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コキュートス  作者: 中遠竜
コキュートスからの脱獄
4/6

銃声

 面会室を後にした二人は、コキュートスの中庭を歩いていた。


 兵藤がスマートフォンの通話を終える。

「 “タガミ”のことは澤田課長に伝えた。向こうで調べてくれるそうだよ」


「あと一時間……それで間に合うか?」

 佐武が腕を組んで唸った。


「解放するかどうか返答をするのが六時だ。実際に釈放の手続きに入るのはさらに先だよ。それまでが勝負だ」


「……タイムリミットになったら、首相は何て答えるつもりなんだ? 本当に解放するのか?」


「 おそらく。“人の命は地球より重い”……とか言って解放するだろうね」


「それが法治国家かよ?」


「じゃあ、他に方法がある? 旅客機の電子機器が乗っ取られて、スカイツリーに突っ込むところを想像してごらんよ」


「…………ないな」


「しかも、もし釈放するとなったら、僕らがあの子の護送を現場指揮するんだよ。それも含めて来たのに、あんなことを言うなんて……ナンセンスの極みだよ……」


 面会室を出ていくリーシャに言い放った佐武の言葉を、兵藤は批難した。


「仕方ないだろ、もう口から出ちまったもんは」


「あの偏屈で強情なリーシャが、ちょっとした司法取引の報酬で折れるはずがないのはわかっていたんだ。それでなくても、何も喋らなければこっちは打つ手なしで、釈放されていたはずだ。

 でも、君が一年前のSATチームの班長だとわかったら、急に態度を変えて捜査協力してくれただろ。あの子なりに想うところがあったのが、わからないのかい?」


「そうは言うがな、仇なんだよ、あいつは。

 しかも警備部上層部は、俺たちが戦っていた主犯のことを何も教えてくれなかったんだぞ。国家機密だとか、高度に政治的な問題だとか言って。実際に現場にいたのは、身を削ったのは俺たちだったのに、何も知らされてねえ……。

 裁判のときだって関係者だけで締め切って行われて、謝罪だってまだ聞いてねえんだ。死んだ中には子供が産まれたばかりの奴だっていた。そいつらの家族に、俺は部隊の班長として何も説明できてねえ……」


「僕も仲間を殺された!」

 佐武の言葉を遮る、強い口調だった。

「同じ公安部だった捜査官が一年前の事件で殉職してる」


「……」


「それでも今回のサイバーテロに立ち向かうには、リーシャの協力が必要だ。だから割り切ってここへ来たんだ……」


「……」


「それから、公安の捜査官も、君のところの隊員たちも、実際に殺したのはリーシャ自身じゃない。確かに主犯格の一人だけれども、手を下したのは盾の会の傭兵部隊だ。僕はそう自分自身に言い聞かせているよ」



 佐武は舌打ちした。

「……俺は子供が苦手なんだよ、クソッ」


 二人は黙りこむと、コキュートスの中庭を抜け、船が停泊している波止場へと降りていく。その階段は、左右に高い壁が続いている。コキュートスから海へ出られる道は、ここひとつしかない。しかも道を細くすることで、囚人が脱獄しにくい造りにしている。


 さらにこの先には、高圧電流を流した高さ四メートルの鉄格子の門が行く手を遮っている。通称・地獄の門と呼ばれている。



「……悪かった。ちっと頭に血がのぼっちまったんだ」

 佐武が頭を掻いて言った。

「しかし、どういうガキなんだ? 十四でテロリストとして捕まるなんて。しかも外国人だろ。……一年前、当事者だった俺には知る権利があるはずだ」


 佐武は横目で兵藤の顔を探る。


「死んだ奴の家族に、少しでも説明がしてえんだ……」


「……リーシャについての一番古い記録では、CIAに所属していたそうだ」

 観念したのか、兵藤が話し始めた。

「将来、スパイとして活動するため、幼少期から情報操作の特殊訓練を受けていたらしい。それ以前の経歴はわからない。

 家族、出身地、いずれも不明。ファーストネームのリーシャは北欧やロシアでよく使われているものだけど、ファミリーネームはブリテン島のウェールズ地方出身者特有のものだ……偽名かもしれない。

 何故CIAを裏切り、百八十度方向転換してテロリストになったのかも不明。その後はハッカーとして、テロ組織やマフィアを渡り歩き……最後は盾の会に所属していた。そのため、世界中の国家機密や裏情報を握っているって噂だ。

 裏社会では高額な賞金首になっているそうだよ」


「立派な経歴だ。お前、よく一人で捕まえられたな」


「さっきも言ったけど、本当に運が良かっただけだよ。そういえばずいぶん背が伸びてたなあ、リーシャ。一年前はもっと小さかったのに」


「あのジャリが? あれで大きくなったのか?」


「特異能力の副作用であんな姿なんだ。成長ホルモンの分泌がアンバランスだそうだよ。一年間、能力を使わなかったから、ホルモンの分泌が正常になって、普通に成長し始めたんだろう」


