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黄金の軍神は至宝の真珠を庇護する  作者: アルケミスト


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9/11

 公爵の唇が、シャロンの顔に近づいてきた。


 周囲の冷やかしに応えようとしたのか、単にシャロンの失望に拍車をかけようとしたのか。


 それとも所有権を誇示しようとしたのか。


 醜い唇が、小さく可憐な唇にまもなく触れるその瞬問、シャロンは黄金の髪をたなびかせ、圧倒的な力で見張りを倒した黄金の軍神を思って涙した。


(黄金の軍神様……。

 お言いつけを聞かない愚かなわたくしを、どうか許して……)


 そのとき、扉がバンッと大きく音を立てて開き、幾人もの憲兵隊員が銃を構えて入り込んできた。


 紺色の軍服を目にして、客たちは悲鳴をあげて、四方八方に逃げまどう。


 夫だと言われた公爵も、杖がないと歩けないとばかり思えたのに、誰よりも俊敏に窓から逃げだした。


 だが中庭に繋がる窓も次々に硝子が割られ、憲兵隊がなだれ込むようにして突入してくる。


 まるで阿鼻叫喚の光景だ。


 憲兵隊員は、あっという間に、オークションの客を次々と捕らえていく。


 シャロンは、一体何が起きたのかわからないまま、ただ呆然と立ち竦んでいた。


「き、貴様らっ!

 ここは紳士淑女がショーを見て楽しむ場だぞ。

 一体なんの真似だ、今すぐ出て行け!」


 クーリオが必死の形相でそう叫ぶと、ひとりの背の高い男が、靴音を鳴らして現れた。


「紳士淑女のショーだと?

 何をふざけたことを。

 おぞましき人間オークションではないか」


 その男性は軍帽を深くかぶり、顔は半分しか見えなかったが、流麗ながらも男らしい顎の骨格と、こぼれる金髪が目を引いた。


 断言されたクーリオは、金歯を光らせてせせら笑った。


「見てきたような物言いだな。

 そんな証拠がどこにある」


 男はクーリオの言い分を即座に否定した。


「見苦しい男だな。

 人間オークションが開催されていることを、私はこの目で確認した。

 私自身がその証拠だ」


 そう言うと、男はさっと軍帽を取った。


 クーリオの表情が一変して、驚愕の色に染まる。


「え?

 さ、さっきの……、ま、まさか憲兵隊だったと?

 いや、あなたは……!」


「クーリオを捕らえろ!」


 男が手を振り上げると、憲兵隊は一斉に動いた。


 多勢に無勢、クーリオは一瞬で取り押さえられた。


 唖然とするシャロンを見て、男は困ったような笑みを浮かべた。


「だから逃げろと言ったのだ。

 言うことを聞かない頑固なお嬢さんだ」


 シャロンの目前に、輝くプラチナブロンドに静謐なエメラルドの瞳を持つ男性が、まるで太陽のように煌めきながら立っていた。


 ぼろ布で顔を隠してもいないし、顔にも汚れひとつついていない。


 服装も薄汚れたシャツではなく、左肩を飾る肩章から金のモールが多数流れ落ち、金糸のブレードが襟元や袖口を縁取っている白い軍服を着用している。


「黄金の軍神様……」


「黄金の軍神?

 私がか?」


 昂然たる姿の美丈夫を目にし、黄金の軍神がバルコニーで手を振る姿が、シャロンの脳裏に浮かび上がった。


「あ、あなたは……、まさか……」


 言葉を失っているシャロンの背後で、誰かが悲鳴をあげた。


 振り向く間もなく強く腕を引っ張られ、バランスを崩して後ろに倒れ込む。


「そこまでだ!

 動くな!」


 シャロンの首に、ちくりとした何かがあたった。


「あっ……、ああ……」


 背後から喉元にナイフの刃をあてられ、クーリオに羽交い締めにされたのだ。


 横目で見ると、隊員のひとりが腕を押さえて片膝をついている。


「この女を傷つけられたくなければ、これ以上おれに近寄るな!」


「誰も動くな、シャロンの命にかかわる!」


 黄金の軍神がそう命じると、憲兵隊も動きを止めた。


 クーリオがニヤリと嫌な笑いを浮かべ、シャロンを引きずったまま、一歩一歩後方へと移動する。


 黄金の軍神がクーリオに向かって、低い声でこう言った。


「無駄な抵抗はよせ。

 ここからは逃げられないぞ。

 罪を重ねる気か」


 知ったことかと言わんばかりに、クーリオのナイフがシャロンの喉元をちくりと突く。


「あっ……」


 シャロンの短い悲鳴に、黄金の軍神は眉間に皺を寄せた。


 クーリオとの距離が少しずつ開いていく。


 クーリオは、シャロンの耳元で不穏なことを囁いた。


「貴様の両親に売上金を先渡ししていなくてよかったよ。

 貸した人物は、命で返済しろというかもしれんなあ。

 世間知らずの無知なお嬢さん、二度と両親に会えないかもしれんねえ」


(お父様!

