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fairy tale  作者: トウリン
カクセイの兆
19/35

 悠一郎ゆういちろうが除隊届けを出してから、三ヶ月。ようやくそれは受理され、今、彼は、彼女と出会い、そして失った場所へと足を運んでいた。

 そこには、朽ち果てた建物の残骸のみがある。

 じっと佇み見つめていると、いつしか彼の心は過去へと飛んでいた。

 悠一郎がその子に初めて会ったのは、十八年前、彼が十二歳の時だった。

 祖母の家が観光客相手の民宿を開いている、長野の避暑地。

 十二歳の夏休み、いつものようにそこに預けられた悠一郎は、彼女に出会った。

 それは、小さな冒険の結果。

 ゴールデンレトリバーのラッキーを連れてこれまで足を踏み入れたことのない場所を散策しているうちに、彼はいつの間にか私有地に入り込んでしまったようだった。木々の間にコテージが見え始め、悠一郎の頭の中を「引き返そうかな」という考えがよぎった時――彼女が現われたのだ。

 一目見て、なんてきれいな子なのだろう、と思った。

 栗色のフワフワの髪と、同じ色の目。殆ど日に当たっていないかのような、白い肌。年は小学校の低学年くらいだろうか。三年生にはなっていないと思う。悠一郎を見て、どこか猫に似たアーモンド形の目が、ほんの少し見開かれた。

 数呼吸分だけ、無言で見つめ合う。

 先に口を開いたのは、彼女の方だった。

「私、アヤ。あなたのお名前をきいてもいい?」

「え……悠一郎――春日、悠一郎」

 屈託なく訊いてくる少女――アヤに、悠一郎はしどろもどろになりながら答えた。彼女は何度か彼の名前を口の中で転がしていたが、やがてニコッと笑顔になる。

「ゆう……ユウ君。その子、可愛いね。触ってもいい?」

 彼女はラッキーの前にしゃがみこんで、見上げながらそう訊いてくる。悠一郎は、こんなに可愛いのにこんなに警戒心がなくて大丈夫なのだろうかと彼女の身の安全を気にしつつ、ラッキーの隣に膝を突いて首輪を押さえてやった。

「いいよ。おとなしいヤツだから、大丈夫」

 アヤはそっと手を伸ばし、ラッキーの首筋に触れる。レトリバーは身じろぎ一つせずに、茶色の目でジッと少女を見つめていた。

「優しいね」

「え?」

「この子、優しい子だね」

 確かにラッキーは穏やかな性格をしているが、触っただけではそんなことは判らないだろう。きっとまだ幼いから、言葉の使い方がよく解かっていないのだと、悠一郎は判断する。

「ああ、そうだな、優しいやつだよ」

 彼が話を合わせるようにそう言うと、ラッキーが相槌を打つように少女の頬をペロリと舐めた。アヤは小さく悲鳴をあげると首をすくませて、クスクスと笑う。

「ねえ、また来てくれる?」

 彼女が、少し心許なげにそう訊いた。悠一郎は一度周囲を見回し、そしてアヤに目を落す。ここは、何故こんなところにコテージを建てたのだろうと考えたくなるほど、他の別荘から離れて奥まったところだ。きっと、親の事情なのだろう。一人ではどこにも行けない年齢なのにこんなところに連れてこられて、退屈しているに違いない。どうせ、自分も暇な身だし、家にいれば色々手伝わされるだけだ。それなら、この少女の相手をしてやるほうが、いい。

 そんなふうに色々考えた末、彼は頷いた。

「いいよ。また、こいつを連れてきてやるよ。しばらくここにいるの?」

「ホント? 嬉しい! うん。たぶん、ずっといるよ」

 悠一郎の中の打算を知らない少女の、心底から嬉しそうな笑顔に、彼は少し後ろめたさを感じた。その分、ちゃんと来てやろうという気持ちが強くなったとも言える。

 それからというもの、悠一郎は暇を見つけてはアヤの元に通った。ラッキーを連れている時もあるし、一人で行く時もあった。段々、「アヤをラッキーに会わせてやるため」ではなく「彼自身がアヤに会うため」になっていったのだ。

