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fairy tale  作者: トウリン
コウシの音色
2/35

 はるかが『研究所B』に呼ばれたのは、一週間前のことだった。

 彼女が普段過ごしている『研究所A』から出られることは滅多になく、前回の外出からでも、半年以上が経っている。だが、その生活に遥が何か疑問を抱いたことは、なかった。

 それ以外の暮らしを、知らなかったから。

 『研究所』には、特殊な能力を持つ者達が集められている。それは、ESPであったり、PKであったり、あるいは、遥のようないわゆる『超能力』の範疇からは外れる何かの能力であったりした。

 特殊能力者たちは、何故か、みな、少女ばかりだ。遥自身も12か13歳。物心がつく前に『研究所』に売られたからはっきりしたことは知らないが、だいたい、そのくらいの年齢の筈だった。生年月日の正確な記録はあるだろうが、確認したことがないのでわからない。

 また、遥は成人した能力者を目にしたことがなかった。彼女が今までに見た一番の年長者は、18歳くらいだったと思う。多分、20歳を越えた者はいない。

 ――ある一定の年齢を超えたものが、どうなっているのか。

 それは遥にとって、どうでもいいことだった。

 どこか、別の場所に移されているのか。

 能力を失い、追放されるのか。

 あるいは、死んでいるのか。

 いずれにせよ、いつか自分がそうなったら、わかることだ。知りたければ,ただ、時が流れるのを待てばいい。

 この『研究所』では不明なことばかりだったが、今は一つだけ明らかなことがある。

 それは、近いうちに、誰かの魂が肉体から解き放たれるということ。

 遥が呼ばれたということは、そういうことだった。

 普段、遥は他の能力者たちと一緒に『研究所A』にいる。そちらの施設はどちらかというと寮に近いかもしれない。20人程度の少女たちと、彼女たちの世話を焼く大人や、能力を調べている研究者たちが暮らしている。『A』の能力者たちが持っているのは、接触感応、精神感応、透視、遠隔念動力、催眠……比較的『ありふれている』力ばかりだ。彼女たちは研究的な価値は低く、その能力に応じて、様々な『仕事』を命じられる。

 一方で、今、遥が来ている『研究所B』は、希少な能力者がいる施設だ。『研究所A』からはヘリコプターに乗って移動したから、ずいぶん離れている筈である。遥がここに連れてこられたのは二度目で、一度目は、彼女自身がここで調べられた。彼女の持つ、霊の姿を見て、霊の声を聞く力を。

 遥自身も、自分の目に映り、耳に届くものが『ホンモノ』なのかどうかは判断できない。ただ、自分には見えるし、聞こえるのだ。研究者たちはありとあらゆる方法で彼女の脳を調べ、結果、『ホンモノ』だと結論を出した。そうして、遥に何かの薬剤を投与し、その力を変容させた。

 今の彼女は、ただ、霊の存在を認識するだけではなくなった。

 他にどんな『珍しい』能力者がいるのか、遥にはわからない。以前に、『時間』に関わる力を持つものは、滅多にいないと聞いた事がある。多分、そういった力なのだろう。

 この『研究所B』に、いったい何人の能力者がいるのかちょっと興味が湧いて、手に入れたばかりの遠隔視を使役して、覗いてみた事があった。5、6年位前のことで、その時には、3人しかいなかった。『研究所A』は4人一組の集団生活だけれども、『B』では個室だった。3人とも、たった独りで、何をするでもなく、ポツンとベッドに座っていた。まるで、「そうしろ」と命令されているかのように。ガラス玉のような目で、部屋の一点を見つめているだけだった。

 全然面白くなかったのですぐにやめてしまったし、それ以来『B』に連れてこられる事もなかったから、それっきりだ。

 あの3人のうちの、誰かが死ぬのだろうか。それとも、あの後に、また誰か入ってきたのだろうか。

 遥の中を、ふと、「覗いてみようかな」という考えがよぎる。胸元にぶら下げた小さな鈴を、無意識のうちにもてあそんだ。

 と。

「遥」

 背後から、声が掛けられる。

「暮林所長」

 振り向いた遥は、その名を呟いた。


   *


 暮林眞人くればやし まさとは『研究所』の所長だ。遥が知った範囲では、『研究所』には他にも色々な分野に関するものがあり、施設は世界各国に点在しているらしい。遥には難しいことはわからないので、どんな分野があるのかは、知らない。情報は届けられたが、わからないから、忘れた。

 そんな数ある『研究所』のうち、超心理学――いわゆる超能力について調べているのがここで、その所長が暮林だ。

「やあ、調子はどうだい?」

 彼は、気安げにそう声をかけてくる。年の頃は、40歳くらいなのだろうか。もっと若いかもしれないし、もっと年かもしれない。口元は笑みの形を刻んでいるのに、銀縁眼鏡の奥の目を向けられると、遥はいつも落ち着かない気分になる。

