エピローグ
――やっと、終わりへ導くための鍵に、辿り着いたよ。
その声に、月を見上げて佇んでいた少女は手を上げて指を伸ばした。自然な動きで。
「うまくいくと思う?」
少女は指先に現われた蝶に、問い掛ける。それに応じて思案するかのように、紫の翅が緩やかに開閉した。動きに伴い、金色の光がヒラヒラと舞う。
――これ以上は、わたしにもわからないの。『彼女』の力は強いから、まだ、『彼女』は何の影響も受けていないわ。まだ、わたしが見た未来は変わらないまま。たぶん、わたしでは『彼女』を動かすことができないの。それができるのは、『彼』だけなんだわ。
「『アイツ』の妄執と、『彼』が『彼女』を想う気持ち、そのどちらがより強いかで未来が決まってくるということ?」
――わたしは、そう思ってる。『彼女』が目覚めてくれるかどうかが、大きな転換点になる筈だから。
「ふうん……」
そう頷くと、少女は蝶を両手の中に包み込んだ。実体はない筈なのに、手のひらをくすぐるような感触がある。
――何?
「少し休みなよ。ずっと動いていただろ?」
彼女の言葉に、笑い声が響いたかのように空気が震えた。
――わたしは、もう疲れたりしないよ? あなたのお陰で。それに、あなたを独りぼっちにしたくないわ。
「いいから、さ。少ししたら、また呼ぶよ」
――もう。
過保護なんだから。そんな囁きを残して、蝶は彼女の手の中から消える。
空っぽになった両手の中に、彼女はそっと囁きかけた。
「だって、大事にしたいんだから、仕方がないじゃないか」
そうして少女は踵を返し、夜の闇の中へと溶けていった。
*
絶え間なく続く夢の中、『彼女』はその夢以外の全てを拒絶していた。
『彼女』が欲しいのは『真実』や『現実』ではない。それらは、『彼女』にとってはつらすぎる。ただ、甘い夢だけ観ていられたら、それで良かった。
優しい両親に護られていた日々。
触れ合うのは彼らだけだったけれども、二人がいたら、幸せだった。
そして、ひと夏の、短い間にだけ会える『 』君がいれば。
自ら固く閉ざしたぬるま湯のような世界の中で、『彼女』はまどろむ。
ゆるゆると。
不意に。
――待ってろよ。
力強い声が、『彼女』を護る殻を震わせたような気がした。
知らないけれど、何となく、聞いたことがあるような、声。
けれども。
――そんなことがあるわけない。
自分を迎えに来てくれる人なんて、もういないのだから。たった独りで、朽ちていくのを待つだけなのだ。
そうして、『彼女』は再び優しい世界へと戻っていった。
次が最終話です。