プロローグ
最終話です。
わたしは、今、とっても幸せ。
だって、ママとパパはこうやって笑ってるし。
お誕生日のお祝いは、ママが、わたしが大好きなイチゴのケーキを作ってくれた。
十五夜にはちゃんとススキとお団子を飾って、綺麗なお月様を三人で見上げるの。
クリスマスはもちろんツリーを出してきて、ママと一緒にたくさんのオーナメントをぶら下げていって。
お正月には振袖を着て、ちょこっとだけ、お屠蘇を飲んでみるのよ。
冬は雪がとってもよく積もるから、雪かきが大変!
でも、少しずつ雪が溶けてくると、春が近付いてきた証拠。よぉく見ると、樹の芽が膨らんできてるのがわかって、ワクワクするわ。
春になると色んなお花が咲いて、とってもキレイなの。可愛い小鳥もたくさん来るから、パパと一緒に、冬の間に壊れちゃった巣箱を直すのが、わたしのお仕事。
そして、夏。わたしが一番楽しみにしてる夏が、やってくる。
このお家に隠れていないと『悪いヤツら』に捕まってしまうからどこにも行けないけど、
『 』君が会いに来てくれるから寂しくないわ。一年のうちにほんのちょっとの間だけだって、とっても嬉しいの。
初めて『 』君が来た時、ホントはどうしようかと思った。ママとパパに、いつもいつも、誰かが来ても絶対に出てっちゃダメって言われてるんだ。どこで『悪いヤツら』に見つかるかわからないからって。でも、『 』君なら大丈夫だって、思ったの。
お話してみたら、やっぱり、大丈夫だった。
ママとパパも大好きよ?
……でも、ホントはね、『お友達』が欲しいなって、ずっと思ってたんだ。
だから、『 』君と会えた時、とっても嬉しかった。
ママとパパには、ナイショ。だって、知られたら、きっとまた「逃げなくちゃ」って言われちゃう。そうしたら、『 』君とは会えなくなっちゃう。そんなの、絶対イヤ。
ああ、早く『 』君と会いたいなぁ。
――あれ? この間会ったのって、いつだっけ……?
指を折って、数えてみた。
もう、一年経ってない?
ううん、そんなことないわ。だって、ちゃんと毎年、会いに来てくれてたもの。また、もうすぐ来てくれる。
待ってる時間も、楽しいもの。
ただ、ここでこうしているだけで、わたしはいいの。
――本当に?
不意に小さく囁きかけてきた、誰かの声。
気のせい? ううん、小さかったけれども、確かに聞こえた。
その声に誘われるようにお家の玄関の扉を開けてみたら、そこには女の子が立っていた。わたしよりも、一つ二つ、年下かな? 肩までの真っ直ぐな髪はサラサラで、紫色の目は不思議な感じ。誰だろう。
「本当に、あなたは今のままでいいの?」
女の子は、わたしの目をジッと見つめて、もう一回訊いてきた。
その紫色の眼差しはとても真っ直ぐで。
わたしは目を逸らしたくなる。
いいんだよ。だって、こんなに幸せなんだもの。
そう答えて、わたしは扉を閉めた。絶対開かないように、鍵もかけないとね。
閉まっていく扉に女の子はちょっと悲しそうな顔をして、それがわたしの胸をチクチク刺したけれど、もう、扉は開けてあげなかった。
だって、わたしはこのままでいたいのだもの。
もう、何も変えたくないのだもの。
そう、この世界が終わるまで――ううん、この世界と一緒に、全部終わりにしたいのだもの。
――だから、お願い、誰もわたしを起こさないで。