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一章「始」

普通、な少女「白執未来」は謎の少年「桐葵竜弥」に会う。ここから、二人の数奇な運命の~Duet~が『始』まる。

ジリジリ照り付ける日差しが、時々鬱陶しくなる。


私はそんな夏が好き。


何故かわからないけど好き。


そんな私、白執光来しらとり みくは、高校2年生の17歳。


両親は海外に働きにでているので、この2階建ての家に一人暮らし。


家事全般は特に苦手でも無いので不自由しない。


今日もいつも通り二階の自分の部屋で制服に着替え、一階のキッチンにある冷蔵庫を開ける。


開けた瞬間、私の体を冷気が撫で、パンと牛乳とマーガリン…しかないことに気がつく。


「そういえばここんとこ買い出ししてないなぁ…」


無い物は仕方が無い。


手早くパンにマーガリンを塗り、オーブントースターに入れる。


ジーという音を横耳にいれながら牛乳をコップに注ぎ、透明なコップが白濁色の液体に満たされていくのを見送る。


テーブルの上に置き、丁度牛乳を冷蔵庫の中に戻すと、タイミングよくトースターの音が鳴った。


皿にのせ、テーブルまで運ぶ。


「いただきます」


我ながらパンの焼き加減が絶妙だ。


質素な朝食を済ませ、時計を見ると、丁度いい時間だった。


皿類を流し台に置き、二階に上がる。


自分の部屋から筆記用具や教科書が入ったバッグを手に下げ、部屋を後にする。


そのままトントンとリズムよく階段を降り、通学用のスニーカーを履く。


玄関を開けると、夏に相応しい日光が照り付けた。


「うぅ…暑い」


文句を言いながら玄関に鍵を掛け、通学路でもある道に足を踏み出した。







学校に着いた私を待っていたのは、親友の坂口桃江さかぐちもえの手厚いお出迎えだった。


「おっはよ~ミク!」


教室に入るなりいきなり抱き付いてきたのだ。


「うわっ!」


あまりにも突然飛び掛かられたため、廊下に尻餅をついてしまう。


「いたた…」


「うっは~相変わらずいい体付きですなぁ…」


そう言いながら桃江は私の体をペタペタ触ってくる。


「もう!危ないでしょ!」


言いつつ纏わりつく親友を引剥がそうとするが、体に吸盤でもついてるのかと思うぐらいペッタリくっついて離れない。


「い~や~、離れないよ~」


こうなった桃江を剥すのは至難の技だ。


私は覚悟を決め、実力行使にでようとしたとき、桃江の襟首を掴み、まるでクレーンのように軽々と引っ張り上げた人がいた。


「いい加減にしろ」


幼馴染みの浦木直人うらきなおとである。


「えー!いいじゃん!」


抗議の現れなのか桃江は手と足をジタバタさせている。


さながら陸に上がった魚と言ったところか。


「周りに迷惑だ」


直人は言いながら、桃江の襟首を離す。


「うぎゃ」


床に落とされた桃江はお尻をさすりながら立ち上がる。


「そんなこといってぇ~、ミクが心配なんでしょ~?」


桃江の悪戯っぽい口調から放たれた言葉に、直人は顔が真っ赤になった。


「だっ、だれがっ・・・!」


「またまたぁ~」


桃江がにまにまとした顔で詰め寄り、何かを耳打ちした。


瞬間、真っ赤だった顔がさらに赤くなる。


「おっ、お前!」


「うひゃー!」


何を耳打ちしたのかは聞き取れなかったが、おそらく気に障る話だったのだろう、いつものように校内かけっこが始まった(この二人は事あるごとに校内を走り回っては教師に怒られている)。


