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太平洋核戦争  作者: 藻草
10/12

1オボロスの熱線

北海道 某所


夜明け前の発射場、巨大な建造物。

平坦なコンクリートの荒野、その中央に円形の発射台。

周囲を囲む避雷塔が、無機質に空へ伸びている。


風は弱く、空気は冷たい。


低い地鳴りのような振動とともに、格納庫の扉が左右へ開く。

その暗がりの奥から、白い円筒がゆっくりと姿を現した。


底面に複数のブースターが着いた、全長30mを超えるボールペンの化物の様な巨体。


継ぎ目だらけの外板、無塗装に近い灰白色の表面、先端は鈍い円錐。

架台に固定されたまま、移送用鉄道車輌に担ぎ出される。


レールが軋む。

“それ”は水平のまま運ばれ、発射台中央へと到達した。


停止し、次に、架台がゆっくりと持ち上がる。

重々しく、それでも確実に。

巨大な円筒が、時間をかけて起き上がっていく。


45度……60度…………垂直。


空を臨む一本の塔。

固定用クランプが閉じる乾いた金属音が響いた。



周囲からアンビリカルタワーが立ち上がる。

多関節の金属腕が伸び、機体側面のパネルへ接続。


ケーブル、もしくはホースという名の無数の臍帯。


低いポンプ音、振動と連続する唸り。

燃料注入が始まり、内部を流れる液体の脈動がタワーを揺らす。


霜が広がる。

配管の表面に白い結露が生まれ、ゆっくりと凍り付く。

ミサイルの外板にも、薄く白い霞が這纏わり付いた。


極低温の内部に危険な密度の化学エネルギーが充填されていき、計器盤のランプが次々と点灯する。


計器盤の針だけが淡々と進み、やがてポンプは停止。

唸りが止み、発射場は再び静寂に包まれる。


アンビリカルタワーがゆっくりと後退。

ホースが外れ、ケーブルが引き抜かれ、最後に細い信号線だけが残る。


サイレンが一度、短く鳴る。

地下施設へ続く厚い扉が、重い音を立ててロックされる。


Tマイナス30

風が止む。


─20


外板の霜が溶け、水滴が落ちる。


──10


機体下部のノズル周囲に、白煙が漂い始める。

バルブ開放、ターボポンプ起動。

甲高い回転音。


5、4、3、2、1────


点火、閃光。


───────0。


轟音。

ノズルから明るい炎が噴き出す。

白橙色の奔流。

コンクリートが焼け、砂塵が吹き飛ぶ。

急激に成長する濃密な白煙が地面を舐め、空気が壁のように押し広げられる。


クランプ解放。

ミサイルが、ゆっくりと、しかし確実に浮いた。


一瞬の重力との拮抗、腹の底を殴るような爆音。

炎と煙の航跡を曳いて上昇し、解き放たれたように加速する。




白煙の尾が、空に一直線の跡を刻んだ。

そして、空の彼方へ。







同日、モスクワ


────それは、唐突に訪れた。


ボリショイ劇場の上空。

まだ薄暗いモスクワの空に、ひとつの光点が生まれる。


星のように小さいその光は、次の瞬間、空を埋め尽くすかの如く膨張した。

それは、太陽が突然もう一つ出現したかのようだった。


白い閃光。


建物の凹凸も、街路樹も、人影も、すべてが均質な白光の中に溶ける。


ボリショイ劇場の列柱が一瞬で赤熱し、彫刻の輪郭が崩れ、溶けた蝋のように垂れ始める。

屋根の銅板が泡立ち液体になって流れ落ちる横で、ガラス窓が、砕ける前に蒸発する。


クレムリンの赤い城壁の一角が、陽炎のように揺らぐ。

煉瓦が焼け、表面が溶解した蒸気に包まれ、次の瞬間には崩れ落ちる。


スパスカヤ塔の時計盤を廻る金色の針が光に溶け、形を失う。

星章が白熱し破滅的な様相で輝くと、その土台たる尖塔そのものが、ゆっくりと曲がっていく。


聖ワシリイ大聖堂の色鮮やかな玉ねぎ型のドームが、光を受けて白く発光する。

石造の壁が、表面から削り取られるように剥離し、塗装が焼けて噴き上がり蒸気となり、色が消え、模様が焼失する。

モザイクガラスが一斉に融解し、流れ落ち、十字架が赤くなり、崩れ、飛散する。


モスクワ川の水面が一瞬で沸騰する。

無数の白い泡、川霧が立ち上がるが、直後にそれすらも消え去る。


橋のアーチが光に包まれ、鉄骨が赤熱し、リベットが弾け、桁が歪む。


路面電車の車体が白く輝き、窓が消え、車内がその中身ごと攪拌され、骨組みだけが残る。

その横で街路樹が燃えるより先に炭化し、黒い影となって崩れる。


人影は……壁に焼き付いた輪郭だけを残して、消えた。



空中に膨張する光の殻が、街全体を包み込む。

無音。ただ、空気が押し広げられていくのが見える。


建物が潰れるように歪み、車が紙片のように転がる。

塔は、ゆっくりと傾き始める。


巨大な衝撃波が都市を薙ぎ払い、全てがクレムリンを中心とした放射状に倒れていく。

モスクワは、ただ白い閃光の中で…………呆気なく形を失っていった。





1945年8月7日 6時10分

ソビエト連邦首都モスクワの中心地上空で単弾頭型ICBM(核出力9Mt)が炸裂。

サドーヴォエ環状道路の内側が消滅し、モスクワ都市部を内包する半径15km圏内は完全に崩壊。

