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黄金の軍神は至宝の真珠を庇護する  作者: アルケミスト


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5/11

 時は、シャロンがいくら足掻こうとももがこうとも、無情に望まぬほうへと流れていく。


 まもなく婚礼の儀という、ある日の午後。


 不安に耐えかねたシャロンは、母に結婚話の経緯について相談することにした。


「ねえ、お母様……。

 わたくしどうしても不安なことがあるの」


「何を不安に思うというの?

 あと数日であなたは世界一幸せな花嫁になるのですよ」


 婚礼衣装の仮縫いをしている最中。


 シャロンは分不相応とも思えるドレスを、まじまじと視界に映した。


 鏡に映るのは、高級絹の生地にたっぷりのチュールレース、真珠とダイヤモンドを無数に縫いつけた、恐ろしいほど高価な純白のウエディングドレス姿の花嫁。


 シャロンは部屋を見回した。


 壁には高名な画家の作品だと思われる絵画。


 テーブルには銀のダイニング食器類、ソファには異国からわざわざ取り寄せたファブリックの数々。


 半年前の館内とは違いすぎるインテリアに、シャロンはほおっと落胆の息を落とした。


「不安が増殖されて、どうしていいのかわかりません。

 わたくしは、以前の館が好きでした……。

 素朴で使い勝手がよくて、手入れもきちんとされていて、とても温かみを感じましたわ。

 今の館は、趣味の悪い成金そのものです」


 それを聞いた母が、驚愕の表情でシャロンを見返してきた。


「これらは全部あなたの輿入れ道具ですよ。

 これくらいしないと、所詮男爵家だと見下され、シャロンが辛い思いをするかもしれないと思い、わざわざお金を借りてまで……」


「借りた?

 お金を借りてまで、こんな高価なものを買ったというのですか?」


 シャロンの咎める視線を受けた母が、気まずい様子で目を逸らした。


「お母様……。

 最近館を訪れる、人相の悪い方々はもしかして……」


 もうすく結婚式だというのに、話を持ち込んできたピーターソンは、ここ最近まったく姿を見せなくなっていた。


 代わりに風体の悪い男たちが、毎日のように訪れている。


 その男たちはシャロンを見つけると、舐めるように眺めては妙な薄笑いを浮かべるので、その度に大層嫌な気持ちにさせられた。


「お母様、もしかして返済に困っているのでは」


「何を言うの、そんなことは」


 その時、鋭い呼び鈴の音が、母の言葉を都合よく遮った。


「来客かしらね。

 あなたたち、仮縫いは小休止としましょう」


 母はお針子たちに手を止めるよう命じ、シャロンの追及から逃げるように、部屋からそそくさと出て行った。


 シャロンは、どんよりと渦巻く不安を胸中に抱えたまま、窓辺の椅子に腰かけ、暮れゆくオレンジ色の空を眺めた。


(お父様もお母様も、いくら頼んでも結婚相手を教えてはくださらない。

 それどころかピーターソン様に、求婚をお断りしたら家族が牢獄に繋がれると脅されたわ。

 更に、その方の格が上だからとお金を借りてまで無駄使いをなさって、男爵家を金箔で飾った張りぼてにまでして。

 こんなことでいいのかしら、このままだと心には憂慮しか残されない……)


 そう思い悩んでいると、扉の外が急に騒がしくなった。


 たくさんの足音、父の怒声、母の悲鳴が入り交じる。


「何事なの?」


 休憩中のお針子たちも訝しい顔をして、扉の向こう側に視線を向けた。


 シャロンが立ち上がり、ショールを肩にかけ扉へと向かったその瞬間、扉が勢いよく鼻先で開かれた。


 荒くれた体裁のいかつい男たち、その連中にとりすがる父、泣き崩れている母。


 およそ男爵家にふさわしくない、そして見たこともない情景が視界に入った。


 事態に恐れおののく執事や、メイドたちの困惑した視線が、シャロンを更に不安へと駆り立てる。


 あまりにも異様な場面に面食らった。


「あ……、あなた方は?」


 でっぷりとした腹を揺らして、ひとりの男がシャロンの前に現れた。


 ニッコリ笑い金歯を光らせ、続いて嘘くさい巧言令色を口する。


「おお、あなたがシャロン嬢。

 評判通り美しい!

