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太平洋核戦争  作者: 霊藻
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ルビコン

1945年5月末


クレムリンの執務室は、その部屋の主の猜疑心を映すかの如く、外の空気を拒絶していた。


厚い壁、重いカーテン、長い机。

ソ連外務人民委員、ヴャチェスラフ・モロトフは書類を整え、対面に座る男……書記長、ヨシフ・スターリンを見た。

スターリンは椅子にもたれ、パイプをゆっくりと燻らせている。

表情はいつもと変わらない。


「ワシントンからの正式な要請です」


モロトフは淡々と読み上げる。


「日本が降伏した場合、ソビエト連邦には……満州、朝鮮半島全域、および日本本土の北海道と東北地方の占領を認める、と」


一瞬の沈黙。

スターリンが、パイプの灰を落とす。


「……ずいぶんと、思いきった譲歩だな」


「はい」


モロトフは続ける。


「アメリカは、対日戦で行き詰まっています。故に、日本を早期に降伏させるため、我々の参戦を必要としている」


スターリンは薄く笑った。

椅子から身を起こし、地図の置かれた机へ歩く。

満州、朝鮮、樺太、千島、そして…………北海道。


「ナチスの始末は終わった」


彼は言った。


「では次は、極東だ。1905年の借りを返すには丁度良い」


モロトフは慎重に言葉を選ぶ。


「アメリカは、日本の“新兵器”を強く恐れています。対抗策が完成するまで、時間を稼ぎたい。そのために……我々を、日本にけしかけるつもりです」


「恐怖は、人を正直にする……」


スターリンは地図の北海道を指でなぞった


「……しかし、新兵器か」


「その新兵器について、アメリカの同志達から新たな報告があります」


モロトフは、新たな書類を一枚、机の上に置いた。

判子も何も無い、乾いた報告書だった。

スターリンは視線を上げなかった。


「続けろ」


「その新兵器……原子爆弾は、これまでの兵器とは次元が違う。全く新しい理論を使った爆弾で、都市、艦隊、基地などを……一撃で無力化できる破壊力があります。ただし────」


モロトフは一瞬、言葉を切る。


「運用方法に重大な制限があるとのことです。起爆装置の構造上、原子爆弾は極めて大型、大重量にならざるをえない。つまり、この爆弾を運用するには四発の重爆撃機を使うしかない……」


スターリンは、そこで初めて頷いた。


「つまりは、極東からモスクワまで飛んでくるのは不可能、だと」


「はい。そして────」


モロトフは視線を落とす。


「日本はここ一ヶ月、原子爆弾を使用していません」


空気が変わった。

スターリンはゆっくりと椅子から立ち上がり、地図の前に立つ。


「弾切れか……?」


「可能性は高いと」


モロトフは即答した。


「同志達の話によれば、原子爆弾の製造には極めて手間が掛かるとのことで。少なくとも、即応可能な数は尽きている……アメリカ側も、そう判断しています」


日本海軍はほぼ壊滅しており、海は米海軍に荒らされた。

つまり、日本は国外から資材を調達するのに酷い苦労をしている筈だ。

スターリンは、地図上の東京を指で叩いた。


「ならば、日本は……最大の手段を失った状態で、強気な交渉をしている」


「はい……まさしく賭けです。相手が恐怖で動けないうちに、最大限を狙う」


スターリンは低く笑った。


「賢い。だが、脆い」


モロトフは、言葉を選ばずに続ける。


「対日参戦は、損害を伴うでしょう。新兵器が完全に尽きたとの保証はありません。むしろ、非常時の予備弾くらいは用意されているかと……」


「だが?」


「………もしアメリカが約束を守るのならば、リターンは極めて大きいですな」


満州、朝鮮半島、日本本土。

不凍港………そして、原子爆弾の設計図と現物。

もしかしたら、ウラジオストクなんかは日本の反撃によって消滅するかもしれない。

しかし、朝鮮半島や日本本土を手に入れられるのならば、その程度の都市はくれてやっても構わない位でしかない。

スターリンは、パイプに火をつけ直した。


「我々は、ドイツで血を流した……であるならば、それがもう少し増えても変わらないだろう」


たかが都市一つ、数十万人程度。

それは、都市どころか小国一つ分の人口を東部戦線で溶かしたソ連にとっては、ただの塵芥でしかなかった。

モロトフは、更に一歩踏み込む。


「日本は、長期間の戦争で消耗しています。海はアメリカに押さえられ、制空権を抑えられれば新兵器を使えず、陸は──我々が最も得意とする場所です」


スターリンは振り返った。


「つまり、我々が恐れる事は?」


「ありません」


モロトフは断言した。


「恐れるとすれば、“バスに乗り遅れること”でしょう」


数秒の沈黙。

スターリンは、ゆっくりと煙を吐いた。


「よし」


短い一言だった。


「準備を進めろ。参戦は……………アメリカ人が再び動き出した、その瞬間だ」


モロトフは深く頷いた。










そこから約2ヵ月後の1945年7月、ベルリン郊外ポツダムにあるツェツィーリエンホーフ宮殿に連合三大国の首脳、トルーマン大統領、チャーチル首相、スターリン書記長が集まり会談。

瓦礫の帝都を背景に行われた首脳会談の席上で、ソ連は正式に対日参戦を約束する。






そして、ほぼ同じ頃。

地球の反対側、アメリカ合衆国ニューメキシコ州の砂漠。


夜明け前…………

鉄塔の上に吊るされた、異様な形状の装置。


コードネーム《ガジェット》


カウントダウン、閃光。

───太陽が、地上に落ちた。







1945年7月16日 5時29分45秒

ニューメキシコ州ソコロより南東48km、北緯33.675度、西経106.475度地点、地表から約30mの爆発実験塔上で爆縮型プルトニウム原子爆弾(推定核出力約25kt)が炸裂。

爆発実験塔は消滅し、深さ3 m、直径330 mのクレーターが形成。

爆発の衝撃波は160 km離れた地点でも感じられ、キノコ雲は高度12 kmに達した。




そうして、世界は踏み止まる最後のチャンスを乗り越えていったのだった。


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― 新着の感想 ―
核兵器で殴り合いかぁ。 さすがのアメリカ人でも、この状況からニュークリアウェポンとかは言い出せない と思う。
核兵器が初めて実戦投入された黎明期だからこそできる容赦ない投射戦 放射線障害や汚染の知見もまだないですしね さて最後の1年(1945年)だけで人類の人口がどれだけ減るのか……
今まで色んな架空戦記を読んできましたが、ここまで核兵器をぶん投げする狂気作品は初めてです。 日本側の核兵器運用能力がドッグ・イヤーのように進化していくのが怖いです。 最初は核地雷だったり特攻だったのが…
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