プロローグ
2人の少女、深青と愛璃のお話です。
──もう駄目だ。もう跳べない。捕まる……捕まってしまう。また、あの檻の中に戻るの? ……それだけはいや。だったら、死んだほうがマシ。
ああ、でも、死んでしまったら、深青、あなたのことも忘れてしまう。
希望を持ちつつ救いのない檻の中で生きるのと、希望も絶望も全て捨て去って解放されるのと、どちらがいいのだろうか。
深青……あなたは無事に逃げられた?
あんなふうに置き去りにしたことを、怒ってる? 裏切られたって、恨んでる?
だけど、あなたにだけは無事でいて欲しいんだ。
一生言ってなんかやらないけれど、深青、あなたを愛してる。
安っぽい恋愛感情なんかじゃない。
肉親に対するものでもない。親など、むしろ増悪の対象だ。
友情とも、多分、違う。もっともっと、切実だった。
判るのは、ただ、大事だっていうこと。
口を開けば、きつい言葉しか出てこなかった。本当は、もっと優しい声を掛けてやりたかったんだ。でも、そんなあたしを、あなたはひたすら慕ってくれた。愛情に飢えた仔猫のように。
誰からも突き放された子どもは、あたしかあなたのようになるのかもしれない。
自嘲的に嗤って、ゆっくりと目を閉じる。
こうなることは、判ってた。けれども、あれ以上、深青をあんなところに入れておきたくなかったんだ。
あたしはきっと連れ戻される。
もう、二度と会えないだろうけれど、あなたを温めてくれる別の誰かにあなたが出会えることを、祈ってる。
そうして。
疲れきった意識は、見る見るうちに闇に呑み込まれていった。
*
──今、どの辺まで来た?
最初は愛璃と跳んで、置いてかれてからは必死で走った。木々の枝がピシピシと身体を打つけれど、そんなのには構っていられない。
愛璃のバカ。
あなた、わたしのことを足手まといだと言った。でも、判ってる。あのままいったら、足手まといになるのは、愛璃の方だった。
力を使い果たして意識を失っても、わたしはあなたを護ってみせるのに。
あなた一人を護るぐらい、わたしにだってできる。わたしだって力はあるんだから。奴らに強化されたのが。いくらわたしがあの力を嫌っているからって、あなたを護る為ならいくらだって使うよ。
ああ、でも、あなたはいったいどこにいるの?
そう思った時。
ひらりと何かが目の前をよぎった。
鮮やかな色彩。
紫色の、蝶。
何でか判らないけれど、それに招かれているような気がして。
思わず方向転換して、追いかけてしまった。フワフワヒラヒラ優雅に飛んでいるのに、全力疾走しているわたしが追いつけない。
不意に、目の前が拓ける。
え? と思った瞬間に、ガツンと頭から何かにぶつかった。
クラリとして、その場にヘタりこんでしまう。
立って逃げようとしたけれど、頭がふらふらしてできない。
耳に届く、足音。
二本足──人間だ。
何か呟く声が聞こえ、直後にふわりと抱き上げられた。そして、何かソファのようなところに横たえられる。バタンとドアを閉める音が聞こえ、重力の移動を感じた。
痛みとショックで意識がまるきり失われるまでに、時間はそうかからなかった。