 二人が会えるのは、悠一郎が夏休みの間だけ。

 少女は、巡る夏ごとに変わっていく。

 時々、彼はアヤを駅前などに連れ出してやろうと誘ったが、彼女は頑として拒否していた。悠一郎としても、彼女を楽しませるためにと思っていただけだから、それほど強く促しはしなかったのだが。

 ひと夏に、一週間。

 一日に数時間、ただ会って、話をする。

 それだけの逢瀬を繰り返し、月日は穏やかに流れ、六年。

 『それ』が起きたのは、悠一郎が十八歳、アヤが十四歳の夏のことだった。

 失われていた、『パズルのピース』。

 いつの間にか彼に生じていた、記憶の欠落。

 そして、彼女の存在が、消え失せた日。

 ――いつもと同じように、ただ会って話をするだけにしておけば、彼女を失うことはなかったのだろうか。

 その年の夏、彼は、大学生になっていた。

 それまでは高校生という金のない身分に加え、実家が関西であったため、易々とは来られなかった。しかし、進学に伴い東京で独り暮らしをするようになったことで、少し無理すれば週末にだって訪れることができるようになったのだ。いや、逆に、彼女を連れ出してやってもいい。もっとも、それには、未だ一度も顔を合わせたことのないアヤの両親に会っておかなければならないが。アヤから写真を見せてもらった事があるので、彼らの顔は知っている。けれど、話したことはない。

 何度か水を向けてみたのだが、その都度、彼女は困ったような顔で微笑んだ。

 傍から見れば、中学生とこっそり会っている大学生なんて怪しすぎるよなぁ、と彼自身思うのだ。彼女の両親に『バレる』前にきちんと挨拶するべきだろう。

 しかし、アヤの父母は、彼女の事を、誰の目にも触れさせたくないかのようだ。彼らが町を歩いている姿は、何度か遠目に見た事がある。だが、そこにアヤの姿があったことはなかった。

 まるで、彼女の事を隠しているかのように。

 身体が弱いとか、そんなふうではないのだ。彼女は意外とおてんばで、年上の少年にも遅れを取ることなくついてくることができる。

 では、いったい、何故こんな人目を忍ぶような場所に引きこもっているのだろう。

 そんなことを考えながら、悠一郎はバイクを走らせる。

 やがて県境を越え、長野に入った。周囲の景色は緑で埋め尽くされ、服の隙間から忍び込む風が冷ややかになる。バイクで来たのは初めてだが、どうやら道に迷わずに済んだようだ。国道から県道に入り、道が細くなってきたところでスピードを落とす。しばらくすると見慣れた民宿が目に入り、悠一郎はその駐車場にバイクを停めた。

「ばあちゃん、来たよ」

 声を掛けながら引き戸を開けると、そこは軽食喫茶を兼ねた食堂になっている。手を拭いながら厨房から出てきた祖母、和子は、悠一郎を目にすると嬉しそうに目を細めた。

「悠ちゃん、よく来たね。疲れただろう? 夕飯できてるよ」

「ありがとう」

 答えながら、荷物を置きに部屋へ向かう。毎年の事なので、慣れたものだ。

 バイクの長旅で疲れたのか、その日は夕飯をいただいて風呂をもらい、ベッドに入って、気付いたら翌朝になっていた。

 悠一郎は、朝食を摂ると逸る心を抑えつつ、いつもの場所に向かう。

 待ち合わせ場所にしている大木に寄り掛かって、五分も経たないうちだった。彼の耳に下生えを踏む音が届き、自然と口元に笑みが浮かんでしまう。

 彼女はいつもそうだった。

 特に連絡をしたわけでもないのに、悠一郎がここに来ると、さほど間を置かずにやってくる。最初のうちは不思議で堪らなかったのだが、繰り返されるうちに疑問に思わなくなっていった。

