Ⅶ
珂月たちが千倉港に着いたのは昼を少し過ぎた頃だった。
真也曰く、目的の場所には6時間程度かかるらしい。今から出れば、丁度夕暮れ時くらいに信号が止まった地点に着けるだろう。
発信器の信号はあの後すぐに消滅したから、きっと、相手には追尾したことがばれているに違いない。いったい、どんな手で待ち構えているのか、全く予想が付かなかった。
深青の考えでは、目指すのは『研究所B』とやらになるらしい。彼女自身、自分がいた施設がどこにあるのか知らなかったが、生活の場として過ごしていた『研究所A』には誰かを閉じ込めるような場所はなかったと言うのだ。だいぶ昔に深青が『B』に行った時には、10人程度の研究員と、その半分くらいの数の警備員がいたとの事だった。今回は、もっと増えているかもしれないし、もしかすると、特殊能力を持った少女を配備しているかもしれなかった。珂月も真也も、警備員であれば、躊躇なく倒せる。が、相手が深青くらいの少女となると、やりにくいこと甚だしい。
「できたら、おっさんばっかがいいよなぁ」
ボートを操りながら、真也がぼやく。天気はよく、波は穏やかだ。しかしその分日射しは強く、色の白い深青はまだそれほど時間が経っていないというのに、ほんのりと赤くなり始めていた。
特に妨害が入ることもなく、順調に船は進む。
丁度、真也が予測していた6時間が経った頃。
珂月は覗いていた双眼鏡の中に微かな島影を見る。
「真也」
彼に双眼鏡を渡すと、チラリと覗いただけで返してきた。
「あれだな」
「決まりか?」
「まさに、どんぴしゃの位置だぜ?」
それ以外に何があるんだよ、と言わんばかりの眼差しを返してくる。
「もう少し離れた場所で、日が暮れるのを待とう。暗くなったら、インフレータブルに乗り換えるぞ。準備しとけよ」
「わかった。深青、これで島のほうを見張っといて。何かがちょっとでも見えたら、言うんだぞ」
双眼鏡を深青に渡すと、彼女は深く頷いた。使命感に燃えて、目をキラキラさせている。その顔に少し頬を緩ませ、珂月はゴムボートの準備に向かった。軍にも採用されている静音性に優れたもので、闇に紛れれば、相手に見つからずに潜入することができるだろう。
膨らませたボートを着水させ、珂月は深青の元に戻る。
「何かあったか?」
「何も」
フルフルと頭を振りながら彼女は答えた。
返してもらった双眼鏡を覗き込む。まだ距離があり過ぎて、どんな警備状況なのか、見て取ることはできない。だが、ここから見る限り、その島に建物の影はなく、有刺鉄線を張り巡らせた塀があるとか、サーチライトで照らし出されているとか、そんな気配は皆無だった。
「どうかなぁ」
珂月はぼやく。
日没まで、もう少し、時間が残っていた。
*
暮林は所長室に呼びつけた少女に向けて、にこやかに微笑んだ。
目の前に立つ少女は、瞳孔と虹彩の区別がつかない漆黒の目に、クルクルと巻いた同じ色の髪を高い位置で2つに分けて結っている。
この妖精は、いたって素直で、言うこともよく聞く『いい子』なのだ。
「恵菜、お疲れさん」
「所長、今日は誰?」
言葉だけの暮林のねぎらいを通り越し、恵菜がそう尋ねる。余計なことを気にしないのは、イイことだ。
「深青だよ。知ってるだろ?」
「深青? いっつも愛璃とくっついてる子? どこに行ったのかと思ったら、ここだったんだ。何かやったの、あの子?」
ツンと顎を上げて、どことなく小馬鹿にした口調でそう訊く。
妖精たちの『性格』は両極端で、力を誇って自分よりも劣る者を下に見る者と、全てにおいて従順な者の二通りに分けられた。恵菜は前者だ。もっとも、彼女に課している『仕事』にもその理由はあるかもしれないが。
恵菜の力は、精神感応と催眠だ。その力で、反抗的な妖精を、大人しく無害な羊に変えてくれる。対象となる少女は心理分析などを行い、催眠が有効かどうかある程度の見極めをつけてから恵菜に割り振るので、これまで彼女が失敗したことはない。そのことは、やや過剰すぎる彼女の自信となっているようだった。
「ちょっと、ね」