ぽつんと取り残された私は、ちくちく痛むお尻を気にしながらも、自分の席に座るべく教室に入った。


席に座った途端、教室の入口である引き戸がガラガラと音を立てた。


「おーい席つけー」


ダルそうな声音と共に入って来たのは、ボサボサの髪の毛を揺らし、煙草を吹かしながらぱたぱたとスリッパを鳴らす、担任教師の芹沢だ。


芹沢はいつもながらやる気のない歩調で教壇に上がる。


それを合図に教室中に散っていた生徒達がそれぞれ自分の席に着く。


「ん~二人ほどいないが…まあいいか。出席を取るぞ~」


その二人ほどに心当たりがある私は、心の中で密かに笑った。

やがて出席がおわり、いつもならこれで終わりなのだが、今日は違った。


「じゃ~転校生を紹介する。入って来い」


転校生と聞き、クラス中がざわめく。


程なくして引き戸がスライドし、一人の男子が入って来た。


彼はしっかりとした足取りで教壇に上り、芹沢の隣りに並ぶ。


桐葵竜弥きりさきりょうやです。よろしく」


爽やかな中にも冷静さがある声色の主、桐葵竜弥は一言でいって美男子だった。


目はキリリと鋭く、肌は桜の花びらのように鮮やか、髪は見事な黒に染まっている。


「席は…白執の隣りだ。白執、ちゃんとフォローしろよ」


「はい」


まさか隣りに来るとは思わず、内心ビックリした。


桐葵竜弥は、教室に入って来たときと同じようにしっかりとした足取りで私の隣の席に座った。


「んじゃーHRは終了だ。各自次の教科の用意をしておけよ」


芹沢の言葉が引き金となり、皆一斉に席を立って次の教科の用意をする。


「ねぇ桐葵君」


私も次の教科の用意をしようと席を立ちかけたと同時に、桐葵竜弥の元に数人の女子が集まって来た。


「何処の高校に通ってたの?」


何気ない質問だが、私はその質問に興味があった。すると桐葵竜弥は少しだけ顔を上げ、いかにも清閑な声で答えた。


「学校には通っていなかった」


「ぶっちゃけ好きなタイプとかいる!?」


「特にない」


「得意な事とかは?」


「ない」


「…」


矢継ぎ早の質問をバサバサと切り落としていく桐葵竜弥に、遂に沈黙してしまった女子郡は、スゴスゴと引き下がった。


かくして私も、その素っ気なさに唖然とすると同時に、妙な怒りの念を抱いていた。私はせっせと授業の用意を済ませ、席に座った。


「ねぇ、桐葵君」


私は試しに声をかけてみた。すると桐葵竜弥は、目だけをこちらに向け、


「なに?」


「さっきの対応の仕方はどうかと思うよ。みんな桐葵君と仲良くしたいのに、桐葵君がそんなじゃ…」


「誰も仲良くしてくれないよ…か?ふざけんな」


一瞬にして胸が恐慌状態になった。桐葵君の口調が一変したからだ。まるで邪魔者のように、冷酷に言葉を告げる。


「だれのせいでこんなところに押し込められたと思ってんだ…糞が」


私は何を言われているのかさっぱりだった。私が何をしたというんだ。


「なにを…言って…」


うまく言葉が出ない。まるで金縛りのよう。そして、初めて彼の顔を直視した瞬間、私は胸が凍りついた。


桐葵君も目は、まるで復讐の文字が写っているかのように、冷たい、狂気が宿っていた。








「はぁ…」


夕刻にもかかわらず、刃物のように日差しが鋭く肌に突き刺さる。


両手のビニール袋をカサカサ言わせながら、帰り道である通学路を歩いている。


「なんなのよ…あいつ」


あいつとは桐葵竜弥の事だ。


朝のあの態度、意味不明な言葉。


その後もじーっと睨まれたりもした。


「私が何したっていうのよ…」


不評を言いながら自宅までたどり着き、夕飯の支度をした。


さあ後は食べるだけというところで、玄関のチャイムが鳴り響いた。


「はーい」


私は急ぎ足で玄関口まで行き、玄関を開けた。


「どちら様ですか…」


真っ先に目に飛び込んできたのは、私と同じ学校の男子制服。


視線を上げていくと、美少年がそこにいた。


「…」


私は言葉を失った。


目の前に立っているのは朝、訳も分からず罵られた、桐葵竜弥だった。

「…」


竜弥はしばらく黙っていると、不意に右手を上げた。


手には白い紙袋がぶら下がっている。


