかない。こんな場所にこれ以上いたら、こちらまでおかしくなってしまう。これ以上、あの目にずっと見つめられたら、俺まで引きずり込まれてしまう。
「あ、ああ。残念だが、全財産合わせても一人も買えないようだ。冷やかして悪かったな」
言うや否や、立ち上がって出口へと向かおうとする。
しかし、奴隷商人も素早く立ち上がり、再び俺の腕をとらえた。引き剥がそうとして――
「いえいえ、手持ちのことを何度も仰らせてしまい、このわたくし、申し訳なさで胸がはちきれそうでございます。お客様にお勧め致しますのは、分割払いでございますよ。手付け金としていくらか頂戴できれば、何回かに分けてお支払い頂ければ結構でございます」
「分割――?」
「左様でございます。例えば、三人ともお買い上げであれば、最初に二割ほど、切りよく1,000,000ゴルドもお支払い頂ければ、三人とも仮契約として、本日連れ帰って頂いて結構でございます。その後、毎月同じ額だけを頂戴できれば、四ヶ月後にはお支払いも終わり、晴れてお客様の物になるといった次第でございまして」
脳裏に、チェルージュの顔が思い浮かぶ。
彼女がくれた魔石は、1,000,000ゴルド分きっかり、バンクに預けたままだ。初回に必要になる手付け金と、ぴったり額も同じである。
ただの偶然の符合だと思う。運命、と呼ぶには陳腐にすぎると思う。
初回だけ払って連れ帰っても、二回目以降の支払いはできないのだ。
「二回目以降の支払いが滞ったらどうなるんだ?」
「こちらの契約書をご覧下さい。紋章と同じく、こちらは偽造できない作りになってございます。万一、二回目以降のお支払いが都合が悪くなってしまった場合、娘たちは再びこちらに引き取らせて頂きます。それまでにお支払い頂いた金額はお返しできませんが、お客様の手元にいる間はどう愛でて頂いても結構でございますよ」
奴隷商人がうやうやしく差し出してきた紙に、ざっと目を通す。
二回目以降の支払いが滞った場合、奴隷たちはすべて奴隷商人の元へ引き取られること。仮契約期間で、奴隷の価値が低下するほどの肉体的な欠損が発生した場合、その奴隷の代金満額を俺が払わねばならないこと。支払いは毎月初にこの館に来て行うこと。途中からの一括払いも可能であることが書いてある。
「本来であれば、即金払いに比べ、分割でのお支払いですと一割ほど多く代金を頂戴しますのですが。三人ともお買い上げ頂く豪気さに私、惚れこんでしまいました。総代金は5,000,000ゴルドに勉強させて頂きます。さ、よろしければ、ちょっとご面倒ですがね、紋章のように紙に血判を押して、お名前を書いて頂ければ契約完了でございます」
そっと、ペンを握らせてくる奴隷商人である。
ここで、はいそうですかとサインをしてしまうような冒険者が果たしているかどうか疑問だった。奴隷商人の目論見は、明白である。俺が、満期まで支払いきれるとは思っていまい。払えるだけ払わせて、支払いが滞ったら少女たちを差し押さえる気なのだ。
満額支払うまでにいくら払っていようが、一度でも滞れば少女たちは奴隷商人のところに戻っていく。そういうことだろう。
もう、逃げるのは容易かった。
契約が気に入らないから帰る、といって出ていけばいいのだ。実際、何度そうしようと思ったか知れない。
だが――。
(まだ、俺を見ている)
少女たちの、三組の瞳。それぞれの不幸を宿した目が、俺をじっと見つめ続けている。
嫌なものに目を背けるのは簡単だ。見なかったことにすればいい。
彼女たちを救う義理なぞまったくないし、損得で考えたら損しかない。
もし仮に俺が一ヶ月だけ引き取ったところで、来月には連れ戻されて、俺以外の誰か、世慣れていない冒険者を捕まえて奴隷商人は同じやり取りを繰り返すだろうし、あるいは少女たちは、どこかの富豪に買われていくのかもしれない。
そして――残りの、恐らくはそう長くない人生を搾取され続けて終わるのだろう。
(だからといって)
少女たちを見捨てて逃げ帰る俺と、少女たちを食い物にする奴隷商人の間に、一体どれほどの違いがあるというのだろう?見なかったことにして、明日から、すっきり忘れて気持ちよく迷宮に潜れるだろうか?少女たちの目を、事あるごとに思い出して、罪悪感に苛まれるのではないだろうか?