暮林は、笑顔で適当にごまかす。彼女としても、『理由』などたいして気にしていないだろう。案の定、「ふうん」と鼻を鳴らしただけで、それきり追求しようとはしない。
「今は出かけているんだけど、もうじき戻ってくるから、そうしたら頼むよ。それまで自由にしてて……と言っても、何もないところだけどねぇ。じゃあ、部屋に案内させるから、休んでて」
ヒラヒラと手を振って、暗に追い出しにかかる。暮林の内心に気付いているのか、いないのか。恵菜は迎えに来た研究員の後について部屋を出て行った。
愛璃と違って、深青になら、恵菜の力が充分に効果を発揮する筈だ。
深青は帰ってくるだろか。
暮林は頬杖をついて思案する。
発信器を付けたということは、この場所を知ろうとしたということだ。知ろうとしたということは、帰ってくる気があるということの筈だ。
恵菜も待機させたことだし、後は待つだけなのだが、何とも待ち遠しいことだ。
暮林は、自分の絶対的有利を信じて疑わなかった。
*
珂月が暗視スコープで警戒しながら、真也がボートを静かに岸へと近付ける。
それほど大きくはない島だが、木が鬱蒼と茂り、その内陸に何が建っているのか見通すことができない。逆を言えば、木々のお陰で隠れる場所が充分に確保でき、警備の目に晒されることを免れることができた。
「よし、じゃあ、上がるか」
真也はボートで岸まで乗り上げ、珂月と深青が降りたところで、岩陰に引っ張っていった。
「取り敢えず、奥を目指すか。何が出てくることやら」
どことなく楽しそうに真也が言う。珂月は半ば呆れながら、深青の手を引いて彼の後を追った。
しばらく森の中を歩くと、不意に、3人の目の前に巨大な壁が現れる。
「これか?」
それは窓が一つもない、ただの壁だ。始めは塀かと思ったが、それにしては高い。恐らく、上空から見られることを警戒して、灯りが漏れないように窓のない作りになっているのだろう。敷地面積は、それほど広くないように見える。
壁伝いに歩いていくと、間も無く一枚のドアが姿を見せた。窓のない建物に、一般的なサイズの、ドア。何とも奇妙な建物だ。ドアはノブの近くにカードキーの挿し込み口と暗証番号を入れるためのパネルがある。真也がバックパックから手のひらに載る程度の装置を取り出すと、つながれている白いカードをパネルに挿し込んだ。
「見てろよ」
そう言った真也の手の中で、装置の液晶に現れる数値がめまぐるしく変わっていく。1分もしないうちに4つの数値が選出された。画面で明滅するその数を、真也が入力する。
と、ピーという微かな電子音と共に、ロックが解除された。
「この高さからすると、地上は2階建てってとこだよな。あとは、地階がどこまであるか、なんだが……。取り敢えず中に入って、誰か捕まえるか」
真也は扉をわずかに開けると、そこからファイバースコープを挿し入れ、中の様子を確認する。さし当たって、目に付く範囲に人影はない。
「んじゃ、行くぞ」
まずは彼、そして、深青、珂月の順に、するりと忍び込んだ。居宅エリアなのだろうか、中は、普通の邸宅とそれほど変わりないように見える。目の前には廊下が伸びており、少し先が十字路になっていた。
真也が分岐まで進んで、耳を澄ませて気配を探る。安全を確認して、珂月と深青をクイクイと手招きした。
入り口から真っ直ぐ正面は廊下だけで、突き当たりは下り階段か。左右に伸びる廊下の両側には、ずらりと扉が並ぶ。右の廊下の奥には上り階段がありそうで、やはり生活エリアのようだ。それにしても、機能的といえば機能的なのかもしれないが、アパートか何かのようで味気ない。
「どれか一つは当たりがあるかな」
そう呟くと、真也は一つ一つ、扉の中の気配を探り始める。
珂月は周囲を警戒しながら、ふと眉をひそめた。
元々、侵入者を想定していないのだろうとは思うが、あまりに無防備過ぎはしないだろうか。『深青に手を貸している者』にたいしたことはできないだろうと軽んじているのか、それとも、こちらの動きが早かったので備えが間に合わなかっただけなのか。あるいは、責任者の感覚が、普通とはズレているのか?