市街地全域が破壊され、ヨシフ・スターリン以下ソ連共産党指導部および人民委員会議上層部が全滅した。

推定死者数約200万人。










光。

それは突然、アッパー湾の上空に生まれた。

摩天楼の窓ガラスが朝日を反射している、その中に………太陽よりも白い、異物。


空が裂ける。

白い火が、ハドソン川の河畔に咲いた。

その最初の一瞬で、世界は写真のように静止する。

ウォール街のビル群の輪郭線だけが浮かび上がり、ブロードウェイの看板が文字を失う。


ハドソン川の水面が、光った。


次の瞬間。

ビルの窓ガラスが一斉に白濁し、溶け落ちる。

広告幕が煙を噴き出して自然発火し、タクシーの黄色い塗装が泡立ち黒く焦げる。

上質なスーツの布地が一瞬で燃え上がり、紙袋が持ち主の手の中で閃光とともに消え、小脇の新聞が、ページをめくる事もなく松明になる。



ニューヨーク証券取引所の巨大な星条旗が真っ白に発光したのは一瞬、布が縮み、燃え、黒く炭化し、直後に灰になる。


床一面に散らばった書類、帳簿、株券、束ねられた証券、ドル紙幣……それらが、同時に火を噴いた。

紙が赤く縁取られ、黒く丸まり、炎の渦になる。

人々を一喜一憂させていた数字が、会社名が、署名が、煙となって跡形もなく消えていく。

価値という概念を可視化していた全てが、物理的に焼失していく。



そして─────衝撃波。


遅れて到達した圧力の壁が、街を真上から殴打した。

ビルの窓が同時に粉砕され、数百万枚のガラス片が弾丸となって通りを掃射。


GMの高級車が横転し、バスが吹き飛ぶ。

地下鉄の入口から爆風が逆流し、鉄柵がへし曲がる。


エンパイア・ステート・ビルの外壁が衝撃で軋み、数千枚の窓が一斉に爆ぜる。

内部の書類と机と人間が、同時に反対側の壁へ叩きつけられる。

アンテナがしなり、悲鳴のように揺れると共に、外壁の石材が剥離し、雨のように降りそそぐ。

その横でクライスラー・ビルの銀色の尖塔が爆風で震え、装飾パネルが千切れ、飛び去った回転する金属片が通りへ叩きつけられる。


ウォール街の証券会社の看板が吹き飛び、金庫が転がる。

金庫の扉が開き、中のドル紙幣が鳥のように空へ舞い上がり、次の瞬間、発火。

無数の緑色の紙片が、空中で燃えながら散っていく。

それら全てを、都市中から沸き上がった煙が覆い隠した。



黒と橙が幾層にも絡み合い、溶けた金属、焦げたコンクリート、焼けた紙幣の匂いが、濃密な膜となって街を覆っている。


ダウンタウンのビルは鉄骨だけが露出し、内臓を失った巨体のように立っている。

外壁は剥がれ、窓は無い。

かつて無数のオフィスが詰まっていた空間は、風が吹き抜ける巨大な洞窟へ変わっている。


数分前まで繁栄の映し身となっていた摩天楼は外壁を削ぎ取られ、むき出しの階層が外気に晒されている。

机と椅子が、崩れた床の縁に引っかかり、宙へ傾いている。


レノックスヒルのアスファルトは黒い湖のように波打ち、そこに焼けた何かの灰が貼り付いている。

磨き上げられた革靴の残骸と、靴磨きの少年の仕事道具が並んで転がっている。

電気技師の作業着を着た炭屑が、彼の月給数ヶ月分にもなるスーツを着た生焼けの塊と混ざり合う。


かつてペントハウスの窓から街を見下ろしていた者が家財諸共の直火焼きとなった足元で、地下鉄の薄暗いホームで一日を始めていたホームレスも吹き込んだ熱によってコンクリートのホイル焼きにされた。


ハドソン川は濁り、焼けた建材と車両の残骸が浮かび、ゆっくりと流されていく。

橋は途中で折れ、ケーブルが垂れ下がっている。


遠くで、何かが崩れる。

巨大な灯籠となった建物が限界を迎え、炎に炙られ脆くなった鉄骨が折れ、コンクリートが砕け、灰が舞う。

権力者のオフィスと、清掃員の休憩室が共に滅茶苦茶になりながら、コンクリートの瓦礫の下に埋没した。


瓦礫の間から炎が舌を出し、酸素を求めて揺れる。

黒煙がゆっくりと上昇し、空を覆う。

その傘の形をした雲は、ただ赤く、かすかに脈打っていた。




1945年8月7日 6時14分

アメリカ合衆国ニューヨーク州マンハッタンおよびブロンクス、ブルックリン、ニュージャージー州ニューアーク、バーゲン郡上空でMRV型ICBM(弾頭出力200kt、弾頭数5)が炸裂。

推定死者数約300万人強。



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― 新着の感想 ―
Q、相手が弾切れだと思ったので年産5発もない核弾頭で調子に乗って核戦争の火蓋を切ったら相手はまだまだMton級のICBMを配備していたことが分かりさらに自国の経済的首都が消滅しました。ここからどのよう…
連邦準備銀行の金塊はワンチャン無事だろうが当面は取り出せないねえ まあ株券と債券が消滅してそれどころじゃないわけだが
この段階でICBMが使えるぐらい兵器開発が進んでいるなら硫黄島が攻められる前に反攻に転じることが可能だったのでは?
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