「引越してきた」


「…え?」


ますます訳が分からず、目を白黒させていると、竜弥はうつむき、紙袋を私に押し付けて去っていってしまった。


「…」


私は唯唯呆然とするしかなかった。











「けっ…」


なぜだろう、あの女を見ると妙に苛々する。


ここまで俺を不快にさせたのはいつ以来だろうかというくらい苛つく。


学校で今日一日見ていたが、評判がいいというのは本当らしい。


極めて理想的な、整った顔立ち。


色鮮やかな茶色混じりの髪は、見る者を虜にする。


成績でも常に上位をキープし、運動面でも多彩な才能を発揮する。


いわばパーフェクトな女…白執光来。


そして、俺は白執光来を守らなくてはいけない。


何故かは知らない、知りたくも無い。


命令だから、やるだけ。


俺としては成さなければならない事が最優先だが、今はアイツらに従うしかない。


そう、これは通過点に過ぎない。


さっさと終わりにし、あの野郎を…ジルを殺す。








衝撃の対面の後、私は暗い気持ちで夕食を済ませ、二階にある自分部屋のベッドに転がり込んだ。


「…はあ」


思わずため息が出てしまう。


桐葵家は私の家のほぼ真向かいにあったのだ。


毎朝登校する度にあの狂気を帯びた視線を一身

に受けながら歩くのは、なんとも言いがたい。


「…明日、やだな」


そもそも私になんの落ち度がある。


桐葵君とは初対面のはずだ。


それとも前にどこかで会っているのだろうか…?


「はあ…」


明日聞いてみよう。


そう割り切り、シャワーを浴びて再びベッドに倒れた。


ピピッ、ピピッ。


耳元で鳴り響く携帯のアラームで目が覚めるのはいつもと一緒だ。


ベッドから降り、いつものように朝ご飯を済ませ、洗面所で身だしなみを確認する。


いつもどおりだ。


ただ一つ、心臓を素手で鷲掴みにされているようなこの気持ち以外は。


「はあ…」


何にしろ、これから学校に行くというのはもう既に決まっている事だ。


そして隣の席からあの視線を浴びる事も。


「よしっ。いってきます」


気持ちを入れ替え、いつもどおりの言葉を空虚な玄関に投げ掛け、ドアを開けた。







学校に着くなり、昨日と同じく桃江が飛び掛かってきた。


二度同じ手は食わない。


私は前方の桃江を視認した瞬間、扉の脇に身を隠した。


「やっほー!ミ…」


飛び掛かった勢いで廊下にあるロッカーに音をたてて突っ込んだ。


「あう…イタイ…」


「自業自得だよ」


私は桃江を後にし、自分の机に向った。


机の中に教科書類を入れようとしたとき、ふと隣の席を盗み見た。


桐葵君はどこか遠くを見るような、覇気のない瞳で空中を眺めていた。


「なんか用?」


不意に桐葵君が口を開いたので、私はあまりの突然さにノートを一冊落としてしまう。


慌てて拾おうとしたとき、横から手が出て、私のノートを拾い上げた。


桐葵君は無言でノートをパラパラとめくっている。


「あっ、ちょっと!」


気恥ずかしくなった私は桐葵君からノートをとろうとする。


が、私が手を伸ばしたと同時に、桐葵君が興味がなくなったとでも言うように私に押し付けた。


「真面目によくやるな・・・こんなもん」


まるで軽蔑するかのように言葉を吐き捨てる桐葵君に、私はムッとしながら返答する。


「必要なことだから真面目にやるんだよ」


「じゃあ聞くがその数学、何の為にやってる?」


屁理屈っぽい言い方に憤懣を募らせながら答える。


「大学進学とか就職のためだと思うよ」


「必ずしも使うのか?この数字の羅列は」


「・・・そういうの、屁理屈って言うんじゃないのかな。何がいいたいの?」


私は苛立ちを隠せず、怒気を含ませた声音で問いただすように聞いた。


すると一瞬、桐葵君の顔が驚きの表情に変わった気がした。


だがすぐさま無表情に戻り、


「・・・別に」


桐葵君はそれだけ言うと、顔を仰向けて机に頬杖をついた。


私は煮えたぎる頭を冷やし、授業の用意をしようと席を立つ。


「何なのよ・・・アイツ」


昨日といい今日といい、桐葵君はなぜ私にはつっかかってくるんだ?