そんなふうに考えていた珂月に、真也が手でサインを寄越す。どうやら、4番目の扉の奥には住人がいるようだ。
真也が静かに扉を開け、背を向けてデスクに向かっている白衣の男に音もなく近付く。スルリと回した左手で彼の口を塞ぎ、首筋にナイフを当てた。
「やあ、こんばんは。これから左手を外すが、大声を出したら別の世界にいくことになるからな? 判ってるか?」
真也の脅し文句に、顔を強張らせた男が目だけで頷く。
「よし、いい子だ」
「君は、いったい……深青!?」
侵入者に対して誰何の声を投げようとした彼は、続いて入ってきた深青に、目を丸くする。
「帰っていたのか……? いや、この人たちは――」
ハッと気付いて緊急ボタンを押そうとした男の手を、真也が捕らえる。
「訊きたいことを訊いたらまたすぐ出て行くからさ、お構いなく」
「君――君たちは、いったい……」
「取り敢えずさ、ここの見取り図描いてくんない?」
「見取り図?」
「そう」
真也が、ニコッと笑ってみせる。しかし、白衣の男は断固として、という風情で首を振った。
「断る!」
「あ、そう。じゃあ、利き手どっち?」
「え……右……」
唐突な場面に関係のない真也の問いに、男は殆ど反射的に答えてしまう。それを聞くと同時に、真也は男にクルリと猿轡を噛ませた。そして、左手を取ると、親指だけを机の端に載せた。彼の意図を察して、珂月は深青の目と耳を覆う。
「え? 珂月?」
「いいから、ちょっと待ってて」
彼女のその言葉が終わらないうちに、ゴキリと響く、イヤな音。直後、男がくぐもった悲鳴をあげる。
「大丈夫、関節外しただけだから。利き手じゃないだけ、親切だろ? さ、も一回いこうか。見取り図、描いてくれるかな? それとも、もう一本、いっとく?」
気軽なその口調が、よりいっそう男の恐怖を誘ったようだ。彼は必死な眼差しで何度も頷く。
「賢いね、じゃ、これ」
そう言って渡された紙に、男は差し出されたペンを受け取ると、猛スピードで建物の見取り図を描いていく。
普段とあまり様子が変わらなかった真也だが、実際のところは、深青のことにかなりの怒りを覚えていたようだ。もとより珂月はこの一味に対して怒りどころか憎悪を覚えているので、「少しは手加減してやれ」と進言してやる気は全くない。
できあがった見取り図では、地上はやはり2階、地下に1階あるようだった。1階はご覧のとおり、研究員たちが寝起きする部屋で占められている。2階には階段側から順に、データ室、モニター室、所長室と書かれている。だが、これまでのところ、監視カメラらしいものは存在していなかった。
「このモニター室って、何をモニターしてんの? あ、ゴメン、それ外すわ」
「下の……地下の、研究室や隔離室を……」
「ああ、警備用って訳じゃないんだな。……観察用ってことか」
真也の声に冷ややかなものが混じり、男がビクリと身を竦ませた。心持ち、関節を外された指を庇うような仕草をする。
「別に、何もしないさ。で? この地下の部屋は? 研究室、隔離室――この奥は?」
「そこは……所長しか入れないので、僕には……」
まるで、『わからない』といえば殺されるとでも思っているかのように、しどろもどろに男が答える。
と、それまでおとなしく話を聞いていた深青が、口を開いた。
「愛璃は? 愛璃は、どこにいるの? どうしているの?」
「あの子は、隔離室に」
「でも! 愛璃だったら、簡単に出られる筈だよ!?」
「特殊な装置で、力を封じているんだ」
「うそ、そんなことができるなんて、聞いたことがない!」
「所長が開発したんだ」
そう言われ、深青が唇を噛んだ。珂月は、微かに震えるその細い肩をそっと引き寄せる。
「その装置を切るのは、どうするんだ?」
表面上のにこやかさを拭い去った真也が、男の胸倉を掴んで問う。突き刺すようなその眼差しに、男の顔から血の気が引いた。