「ほう……そういやさっきから気になってるんだが、その超能力ってどんなもんなんだ?」


「リーシャの能力かい? 彼女の顔や収監場所と同じくらいの重要機密なんだけど」


「俺はもうあいつの顔も何処のブタ箱にいるのかも知っている。だったら能力について知ったって大した問題にゃならねえだろ。話せる範囲でいい」


「……僕から聞いたって言わないでくれよ。静電気だ」


「は? 静電気? 冬にバチッとくるあれか?」


「そう。リーシャは自分の思った通りに静電気を発生させることができるんだ。それがあの子の特異能力だよ」


「……たったそれだけ?」


「そう、それだけ」


「お前、俺をおちょくってんのか? そんなんで俺の部下は一年前、殺されたっていうのかよ? 電気を扱うんなら雷落としたり、プラズマでビルふっ飛ばしたりするぐらいできなきゃ、SAT隊員はれねえぜ」


「どんな小さな力も使い方次第だよ。例えばこうやって首に手を当てて……」


 兵藤が佐武の首の後ろを掴んだ。


「針に突かれた程度の小さな電流を流して、延髄の機能を狂わせてやるんだ。延髄は呼吸や循環器系など、生命維持にとって重要な役割を果たしている脳幹だ」


「……ぞっとしねえな」


「しかも症状は呼吸困難か心臓マヒで死んだように見えるだろう。突然死として片づけられ、証拠も残らない……」


「ハッカーというより、まるで暗殺者だな……」


「ついでに言っておくけど、電気を操れるからって、雷やプラズマを作り出せる超能力なんて存在しないからね」


「そうなのか? 俺はまたカメ○メ破みたいに、手からビームでも撃てるのかと……」


「レーザービームを一発撃つのに大型のコンデンサー何個分の電力が必要になると思うんだよ。

 さらにプラズマを発生させるとなると、黒部ダムの発電機何台回さなきゃいけないと思ってるんだい。水流の位置エネルギーを電気に変えるのが水力発電だけど、あれだけの水流から生み出される電力と、同じだけのエネルギーを一人の人間が内包していると思うかい?

 例えて言えば、それはダムから一斉に放流した濁流を生身で受けとめる人間がいるのと同じことだよ」


「……俺の怪力でも無理だな」


「特異能力は脳の未開の部分を開発した科学だよ。天変地異を起こすような魔法や、どんな願い事でも叶える奇跡なんかじゃない。普通の人間に出来ないことは、特異能力者にもできないんだよ」


「だがあのジャリん子の能力は、他の人間よりも容易く人を殺せるだろ」


「…………別に特異能力者ではなくても、人は殺せる……」


「……」


 地獄の門に来た。門は海へ向かって観音開きに開いている。兵藤はそこではたと立ち止った。


「どうした、兵藤?」


「すまない、盾の会のリストが一枚なくなっているみたいだ」


「はあ? おいおい重要書類だぞ、どうすんだ?」


「待って、落とした場所はだいたいわかっている。すぐに取ってくるよ」


「一緒に行くぞ」


「大丈夫。すぐに戻るから、佐武は船で待機しててくれ。ひょっとしたら、警察無線でリーシャを釈放するかどうか、指令がくるかもしれない」


 兵藤は踵を返すと、コキュートスへの階段を上っていった。


 その背中を見て、佐武には一抹の不安がよぎった。もう二度と会えないような、そんな不安が……。


 門が締まっても、佐武は兵藤が昇って行った階段を、鉄格子越しにじっと見つめていた。


 だが杞憂だと思い、波止場まで下りていった。
















 しかし、警視庁の船に乗りこんだとき、佐武は空を見上げて耳を澄ました。


「……銃声?」


 今聞こえるのは波止場に打ち寄せる波と潮風の音のみだった。


 だが胸騒ぎが膨らんでいく。足早に地獄の門まで戻り、壁にある監視カメラに向かって、忘れ物をしたからもう一度入れてくれ、と大声を上げた。


 しかし何の返事もない。……いや、返事が出来ないのではないか? 外来者への応対が出来ないくらいのことが内部で起こっている……?


 疑惑は確信に変わった。



 佐武は船に戻ると、船倉キャビンから細長いジェラルミンケースを取り出した。再び地獄の門の前に戻ると、その中身を取り出した。


 それは鎬の幅が二十センチ以上、刀身部分だけで一メートルはある、巨大な刀剣状の武器だった。ただ、刀身や柄の所々にネジやナットが締まっている。おまけにつばのところにはトリガーのようなものがついていた。

 

 佐武はつかを握り締め、トリガーを引いた。刀身の周囲の空気が徐々に揺らぎ始め、陽炎が立つ。


 門に高圧電流が流れているといっても、柄に絶縁処理がほどこされているこのかたななら感電死することはあるまい。ちょいとスパークして火花が散ることはあっても……


「うおりゃあぁぁぁっ」


 佐武は地獄の門の留め金に向けて、切っ先を振り下ろした。


 刀と門が接触した一瞬、目の前を火花が飛んだ。


 ややあってから、スローモーションのように地獄の門が進行方向に向かって倒れる。鈍い金属音が響いた。留め金の切り口は研磨されたかのように滑らかだ。


 電線も一緒に切ったため、既に電流は流れていない。倒れた地獄の門を踏み越えて、佐武は階段を駆け上がっていった。


 ここでの超能力はかなり制限のある力になります。銃弾を跳ね返すとか、ビームを撃つとか、高層ビルの上までジャンプするとかはまずありえないでしょう。


 それから勇者っぽい佐武の武器については、いずれ説明します。

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