 笑顔のままで振り返り、彼女を視界に入れる。

 が。

 その瞬間、悠一郎の思考は停止した。

「ユウ君?」

 いつもの声だが、ほんの少し、違う。ほんの少しだけ記憶にあるものより低くなって、子どもっぽいまろやかさが消え、大人びた響きを含み始めていた。

 そして、その面立ちも。

 元々、綺麗な子だった。しかし、今、目の前でわずかな不安を含んだ笑みを浮かべている彼女は、目を奪われる美しさを放つようになっていた。会わずにいたこの一年間で背が伸び、悠一郎の胸ほどまでしかなかった頭が顎の下辺りに届くようになっている。体つきも小鹿のように細かったのに、微かな丸みを帯び始めていた。人形のように整っていた顔立ちの中に昨年まで残っていた幼さも、すっかり影をひそめている。

「ユウ君?」

 小さな桜色の唇が動き、再び、彼の名を呼ぶ。その声に、ハッと我に返った。

「ああ、ゴメン。その……大きく、なったな」

 親戚のおじさんかよ、と我ながら間抜けな感想だとは思ったが、それしか頭に浮かばなかったのだ。だが、そんな彼の言葉に、アヤは嬉しそうな満面の笑みになる。

「でしょ? 私、もうママを追い抜いちゃうよ」

 得意げにそう言うさまは、まだ幼い。そのことに何となくホッとしつつ、悠一郎も微笑を返した。

「あのさ、俺、今回はバイクで来たんだよ。もう免許取って一年経ったし、少しどこかに行かないか?」

「え?」

 彼女は、意味がよく解からなかったようだ。首を傾げて悠一郎を見上げてくる。

「だからさ、バイクの後ろに乗せてやるから、どこかに行こう」

「それは……」

「お父さんやお母さんにバレなきゃいいだろ? そんなに遠くには行かないし、第一、メットを被ったらお前が誰かなんて判らないよ」

 ほら、とばかりに、脇に抱えて持ってきていたフルフェイスのヘルメットを被ってみせる。誘ったのは、悠一郎自身がアヤとどこかに行きたいから、というよりは、彼女を、この箱庭のような場所から少しでも出してやりたかったからだ。

 彼は、「どうだ?」というふうに、自身を指差して見せた。

 それでもしばらく彼女は迷っていたが、やがてキュッと拳を握り締めると、頷いた。

「行く。……すぐに帰ってくるんだよね?」

「ああ、一回りしたら帰ってこよう。そうと決まったら、これを着て」

 悠一郎は、バックパックから取り出したものをアヤに差し出す。

「なぁに?」

 彼女はそれを受け取ったはいいが、首を傾げて悠一郎を見上げてきた。

「俺が子どもの頃に着てたジーパンとジャケット。ワンピースだとめくれるし、万一転んだ時にヤバいから」

 彼自身は安全運転に徹するが、不慮の事故は防げない。

「取り敢えず、スカートの下にジーパンはいて」

 そう伝えておいて、悠一郎はクルリと背を向けた。少ししてから、ごそごそと衣擦れの音がし始める。

「いいよ」

 彼女の声に、振り向いて、思わず吹きそうになった口元を押さえた。そんな彼に、アヤが眉をひそめた。

「どうしたの?」

「いや、別に」

 心持ち口元を歪めながら、悠一郎は答える。自分が小学生の頃のものだから丁度いいくらいかと思ったが、彼女にとってはまだ大きかったようだ。ダボッとした感じは、まるでイタズラで親の服を着ている子どもだ。フワリとしたロングスカートを腰の辺りで緩く縛ってやってから、アヤの手を取った。

「じゃあ、行くか」

 そう言って悠一郎が歩き出すと、一歩遅れて彼女も足を踏み出した。

 緊張しているのだろうか。

 アヤは地面をジッと見つめながら、慎重に一歩一歩を進める。

 ――もしかして、ここに来てから、一度もどこかに行ったことがないとか?