(――無理だ)
さらさらと、自分の名前を契約書に記入した。ジル・パウエル。血判も押した。
気が変わらないうちに、などと考えているのだろう。控えの紙を俺に渡し、奴隷商人はそそくさと契約書を奥へと持ち帰った。
「待ってろ」
少女たちか、奴隷商人たちのどちらに言い残したのかは、俺にもわからなかった。店を出て、冒険者ギルドに行き、バンクから魔石を引き出して換金した。ディノ青年も、ミリアムもいなかった。当然だ、夜も遅いのだから。
俺が今、どんな顔をしているのかはわからない。けれど、歓楽街の客引きは、今度は誰も俺に声をかけてこなかった。
店に戻り、1,000,000ゴルド分の中金貨十枚を渡すと、奴隷商人は喜色満面の笑顔でそれを受け取った。
「毎度ありがとうございます。奴隷たちが今着けておりますのは、仮契約用の隷属の首輪でございます。お支払いが完了した暁には、正式にお客様所有の証となる首輪に付け替えさせて頂きますとも。それでは、どうぞ今後ともご贔屓にお願いいたします。さ、お前たち、新しいご主人様にご挨拶をしなさい」
「いいから、ついてきて」
半ば、聞いていなかった。少女たちに後をついてこさせ、店を出る。一刻も早く、この場を立ち去りたかった。
着の身着のままの少女たちは、俺の後をとぼとぼと歩いて追う。
道行く人々から、たまに好奇の視線を向けられるが、知ったことではなかった。
「ドミニカ、あとで詳しく話しに来る!」
鯨の胃袋亭の入り口から、酒場の中に顔を出して一声怒鳴ってから、少女たちを連れて二階の自室へと入る。下で戸惑った風のドミニカの叫び声が聞こえた気がした。
「さて、何から話していいものか――」
俺が寝起きしている自室の入り口付近に、三人の少女が所在なげに立っている。
問題は山積みだった。この部屋は一人用で借り切っているので、三人増えたら家賃はどうなるのかな、とか。そもそも狭いから他の部屋に引っ越さざるを得ないかな、とか。一ヶ月後の支払いはどうしようかな、とか。
「飯食ってから考えようか」
すでに綺麗さっぱり酔いは消えている。ディノ青年とキリヒトの三人で酒を飲んだ数時間前が、色々な意味で嘘のようだ。特に腹は減っていないが、少女たちはそうでもなかろう。
もう夜も遅い。急がねば、鯨と胃袋亭の食事は、売り切れてしまうだろう。
「お前ら、腹減ってるか?」
顔を見合わせてから、こくりと頷く少女。確か、エマと言ったはずだ。待ってろ、と言い残して、俺は階下に降りて行った。
ドミニカに軽く事情を説明し、三人分の飯を作ってもらう。
ついでに、一時的に三人を同じ部屋に住まわせる許可をもらった。頭は下げっぱなしである。
「あんたも悪い商売に引っかかったねえ。二、三日なら構わないよ。それ以上は、他の客の手前もある。大部屋に移ってもらうからね。日に5000ゴルドになっちまうよ」
持ち運びやすいようにとの配慮から、トレイに置かれた三人分の食事を、両手を広げたよりも小さい丸机に置く。そういえば立ちっぱなしにさせていた、と思い至り、三人の少女にベッドに腰をかけるように命じた。
「色々話すことはあるが、とりあえず飯を食ってからだ。ベッドに三人で座りながらじゃ、ちょっと食いにくいと思うが、まあ我慢してくれ」
そう声をかけたものの、三人は顔を見合わせるばかりで、湯気を上げるステーキを前に、一向に食べ始める気配がない。
どうしたのか、と俺が怪訝そうな顔をしていると、彼女たちを代表してか、一番背の高い、エリーゼがおずおずと口を開いた。
「その、服が汚れています。ベッドを汚してしまいます。それに、この三枚の皿のうち、どの部分を私たちに頂けるのでしょう。これから三皿をご主人様がお食べになり、残った分を頂けるということでしょうか?」
食べ残しを食わせるとか、どこのクズだ俺は。あと、三皿もステーキ食えねえ。
鯨の胃袋亭基準のステーキ三皿は、どう見積もっても肉だけで1kgは下らない。
「盛大な勘違いがあるようだ。俺はもう晩飯は食ったから飯はいらん。トレイ一枚に載っている料理すべて、一人で食っていい。ベッドの汚れについちゃ気にするな。洗えば落ちる」
「はあ――」
三人の少女は、まじまじと料理が載ったトレイを見つめる。どれだけ貧相な食生活をしていたのだろうか。
迷宮産ではないものの、牛肉のステーキにはタルタルソースがたっぷりとかけられ、ほこほこと湯気を立てている。付けあわせにはマッシュポテト、汁物は人参と生クリームのポタージュである。少女たちがごくりと唾を飲み込むものの、まだ躊躇している様子だったので――
