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「大きな声をあげぬように。
次の角を曲がったら、その先はオークション会場だ」
「は、はい。
申し訳ございません。
思わず……」
(この方は一体何者なのかしら、黒幕を捕まえるなんて……。
黄金の軍神様は、憲兵隊の兵士なのかしら。
だとしたら強いのも頷けるけど……)
「注意を払いますわ。
隊長様」
「隊長?」
巨悪に立ち向かう勇壮な黄金の軍神を、大層頼もしく感じて、ついくだけた調子で返してしまった。
「あなたはとても強いから憲兵隊員でしょう?
もしかしてもっと階級が上でしたか?」
黄金の軍神は、太陽を連想させる輝くような微笑をシャロンに向けた。
思わず心が舞い上がる。
「面白いお嬢さんだ。
いい読みをする、なかなか近い」
そう言い、あやすように頭をぽんぽんと叩かれた。
「シャロンですわ。
お嬢さんではなく、シャロンとお呼びくださいませ」
頭を叩く仕草も、お嬢さんという呼び方も、どちらも子供に対する扱いではなかろうか。
背伸びをするわけではないが、黄金の軍神には名前で呼んでもらいたいという気持ちが、シャロンの心の中に湧き上がった。
「シャロンお嬢さん」
しかし、黄金の軍神の少女をあやすような口調に、シャロンは唇を尖らせる。
その表情を見た黄金の軍神が、もっと楽しそうに笑ったので、羞恥心でいっぱいになった。
(子供っぽい仕草だと思われたかしら、なんて恥ずかしいの……。
でも、やはりこの方は憲兵隊員なのね。
異常な事態に場慣れしているはずだわ)
「差し支えなければ、黄金の軍神様……、あなた様のお名前も……」
黄金の軍神は人差指を口にあてた。
様子を窺うため、目線を角の向こうへと向ける。
何かを確認すると、背後で控えていたシャロンの耳元に、そっと顔を寄せ小声で囁いた。
「わかっているね、シャロン。
私が暴れたら逃げなさい」
黄金の軍神は布を顔に巻きなおすと、シャロンの返事を待たず一歩足を踏み出した。
堂々と角を曲がり、悠々とした足取りで廊下を歩いていく。
シャロンは柱の陰からその様子をそっと覗き見た。
黄金の軍神の背中越しに、シャロンを強引にここまで連れてきたクーリオが、右を見たり左を見たり、扉の前で落ち着かない動きを繰り返しているのが視界に入った。
クーリオは黄金の軍神が余裕の態度で現れたことに驚き、慌ててジャケットの胸元からナイフを取り出し突き刺すポーズをとった。
「おいっ!
貴様、何ひとりでうろちょろと……、見張りの連中はどこへ行った?」
「さあね。
誰も呼びにこないから自ら来てやったぞ、感謝してもらいたいね」
「ふ……、ふざけるなっ!
貴様、何か妙なことを企んでいないだろうな」
黄金の軍神は、唾を飛ばして喚くクーリオに向かって、平静な口調でこう言った。
「妙なこと?
こんな状態なのにか?」
黄金の軍神は、何もできませんという風に、ひょいと手首の手枷を見せた。
クーリオはそれを確認すると、安堵の息を吐いてナイフを胸ポケットに戻した。
「そ、そうだな……、その状態では何もできないか。
さあ、来い。
男奴隷の登場を、まだかまだかと待ちかねている奥方が、野次を飛ばしまくって騒ぎたてている。
収拾がつかなくなる前に、早く舞台に出るんだ」
「奥方が野次?
どこの貴族だ、品のないことだな」
「黙れ!
……貴様、顔を隠している布を取るんだ!」
パシンと鋭い音を立て、傍若無人なクーリオの手が鋭く弾かれた。
抵抗されると思っていなかったのだろう。
クーリオが怒りの表情を見せたが、黄金の軍神が発する強靱な気に気後れしたのか、口角をいやらしくあげて冷静なふりを装った。
「ふ、ふんっ。
勝手にしろ、貴様のように背も高く筋肉質の男は、不細工な顔でも需要がある。
ただし、朝から晩まで自慢の肉体をこき使われるだろうがな」
虚勢を張るクーリオに腕を引っ張られ、黄金の軍神が扉の向こうに足を一歩踏み入れた瞬間。
肩越しに振り向き、視線をシャロンに向けた。
『今だ、逃げろ』
目でそう語ると黄金の軍神は、クーリオが内部へ顔を向けた瞬間、背中を勢いよく突き飛ばした。
クーリオは、潰された蛙みたいに「ウギャッ」と醜い声をあげ、その場にへたりこむ。
その隙に黄金の軍神は、手枷など無いに等しいくらいの俊敏さで、そのままオークション会場の人混みに向かって駆け出した。
「ば、ばかめ……」
腰が抜けたのか、床にひれ伏したまま立ち上がれないクーリオが冷笑した。
(黄金の軍神様……。
騒ぎを起こすとおっしゃったけど、わたくしを助けるために囮になろうと……?)
這いつくばったまま、よたよたと部屋に入っていくクーリオに見つからないよう、シャロンは足音を潜め、扉の近くまで寄った。
「警備兵、その男を捕まえろ!
逃げ出した商品だ!」
クーリオが叫ぶとそれまで騒々しかった紳士、淑女の格好をした野獣連中が、一斉に驚嘆の声をあげた。
「まあ、あの奴隷。
逃げ出そうとしたみたいよ」
「生意気ねえ、落札できたら躾からやり直しかしら」
歪んだ欲望を秘めた女性たちが、扇を振りながら楽しそうに話し合っている。
布からこぼれ落ちる艶やかなプラチナブロンドだけでなく、隙間から覗く整った顔だちや、簡素な服に浮かび上がる筋肉質な身体を、舐めるように見入っていた。
屈強な警備兵が数名現れ、瞬時に黄金の軍神を取り巻く。
その拍子に布がはらりと落ち、端整な顔だちが露わになると、もっと歓声が沸き上がった。
「どこかで見たような気がするわねえ。
どこでだったかしら」
ひとりの女性がそう言うと、他の女性も同じように思ったのか首を傾げて、その風貌をどこで見たのか思い起こそうと首を捻っている。
シャロンも同じように、記憶の片鱗を探ってみた。
(確かに、どこかで見たことがあるわ。
でも、どうしても思い出せない……)
そんなことを考えていたら、意外にも黄金の軍神はあっけなく拘束された。
両脇を警備兵に挟まれ、すっかり大人しくなったのである。
シャロンが無事に逃げたかどうか確認しようとしたのか、黄金の軍神が振り返った。
扉から覗き込むシャロンと目が合うと、驚きの表情で見返す。
『なぜ、逃げなかった』
唇が責め立てるようにそう動いたが、シャロンは瞼を伏せ、ゆっくりと首を振った。
「さあ、オークションを再開しますぞ!
活きのいい美形の男だ!」
会場の女性達は狂喜乱舞で、皆それぞれ、高い金額を提示し始めた。
結果、このオークション会場では大層浮いている、真面目そうな眼鏡の男性が落札した。
その男性は、金で奴隷を買うような人物には見えなかったが、驚くほどの金額を提示したところを見ると、男の奴隷が欲しいと思ったのだろう。
もうここに用はないとばかりに、大人しくなった黄金の軍神を連れて、男性はオークション会場から出て行った。




