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シャロンは、日々レスターに愛されて暮らしている。
真綿でくるむように大切にされ、愛の言葉を囁かれ、優しく抱かれ……。
レスターは雄々しく凛々しく、そして心優しい偉大な男性だ。
シャロンはそんな素晴らしいひとに愛され、本当に幸せだと心の底から実感する。
国王でありながら軍の元帥を兼ねるレスターは、遠征や地方偵察へと趣くことが多く、城を空けることがある。
今も、二週間前からルードと部下の憲兵隊を連れて、国境近くの関所へと視察に出ていた。
その間、シャロンが寂しくないようにと、王城の一角にシャロンの両親のための部屋を用意し、自由に泊まりにきてもよいという配慮をしてくれた。
王妃とはいえ弱冠十八歳のシャロンは、まだまだ親が恋しい年頃。
レスターが城を空けているときは、毎日のように父母と会っていた。
レスターのいない心の隙間を、両親との語らいで埋めている。
今日も部屋で、母と一緒に刺繍を刺していた。
父はその光景を、嬉しそうな表情で見ていた。
だが、心に浮かぶ憂慮だけは、父母に話せない。
(レスター様……。
視察に行かれる前、どうしてあのようなことをおっしゃられたのかしら……。
それもわたくしを苛むだけ苛んで長期の視察になんて……。
いえ、本当の意味では苛まれていないのだけど、とても執拗に責め立ててこられて……。
いえ、実際はとても嬉しいのだけど……、嫌だわ、考えがまとまらない)
そんな、とりとめのないことを悶々と考えていたら、つい指先に針を刺してしまった。
「痛……」
「まあ、シャロン。
大丈夫?」
「ええ……」
「医師を呼ぼう、シャロン」
「お父様ったら、大袈裟ですわ。
血も出ておりませんのに」
母は、シャロンが疲れているのではないかと、休憩を取ることを提案した。
しばらくすると、ドロシーが温かい紅茶と、焼きたてのマフィンをトレイに載せて、父母の部屋へと運んでくれた。
「シャロン王妃の好きな、蜂蜜とりんごのスライス入りの紅茶と、べリージャムをたっぷり載せたマフィンですよ」
「ありがとう、ドロシー」
ドロシーはにっこり笑うと、三人分の紅茶とマフィンの載った皿をテーブルに置いた。
紅茶好きの父は、甘い香りを鼻腔に受け、満足そうに微笑んだ。
「美味しそうだ。
この間のタルトタタンも絶品だった。
城の料理人は本当に素晴らしいね」
追随して、母も深く頷いた。
「本当に……。
とても美味しいわ。
素材がいいのかしら」
シャロンは、自分が褒められたみたいに、気持ちがふわりと浮いた。
確かに料理は料理人の仕事だが、何しろシャロンは、毎日のように、城庭庭園の果樹園で果実もぎを手伝っている。
このりんごも、シャロンが果樹園で今朝もぎ取ったもの、べリーも数日前に摘み取った。
シャロンは、先ほどまで思い悩んでいた気がかりなことを一瞬忘れて、マフィンを口いっぱい頬張った。
その光景を見ていた父が、呆れたような口調でこう言った。
「でも、こんなに美味なものを毎日食していたら、あっという間に太ってしまうよ。
気をつけなさい、シャロン」
「そうですよ。
……もう太ったのではないの?
ちょっと腰回りが……、どっしりしてきたような気がするわ。
わたくしの気のせいかしら」
「そんなことは……」
父母にそう言われて、シャロンは椅子から立ち上がり、慌てて鏡の前に立った。
頬や首筋に手を当ててみるが、これまでと変わらないような気がする。
そのまま横を向き、腰とヒップあたりを手のひらで探るように撫でさすってみた。
「わたくし……、太ったかしら」
シャロンの不安そうな表情に、トレイを抱えたドロシーが首を傾げた。
「どうでしょうねえ、私には特に変化があるようには……。
ですが、言われてみると、腰あたりがしっかりしてきたような」
ドロシーにまでそう言われ、シャロンは両手で頬を押さえた。
「わたくし、太ったのね!
お城の料理があまりに美味しいから……。
昨晩食べたローズマリーチキンのオーブン焼きも、バジル入りブレッドも、オートミール入りフルーツケーキも、ミントのジンジャーティーも、とても美味だったからお代わりしてしまったもの」
興奮してあたふたするシャロンに、ドロシーは苦笑した。
「大袈裟ですよ、シャロン王妃は華奢で小柄ですからね。
体重がちょっと増えただけでも、太って見えてしまうんですよ。
私なんぞ、少々太ってもまったく外見に変化はありませんからねえ」
はっはっはっとドロシーは豪快に笑うが、シャロンは笑えなかった。
焦るシャロンを目にして、父も母も「考えすぎかもしれないね」と、何事もないような顔をして紅茶の入ったティーカップを口に運んでいる。
しかし、シャロンの心境はそれどころではなかった。
痩せないと。
シャロンは固く決意した。




