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太平洋核戦争  作者: 霊藻
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サード・カタストロフィ

硫黄島が吹き飛んだらしい。


そんな噂が、艦隊の中を霧のように漂っていた。


最初は笑い話だった。

敗けが込んだ末に日本軍が弾薬庫ごと自爆したのだろうという話や、あるいは地下に張り巡らされた坑道が崩落し、島の一部が一斉に陥没したのだという話。

もしくは、艦砲射撃につられて硫黄島の火山が突如噴火したのだという者までいた。


沖合いに居た艦艇からの報告では、要領を得ない断片的な内容しか上がってこない。

偵察写真は現像が遅れ、届いたものも、参謀たちを首を傾げさせた。

地形が、事前の資料と合わない……砲爆撃で削れた、という言葉では説明しきれないほどに。


「やはり弾薬庫か?」

「クレーターだと……でかいな」

「噴火……硫黄島なら、あり得なくもない、のか?」


艦内では幾つもの会話が交わされるが、どれも確信に至るようなものにはならなかった。




1945年3月18日 西太平洋 

アメリカ海軍第58任務部隊



米海軍第58任務部隊(TF58)は、この時点のアメリカ海軍において最大級の打撃部隊だ。

現在は第5艦隊司令長官スプルーアンス提督の指揮下に置かれ、空母任務群を中心に戦艦、巡洋艦、駆逐艦が幾重にも編成されている。

中核を成すのは正規空母と軽空母あわせて十数隻。その艦載機数は千機を優に超える。

それらが四個の群に分けられ、相互に支援し合う形で洋上を進んでいた。


TF58の役割は明確。

日本軍の戦力を損耗させることで反撃能力を削ぎ落とし、沖縄、ひいては日本本土上陸を円滑に進める為の支援だ。







日本本土より南方の海上

───とある米海軍パイロット



高度6000メートル。

雲は薄く、海は穏やか。


「レーダー接触、方位270、距離40マイル。低空から接近中」


無線越しの航空管制の声は、落ち着いていた。


私は操縦桿を軽く引き、編隊を整えながら前方を睨んだ。

F6Fヘルキャットの機首越しに、空と海の境界がゆっくりと流れていく。

燃料、火器、エンジン、すべて正常。愛機は理想的な状態だった。


やがて、点が見えた。


鳥の群れかとも思ったが、動きが直線的すぎる。

よく目を凝らして確認すると、それは単発の日本機だった。

機影は小さく、低空を必死に這うように飛んでいる。


「敵機確認。Judy(彗星)が単機だ」


編隊内で短く声を交わす。

特攻か、偵察か。

どちらにせよ、艦隊に近づける理由はない。


太陽を背に回り込み、ゆっくりと高度を落とす。

相手は気づいていない……あるいは、気づいても回避する余力がないのかもしれなかった。

機体の動きは鈍く、まっすぐ艦隊の方向を目指している。


「───攻撃する」


引き金を引いた瞬間、機銃の反動が身体に伝わる。曳光弾が一直線に伸び、日本機の翼根に吸い込まれた。次の瞬間、黒煙が噴き出す。


敵機は大きく傾き、しかし墜ちない。なおも機首を艦隊へ向けようとする。


──まだやる気か。


もう一度、短く撃つ。

今度は胴体に命中し、火が上がった。日本機はついに制御を失い、回転しながら海へ落ちていく。


「やったか……」


そう呟きながら、私は無意識に周囲を見回した。

空は静かだった。

ほかに敵影はない……艦隊は遠く、整然と航行を続けている。


何てことはない。無謀な日本軍機が墜としてくださいと言わんばかりに来て、予定調和的に墜とされた。それだけだ。


……………その筈だった。


次の瞬間、彼と、彼の編隊機全てが光に包まれるまでは。





同時刻 TF58旗艦

空母バンカー・ヒル

────マーク・ミッチャー中将



最初に異変を告げたのは、通信室だった。