 黙ったままの遥を全く気にしていない様子で、暮林は彼女の肩に腕をまわしてきた。

「丁度いいや。これから、ちょっと見に行こう」

 何を、とは言わず、暮林はさっさと歩き出す。必然的に、遥も足を動かさざるを得なくなった。

 遥は暮林の胸ほどの高さまでの身長しかなく、当然、歩幅も違う。つんのめるようにして歩く遥を、所長は全く気に留めず、意気揚々と話し出す。

「今度の子は、予知能力を持っているんだ。スゴイだろ? しかも、百発百中、ハズレなし」

 でもさぁ、と彼は溜息をつく。

「協力的じゃ、ないんだよねぇ。あの子の頭の中には、これから起こることがたくさん詰まっているのに、教えてくれないんだよ。時々まとめて、クスリを使って聞き出してるんだけどね。効率悪いんだよねぇ」

 スタスタと歩きながら、暮林は飄々とそう言った。

 彼によれば、その少女は5年前からここにいるとのことだった。遥が連れてこられたのと、丁度入れ違いになったようだ。自由度の高い――見たいと思った未来を見られるタイプの予知能力者だが、その内容を素直には教えてはくれないらしい。クスリというのは、自白剤なのだろう。多く使えば少女を壊してしまうから頻用するわけにもいかず、暮林としては極上のご馳走を前にしてお預けを食らっているようなものなのかもしれない。

 確かに、遥の力を使えば、そういった面倒は省けるようになるだろう。けれども、それには――。

「もう、死ぬの?」

 遥は、訊く。彼女の力は、生きているものには意味を成さないから。

「そうだね。もう調べることもないしなぁ。他の子よりもちょっと早いけど……だいぶ無理させたから、そろそろ限界じゃないかな」

「ふうん」

 遥は、気のない返事をする。脳に届いたのは「そうだね」までで、後は右から左へ抜けていった。別に、早く『A』に戻りたいわけでもないし、『仕事』を急ぐ必要はない。

 言葉を垂れ流す暮林とそれを聞き流す遥は、やがてモニタールームに到着した。

 そこには無数のモニターが設置されており、施設内の各所だけでなく、衛星からの周辺の画像も映し出されていた。ヘリコプターでの移動中は窓がなく、着いてからは施設内から出られない為、遥はここで初めて『研究所B』がどんなところに建てられているのかを知った。

 ――そこは、小さな島だった。

「びっくりした? ここ、元々は無人島だったんだよ。人だけの移動はヘリだけど、色々持ち込む時は、船を使うんだ」

 暮林が、何故か得意げにそう言ったが、遥にはどうでもいいことだ。それよりも、自分の仕事の相手がどれなのか、という方が気になる。

 彼女の目の動きに気付いた暮林が、トントン、と、モニターの一つを小突いた。そこには、ベッドの上で枕に身を持たせかけて本を読んでいる少女の姿がある。

「これが、例の子だよ」

 天井付近に設置されたテレビカメラを通して映し出される画像では、顔は確認できない。ストレートの髪が肩の上で切り揃えられているのは、判った。年齢から見てもやせていて、細い肩だ。

 ――こっちを見ないかな。

 遥が、そう思った時だった。

 不意に、彼女が顔を上げる。

 まるで遥の声が聞こえたかのように、遥の視線を感じたかのように、ジッと監視カメラを見つめている。その眼差しは、カメラのレンズを通して、真っ直ぐに遥を射抜いていた。

「『ゆかりだよ』」

 遥の両肩に手を置いて、暮林が彼女の耳元で囁く。

 『紫』。

 遥は、口の中でその名を呟く。

 少女は、遥よりも一つか二つ、年下だろうか。大きな、少し目尻が上がり気味の目は、幼い顔立ちの中で強い光を放っている。以前に見た3人とは――いや、『研究所』で見る他の誰とも違っていた。おもねりも、揺らぎもない、強い意志を秘めた、瞳。

 彼女は何かを望んでいるのだ。

 でも、いったい、何を?

 遥は、そんな筈はないのに、絡み合ってしまったかのような視線を逸らすことができない。

 小さな画面の中の少女に目を奪われたままの彼女の耳元で、再び暮林が口を開く。

「気が強そうだろ? 実際、スゴく頑固なんだ。そろそろ、素直になって欲しいんだよね」

 彼の、その言葉の意味するところ。それが解からないほど、遥は物知らずではない。

 生が尽きるのを待つのか、それとも、奪うのか。

 いずれにせよ、『紫』はもうすぐその肉体を失うのだ。

 ――あんな目をしているというのに?

