ビルの屋上パラシュート
見た夢を脚色しただけです。人間の夢っておもしろいと思います。パラシュートで宇宙に行くって、何考えてるんだろう……。
彼は言った。
「俺は宇宙へ行く!」
と。
そうそう。人間空も飛べる気になることってあるよね。だからそういうこともあるんだよね。
って、多分誰も信じられないと思う。
まさか、ビルの屋上からパラシュートで宇宙へ行こうなんて考えるバカがこの世に存在することとか。
そいつは言った。
「僕、お嬢様を守るんだよね。どこにいても、どこで何をしてても、それこそ瞬時に」
ストーカーですか? ストーカー発言ですよね? それは。
頭がおかしいのか。気違いなのか。どちらにしろ、こいつもおかしい奴であることには違いない。不幸なのは、この二人がオレの幼なじみだということだろう。
ストーキング男が一つ年下の幼なじみで、パラシュート男が一つ年上の幼なじみだ。ストーキング男はともかく、パラシュート男は高校三年生という受験生な自分から現実逃避をしているだけかも知れない。と、好意的な解釈をすることはできる。
できるが、奴はオレたちの中で一番の成績を誇る。勉強しなくとも常に学年トップ、超絶進学校へ「近いから」という理由だけで平然と進学した天才だ。
ま、つまり、勉強と常識を知る能力は別ということだ。だって、パラシュートで宇宙進出とか言ってるからね。
「分かってないな。僕のお嬢様は違う世界からやってきた大切なお姫様なんだ。守らざるを得ないんだよ。そんなお姫様に護衛認定されちゃったら僕にだって多少チートな能力はつくよ」
チート。中学二年生特有のご病気を煩ったかのようなお言葉だ。うん。それをオレの目の前で山盛りご飯食べながら言わないでくれるかな? ご飯粒飛んでくるから。
なんで学年違うのに、学食で一緒に飯食ってるかな。オレも。クラスの友達と一緒に食えばよかった。激しく後悔している最中だ。
「ハッ。お嬢様。今行きます!」
なんか言ったかと思えば、ご飯粒をオレに飛ばして奴の姿は掻き消えた。
「…………」
これ、なんて超常現象でしょうか?
で、食堂にいたその他もろもろの方々が全く奴が消えたことを気にしていないのはどうしてでしょうか。これがチートってやつですか。そうですか。
「……うん。関わり合いになるのよそう」
オレは一人で定食のうどんをすすった。うん。異世界だのチートだのには極力首を突っ込まないのが一番だ。今度奴がこれを話題にしてきたら速攻で逃げよう。
幼なじみの奴を放って授業に戻り、それから無事に帰宅の時間を迎えて今は居心地のいいマイルームでぐうたらタイム。英語の予習とか予習とか予習とか、そういうのはまあ知らなかったことにすればいい。せっかくクラスに学年二位がいるのだから、そいつのノートを写せばいいだけだ。明日は休みだしな。
オレは常に勉学的なやる気はない。
「ん〜……んっ!」
何も飲んでいないのに、喉から液体を吐き出すかと思った。
それくらい驚いた。
ごろごろスマホいじってたら、飛び込んで来たニュースの見出し。ビルの屋上からパラシュート。
ちょっと待て。
だから待て。
まさかあのバカは実行しやがったのか。
自覚できるほどに震えてしまった手でなんとか詳細画面を出す。
「…………」
ええと。
本日午後三時三十分くらい、超進学校の制服を着た男子生徒がパラシュートで駅近くの高層ビル(ここらへんでは一番高いビルである)から飛び降りたそうだ。
動画がアップされていて、そこにはちゃんと開いたパラシュートでどこぞへ消える人の姿。
不思議なことにその消息は不明。動画を撮った人も彼の進路は追えず、だからと言って、どこかに着地しただのケガをしただのの情報もない。