他の女子みたいにあしらえばいいのに・・・。


席に戻り、先生が来るのを待っている間、横目で桐葵君を見る。


そういえば先ほどの、あの驚いた表情はなんだったのだろう?特に驚くことはなかったはずなのだが・・・。


「よし、授業を始めるぞ」


いつの間にか先生が教壇に立ち、挨拶の係が号令をかける。


気にはなるが、これ以上深く考える必要もない。


私は授業に頭を切り替えるべく、ノートを開いた。







「・・・そういうの、屁理屈って言うんじゃないかな。何がいいたいの?」


白執未来は子供を叱ろうとする親のような口調で問い詰める。


まるで怒りを言葉という膜で包んで、そのままぶつけられたようだった。


その言葉に俺は虚を突かれ、無表情を崩しかけた。


ふと、白執未来の表情が怒りから疑問に変わっていた。


あわてて無表情を作りなおし、顔を背けながら言葉を発する。


「・・・別に」


答えた後、自分の席を遠ざかっていく白執未来を、俺は無意識のうちに目で追っていた。


いままで会ってきたやつらとは明らかに・・・白執未来は違った。


心中ではどうだかは知らないが、表情や言動だけ見ると怒るというよりは諭されていたような感覚だ・・・。


教壇に立つ先生を見ながら低くつぶやく。


「何なんだ・・・アイツ」


「ミク、ミクってば!」


私ははっとして周りを見渡す。すると、目の前に桃江の顔がドアップで現われた。


「わっ!ビックリした~…」


「どしたの?さっきからボーッとして」


言いつつ、真向かいに座っている桃江が私のお弁当の唐揚げにフォークを伸ばす。


「別になにもないよ」


桃江のフォークを割り箸で弾き、何気なく答える。


勿論、朝からずっと桐葵君の事を考えている。

私が怒りをぶつけた後の、あの不思議そうな表情が今も頭から離れない。


まるで始めて怒られた子どものような、幼稚な表情。


「あらあら~?天下無敵の白執光来が悩みごとかな~?」


にやけ面の桃江が、私の顔をのぞき込む。


「…よし、決めた」


あれこれ悩んでも仕方がない。


とにかく桐葵君と話をしなければ。


…正直嫌気がさすが。


私は桃江に退室を告げる。


いってらっしゃ~いという、いかにも間の抜けた声を背中で聴きながら教室をでた。









軽いざわめきのような木の音を耳に入れ、葉と葉から垣間見える日差しをただ浴びている。


ここ屋上は、俺の格好のサボり場だ。


昼休みや暇な授業になるといつもこの屋上に植込みという奇妙な構図を利用し、物思いにふけっている。


ふと、頭の隅にアイツの顔が映った。白執光来だ。


薄いピンク色の唇からでる、あの諭すような口調。


思い出しただけで妙な気持ちになる。


「クソッ!」


ガバッと起き上がり、ふと入口のドアが開いている事に気が付いた。


ドアの向こうには、今まさに頭の中に出てきた顔、白執光来がいた。











「ここに…居たんだ」


私はそう言いながら、桐葵君に近付いていく。


「何の用だ」


相変わらず桐葵君は向こうを見ながら拒絶的な口調が返ってくる。


「お昼、食べた?」


何気なく聞いてみるが、返事はなかった。


私は内心ムッとしたが、表には出さず、出来るだけ口調を変えずに続ける。


「なんで、皆のことは無視するのに私の時だけはそんなにつっ掛かって来るの?私、桐葵君に何かした?」


「ああ、したな」


桐葵君は答えた後、バッと立ち上がると私に向って歩いて来る。


「お前のせいで俺はいらねぇ時間を食ってんだ。その上当の本人は自分の今の立場が全く分かってねぇだ?」


桐葵君の強い口調に押されるように、私は少しずつ後退りする。


やがて金網に背中がぶつかり桐葵君が私の真ん前で立ち止まる。


「ど、どういう事?意味が…」


ガシャン!


言葉の最中、突然私の右頬の辺りの金網が音を立てて揺れた。桐葵君が勢いよく手をついたのだ。


同時に、桐葵君と最初に会った時の事が頭の中を走り抜けた。


今まさに、あの時と同じ目をしていた。狂気の宿った、冷たい目。


すると桐葵君は、ゆっくりと私に顔を近付ける。


もう少しでキスをしてしまいそうな距離で、私は奇しくもドキドキしてしまう。


桐葵君はボソボソと口を開いた。


「よく聞け。お前は今、命を狙われている」


「え…?」









「え…?」


目の前のほんのり朱色の顔が、嘲るかのように表情を歪める。


大体想像はできていたが、改めて目の前の顔が気に入らない。


「詳しい事は知らねぇが、確かにお前は狙われてる」


俺は先ほど壊し、右のポケットに入れておいた"使魔つかいま"を白執の前に見せる。


「なに?この布切れ」


「使魔だ、それも多少はできる魔導師の」


ますます訳がわからないといった顔だった。


ムカつく。


「あの、桐葵君」


「なんだ」


白執が口をひらく。


「取り敢えず、詳しい話を聞きたいな。今日の夜、家に来てくれないかな?」


「・・・」


俺は思わず自分の耳を疑った。


この女は、この世界からすれば一線を超えている話を信じると言うのか?


「・・・桐葵君?」


「・・・今夜5時に行く」


俺はそう告げ、白執の顔を見ずにその場を後にした。







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