受験少年とドラムマニア
さびれた路地の先にその公園はあった。
都内の一角にあるような綺麗に整備された広い公園ではなく
土管やブランコ、鉄棒がおいてあるどこにでもあるような公園だ。
「おい、そんなところでタバコを吸うんじゃない」
少年は驚いて声のした方を振り向いた。
が、声のした方向にはモスグリーンのドラム缶しか転がっていない。
気のせいかと思い、少年は再びタバコを吸い始めた。
「おい、どこ見てる、ここだここ」
もう一度振り向くと、 少年はぎょっとして目を見開いた。
なぜなら、パリッとしたスーツを着こなしたサラリーマンが
ドラム缶の中からこちらを見上げていたからだ。
「な、なんだよ・・・オッサンには関係ないだろ、
オッサンこそ何してるんだよ」
「わたしか?私はドラム缶の中で生活しているものだ。怪しいものではない」
いやいやいやいやいや!!!!!十分怪しいだろ・・・
心の中の声をぐっと飲み込み、少年は前に向き直った。
「誰だか知らないけど、ほっといてくれ。大体ここは公共の場所だろ。
何しようが勝手じゃねーか。」
「お前は何を言っているのだ。ここは私の私有地だぞ。嘘だと思うなら
そこの看板にある番号に電話してみたまえ。」
そういい、彼は入口に立っている小さい看板を指した。
トラブル、違法投棄、違法駐車等見かけた際はここに連絡をお願いします。
とありきたりな文言と電話番号が記されている。
電話する義理もないだろうが、ハッタリで追い出されても面倒だと思い
手元の携帯電話からその番号をダイヤルした。
ぷるるるるるる
ドラム缶全体が携帯のバイブ音を反響し震える。
『はい、もしもし。どちら様でしょうか?』
ニヤニヤしながら応対するサラリーマンに手元の携帯電話を
投げつけてやりたくなる衝動に駆られながら、少年は電話を切った。
「オッサン、何者なんだよ」
「わたしか?・・・ううむ、躾がなってないぞ。
人に名を聞くときはまず自分からだと教わらなかったのか?父さんは悲しいぞ」
「いつオッサンが俺の親父になったんだよ・・・いいから答えろ」
「目上の者に対する礼儀も身に着けたほうがよさそうだな。
私はそうだな・・・さすらいのドラムマニアとでも言っておこうか」
「音ゲーかよ!!!!!!」
思わずツッコんでしまったことに対して
さっきから自分がずっと目の前のサラリーマンのペースに乗せられていることに気付いた。
「それで?こんな真夜中に家出してきて、君はこれからどうするつもりだ?」
「どうしてそんなことわかるんだよ」
「さっきから見ていたがタバコに火をつける手つきがぎこちない。
なおかつ煙を肺に入れない初心者特有の金魚のような吸い方をしている。
大方タバコを吸ったのも初めてだろう。
なおかつ靴も学生靴のままだし、ここらはアクセスも悪いし
繁華街からは離れているうえに大学もない。
受験を目の前にした高校生。どうだ、当たってるだろう?」
はあ、とため息をつき、少年は手にしたタバコをゴミ箱に投げ捨てブランコから立ち上がった。
「そうだよ。もう出ていくからタバコを吸ってたのは見なかったことにしてくれ。」
立ち去ろうとした少年の背後で、がこんっという音が響いた。
「まあ待て。ここで会ったのも何かの縁だ。悩みくらい聞いてやってもいいだろう」
至近距離にドラム缶がぴったりと張り付いていた。