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王女の騎士 ―赤いローズと空の青ー  作者: 雛雪


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後編②

ラストです。

激しい雨が中庭を叩き、すべてを泥に沈めていた。

寝室から逃げ出したカシハンは、待ち構えていた自国の私兵たちの円陣に逃げ込み、醜く顔を歪めて叫ぶ。


「……殺せ! あの男を近づけるな! 逆賊フィンレイを直ちに討てッ!」 


カシハンの私兵たちが一斉に牙を剥いた。その背後からは、異変を察知して駆けつけた城の兵たちが、松明を掲げて次々と中庭に雪崩れ込んでくる。


「何事だ! 陛下はいずこか!」


その声を聞いた瞬間、カシハンは泥にまみれた指でフィンレイを指し、城兵たちに向かって峻烈に言い放った。


「助けてくれ! 騎士フィンレイが乱心し、ローゼンウィンを手にかけたのだ! 私の騎士たちが防ぎ止めているが、もはや限界だ。逆賊を直ちに討て!」


「な……何だと!?」

城兵たちが息を呑む。彼らの視線の先には、血濡れの短剣を握り、王配の私兵たちに包囲されたフィンレイの姿があった。


「……黙れ、異国の小物が我が陛下の御名を口にするな」

地を這うような低い声。


十数本の槍が、逃げ場のないフィンレイの体を容赦なく貫き、斬りつける。

強固な白銀の甲冑が砕けることはなかった。だが、鋭い刃先は冷酷にその「継ぎ目」を捉え、内側の生身を深くえぐり出す。籠手と肩当ての間、そして脇腹。装甲の隙間から鮮血が噴き出し、フィンレイの膝が一瞬、泥の中に沈みかけた。


「ハッ……死ね! 死ね、不吉な兵卒め!」

カシハンが勝ち誇ったように目を剥く。


だが、フィンレイは止まらなかった。

足元のランスを拾い、自らの脇腹を貫く槍の柄を掴み力任せに引き寄せると、逆にその持ち主の喉をランスで叩き折った。

血に染まった甲冑を纏い、フィンレイは重い一歩を踏み出す。数多の刃に身を削られ、一歩歩むごとに赤い雫が泥の上に零れ落ちる。

だが、その圧倒的な殺気に、城兵たちはカシハンの命に従うどころか、その場に釘付けとなった。


「……どけ」

死に体の男が放つ一言に、残った私兵たちが戦慄し、道を開けた。


「ま、待て! 寄るな! 私は王配だぞ!」


盾を失い、後退るカシハン。フィンレイは歩み寄り、その胸倉を、残されたすべての力で掴み上げた。


(……この手は、もう二度と、あの花を植えることはない)

一切の躊躇なく、女王を奪った短剣に持ち替え、その喉元に深く突き立てる。

断末魔は雨音に消え、カシハンの亡骸が泥の中に沈んでいった。


復讐を果たしたフィンレイの胸に、救いなどはなかった。あるのは、扉の向こう側で立ち尽くしていた自分への、焼き付くような嫌悪だけだ。


「……ローズ」

彼は雨の中に膝をつき、天を仰いだ。

甲冑の隙間から流れる血が、冷たい雨に混じって泥を赤く染めていく。


「……死なせない」

自分を、ではない。彼女が女王として生きた証を、歴史の闇に葬らせはしない。

フィンレイは泥にまみれた自らのランスを杖代わりに、ゆっくりと立ち上がった。


◇◇◇


降りしきる血の雨の中、カシハンをほふったフィンレイは、深手を負った体を引きり、一人、城を後にした。


背後では主を失った皇国の軍勢が、混乱と内紛の渦に飲み込まれていく。

彼らがもはやこの地を統治する力を失い、這うようにして撤退していくのは、もう少し後のことだ。

だが、今の彼にそれを知る術はない。



(……もう、十分だろう)

