戦場という極限の地で……
茂みの中に隠れ続けている俺は溜め息を吐いた。近くを流れる小川の流れが、ある程度の物音を掻き消してくれるから聴き取られる心配はない。
あたりを見回すと、俺の仲間達も巧みに身を潜めていることがわかる。だが、同業者である俺の目は誤魔化せなかった。木の上に二人、茂みの中に四人。
約八十メートル先の草原にそそり立つ木の下には銅線が敷かれており、それは『地面に埋められたもの』にたどり着いていた。『ターゲット』が必ずその地点に姿を現すことを、綿密に計算された戦略状況が保障している。
俺の抱えている金属の塊が、風に流された草木と触れ合った。聴き取られる可能性が限りなく低いとはいえ、今の状況では、決して心地よいとは言えない音を立てる。
「こちらハイエナ・ワン、『いつも通りの態勢』に移行します」
自分のことをハイエナ・ワンといった俺は、ヘルメットに向かって小声で話しかける。
『こちらナポレオン、了解した。行動は三〇分前に終了、あなたには“事後処理”に取り掛かってもらうわ』
この場に不釣合いな女声が応答する。
「了解」
女の声との交信が途絶えると、ノイズが自分の頭の中で響き始めた。俺がヘルメットの耳元に軽く触れると、耳障りなノイズも途絶えた。
いつもこのやりとりだ、俺は思った。三日間、飲まず食わずでここに待機していれば、見つかる可能性は次第に高くなる。だが、動いて殺される可能性がそれよりも高いことは確かだろう。
結果的に動けないのだから、更に長い間の緊張に耐えねばならない。
突然、地面に伏せている俺の背を、『得体の知れない動くモノ』がゆっくりとよじ登り始めた。
俺が抱えている金属の塊の先端部は、頬を伝った水滴が落ちた瞬間、虹色に変わった。俺の背を通過したマラカスを振った時のような音――俺の頬を伝った液体の発生要因である音は、マラカスを振った時のような音さえも潜めて、俺の仲間が隠れたと思しき茂みに潜り込んだ。
しばらくすると、その茂みからは、どす黒い液体が音もなく流れ出てきた。その液体のほんの一部は白濁色に変化していた。
それを見てまた一つ溜め息を吐いた俺は、研ぎ澄まされた聴覚を駆使して、人の接近を感じ取った。衣擦れの音、嗚咽、疲れ切ったような話し声……
金属の塊にセットされた円筒状の物体を操作し、物体そのものを約八十メートル先の広い草原に向け、ピントを合わせた。金属の塊の下部に位置する隙間に人差し指をさし込み、円筒状の物体の底に開いた穴を左目で覗き込む。
ほんの少し金属の塊を移動させると、疲れ果てた態で地べたに座り込み、辛うじて全体像を捉えられる程度に拡大された人間の群れが、俺の目に飛び込んできた。広い場所を求める人間の心理を応用すれば、このようなことにも役立つ。
その人間は、俺達とは違う服を着ており、同じような形状をした金属の塊をその腕に抱えていた。
「許してくれよ、これは『ビジネス』なんだからな」
穴から覗く十字の中心が、人間達の先頭に立つ民族衣装のようなものを纏った人物の頭部を捉える。この連中のルールでは、リーダーは必ず先頭に立つのだ。他の場所に隠れている俺の仲間達は、茂みや木の上から細長い金属の円筒を覗かせ、銅線の終端部――『地面に埋められたもの』に向けていた。
俺達は、『ビジネス行為』に及ぶ直前には、いつも光と闇、両方の自分と対面するのだった。
一つの人生を終わらせることに、快感を覚えたりはしないが、『極限の舞台』に乗り込み、一つの人生を終わらせることに慣れてしまったら、人はどんな感情を抱くのだろうか。
罪悪感? 哀れみ?
いや……違う。
非合法的に人を殺したら、人は俺達を『人殺し』というのが常だ。
だが、戦場という合法的な極限の地人を殺した時、しかも、敵対者のお偉いさんを一人殺した時、人は俺達に何というのだろうか。
自分が味方する組織の連中は、殺害により勝利を手にした者だけでなく、闘争に敗れた時に目立った功績を残した者に対して使われることもある、この言葉をいつも言うのだ。
「英雄を称えよ!」
その言葉による慰めのお蔭で、仲間達は知らんが、俺自身が躊躇ったことは一度もない。そして今回もそうなった。
にじみ出る肉体的・精神的緊張感に目もくれず、『達成感』を再び味わうために。
俺はゆっくりと……引金を絞った。
どだったでしょうか。実際の現場を経験した方の情報筋によると、本来の『戦場』というものは、このような恐怖が潜んでいるのです。