被共感性の化物
俺はサイコパスである。
一般的に言われているような犯罪的サイコパスではない。
共感するか、しないかのON/OFFを、
自分の意志で切り替えられるサイコパスである。
通常はOFFだが、操作出来る。
人の感情が分かり冷静に観察できるし
共感するかどうかを選ぶことが出来る。
他の人が言う、『共感せずにはいられない』
『感情に流される』が分からないし、必要を感じない。
だからといって、不都合は感じない。
仕事は他人より出来るし、
頭はそれ程良くないが、頭が良さそうな話し方は可能だ。
そのため、人間関係にも困っていない。
俺の人生は順調だ。
そのはずだった。
彼女が現れるまでは。
その日、出勤途中、いつも通る道は異常だった。
道行く人皆、涙を流していた。
自分達でも理由は分からないようだった。
さらに進むと、
泣き崩れて動けない人まで現れた。
そして、原因を見つけた。
若い女性が、子どものようにわんわん泣いていた。
こけたのか、膝と頭を擦りむき、
新調したらしい服は泥だらけ、ヒールも折れていた。
驚いた。
彼女が泣いているのを見ていると、
俺の涙腺が刺激された。
泣きはしなかったが、危なかった。
サイコパスである俺のOFFを超えて、
共感の波を届けられそうになった。
彼女は、被共感性の化物だった。
彼女が泣くと、周りの人々は自然に共感させられ、
泣いてしまう。
彼女が笑うと笑ってしまう。
そこに意志のバリアは通用しない。
共感性の暴力である。
共感の波がこれ以上強くなる前に、
俺は彼女を立ち上がらせ、介抱し、
新しい服と靴を有無を言わさず押し付け、
彼女を置いて、逃げるように会社へ向かった。
仕事をしていると、何となく嫌な予感がした。
今日、会社で新人の面接があるので、
部屋を覗いてみた。
異様な光景だった。
面接官の全員が、にこにこしていた。
やはり、彼女がいた。
面接されている彼女は、
にこにこしながら
自分と祖母との
とりとめのない話をしていた。
最悪だ。
俺は、数ヶ月前、
自分の部署の慢性的な人手不足と
新人の早急の雇用を、人事部へ訴えたことを、
心の底から後悔した。
数日後、彼女は俺の下で働くことになった。
甘やかされてきたであろう彼女は、
一般社会の常識から指導が必要になるレベルだった。
その上、彼女は全般的に慎重さに欠け、
よく転んだ。
とはいえ、やる気はあった。
言われたことはメモを取り、
基本的に頭も悪くなかった。
努力を嫌がらず、自分のミスも素直に認める、
良い新人だった。
本当は、もっとチヤホヤされる職業の方が
彼女にとって天職だろう。
しかし、彼女は慣れない職場で
地道にコツコツ頑張っていた。
そういう所も、良かった。
取引先とのやり取りは、神だった。
「怖い顔をしているが、優しくしてあげたら
優しく返してくれる人だから」という
嘘を言い含みながら向かったら、
いつもは侮蔑と悪口と意地の悪さしか持っていない
取引先の男が、
生まれて初めて見せるであろう優しい笑顔を見せた。
共感性の低いはずの男が、
彼女の感情と完全にリンクさせられていた。
「本当に優しい人でしたね」
帰り道、彼女の言葉に苦笑いを返すしかなかった。
それよりも、
俺は悩んでいた。
最初に会ったあの時、
俺は彼女を助けるべきではなかった。
彼女は、刷り込みされたひよこのように、
俺をヒーローのように見つめた。
同じ会社で、上司と部下になった時、
彼女の中で、それは運命となった。
少女漫画の見過ぎだ。
彼女の目が全てを語っていた。
いや、それよりも、
彼女の『好き』の波動は共感を求めて、
俺に強く働きかけてきた。
俺は自分がサイコパスであることを、
初めて神に感謝した。
絶対のOFFによって、彼女の想いへの共感を遮った。
そうでなければ、
彼女の『好き』に共感させられて、
俺も好きになっている所だ。
それは健全と言えるのか?
俺の気持ちなんて関係ない。
彼女が飽きたら俺も飽きて終わり。
下らない。
彼女の話を聞いていると、
やはり恋愛事情も自然消滅が多いらしい。
そりゃあ、そうだろう。
彼女の一方向の恋が、被共感の鏡によって
擬似的な愛になっただけなのだから。
それは2人にとって不幸なことだろう。
別に、
俺達2人のことを考えている訳じゃない。
一般的な話だ。
俺の悩みは、
彼女の想いが日増しに強くなっているということだ。
彼女はバレてないと思っている。
彼女が駆けて来る。
周りでカップルの小鳥がさえずる。
角で、学生同士がぶつかり、見つめ合う。
弁当屋の女性と新入社員らしいサラリーマンが、
弁当を渡しながら見つめ合っている。
外国人カップルがベンチでキスし始めている。
彼女は周りに気付かず、
ひたすら俺に向かって駆けてくる。
そして、満面の笑みで俺に挨拶をする。
一瞬躊躇して、挨拶を返す。
嬉しそうな彼女の笑顔と頬の赤さが、眩しい。
俺は、
悩み続けている。