 お母様!

 命で返済だなんて……、そんな……!)


 クーリオの背が柱に当たったようで、一瞬動きが止まった。


 そのときを待っていたかのように、黄金の軍神と憲兵隊はクーリオを取り囲んだ。


「行き止まりだ、諦めろ。

 彼女を解放して投降するのだ。

 黒幕を白状したら、恩赦を考えても……」


 クーリオは黄金の軍神の話を最後まで聞かず、強い力でシャロンを背中から突き飛ばした。


「きゃっ……!」


 すぐに筋肉質な腕が差し出され、シャロンはしっかりと抱き留められる。


「大丈夫か!」


「は、はい……。

 でもクーリオは……」


 シャロンが振り向くと、クーリオの姿はすでになかった。


 一瞬のすきに、まるで煙のように、影も形も消え失せてしまっていたのである。


「その柱に隠し扉がある!

 取っ手を探せ、逃がすな!」


 数名の憲兵隊が、柱の隠し扉を隅々まで調べにかかった。


 ところが、押そうにも叩こうにも、うんともすんとも言わない。


「逃げ足の速い奴だ」


 落ち着いた言い方だが、黄金の軍神が静かな怒りに満ちていることを、触れる肌越しにシャロンは感じた。


(わたくしのせいだわ。

 わたくしを助けるため、身体を張って危険な目にあってくださったというのに、クーリオの盾になってしまったから……。

 わたくしが招いてしまったことだわ……)


「黄金の軍神様、わたくしのせいでクーリオを逃がしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。

 逃げろとおっしゃってくださったときに素直に逃げておけば、あなた様の動きを邪魔することもなかったのに……。

 浅慮なわたくしをお許しくださいませ」


 溢れ出る涙を拭うこともせず、ただひたすら謝罪の言葉を口にするしか、今のシャロンにはできることがなかった。


 黄金の軍神が、シャロンを優しく抱きしめながら、慰撫するように言った。


「逃げてしまったものは仕方がない。

 それに奴はただのオークションの進行係だ。

 私が追うのは真の黒幕。

 クーリオの後ろに首謀者がいるはずだ」


「真の……、黒幕……?」


「そうだ。

 黒幕を逮捕しなければ、人身売買オークションはなくならない」


「で、では、またどこかでこのような恐ろしいオークションが?」


「そうだ、場所を変えて再開されるだろう。

 未だ尻尾も掴ませない真の悪人め」


(そのような大事なときに、わたくしは黄金の軍神様の邪魔をしてしまったのね……!

 なんということを……)


 黄金の軍神は、不安げに瞳を揺らすシャロンを、安心させるように言った。


「だが今回、オークションの現場を押さえることができたのは、ひとつの進展だ。

 客や商品となった被害者から情報を聞き出すことができるだろう。

 私は絶対に黒幕の正体を暴き、非道のオークションを撲滅するつもりだ」


 逞しい腕の中で強靱な決意を聞くと、一気に安堵の波が押し寄せてきた。


 緊張していた反動なのか、身体中の力が一気に抜け、その軽い脱力感にシャロンはそっと目を伏せた。


 厚みのある温かい胸に頬を寄せ、そっと手をあてる。


 どくんどくんと心音が服越しに伝わってくる。


 心音は、強く、そして激しく。


 躍動感の塊となってシャロンの心と重なった。


(温かくて力強い、なんて安心できる場所なの)


「黄金の軍神……様……」


 シャロンの霞む視界に写るのは、煌めく黄金の髪をなびかせ、苦笑する黄金の軍神。


「先ほどから気になっているのだが、黄金の軍神とは一体……」


 温かいその腕が気持ち良くて、シャロンの意識はふわりと途切れた。


 全身の力が抜け、こてんと逞しい胸に額を当てる。


「シャロン?

 度胸のある娘だな、私の腕の中で寝てしまうとは」


 緊張の糸がぷっつりときれて仕舞ったシャロンは、そのまま意識を失った。


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