何やってんだ。あのバカは。本当に言葉にもならない。死体が発見されてないってことは、どっかで生きてると思うけど。アイツは殺しても死なないように見えるしな。
「大変よ〜」
と、母親が荒いノックとともにオレの部屋に飛びこんできた。
「二人がまだ家に戻ってないんだって! 行き先の心当たりとかあるかしら?」
オレの家の向かいに生息しているのがパラシュート男、でもってオレの家の隣に生息しているのがストーカー男だ。
現在時間は午後十時ちょっと前。普通ならばよいコな二人はとっくに帰宅している時間だ。
家族ぐるみな付き合いが小さいころから続いているせいで、三つの家族まとめてパニックに陥っているらしい。
「……ないよ」
希望は宇宙に旅立つってのは知ってるし、お嬢様を守るってのは知ってるけど、だからって居場所まで知るかボケ。
と、言いたかったがそこまでは言わない。オレのおかんは悪くないしな。
「……まあ、男の子だものね。ちゃんと帰って来るわよね」
おかん……心配している割にはアバウトで楽観的だな。いや、まあそれでいいけども。
「ん」
とだけ返事をして、おかんが去ってからメールだけしておく。二人ともに同じ文書だ。『今どこ?』それだけ。十分だろ。
オレは幼なじみのことを多少は心配したが(特にパラシュートの方)、ぐっすりと眠った。どんなことがあっても眠れるのがオレの特技だ。眠れなくなったらオレは病気だろう。
そして迎えた朝。
ストーカー男の方はきっちりとお家に帰宅したらしい。
「で、アイツのことなんだけど」
早朝も早朝(と言っても朝の十時だが)からオレの部屋に押し掛けてきた奴は、お嬢様という超絶美少女と一緒だった。
うぉ。これはたしかに守りたくなるかも知れないね。チートなら。いや、オレはチートじゃないから遠慮するけど。
それより休みなんだから午後まで寝かしといてくれってのが偽らざる本音だ。
「お嬢様が言うに、アイツは違う世界へ行ったらしい」
「……いや、アイツの頭の中は常に違う世界へトリップしてただろ」
「だから、体の方だ。今回は」
うん。お前も何気にひどいよね。奴が常に頭だけトリッパーってのは認めてんのか。
コイツの大事な大事なお嬢様とやらは違う世界のことも見ることができる特殊能力持ちらしく、パラシュートで宇宙トリップならぬ異世界トリップをやってのけた奴のことをちゃんと把握していたらしい。
違う世界のことは詳しく見えないらしいが、あのバカは一瞬で異世界に適応しているそうだ。
ということは、ここで問題になるのが。
「おばさんたちになんて言う?」
ということだ。奴の家族になんて説明したらいいのだろう。
ストーカー男な幼なじみもどうしたものかと思案顔だ。
「宇宙に行った、って言ったら納得してくれる、訳ないよな」
と困った顔でストーカーが言うと、そのターゲットは「大丈夫です」とにっこり微笑んだ。うん。笑顔は世界中の男性を虜にしそうなほどに凶悪だね。君は。
「それで納得させましょう」
「お嬢様、力を貸してくれるの?」
「護衛の頼みですもの。できることはするわ」
ただ、言ってることはちょっと問題だと思うけど。
で。
パラシュート男の家族含め世間の人間は、奴が宇宙に旅立ったということで納得してくれた。うん。お嬢様すげーな。
真実を知ってるのはお嬢様と護衛とオレの三人のみだ。
お嬢様が定期的に奴の様子をぼんやりとだが感じ取って連絡をくれるので、奴がどれだけ異世界に馴染んで奇矯な行動の限りを尽くしているのかよく分かる。
異世界に行っても奴はどこまでも奴だった。
そうそう今日の定期報告は。
「俺は宇宙に行く!」
って、奴がどっかの高い塔からどこぞで手に入れた伝説の羽衣を纏って飛び立ったということだった。