エピローグ
今日も平和だ。
真也は呑気にボトルシップなど作っているし、珂月自身も暇を持て余して書類整理を始めたところだ。
あの後。
悠一郎はアヤ――綾子を連れて、去っていった。どこか、静かなところで暮らすのだと。
恵菜、愛璃、そして深青は『研究所』に残った。
「あたしには、あの子達に対する責任があるわ。あの子達の意思を奪ったのは、あたしだもの。全員を元に戻して、皆がどうしたいのか、確かめる。もしも家族の元に戻りたいと言うなら、できる限り、それを手伝う。それがあたしのするべきことだし、あたしの居場所にもなると思うんだ」
迷いのない真っ直ぐな眼差しで、恵菜は言った。出会った頃の彼女とは、身にまとうものをガラリと違えて。
そんなことをする必要はないだろう、と言う大人たちに、手を挙げたのは愛璃もだった。
「あたしも残る。あたしも、手を下したんだ。自分だけのうのうと幸せに生きるのは、我慢できない」
愛璃が残るというなら、深青もそうするのは当然のことだろう。二人はしばらく揉めていたが、やがて愛璃の方が折れた。いざとなると頑固なのは、深青の方なのだ。
きっと、責められるだろうし、辛いことばかりだろう。それでも、彼女たちはその道を選んだ。
それが罪滅ぼしの為だというなら、珂月たちは止めたかもしれない。確かにあそこにいる少女たちを放置するわけにもいかなかったが、何も恵菜と愛璃だけがその責任を負う必要はないだろう。真に罪を償うべきは、暮林なのだから。だが、それだけではなく、自分自身の為にもそうするのだと言われれば、それ以上、珂月たちに何が言えるだろうか。
せめて手を貸そうかと提案した真也たちに、それさえも愛璃たちは首を振った。
「解かった。けどな、いつでも、俺たちを呼べよ?」
おそらく、そうすることはないのだろう。実際、三年が経った今でも、彼女たちからの声は届いていない。
あの場にいた警備員――柴山は、できる限りのサポートをしてくれると言ってくれた。彼自身も、唯々諾々と暮林に従わざるを得なかったことに、忸怩たる思いを抱いていたのだと。
中には、居場所がない少女たちもいる。研究員たちの殆どは、ある意味、『まともな』者ばかりだ。暮林さえいなければ、無難な研究に終始するだろう。柴山が目を光らせてくれていれば、そんな彼女たちにとって、『研究所』が安住の場所になるかもしれない。
心残りはありつつも、愛璃たちの『強さ』を信じて、珂月たちは彼女らの望むがままに任せたのだ。
そして、遥。
彼女は、いつの間にか姿を消していた。今、どこでどうしているのか。
きっと、『あの子』と一緒にいるのだろう。
皆、何をしていてもいい。
ただ、幸せであってくれれば。
能力者は短命なのだと、聞かされた。だが、珂月は、また彼女たちに会えることを信じている。
ふと珂月は手を止め、窓の外を見た。外は、きれいに晴れ渡っている。
と、滅多にならない玄関のインターホンが鳴り響く。
何故か、胸が騒いだ。
急ぎ足で玄関に向かい、そしてドアを開ける。
そこに立っていたのは――。
「おかえり」
珂月はそう言って、満面の笑みを浮かべた。
長いお話を読んでくださって、ありがとうございました。
つらい目にばかり遭わせてしまった彼女たちには、これからは平穏な日々が訪れるのだろうと思います。
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