嗚呼、ベアトリーチェよ
1945年 日本
────元陸軍中将 石原莞爾
障子が静かに閉じる音がした。
足音が遠ざかり、庭の砂利を踏む規則正しい響きもやがて消える。
残されたのは蝉の声と、湿った八月の空気だけだった。
相談に来た若い陸軍将校……関東軍の俊英達は、最後まで明瞭な“答え”を求める目をしていた。
「制御不能です。各地で新型爆弾……核爆弾が使われ、中央はただ無停止での反撃を命じるのみです。その上、支那人の反攻に備えて更に数発の核爆弾を輸送するという話も……」
そう言ったときの、あのかすれた声。
彼らは答えを欲していた。
だが、私…………石原莞爾は、もはや彼らに与えられる言葉を持たなかった。
庭の松を見つめながら、ゆっくりと息を吐く。
世界最終戦。
かつて語ったそれが、今やその通りの現実となって目の前に存在している。
制御された最終決戦ではない。
的確な指導によって導かれる戦争でもない。
ただ、なし崩しの果てに始まる終局。
私の脳裏に、八年前の光景が甦る。
1937年、冬。
南京上空に、あの白い光が咲いた日。
当初は実験的使用だった。
とある財閥の研究機関が開発したとか言う、海の物とも山の物ともつかない新型爆弾、それを片手間に一発落としてみるだけの事。
だが、現実は常に、人間の矮小な判断力を凌駕する。
閃光は都市を消し、爆風は城壁を粉砕し、黒い雲が冬空を覆った。
遠く離れた地点から報告を受けたとき、私はその威力の大きさよりも、それが既に「実現していた」という事実に戦慄した。
あれが、発端だった。
核兵器を最初に持ち込んできたのは、軍でも大学でもない。
─────「彼ら」だ。
名を持たぬ、だが確実に存在する一群。
痕跡は明治初年にまで遡る。
明治維新の混乱の中で、いち早く新政府に接近し、鉄道敷設、鉱山利権、造船、兵器輸入に資本を投じた商人たち。
だが単なる商人ではない。
とにかく、金に目敏い。
日清戦争の前には武器弾薬の契約で利益を上げ、日露戦争では外債発行に絡み、欧州の銀行と軍需企業に渡りをつけた。
先の欧州大戦では海運と鉄鋼で莫大な富を築き、やがて世界恐慌の混乱の中でも、破綻する企業を買い叩き、逆に資本を拡大した。
情勢を読む力が異様だった。
いや……読むというより、既に知っているかのようだった。
その裏で、怪しげな研究所を各地に設けていた。
表向きは化学工場、電気研究所、金属精錬所……だがそこでは、理論物理や放射性物質の研究が密かに進められていたという。
政治家に資金を供与し、高級軍人の子弟を留学させ、新聞社に広告を出し、学者に寄付をする。
気づけば、「彼ら」はあらゆる層と細い糸で繋がっていた。
そしてある日持ち込まれた、巨大な鋼鉄の塊。厳重に封印された容器。
そして説明書のように淡々と語る技術者。
「新型爆弾です」
あまりにも簡潔だった。
臨界、連鎖反応、瞬間的なエネルギーの解放。
理論は難解だが、結論は明快だった。
都市ひとつを、一撃で破壊できる。
私は半信半疑だった。誇張か、詐術か。だが背後には政界の有力者が名を連ね、軍内部にも彼らと近しい者がいる。
無下に退ければ、また面倒事になるかもしれない。
「威嚇の一つにでもなれば僥倖です。さっさと使ってしまいましょう」
誰かがそう言った。
そして標的に選ばれたのが、当時最前線の都市だった南京。
1937年、冬。
投下の報告が入ったとき、私はまだその実像を掴めていなかった。
だが後日届いた詳細な記録……閃光、爆風、熱線、都市の大部分の焼失……それは想定を遥かに超えていた。
さらに、追って判明した「毒」。
爆発後も人を蝕む、見えない放射能。
負傷者が数日後に倒れ、皮膚が爛れ、血を吐き、理由もなく衰弱して死ぬ。
正直に言おう。戦慄し、恐怖した。
その席で、「彼ら」の技術者が静かに言った言葉を、今も忘れない。
「本兵器を大量投入し、敵国の完全破壊を以て戦争の早期終結を図るべきです」
あまりにも合理的な口調だった。
感情がない、怒りも憎しみもない、ただ効率の話をしている。
私は、絶句し、理解した。
兵器そのものよりも恐ろしいのは、それを「合理的」と信じる精神だと。
南京の結果報告が机上に積まれ、沈黙が落ちたあとも、「彼ら」の技術者は淡々と話を続けた。
「爆撃隊の損耗が懸念なのであれば、ご安心ください」
私は顔を上げた。
「将来的には、巨大な噴進弾……大気圏を越えて飛翔する長射程兵器に搭載可能です」
言葉の意味を咀嚼するまでに、数拍を要した。
大気圏を越える?
