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太平洋核戦争  作者: 霊藻
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ファースト・デトネート

盧溝橋。

あの時の銃声が、ここまで国を引き裂くとは、誰が予想しただろうか。

北方の衝突は局地戦に留まる筈だった。

だが上海で火が上がり、日本軍はより積極的に戦力を投入してきた。


第二次上海事変から数ヶ月……北京から上海にまたがる地域は、勢いに乗る日本軍の軍靴によって、今まさに踏み均されようとしていた。



1937年12月5日 中華民国 南京

南京防衛司令部

───衛戍軍司令官 唐生智 


砲声はまだ遠い。

だが、その音は確実に近付いて来ている。

私は地図の前に立ち、油灯の揺れる光の中で、南京を囲む線を見つめていた。


紫金山、雨花台、湯山方面。


どの方角も、侵攻してくる日本軍に対しては現状、防衛線とするには心許ないものしかない。


南京は要塞都市ではないのだ。

城壁は古く、地形も防御に向いていない。

手持ちに残された兵力は、お世辞にも精鋭とは言い難い。

参謀が報告を始める。


「紫金山方面、日本軍の前進を確認。雨花台でも交戦が増えています」


私は頷いた。

日本軍はすぐそこまで来ている。

ならば、南京を背に戦う他は無い。


「我が方の兵力は?」


「10万程はあります。しかし、疲労が激しく……補給も不十分です」


分かっている。

それでも、私は言葉を選ばなかった。


「南京は………固守する」


参謀たちの表情が、一瞬だけ固まる。

だが、誰も反論しなかった。

一部の臆病者達によって重慶に遷都されてしまったとはいえ、南京は先の革命よりずっと中華民国の首都であり、日本軍に奪われて良い筈が無い。

蔣委員長もまた、「南京死守」を口にしている。


「……避難民の数は?」


「正確な把握は不可能です。城内外に万単位で残っています」


参謀の声は僅かに震えていた。





南京城外。

城門へ続く街道に人が流れている。しかしそれは、整った隊列ではない。

ばらばらの中国兵が、砂埃をまとって歩いてくる。

部隊章の違う兵が混じり、しっかりとした足取りで歩く者もいれば、負傷し運ばれている者もいる。


銃口は一様に下がり、視線は低い。

顔には、恐怖よりも先に疲労が浮かんでいる。

ボロボロの軍服だけが、彼らが歴とした正規兵であることを辛うじて証明していた。


その間を縫うように、避難民がいる。


荷車や天秤棒、そして背負い籠。

家財と呼ぶにはあまりに少ない荷を抱え、老いた者、女、子供が、同じ方向へ歩いてくる。


彼らの話す声は、ほとんど聞こえない。

無駄口を叩く元気すら、もう残っていない。


城壁の影に入ったところで、座り込む者がいる。

兵も、民も、区別はない。

誰かが水を探し、誰かが壁にもたれ、誰かがそのまま動かなくなる。


「日本軍は、どこまで来た」


その問いに答えられる者は存在しない。

答えを知っている者ほど、口を閉ざすからだ。


やがて、城壁の際にポツポツと灯りが増えていく。

城内に入りきれなかった者たちが門の外側で焚く、か細い火だ。


風が吹くたびに揺れ、火は小さくなり、また持ち直す。


まるで南京という都市そのものが、消えそうになりながら、必死に喘いでいるようだった。




異様な緊張と虚脱感に包まれた南京の上で、冬の空はどこまでも冷たく、薄く曇っている。

その空の中に─────一点だけ、黒い影があった。


あまりにも高く、あまりにも静か。


高度約九千メートル……音はほとんど届かない。

ただ、雲の切れ間を横切るときに、わずかに金属の翼のシルエットが垣間見えた。


母親に手を引かれた子供が空を指さし、老兵が首を傾げる。


「あれは……」


誰かが言いかけて、言葉を飲み込む。


日本軍の爆撃機………だが、見える機影は  一つだけだった。

その爆撃機は、一定の速度で南京の上空を横切り、やがて雲の向こうへ消えていく。