ぱんぱん。
拍手するように、軽く掌を打ち合わせる。少女たちがびくりと身体を震わせる。
「飯は冷める前に食うものだ。さ、食え食え。行儀なんざ気にしなくていいから」
おずおずと、各人がステーキを口に運ぶ。驚いたような表情をしてから、ゆっくりと肉を噛み始める。時間をかけて咀嚼して、飲み込む。少女たちの口には、鯨の胃袋亭の、豪快な切り分けられ方のステーキは大きいようだ。
「ナイフとフォークは使えるか?」
エマと呼ばれた少女以外の二人は、頷く。自分だけが出来ないと知っても、エマは焦ったりはしていないようだ。ただ、感情の消えた目で、ぺこりと頭を下げて、もうしわけありません、と呟いた。
「気にすんな。教えられてないことが出来ないのは当たり前だ。貸しな」
ナイフを受け取り、他の二人は食ってな、と言ってから、一口大のサイズにステーキを切り分けてやる。フォークを返してやると、怪訝そうに、無機質な目で俺を覗き込んできた。
「たべてもいいのですか?」
「ん、ああ? 食いにくかったらまた言ってくれれば細かく切るよ」
「エマはわるいこでした。食事をとりあげられたりはしないのですか?」
はあ、と俺はため息をついた。
ここまで卑屈に育てるために、どんな仕打ちをこの少女は受けてきたのだろう。
「奴隷商人みたいなクズと一緒にするな。お前が何をやっても許してやる。一皿すべて、お前のものだ。冷めるぞ」
俺が声をかけても、無感動に聞いているだけだったが、やがてエマがもう一切れ、ステーキを口に運ぶ。その様子を見ながら、俺は金策をどうすべきか、頭を悩ませていた。
長い時間をかけて少女たちが食事を終えたので、俺は空いた皿を持って階下に行く。ドミニカは接客中だったので、旦那である店主に空き皿を返した。
「明日の朝飯、量はいつもより少なめで四人分頼みたいんですが、いくらになります?」
ドミニカに隠れていつも影の薄い店主は、小首を傾げる。すべてをドミニカに任せているように見えるが、実はこの亭主の発言は絶対だ。尻に敷かれていると思われがちだし、滅多に発言などもしないが、一度だけ、新規客に迷惑をかけた常連を
ドミニカに有無を言わせずその場で出禁にしたことがある。
一ヶ月も過ごしていると、そういうところも見えてくるものだ。
「君たちがどんな風に生活するのか、ドミニカが見定めるまでは、今まで通りでいいさ。余計なお代はいらないよ」
深く一礼し、部屋へと戻る。身体を拭く湯を頼もうか一瞬考えてから、彼女たちを洗うには量も足りないし、俺が部屋の外に出ていなければ彼女たちも身体を拭きづらかろうと思い、やめた。
「すまんが今日は風呂の類はなしだ。気になると思うが、明日何とかするから今日は我慢してくれ。もう夜も遅いから今日は寝よう。疲れたろう」
寝よう、という単語のあたりで、びくりと三人が身体を震わせた。何か脅えさせるようなことを言っただろうか?
「考え事があって俺は起きてるから、ちょっと狭いだろうがベッドは三人で使ってくれ。まだ身長が低いから、三人で横になれば何とか寝れるだろうから。トイレは部屋出て左の突き当たりな。許可とかいらんので行きたかったら行ってくれ」
言い残し、椅子に腰かけて、これからの金策を考えようとしていると――
ごそごそとベッドの方から何やら物音がする。
ふと目をやると、上着を脱いで半裸になったエリーゼ――背の一番高い少女――が、丈の短い下履きを脱ぎ捨てようとしているところだった。
とっさのことだったので、制止が間に合わなかった。
一糸纏わぬ全裸になったエリーゼは、わずかに膨らんだ二つの胸や、毛も生え揃っていない下半身を隠すこともなく、ベッドの前で立ち尽くしていた。それを見たエマとエミリアも、自分の上着に手をかける。
「その、私は激しくなさっても構いませんので、他の二人は優しめに抱いて頂けませんでしょうか?」
「いやまて落ち着け。止まれ。服脱ぐのはちょっとまて。着てくれ」
落ち着くべきなのは俺だった。彼女たちから目を背けて、一度深呼吸をする。
怪訝そうな顔で、それでも命令に従ったのか、一旦服を着たエリーゼを含む三人の方に、向き合う。
「詳しいことは明日話そうと思うが、俺は、貧しい人を食い物にする奴隷っていう制度が嫌いだ。お前たち三人を買ったのも、ろくに飯も食ってなさそうなお前たちを見捨てることに良心が痛んだからだ。といっても、正直に言うと、手付け金を払うだけで精一杯で、次回の支払いはできない可能性が高い。だから、申し訳ないが、奴隷商人の店に連れ戻されるかもしれない覚悟はしておいて欲しいんだ。ともかく、そういった理由で、俺は奴隷を奴隷扱いするのが大嫌いだ。お前たちを抱いたりすることもない。ここにいる間は何か失敗をしても怒りゃしないし、自分の家だと思って過ごしてくれればいい」