 そう思うと、何故か解からないが、遥の胸の中がザワザワと波立った。

「頼んだよ」

 暮林の声がもう一度耳に届き、そして、肩から重みが遠退いていく。

 彼が離れた後も、遥はただ一点に視線を注いだまま、動けなかった。


   *


 その、夜。

 遥は、ベッドの上で何度も寝返りを繰り返していた。いつもであれば、とうに深い眠りに落ちている時刻である。

 何度目になるか判らないが、再び、ゴロリと壁と向き合った。

 そして、溜息。

 少し待って、ムクリと起き上がる。

 眠れない理由は、よく判っていた。

 『紫』だ。

 あの『目』の理由を――彼女の『意志』を知りたいのだ。

 首にかけた細い鎖を引っ張り、遥は胸元にある小さな鈴を引きずり出した。

 何の変哲もない小さな銀色の鈴は、彼女が力を行使する為の道具になる。

 遥の力――それは、死者の魂を使役する力。

 暮林によって為された『何か』の為に、かつては知覚するだけだった存在を、今は思うがままに操ることができるようになった。別に、ありがたくもなんともないことだが。

 力を発現させる時に鈴を用いるのは、一種の自己暗示にすぎない。無造作に力を使うと、対象を選ばずに霊を集めてしまったりする。それをコントロールする為に選んだものが、遥が『研究所』に送られた時に手にしていた、この鈴だった。誰がくれたのかはわからない。だが、唯一彼女が『自分のもの』と思えるのは、これだけだ。

 遥は、リィンと一つ、鈴を打ち鳴らす。その音に意識を集中させ、魂を呼ぶ。招いているのは、精神感応の力を持っていた少女の魂だ。二つ目、三つ目の音色で、目の前に、フッと薄紅の蝶が現れる。

 伸ばした遥の指先にとまった蝶に、そっと語りかける。

「あの子のところに、行ってきて」

 彼女の言葉に頷いたかのように蝶はゆっくりと一つ翅を揺らめかせ、飛び立った。そして、壁を通り抜け、消える。霊体は監視カメラに映らず、どんな厚い壁もものともしない。

 蝶を見送って、遥はベッドに深く腰掛けた。軽く目を閉じると、蝶が知覚しているものが、まるで彼女自身がその場にいるかのように、まざまざと脳裏に映し出される。

 やがて目当ての部屋に辿り着き、その中にスルリと入り込んだ。

 窓のない室内は暗く、てっきり、紫はもう眠ってしまっているものだと思った。

 だが。

 フワリと部屋の中を一巡した時、ベッドの上が、モソリと動いた。そして、彼女が身体を起こす。

「待ってたよ」

 そう言って。

 暗がりの中でほのかに紅色の燐光を放つ蝶を見つめ、紫はニコリと微笑んだ。

 思わず遥は目を見開いてしまい、接続がプツリと切れる。その瞬間、一気に自室に引き戻され、慌てて、再び目を閉じた。

 紫の部屋では、蝶は膝の上に乗せられた彼女の手のひらにとまっていた。

「帰ってきた?」

 真っ直ぐに蝶を――遥を見つめながら、紫が首をかしげる。

 ――あたしが来るのが、判ってたの?

 遥の問いに、紫はふっと口元を緩めて頷いた。

「うん。もう、ずっと前から。ずっとずっと前から、あなたが来るのを待ってたの」

 ――ずっと、前……?

「そうだよ」

 どういうことなのだろうかと考えかけて、彼女の力のことを思い出す。

 ――予知、で?

「そう」

 また、ニコリ。

 その表情が『笑顔』というものであることは、遥も知っている。けれども、自分に向けられるのは、初めてだった。それを目にするたびに、鳩尾の辺りに何かが詰まっているような、ギュッと締め付けられるような、今までにない感覚に襲われる。

「わたしは、わたしを解放してくれる人を――あなたを、待っていたの」

 ――解放?

「そう、この身体からの、解放。わたしには、やりたいことがあるの。でも、このままでは、できない」

 ベッドからろくに下りることもできない、身体では。

 苦笑と共に、彼女がそう呟く。

 けれども、そうは言っても、遥の力に頼るということは、結局、彼女に縛られることになるということだ。自由になれるわけではない。

 それでもいいのだろうか。

 遥の疑問が聞こえたかのように、何かを心に含んだ眼差しで紫が微笑む。

「そうだね」

 解かっていて、それでも遥に使役されることを望むというのなら、この少女は一体何をしたいというのか。

 疑問は浮かんだが、遥は、それを相手に問うということには思い至らなかった。今まで、何かに対する興味や好奇心から質問をしたことは、なかったから。

 紫というこの少女は、遥の中に一つの小石を投げ込んだ。鏡のようだった心の水面に、幾つもの細波が拡がっていく。ザワザワと、何かがうごめき始めたのを、遥は確かに感じ取っていた。

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