空は、再び何事もなかったかのように静まった。



その報告は、司令部にも届いていた。


「南東部上空、日本軍の爆撃機とおぼしき機影一機を確認。高度は非常に高く、その意図は不明です」


唐生智は地図から目を離し、鼻で息をついた。


「一機だけ、か」


参謀が頷く。


「偵察、あるいは示威行為の可能性があります」


唐生智は、しばらく黙ってから言った。


「……見物にでも来たのだろう」


参謀たちが、一瞬、顔を見合わせる。


「この都市が、どれほど疲れているか。それを上から眺めて、確かめに来た」


皮肉だった。

だが、怒りは込めなかった。

そのまま立ち上がり、ゆっくりと背筋を伸ばす。


状況は悪い……それでも──いや、だからこそ。


「迎え撃つ」


その言葉を、今度ははっきりと口に出した。

兵は疲れに疲れ、市民は怯えている。

それでも、ここで踏み留まらなければ、偉大なる中華の栄光はその立つ場所を永遠に失う。


「命令を出す」


唐生智は机に手を置いた。

その掌の下にある地図には、南京の街路、城門、河川が細かく描かれている。

人が住み、暮らし、祈り、逃げ込んできた都市の姿だ。


「日本軍が来るなら、来させろ」


声に、力が戻る。


「我々は────────





その瞬間。

一面が光に包まれた。





刹那の間に音が消え、全てが白色の閃光に溶ける。

光の塊そのものが一瞬で膨張し、南京の一切合切を覆う。


唐生智の視界から、地図が消え、机が消え、壁が消えた。


司令部も、城壁も、街路も、兵士も、市民も………逃げる途中で空を見上げていた人々も。


影になる前に、消えた。


圧倒的な光量が熱へと転化し、南京に居たあらゆる存在を焼き焦がしていく。

だが、彼らがそれを感じる時間はなかった。


城壁は光の中で輪郭を失う。瓦屋根は白く発光し、井戸の水面は一斉に沸き立った。

全てを否定するような暴力的な白色光は、都市が存在したという事実そのものを押し潰し、溶かし、持ち去っていく。




直後に、衝撃波、爆風。

空気の塊が、残ったあらゆるモノに叩きつけられる。

圧力の壁が、爆心となった南京南東部を中心に、同心円状に膨張していく。


それが、残っていたすべてを押し流した。


街道を歩いていた、業火の中に放り込まれた、かつてヒトだったモノらは押し倒され、次に地面から引き剥がされ、最後に投げ飛ばされる。

城壁の石は、積み上げられた歴史ごと、

一斉に崩れ、跳ねた。



そうして、無慈悲な爆風はそれら全てをただの障害物として、一掃した。





1937年12月5日 15時12分頃

南京南東部、大校場飛行場~南京城間の上空、高度約600mで投下型核爆弾(推定核出力約300~400kt)が炸裂。

市街の八割が破壊され、同都市に居た蔣介石とその閣僚が軒並み行方不明となる。





それ以降、日中戦争は拡大し、やがて太平洋戦争へと雪崩れ込む。

戦線は広がり、日本軍は初期の優位を失い、制空権と制海権を削られ、泥沼の島嶼戦に追い込まれていった。

だが、その鮮烈な勝利と敗北の過程において、南京で用いられたものと同種の兵器が再び使われることはなかった。


理由は、公式記録には残されていない。


諸外国においても南京の壊滅は「弾薬集積所の誘爆」「大規模火災」「大量の爆撃機による無差別爆撃」として処理された。


いずれにせよ、日本軍はその後、戦艦空母で、砲爆撃で、銃火器で戦い続けた。

硫黄島に至るまで、戦争はあくまで「既知の延長線上」で行われた。



そして、再びその兵器が姿を現すのは、日本が最も追い詰められ、もはや敗北に向かう以外に道がない段階だった。


………………それが1945年3月10日、米軍によるミーティングハウス2号作戦(東京大空襲・下町空襲、死者数約10万人、負傷者約100万人)の直後だったことは、果たして意図しての事だったのだろうか。




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やるねー。
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