終話
今日もレスターがアフタヌーンティーのために、大量のケーキやクッキーを中庭に運ばせた。
ここ数日、ティータイムのお菓子も多い。
聞いたところによると、レスターがそう手配しているとのことだ。
シャロンは紅茶を飲みながら、目前の皿を見て、ほおっと嘆息した。
「レスター様、わたくしこんなに食べられませんわ。
それに……」
シャロンはまだ妊娠二ヶ月。
お腹の赤ちゃんはまだまだ小さく、とてもその子のために食ベないといけないという意識にはなれない。
「まだ早いと思いますわ。
ベビーベッドなんて」
今朝レスターの手配で、王室御用達の家具職人が、ベビーベッドの提案書を持って現れた。
それだけではない、ガーゼシーツだの長肌着だの、さまざまな赤ちゃん用品が毎日のように城へと運び込まれる。
レスターは、届けられた品をひとつひとつ検分し、嬉しそうに仕分けしていた。
「シャロン、私の楽しみを奪わないでくれ。
珍しく買い物が楽しいと思っているのだから」
その晩、ルードが王都に戻ったとの連絡を受けた。
レスターに報告するため途上し、今は政務室にいるということで、シャロン慌てて向かった。
扉をノックすると「入りなさい」と、レスターの声が聞こえた。
そろそろと扉を開けると、そこにはルードと、執務机に広げられた資料に目を通すレスターの姿が目に入った。
「申し訳ございません。
まだお仕事中でございましたか」
遠慮がちにそう言うシャロンに、レスターは笑って答えた。
「構わない。
報告は終了したところだ。
どうした。
眠れないのなら、温かい紅茶を運ばせよう」
「違いますわ。
あの、ルード様がお戻りと聞いて、ご挨拶にと……」
ルードが生真面目そうな表情で、シャロンに向かって一礼した。
「遅くなって大変申し訳ございません」
「え?」
(謝られるようなことを、何かしたかしら?)
ルードは面を上げると、真っ直ぐにシャロンを見て、こう言った。
「シャロン王妃。
ご懐妊、誠におめでとうございます。
ぜひとも、当公爵家からもお祝いの品をお送りさせてください」
これ以上のべビー用品は必要ないと言いたかったが、 ルードの真摯な表情に、つい言葉が淀んでしまった。
ルードは真面目そうな面持ちで、話を続けた。
「レスター元帥閣下から情報をお聞きしましたところ、ベッドや衣類は揃っているとのこと。
私は遊具などを贈呈いたしましょう」
「おもちゃでございますか?」
シャロンは、ほっと安堵した。
鈴の音が鳴るようなガラガラや、可愛いぬいぐるみなら、嬉しいかもしれない。
ルードが生真面目に頷いた。
「はい。
城庭の一角に、木製の遊具を造ってよいとレスター陛下に許可を頂きました。
ブランコに滑り台、休憩できる東屋も必要ですね。
小さい噴水と水遊び場も造りましょう。
いい庭師がおりますので、早速手配いたします。
出来上がりに半年はかかるでしょうから、来週には測量にかからせていただきます。
お子様が生まれるまでに完成させたいところです」
(スケールが大きすぎるわ……。
軍人とはいえ、さすが公爵家当主……)
ルードは更に、口をぱくぱくするシャロンに、こう言った。
「紅茶には思いのほかカフェインが多いと聞きます。
妊婦である以上、あまり飲まないほうがよいかと。
酸っぱいものが欲しくなると聞いたことがありますので、私の統治する領土にレモンの収穫が盛んな土地がございます。
早速送らせることにしましょう」
「それはよい考えだ。
ルード」
シャロンは一礼すると、ドアを閉め、肩を落として部屋へと戻った。
シャロンはネグリジェに着替えて、ベッドの中でレスターの戻りを待っていた。
(話が大きくなってしまったわ。
わたくしには実感がないのに。
だって、まだこのお腹は……)
シャロンは、まだまだ膨らみの見当たらない腹をさすり、小さく声をかけた。
「みんながあなたを、お祝いしているわ。
無事に生まれてきてね……」
まわりが騒いでいるので、つい意識が外へ向いてしまうが、ここに小さな命が芽生えたことはとても嬉しい。
それが愛しいひととの愛の結晶だと思うと、尚更感動でいっぱいになる。
数分後、レスターが部屋に戻ってきたので、シャロンはベッドから出て出迎えた。
「シャロン、このような時間まで起きていては胎教に悪い。
寝ていなさい」
「レスター様、わたくしお願いがあるのです」
シャロンは、レスターの脱いだ軍服を受け取りながら、そう切実に訴えた。
レスターも何事かと耳を傾ける。
シャロンは、胸襟全てを吐露した。
レスターは黙ってそれを聞いていた。
全てを話し終わると、レスターは呆れた顔をした。
「そんなことで、そなたはその可憐な胸を、ここ数日悩ませていたのか」
「そんなことではありませんわ。
わたくしのために、お金を使ったりしないでください」
「そなたのためだけではない、私とそなたの子のためだ」
「でも……」
レスターはシャロンの曇った表情を見て、何かを企むような顔をした。
「では、こうしよう。
シャロンが私の頼みを聞いてくれたら、自制するよう城内に通達する」
「え、頼みでございますか?」
「そう、視察に出る前にお願いした例の件だ。
さあ、早速言ってくれたまえ」
シャロンは途端に顔を真っ赤に染めた。
そして、おもむろに唇を開いた。
「レ、レスター」
「声が小さくて聞こえなかったな。
もう一度」
「レスター」
レスターの頼みというのは他でもない。
「様」を取って呼んでほしいというものだ。
シャロンにとってレスターは至上の王、呼び捨てになどできるわけがない。
だがレスターは、ふたりきりのときは敬称を取ってほしいと訴えてきた。
「よ、呼びましたわ。
これでわたくしのお願いを聞いていただけますわね」
「どうしょうか。
たった一回きりではね」
「そんな」
羞恥に染まるシャロンを見て、レスターは意地の悪い笑みを浮かべ手を差し出した。
「ベッドの中でもそう呼びなさい。
さあ、シャロン。
こちらにおいで」
シャロンは、朝までに何度もレスターの腕の中で「レスター」と名を呼ばされた。
おしまい