 そんなふうに考えて、悠一郎は「まさかな」と心の中でかぶりを振った。いくらなんでも、そんなことはないだろう。

 アヤは、少なくとも六年間は、ここにいるのだから。

 しばらく歩くと道路に出た。路肩に停めてあった先にバイクにまたがってから、身体を捻って彼女がタンデムシートに落ち着くのを手伝ってやった。

「とにかく、俺にしがみついていればいいから」

 アヤが小さく頷く。

 怖がらせないように、できるだけ静かに発進させる。はじめのうちはガチガチに身体を強張らせていた彼女だったが、徐々に自然な力の入れ具合になっていくのが感じ取れた。

 悠一郎が選んだコースは、市街地を抜けてぐるりと回って帰ってくる、というものだった。所要時間は一時間程度だ。山間はスムーズに走れ、あっという間に駅前通りに着く。駅前と言っても、こじゃれた小さな店が並ぶ程度で、繁華街とは程遠い。夏休み期間の避暑地なので、家族連れも多かった。

 何の変哲もない、風景。

 彼が失っていた『パズルのピース』はここから始まる、一連の事象だ。思い出した今も、本当にあったことなのだろうかと、疑ってしまう。

 『それ』が起きたのは、悠一郎が信号待ちをしている時のことだった。

 反対車線で信号待ちをしていた家族連れの中から、ヒョイと三歳くらいの男の子が飛び出したのだ。その向こうに見えるのは、青信号が変わってしまうことを警戒してスピードを上げた、トラック。

 悠一郎が声をあげようとした時には、すでにトラックは間近に迫っていた。

 子どもに気付いた運転手がブレーキを踏み、タイヤとアスファルトがヒステリックな音を立てる。構わず子どもが走り抜けていたら、いっそよかったのかもしれない。けれども、けたたましい音に脚をすくませた子どもは、ヘッドライトに照らされた猫のようにその場に立ち尽くしたのだ。

 棒立ちでトラックを見つめる子ども。

 迫るトラック。

 子どもに駆け寄ろうとする母親。

 我が子を拾い上げ、全身で庇う母親をトラックが叩きのめそうとした、その瞬間。

 甲高く耳障りな音が、ピタリと止む。そして、トラックの突進も。

 それには、その場の多くの者が気付いていたに違いない。だが、『見なかったこと』にしたのだ――あまりにも非日常的な光景だったから。

 悠一郎の腰に回されたアヤの腕に力がこもるのを感じても、彼女を振り返ることはできなかった。慣性から解放されたトラックから目を離すことが、できなかったのだ。

 何故ならば、それは、宙に浮いていたから。

 高さは、およそ十cm。宙にあった時間は一分もなかっただろう。いずれも、わずかなものだ。何かの弾みで浮いただけだ、と、そう自分を納得させようと思えば、できたかもしれない。

 だが、悠一郎の脳裏には鮮明にその光景が焼き付けられた。

 異常な光景をよそに、子どもは母親に抱きかかえられて歩道に連れ戻される。トラックの運転手が降りてきて、親子に何か言う――恐らく、「怪我はないか」などと確認しているのだろう。

 現場は、間一髪で惨劇を免れたことに沸き立った。そう多くはないが、しばしば見られる一幕だ。日常の範囲の、場面。誰も、宙に浮いたトラックのことなど、騒ぎ立ててはいなかった。ただ、子どもと母親の無事を喜ぶのみ。

 けれども悠一郎は、トラックのタイヤとアスファルトの間にできた明らかな空間を、見なかったことにはできなかった。

「なんだったんだ、アレ……」

 思わず呟いた悠一郎に、背中から声がかかる。

「ユウ君、行こう」

 アヤのその言葉を後押しするように、クラクションが鳴らされる。気付けば、悠一郎側の信号が青に変わっていた。

 後ろ髪を引かれる思いで、悠一郎はクラッチとギアを操作する。バイクは動き出し、今は運転手もハンドルの前に戻って信号待ちをしているトラックの前を、通過した。

 その後は、何もなかった。至極快適な、ツーリングだった。

 出発した時に停めた場所にバイクを止め、いつもの待ち合わせ場所にアヤを連れて戻る。

 彼女は、『アレ』に気付いていたのだろうか。

 悠一郎には、それを確認することができなかった。こうやって少し時間が経ってしまえば、彼自身、何かの間違いだったかもしれないと思い始めているのだ――あるいは、そう思いたいのか。