「地階の……研究室の一つに、制御装置があるから……それを壊せば……」
「どの部屋?」
「ここだ」
男が指差したのは、5つ並んだ研究室のうち、一番奥、隔離室と隣接している部屋だった。
「本当だな?」
「はい……はい!」
ガクガクと何度も頷く男をしばらく眺め、唐突に手を放す。男はどさりと床にへたり込んだ。
「ま、一通り、用は済んだな……っと、もう一つ。ここの警備って、どうなってんの? 普段から、こんなもん? 昨日から何かきつくなったりとか、ないのか?」
「いや……別に。ここに警備なんて、いらないし。一応、5人、警備員がいるけど……」
「ありがとさん」
そう言うと、真也は手早く男に猿ぐつわを噛ませ、身動き一つ出来ないように全身を縛り上げる。そうして担ぎ上げると、ベッドの上に放り投げ、すっぽりと毛布を被せた。
「これで、よし。取り敢えずは上に行くか。モニター室とやらを見てみようぜ」
部屋を出ると、先ほどよりも大胆に行動する。たった5人なら、敵に見つかったとしても片っ端から倒していけばいいだけだ。
階段を上がると、手前から、データ室、モニター室、所長室だ。
データ室には、誰もいない。複数のパソコンがずらりと並び、少しも止まることなく送り込まれてくるデータを処理している。
次のモニター室には、3人の警備員がいた。
何の躊躇もなく姿を見せた真也たちを目にして一瞬呆気に取られ、次いで、椅子を蹴立てて立ち上がった。
「なんだ!? お前!」
男たちのうちの一人が、真也を指差して声をあげる。昨晩、彼と一戦交えた連中の中にいたようだ。
「や」
片手を上げた真也に、まず、昨夜の男が突進してくる。
「珂月は一人な」
殴りかかってきた男の腕を取り、その勢いを利用して投げ飛ばしつつ、真也が言う。
「わかった」
短く答え、真也の隣に立った。
同僚が投げ飛ばされたのを見て色めきたった残りの二人が、同時に向かってくる。
珂月は最初の男の拳を軽く首を曲げてかわすと、お返しとばかりに彼女も拳を出した。それは男の顎を下から上に叩き上げ、彼の歯をガチリと鳴らす。
細身の珂月からは予想できない威力に、数歩後ずさった男は、両腕をガードの形に構えながら頭を振っている。最後の一振りで何とか気を取り直し、今度は慎重に構えて、彼女の様子を窺い始めた。突っ込んできてくれた方が隙を突けてよかったのだが。
仕方なく、珂月も腕を上げて構えを取ると、ゆっくりと距離を詰めた。間合いに入ると、すかさず男が手を繰り出してくる。男のウェイトは恐らく珂月の倍はあるだろう。硬く握り締められた拳を前腕で受け流していくが、流石に、重い。まともに受けたら、かなりのダメージになる。
しばらく防戦一方になっていると、勢いづいたのか、男の動きに粗が出始めてくる。
男の攻撃をかわし、珂月は鋭い殴打を繰り出した。先ほどの威力を警戒し、彼は重心を後ろにかけて、仰け反るようによける。そこを見計らい、珂月は男の軸足に引っ掛けるように蹴りを仕掛けた。と、彼はバランスを崩し、よろける。無防備になったところを、しなやかに伸びる上段回し蹴りでなぎ倒した。ドウ、と音を立てて巨体が崩れ落ちる。
ふう、と息をついて首をめぐらせると、真也の方もそろそろ片が付く頃合のようだった。一人はとうに床に倒れ伏している。
深青の隣に行って見物していると、数合の攻防の後、警備員の顎を捉えた真也の拳が決定打となった。男の体が、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。
「やれやれ、だな」
一仕事だった、とでも言いたそうな口調だが、真也は息一つ切らしていない。男3人を縛り上げると、死角まで引きずっていく。
場が収まると、待ちかねたように深青が部屋の中に走り込んだ。