「ピケット艦、複数との通信が途絶えました」


報告の内容が理解できず、私は一瞬、参謀を見た。

ピケット艦とは、特攻機対策で主力から遠方に配置されたレーダー搭載駆逐艦、つまりは艦隊防空の網である。

それらは単艦行動故に敵機に集中攻撃されることはあっても、録な報告も無いまま通信途絶とは聞いたことがない。


「やられたのか?」


問い返すより早く、艦橋の窓越しに異様な光が走った。

太陽ではない。稲妻でもない。

空そのものが、瞬間的に白い閃光に包まれたかのように見えた。


次の瞬間、無線通信機に酷いノイズが流れ、艦内の照明が一瞬揺らぐ。


「原因不明の発光現象……3回目です」


「ピケット艦の方向……もしかしたら、日本軍の攻撃なのでは……」


参謀たちの声が重なり、艦橋は一気に騒然となった。

だが、誰一人として「攻撃」と断定できない。

そんなデタラメな爆弾など、我々の想定には存在しなかった。


だが結果だけは、冷酷なまでに明確だった。


謎の発光現象の向こうから、複数の日本軍機が接近中であることが、断続的に戻ったレーダー反応で確認された。


「航空隊を呼び出せ、迎撃だ」


「艦隊は対空戦闘配置を維持。全艦、最大警戒だ」


理屈は後でいい。

正体が分からなくとも、敵は目の前にいる。


窓の外、はるか彼方で小さな点が増えていく……日本軍機だ。確実に、こちらを目指している。


────私は一瞬だけ、硫黄島の名を思い浮かべた。

噂話で済ませていた、あの「謎の爆発」……


もしあれが、日本軍の画期的な新兵器によるものだとしたら……


だが、その考えは口に出さなかった。

艦隊司令官が迷いを見せるわけにはいかない。


「迎え撃て」


短くそう告げた瞬間、甲板の向こうで、次の迎撃機が次々と射出されていった。








砲声は鳴り止まない。


空母イントレピッドの飛行甲板下、露天の対空砲座は、異様な熱気に包まれていた。

艦が震え、砲身が唸り、弾薬が装填されるたびに物々しい金属音が重なって響いていく。


「来るぞ、2時方向!」


怒鳴り声に反射的に砲を振る。

照準器の向こう、青空を切り裂くように一機の日本軍機が降下してきた。

速度が異常だった。どんなに撃たれても、構わず向かってくる。

煙を引いているのに、真っ直ぐだ。


20ミリ機関砲の引き金を引く。

砲が火を噴き、反動が全身を叩く。


周囲でも同時に対空砲が吼え、空は曳光弾の軌跡と黒煙、そして破片で埋め尽くされた。

弾は命中しているはずだ。

翼が削れ、機体が震えているのが見える。

それでも、日本軍機は落ちない。


「畜生っ!!突っ込んで来るぞ!!!!」


「落ちろ!!落ちろ!!」


誰かが叫び、誰かが祈る。

だが祈りは届かない。


日本軍機は、ただ、艦だけを見ている。

空母の巨大な甲板、その中心へ。


距離が一気に縮まる。


次の瞬間、その機体が不自然に光った。

砲弾の炸裂でも、ガソリンの火炎でもない。

白………視界が塗り潰され、影が消え、音が一瞬、完全に途切れる。


世界が、光に塗り潰された。




1945年3月18日 昼頃

空母イントレピッドに日本軍の核自爆機が突入。

甲板直上で小型核爆弾(推定核出力10kt前後)が炸裂、イントレピッドは大破炎上し放棄される。





駆逐艦の甲板は、全力のエンジンと砲火によって常に振動していた。


全速力で航行しながら、艦は絶え間なく進路を微修正し、対空砲は休むことなく空へ火を噴いている。

頭上では、空母群を中心に黒煙の弾幕が幾層にも重なり、空そのものを覆い尽くそうとしているかのようだ。


「敵機、11時方向!」


号令と同時に砲身が跳ね上がる。

見えたのは単発機……彗星か、流星か、天山か。

未だ遠い、ただ、空母の方向を正確に捉えていた。


次の瞬間。


その敵機の胴体下から、「何か」が切り離された。

爆弾かとも思ったが、それは落下していく前に、尻から火を吹いて前へと推進している。