「じゃあ、また明日な」

 少し上の空でいつものように別れの言葉を口にして、悠一郎は背中を向ける。家に帰って、先ほどのことを思い返したかった。が、歩き出した彼を、アヤが呼び止める。

「ユウ、君」

 振り返った悠一郎に、両手を胸の前で握り締めたアヤの目が、ヒタと向けられていた。

「どうした?」

「あの、あのね……私……ううん。やっぱり、なんでもない」

 そうして、ニッコリと笑う。そこに、どこか沈んだ色合いが含まれているように見えたのは、夕暮れ時の翳り始めた日差しのせいだったのだろうか。

「……また明日、ね」

 彼女は組んでいた手を解き、小さく振る。

「ああ、じゃあな」

 答えて、今度こそ、歩き出す。

 ――こうやって記憶を辿っていくと、忘れ方がいかに不自然だったのかを思い知る。

 あの夢を見るまでは、アヤとツーリングに行ったことが、完全に彼の頭の中から消えていたのだ。

 『その日、悠一郎はいつもどおりに彼女に会いに行き、話をし、そして別れた』

 アヤがいなくなったあの日も、彼の記憶の中には、それしかなかった。

 何故、こんなことが起きたのだろう。

 ただ忘れただけなら、まだ解かる。

 けれども、こんなふうに、スウィッチを入れたり消したりするように記憶が入れ替わるのは、解せない。何の変哲もない一日を忘れてしまったのであれば、まだ納得できる。だが、そうではない。あの日見たことは、まるでSF映画の中の出来事のようなものだったのだ。そして、鮮明に思い出した今は、あの現象は間違いなく現実だったと確信できる。

 あの日、あの後、いったい、何があったのだろうか。

 悠一郎は己の両手をジッと見つめた。

 アヤとは、それ以来、会っていない。いや、正しくは、『会えていない』だ。

 何故ならば――彼女は、消えてしまったから。

 翌日、いつものようにアヤに会いに行った悠一郎だったが、いくら待っても彼女は来なかった。痺れを切らしてコテージが見えるところまで行ってみた彼が目にしたのは、無残に焼け落ちた建物の残骸だけだった。

 慌てて彼は警察に連絡し、閑静な森の中はにわかに騒然となった。

 調査され、発見されたのは、一組の男女の遺体のみ。彼らは、そのコテージを借りていた夫婦だった。

 悠一郎は中学生くらいの女の子がいた筈だと言い張ったが、彼以外には誰もその子を見たことがなく、住民票にも記載がないとのことで、それ以上は捜索されなかった。

 結局、公的には家人の火の不始末による焼死、とされ。

 それでは、アヤは、いったいどこに消えてしまったというのか。

 絶対にいた筈だから捜してやってくれと悠一郎は再三頼み込んだ。警察にも、何度も足を運んだ。しかし、彼の主張以外に根拠がない存在を捜してくれるわけもなく。一介の大学生に過ぎない悠一郎に、それ以上できることはなかった。

 彼に残されたのは、少女の想い出と、無力感のみ。

 一年間は大学に通ったが、その後中退し、自衛隊に入隊した。元々、将来的に何かを考えていたわけではなく、ただ、東京に出るために選んだ大学だった。そして、アヤを失って始めて、何故、自分が東京まで来ようと思ったのかを理解した。今更『その気持ち』を自覚したところで、もう遅いというのに。

 それなりにイイ大学を辞めることに両親は反対したが、彼は己の意志を押し通した。ただ漫然と学生生活を過ごすことに耐えられなかったし、無性に、『何かを護ること』をしたかった――『何かを護れる力』を手に入れたかったのだ。

 この十年間、心を律し、肉体を鍛える生活に、それなりに満足していた。

 だが、常にどこか空虚感が付いて回っていたことは否定できない。それを払拭するには、アヤのことを知らなければならないのだろう。

 悠一郎は、グイと頭をもたげた。そして、コテージの残骸を睨みつける。

 そう、どんな真実であるにしろ、知らなければ一歩を踏み出すことができないのだ。

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