表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

彼と縄と猫のこと(アイデアのみ)

作者: ちりあくた
掲載日:2026/05/22

ある少女は浪人中に辛いことがあり、死にたいという気持ちが芽生えてきました。しかし、自分を愛してくれる両親のことを思うと、その気持ちは誤っているような気がして、さらに辛くなるのです。彼女は耐えきれなくなって、ある夜、予備校の自習室で隣の席に座っていた年上の受験生に、帰り支度をしながら「先輩って死にたくなったことあります?」と軽口を装って言います。彼は「そりゃああるよ」と軽く返します。「この前、模試でマークずれててさ。自己採点したときは、机に穴掘って潜ろうかと思ったよ」。彼女は冗談めかして言われたことにガッカリしつつ、口を滑らした自分を内心で責めます。しかし、彼は少しの沈黙ののち、「そういうことじゃないよな」と語り始めました。「俺、一回だけ自殺しようとしたんだ」。


一浪のときはそれなりに勉強してたんだけど、結局どこにも受からなくてさ。滑り止めも落ちて、完全に手応えがなかった。親はもう一年だけって言ってくれたけど、その期待に乗ってる自分がだんだん苦しくなってきたんだ。親からは予備校代も、東京で一人暮らしする家賃も、仕送りさえ貰ってる。全然ブラックな環境でもないし、ただ勉強するだけなのに、それすら続けられない自分が心に来たんだな。しばらく何も手につかなくなって、またやり直そうとする気も起きなくて、でも浪人して親の金に甘えている自分が何よりも嫌いだった。だから死のうと思ったんだ。これ以上迷惑もかけたくなかったし、この状態で居続けるのも無理だった。どうせまた失敗する。だったら早く終わらせようと思った。ネットで縄とか脚立とかを念のため別々に買って、ある朝に死のうとしたんだ。まだ理性がはっきりしてない、ぼんやりしているうちにやってしまいたかったからね。そうして脚立を登っていって、処刑台を登っている立場なのに、壇上の囚人に熱狂する民衆みたいな気持ちになってた。頂上まで辿り着いて、縄に首をかけた途端、妙に心が軽くなったんだ。そして、飛び立つように足場を蹴った。だけどすぐ後に、縄が首に食い込んで、息が喉元から押し出される瞬間、俺の頭にはある光景が浮かんだんだ。


……よく近くの公園にいる野良猫のことだった。確か一浪の受験が終わった直後だったか、生活リズムが崩せなくて、自然と早起きして外に出てたんだ。でも行き場がなくて、仕方なく公園のベンチで空に流れる雲を見てた。そのとき足元からニャアっていう声がして、ふと見たら黒い猫がいた。首輪もなくて、どこか痩せていて、野良猫なんだと思ったよ。やつは俺に対して何かを期待しているみたいだった。でも、野生動物が期待するものなんて大体餌だよな。俺は昼飯用にって買ってたコンビニのおにぎりを開けて、てっぺんの部分をちぎって分けてやった。そうしたら、やつはもう一度、今度は高い声でニャアと鳴いて、そのまま去っていった。……あの去っていく小さな背中が浮かんで、ひどく悲しくなった。それが最後の光景だった。でも、こうやって話してるってことは生きてたってことだ。俺は幽霊じゃないからな。ふと起きたら、白い天井がオレンジに染まってた。それがあまりに綺麗だったものだから、神様が間違って天国へ送ったのか、なんて思った。でも妙に見覚えがあって、切れた縄が視界の端でわずかに揺れていて、「そうか、失敗したんだな」と思った。次の瞬間、俺は急いで着替えて、あの公園へと走っていったんだ。そこにはあの猫がいて、学校帰りの小学生たちと戯れてた。彼らからちゃんとした餌をもらって、嬉しそうにニャアと鳴いてた。別に俺なんていなくても、元気にやってけそうな感じだった。だけど、そのとき、ああ、生きててよかったって思えたんだ。その後念のため病院に行って、お医者さんにはこっぴどく叱られたんだけど、そんなに響きはしなかった。あの猫が一番効いたね。後からなんでだろうって考えたんだよ。親への迷惑よりも猫かよって。でも思ったのは、別に大したことじゃないだろうってことだった。別にあの人たちは俺に投資することを強要されているわけじゃないし、「上手くいってほしい」っていう彼らなりの願望・自由意志の上で選択しているんだ。気恥ずかしい開き直りだけど、その考え方が一番楽に思えた。あの人たちだって、息子に死なれるよりはずっとマシだろ。でも猫は違った。俺の命なんてヤツにはどうでもいいことさ。……多分、人間が生きている意味は観察することにあるんじゃないかな。どんなにいい大学に行っても、どんなにいい会社に入っても、多分俺ら一人の命は大した価値を持たないよ。生きてるだけで、いくらでも自分の代わりがいることを知らされる。他者から見た価値っていうのは儚いものなのさ。だけど、観察は違う。この世界を一人称で捉えられる主体は、自分しかいないんだ。例えどんなに辛いことがあろうと、それを見てしまう目は、同時に最高のことにも向けられる。それを失おうとするのはどこか惜しいって、多分あの猫を見た瞬間に、そう思ったんじゃないかな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