俺が一気に言い切った後、しばしの静寂が部屋に訪れた。
それぞれ、言われたことを考えているようである。口火を切ったのは、エリーゼである。
「一つ質問を、よろしいですか?」
「はいどうぞエリーゼ君」
俺のテンションが若干おかしいことになっている気がする。
気恥ずかしさもあった。反論できない部下のような存在に自論をとうとうと述べるなんて愚劣の極みであるし、先ほどのエリーゼの裸体が網膜に焼き付いてしまっているせいもあった。失礼ながらエマと違って、まだ女性として見れる体つきだったのである。
「次回の支払いができないだろうことは、奴隷店の主人も知っていて分割払いを提案したのだと思います。その事はお気づきですか?」
「うん、何となく気づいてる。次回の支払いが滞ったら、君らを連れ戻しに来るんだろうなって」
「二ヶ月目の支払いをあえてしない前提で、分割払いで奴隷を買う風潮があるのはご存知ですか? 要は、店に奴隷を返すまでの一ヶ月間、好きなように奴隷で遊ぶための期間貸しのようなものですが。その、初物にしか価値がないので、二回目からは普通に分割なしで売られるのが通例でして」
「いや初耳」
「まとめると、私たちを抱くためではなく、何の目的もなしに――申し訳ございません――1,000,000ゴルドもの大金をお支払いになったということですか? 失礼ながら、そこまで裕福な暮らしをされているとは思えませんが」
「まったくもってその通りだね」
再び、しばしの沈黙である。
ねえ、と次に口火を切ったのは、エミリアであった。最初から敵意を隠そうともしなかった子だ。算術が得意って言われてたっけ。
「――馬鹿じゃないの?」
血相を変えて、エリーゼがたしなめにかかったので、いいよいいよ、と手振りで抑える。
「世の中、お金でしょ? 資金繰りに詰まった父さんの、たかだか200,000ゴルドの借金のせいで、私は売られた。お金があれば私が売られることもなかった。そこのエマなんて、もっとひどいわ。口減らしに売られたんだから。エリーゼはレンジャーとしてのスキルを元々持っていたから、高い値がついた。私は反抗的な態度をやめなかったから、性格に難ありってことで本来の値段より安くなった。何も取り得のないエマなんて、家畜以下の扱いを受けてたわ。体のいいおもちゃだったんでしょうね。私たちは毎日決まった時間に食事を貰えたけど、エマには何もなかったわ。屑箱から野菜の切れ端や、店の主人が捨てたオレンジの皮を拾って食い繋いでた。水さえエマにはくれなかった。性技の練習だって言って、私たちは店の従業員のあれを口でやらされたけど、エマには尿を浴びせたのよ。げらげら笑いながら、ほら水だぞって」
自分にされた仕打ちが語られているのに、エマは変わらず無表情のままだった。対するエミリアは、興奮してちょっと涙目になりながら、肩で息をしている。
「それもこれも、全部貧しいからよ。お金がないからこういう目に遭わなきゃいけないの。あんたも取り繕った偽善なんかやめて、私たちを好きなようにすればいいじゃない。ここで天国みたいな暮らしができたからって、一ヶ月すればあの店に逆戻りよ。中途半端にいい思いさえしなければ、まだ諦めもついたのに。私たちにできるのはね、せいぜい気前のいい人に買われるよう祈ることぐらいなのよ。施しをしたつもりか知らないけど、私たちが売られた原因のお金をちゃらちゃら使ってさぞかしいい気分なんでしょうね」
言いたいことを言い切って、感情の堰が壊れたのか、腕で目尻をこすっている。その腕も汚れているのか、涙がついた痕が、溶けて黒ずんでいる。
俺が近づくと、殴られると思ったのか、エミリアはびくりと身体を震わせる。
ハンカチのような気の利いたものは持っていないし、俺は半袖だったので拭いてやることもできない。布団がわりに使っている、薄手のタオルケットの端を持って、エミリアの涙を拭いてやった。
「ごめんな」
彼女たちを自由にしたくとも、俺には金がなかった。
偽善と言われてしまえば、それまでだ。
「――っ」
怒られなかった安堵からか、エミリアはぽろぽろと泣き出した。エリーゼがそんな彼女の首を抱くように慰める。狭い部屋に、エミリアのしゃくり上げる声だけが響いている。