いくつか並べられているモニターを順々に覗き込んでいって、不意にハッと息を呑む。
「深青?」
食い入るようにモニターに見入っている彼女の隣に行き、同じ画面を見てみると、そこには明らかにぐったりとしている一人の少女の姿があった。
「これが、愛璃?」
確認の為に訊くと、深青は無言で頷く。
「ここにいることは、確かだな」
男たちを片付けた真也も、同じようにモニターを覗き込んだ。
「よし、じゃあ、下に行くか。それとも……いっそ、所長とやらを、やっちゃう? この奥だろ?」
彼の台詞に、それもありかもしれないと珂月は思う。いや、その方がいいに決まっている。妹のことも、わかるに違いない。
この無警戒ぶりなら、所長も簡単に捕まるだろう。
3人はモニター室を出て、奥の所長室に向かう。扉の前まで行くと真也が珂月に目配せを寄越す。それに頷きを返して、身構えた。
真也の指がカウントダウンを刻んだ。
1、2……。
3で開け放たれた扉の中に同時に飛び込む。
が。
「誰もいねぇのか」
真也が残念そうに呟くのを聞き流し、珂月はデスクに近寄った。普通はパソコンの1台や2台ありそうなものだが、何もない。ここでは、何も得られそうもなかった。
珂月は、誇り一つ落ちていないデスクに手を置き、唇を噛む。
「しかたねぇな。最初の予定通り、さっさと愛璃を助けてここから出るか」
真也はそう言いながらさっさと部屋から出ようとする。珂月は、意を決して彼を呼び止めた。
「私、データ室に行きたいんだ」
「データ室? ……ああ」
多くを説明しなくても、真也は珂月の意図を察したようだった。
ここで何か情報を手に入れておかなければ、二度とチャンスはないかもしれない――いや、きっと、ない。みすみす何もせずにここを出ることなど、とうていできそうもなかった。
真也は肩を竦めて頷く。
「わかった。じゃあ、深青も珂月といろよ。さっきの男に聞いた限りじゃぁ、他に警備員がいるとしても、地下の方だろう。こっちの方が、まだ安全だ」
だが、彼の提案に、当の本人が否を唱える。
「わたし、真也と一緒に行く! 愛璃がいるのは、そっちなんでしょう? できるだけ、近くに行きたいよ」
「深青、ダメだ。お前は私といるんだ」
「イヤ。絶対、イヤ」
「深青!」
珍しく自分の意志を押し通そうとする深青に、珂月は渋面になる。いくら彼女の要望だとしても、明らかに危険が多いところに行かせるわけにはいかない。
ハッシと睨み合った二人に、真也が割って入る。
「待て待て。いいじゃねぇか。俺が連れてくよ」
「でも……!」
「無理だって。この件に関しちゃ、深青も引かねぇだろ。なあ?」
真也の言葉に、彼女は深く頷いた。その目を見れば、一歩も譲らないだろうことはいやというほど理解できた。全く納得できないが、珂月は渋々深青の言い分を聞き入れる。
「わかった……でもな、ちゃんと守ってくれよ?」
ギッと睨み付けながら、珂月は真也に念を押す。だが、それに対して深青が声をあげた。
「わたしも、必要なら、戦うよ」
「深青!?」
「愛璃を助けるためなら何でもするって、決めたんだから」
珂月を見上げてくる碧玉の眼差しは、断固とした意志を含んでいる。その強さに、一瞬、目を奪われた。次いで、思わず笑みをこぼす。
「そうか……そうだよな」
手を伸ばして、クシャクシャと頭を撫でる。
「よし。頑張って来い!」
「うん!」
「交渉成立だな? じゃ、行くとするか。騒ぎが広まる前に、ずらかるぞ」
敵の親玉が何を考えているのか判らないが、今のところは警備員も少なく、敵地に侵入しているとは思えない状態だ。だが、騒ぎになって新たな警備員が呼ばれでもしたら、厄介なことこの上ない。さっさと用を済ませて退散するに限る。
3人は1人と2人に別れて、行動を開始した。