「ロケットだ!」


叫ぶより早く、それは白い尾を引いて加速した。

弾道は低く、一直線。空母群の中心へ向かっている。


対空砲火は変わらずに撃ち上がり、曳光弾が交差し、空が裂ける……だが、ロケット弾にそれらは関係ない。

狙って迎撃するには些か小さすぎる。


「空母の方に飛んでったぞ!」


「大丈夫だ!あの軌道なら外れる──」


言葉が終わらなかった。

空母の上空、やや離れた位置で光が迸る。


強烈な閃光だ。


恒星が、艦隊の中で膨張したかのようだった。

白く、平坦で、影までも焼き尽くすような光。空母も、巡洋艦も、駆逐艦も、すべて輪郭だけになって浮かび上がる。


数秒、世界が止まる。

次に来るものを、彼らはまだ知らなかった。



同日

空母ヨークタウン、エンタープライズ至近で核弾頭型ロケット弾(推定核出力1~5kt前後)が炸裂。

ヨークタウンが大破炎上し放棄。エンタープライズは前部エレベーター付近を大きく損傷し轟沈した。




翌日 高知県室戸岬沖


甲板は、異様なほど静かだった。


攻撃隊はすでに発艦している。呉軍港攻撃に向かった機体が次々と艦を離れ、今、空母の飛行甲板に残っているのは、整備員と若干の待機要員のみ。

次の発着艦まで、ほんの短い空白。


対空警戒は続いている。

特攻を想定した低空監視。急降下を警戒する砲座の視線。


「……上、あれは敵機じゃないか?」


誰かが呟いた。


反射的に空を仰ぐ。

雲の切れ間に、双発機がいた。


左右に張り出した主翼、双発のエンジンナセル………一式陸攻か、銀河、あるいは呑龍。

特攻ではない。急降下する気配もない。ただ、ゆっくりと、正確に、艦の上空を横切ろうとしている。


「水平爆撃だ……」


誰かの声が妙に落ち着いて聞こえた。

次の瞬間、その機体から黒い点が一つ、切り離される。

落下は遅く、まるで時間が引き伸ばされたかのようだった。


対空砲が遅れて吼える。

だが、もう遅い。


双発機は進路を変えない。回避もしない。

爆撃を終えた後の動きが、あまりにも漫然としていた。

まるで……投下そのものが目的で、帰投は最初から考えていないかのように。


落ちてくるものを、彼は見つめた。

長く、滑らかで、流線型に整った影。


「伏せろ────!」


叫び声が甲板を走る。

次の瞬間、世界が白く染まった。




1945年3月19日

呉軍港を空襲中の艦隊中心部で投下型核爆弾(推定核出力1.2Mt)が複数炸裂。

空母フランクリンは海中に突入した爆弾が艦直下で炸裂し消滅。

空母ワスプは右舷上空数百メートルで炸裂した爆弾の火球に巻き込まれ大破炎上、放棄された。





この戦いは、後に「九州沖航空戦」と呼ばれることになる。


結果は、アメリカ海軍にとって想定外という言葉では済まされないものだった。

米海軍第5艦隊ならびに第58任務部隊は、わずか数日の戦闘で空母五隻を完全に喪失、さらに戦艦二隻が撃沈された。巡洋艦、駆逐艦に至っては被害の全容すら即座に把握できず、多数が沈没、あるいは航行不能に陥り放棄された。

航空隊の損害も大きく、数百機の作戦機が「空中炸裂」に巻き込まれて破壊されるか、撃破された空母と運命を共にした。


指揮系統は混乱し、航空隊の再編は不可能となる。

被害艦の救援と曳航すら、さらなる攻撃を恐れて中断される事態が続いた。


最終的に、太平洋艦隊司令部は決断する。


──────作戦中止。


九州・四国方面への航空攻撃は打ち切られ、第58任務部隊はウルシー環礁への全面撤退を命じられた。

制海権を保持したままの撤退ではあったが、その実態は敗走に近いものだった。


全てが終わった後の洋上には、炎上する油膜と、放射性降下物だけが残されていた。

そこに何が起きたのかを正確に説明できる者は、彼らの中には誰一人としていなかった。



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