追手の声が遠ざかる。血に濡れた銀色の鎧は泥にまみれ、もはや騎士の輝きはない。

彼は朦朧もうろうとする意識のなか、王国を一望できる小高い丘の上の、大きな木の下へと辿り着いた。

ドサリ、と力なく膝をつく。


視界の端には、幻想か、古びた教会の影が見えた。

その祭壇には、質素な石の棺が安置されている――そんな夢を、彼は見ていた。


ステンドグラスの光が棺を淡く優しく照らし出している。

フィンレイは震える手で、大切に抱えていた一輪の赤いローズを、泥の地面に……夢の中の石の蓋の上へ、そっと供えた。

そして、傍らにランスを立て、ゆっくりと重い兜を脱ぎ捨てた。


どこからともなく、穏やかな鐘の音が響き渡る。

『――フィンレイ』

懐かしい、鈴を転がすような声がした。


振り返ると、そこには十五歳の女王でも、絶望に濡れた花嫁でもない、あの日の五歳の姿のままのローゼンウィンが立っていた。


「おそらのあおだわ、きれい」

幼い彼女は、あの庭で出会った時のように無邪気に笑い、彼の手を取ろうと近づいてくる。


「むかえにきたわ。……ねぇ、フィン。お花をうえましょう?」

フィンレイの青い瞳に、十数年ぶりに温かい涙が溢れ出した。


「……はい。ローズ。……今度こそ、ずっと、お側に」

二人の笑い声が、光の中に溶けていった。


◇◇◇


春の陽光が降り注ぐ丘の上の大きな木の下で、一人の幼い少女が、甲冑を纏ったまま座り込んでいる騎士を見つけた。


「ねぇ、きしさま?」

少女が不思議そうに覗き込むが、騎士は返事をしない。

兜を脱いだその顔は、見たこともないほど穏やかで、優しい笑みを浮かべたまま静止していた。


「ママー! きしさまがお寝んねしてるの。おねむしてるよー!」

少女の声が、明るい空へと響き渡る。


風が吹き抜け、物言わぬ騎士の膝の上に置かれた一輪の赤いローズの花びらを、遠い「お空の青さ」へと運んでいった。


◇◇◇





【エピローグ】


魔物の発生に乗じ、支援の名目で王国を実質的な支配下に置こうとした皇国の目論見は、王配カシハンの死をもって(つい)えた。

皇王は自国の皇子が女王を殺害したという醜聞が広まるのを恐れたのだ。

侵略者のイメージを嫌った皇王は、カシハンの死を不慮の事故として処理し、その凶行を闇に葬る道を選んだ。

それに伴い、主君の仇を討ち果たしたフィンレイの処罰も、あるいはその功績も、公式な記録に留められることはなかった。

皇国との決定的な対立を避けるため、王国側もまた、あの日の中庭で起きた凄惨な出来事のすべてを伏せたのである。


公式の記録において、彼女の治世は「空白」に近い。だが、彼女が心血を注いだ貧民救済や治水の功績は、今や豊かな実りとなって国中の民を潤していた。

主を欠いた玉座には心神喪失のまま担ぎ上げられた姉王女が据えられ、高位貴族との婚姻によって、かろうじて国の体裁が保たれた。


やがて王宮は美しく再建され、新しい時代の象徴として輝きを取り戻したが、ただ、主を失った「王女の宮」だけは、時を止めたように荒れ果てたまま残された。

そこには、かつての女王の面影を留める白い花々が、今もひっそりと咲き続けている。

その花は、いつしか民の間で「安らぎの花」として親しまれ、春が来るたび、国中の窓辺や路地裏を白く染め上げるようになった。

たとえ歴史から削られようとも、民が植え、愛でるその清廉な白き花びらこそが、彼女が命を賭して守り抜いた平穏を、何よりも雄弁に語り継いでいた。

けれど、誰も踏み込まぬ宮の奥底にだけは、今も寄り添うように、燃えるような赤いローズが密やかに咲き誇っている。

映画みたいな恋愛モノを描こうと思って書きました。

こういうの読まれないだろうなーと思いつつ…。

BGMはIndilaの「Love Story」でした。

拙い話を最後まで読んで下さり、

ありがとうございました。m(_ _)m

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