彼は黒板に軌道を描いた。
弧を描き、地球の曲面に沿って落下する線。
「こうしてロケットエンジンの力によって一旦弾頭を大気圏外まで上昇させることで、内地より直接米国本土を攻撃できます」
室内の空気が凍りついた。
当時、太平洋を越える戦争は艦隊と航空機でしかなし得ないと考えられていた。補給線の構築、制海権の確保、敵艦隊の撃滅、それらを積み上げてようやく届く距離。
それを、一本の噴進弾で越えるという。
「さらに」
彼は続けた。
「弾頭は一基とは限りません」
図が増える。
一つの弾体から、複数の小型弾頭が分離し、別々の目標へ向かう軌跡。
「十分な積載能力を持つ弾道弾ならば、十の弾頭を一基に搭載することも可能であり……百発の弾道弾で、千の都市および軍事施設を同時に消滅させることが可能です。それも1時間以内に」
千────
その数字が、現実感を失わせた。
都市は地図上の点ではない。
そこには人が住み、産業があり、歴史がある。
それを千。
私は言葉を探したが、出てこなかった。
誰かが「非現実的だ」と呟いたが、技術者は首を振った。
「時間の問題です。推進薬、誘導装置、再突入体の耐熱素材──これらは既に解決されております」
机上の計算は整然としていた。
整然と、しすぎていた。
「しかし……」
ようやく私は声を絞り出した。
「それは、相手も同じことを考えるのではないか」
彼は、初めてわずかに笑った。
「当然です」
あまりに即答だった。
「米英も数年以内に、同種の兵器を開発可能でしょう」
室内に沈黙が落ちる。
私は、その技術者の言葉の続きを、心の中で勝手に補っていた。
数年以内──
だが、米英の国力は、我が国をはるかに凌駕している。
工業生産力、資源、研究者の数、大学の水準。
いずれを取っても比較にならぬ規模だ。
我が国が到達したということは、彼らが既に到達していても何ら不思議ではない。
むしろ、秘密裏に保有していると考える方が自然ではないか。
私は、机上の図面を見つめながら、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
もし相手も同じ兵器を持つならば。
もし内地から放たれた巨大な噴進弾が、太平洋を越えて都市を消し去るのと同じ瞬間、向こうからも同様の攻撃が行われるのならば。
核兵器の撃ち合い。
その結末は、単純だ。
─────勝者など、存在しない。
かつて私は、世界最終戦を構想した。
列強の覇権争いが極限に達し、最後の大戦を経て、新たな秩序が生まれる。
その中心に日本が立ち、東亜を統合し、やがて世界の安定へと導く。
我ながら、壮大な理論だった。
だが、核と弾道弾というものは、その理論を根底から崩す。
敵国が一撃で消える兵器が相互に存在するならば、最終戦は決戦ではなく、相互絶滅になる。
地上の産業も、文化も、国家も、灰になる。
それは統一でもなければ、平和でもない…………ただの、終末だ。
私は、かつて考えていた理論の骨格が、自らの目の前で崩れていくのを感じていた。
さらに、別の思考が浮かぶ。
言い方は悪いが……………我々は、支那を自らの庭とするために戦争を仕掛けた。
勢力圏を確保し、資源と安全保障を得るための拡張であったはずだ。
その「庭」を、核で焼き払ってどうする。
焦土の上に、何を築くのか。
南京の閃光が、その矛盾を既に示していた。
東条英機。
当時、関東軍参謀長だった彼とは多くの点で意見を異にしたが、核の大規模使用については、慎重であるべきだという認識では合意した。
「生命線を灰にして、何とするのか」
「南京での核爆発によって、既に我が国の核兵器実用化は米英に感知されている筈。ここは相互抑止と心得、隠忍自重せよ」
彼はそう言った。
小心者としての怯懦から出た言葉だったのだろうが、その言葉は的を射ていた。
だが、技術は我々を待たない。
「彼ら」は次の段階を見据え、米英も追随し、やがて恐怖と破滅の帳が世界を覆う。
私の理解が追いつかぬうちに、歴史は先へ進んでいた。
そして、こちらが通常兵器のみに手段を絞ることで相手に核兵器の使用を抑制させようとする……いつしか「柔軟反応戦略」とも呼ばれるようになっていた、願望じみたその考えの元に米英との戦争を始め、敗けが込み、遂には硫黄島で核兵器が使われるに至る。
やがて仮定は現実となり、東京と大阪が焼かれた。
そして同時刻。
我が国の噴進弾は太平洋とユーラシアを越え、ニューヨークとモスクワへ到達したという。
相手が撃てば、こちらも撃つ。
こちらが撃てば、相手も撃つ。
この連鎖は、理性や気力、善意で止まるものではない。
…………かつて私は、最終戦争の先に秩序を見出だした。
だが今、目の前にあるのは、秩序ではなく崩壊だ。
最終戦争の勝者とは何か。
相手より多く生き残ることか?
相手より遅く滅びることか?
それは勝利とは呼べない。
私は、畳の上に両手をつき、深く項垂れた。
止められない。
既に、誰の手にも負えぬ段階に入っている。
私の理論は現実に敗れ、構想は暴走に呑み込まれた。
残るのは、せめて日本人が一人でも多く生き残るのを祈るしかないという、底の抜けた絶望だけであった。
…………最早、私にはどうすることもできない。