 馬の鬣のようなブラウンの髪に、湖のような水色の瞳、果物みたいな唇。

 透き通るような白い肌に、細い腰、ふくよかな胸。

 噂にたがわぬどころか噂以上の美貌!

 主様の言う通り、まるで至極の真珠、国一番の美姫ではないか」


 歓迎されざる客のくせに、賛辞を連ねる舌の、なんと滑りがよいことか。


 シャロンは毅然とした態度で言い返した。


「わたくしが聞いているのは、あなた方が何者で、なんの権限があって、この館に入り込んできたかということです」


 男たちが、わざとらしく豪快に笑った。


 野太い声が部屋中に響き、シャロンを更に不安にさせる。


 腹のでっぱった男が慇懃無礼にお辞儀をし、からかい口調でこう言った。


「初めまして、私はクーリオと申します。

 貴族ではありませんが、人気のイベントを主催しておりましてな、金はそこそこ貯め込んでおりますよ」


 初対面で金のことなど、貴族であろうとなかろうと品のない言動である。


 シャロンはさらりと流して、質問を繰り返した。


「……クーリオ様、なぜわたくしの館に突然来訪されたのです?

 それもこんな乱暴に」


「この館は、もうあんたたちのものではないんでね」


「え? それはどういう」


「あんたのご両親は、この館とあるものを担保に金を借りた。

 そしてとうとう今月返せなくなった。

 借りた金を返せない以上、担保をいただくしかない。

 まずはこの館だ」


「なんですって……、そんな」


 シャロンは項垂れる父と母に顔を向けた。


 シャロンの目を一切見ないどころか、顔を上げようともしない。


 問い詰める必要もなく、クーリオの言うことが、嘘偽りのない真実だと知った。


「では、わたくしたちに、この館から出て行けと……?」


「ご両親と召使いは、早速館から出て行ってもらおうかね」


 クーリオは、二重あごを揺らして楽しそうに笑つた。


 そして、数人の手下にシャロンを拘束しろと命じると、父母に向かってこう言い放った。


「そしてもうひとつの担保、美しい男爵令嬢も、館同様借金のカタに貰っていくことにしよう」


 それを聞いた父母が、やっと面を上げ、クーリオにとりすがった。


「シャロンだけは……、お願いですから、もうしばらく返済を待ってください」


 クーリオは聞く耳持たぬと、見下した顔をして冷たく父母を突き飛ばした。


「駄目だ。

 おまえらはすでに、何をしても返せない域にまで借金額が到達しちまっている」


 そう言い、紙を一枚床に落とした。


 シャロンはそれを素早く拾い、ざっと目を通した。


「借用書」と書かれているその紙には、気が遠くなるような数字が明記されている。


「お父様、お母様、……なぜこのような大きい金額の借金を?」


「シャロンが嫁げば返済できると思って」


(そうだわ!

 わたくしが結婚すれば、相手からお金を借りることができるかもしれない)


 シャロンはクーリオに向かって、心を込めて懸命に訴えた。


「わたくしは間もなく結婚いたします。

 その方は上位貴族の方ですわ。

 どうか、もう少しだけ返済期限に猶予をくださいませ。

 必ず……、必ずや借りたお金を……」


 クーリオが喉を震わし、薄ら笑いを浮かべた。


 そして地の底から響くような声で言った。


「夢物語は、寝て見るんだな。

 現実はそんなに甘くないよ、世間知らずの無知なお嬢さん」


「そんなっ!

 夢物語だなんて……!

 お願いです、お願いですから……」


 シャロンの嘆願虚しく、クーリオの部下に両腕を拘束され、引きずるように館から連れ出された。


「お父様!

 お母様!」


 懸命に叫ぶが、声は館に届かないのか、父母も、執事もメイドも現れなかった。


 手荒に馬車に放り込まれ、両腕を鎖の付いた手枷で縫い止められる。


 シャロンの横に、滑り込むように乗り込んできたクーリオが、腹をドアにつっかえさせながらこう言った。


「あんたの父母は売り物にならないし、やはり担保は美しい娘に限るな」


「う、売り物?」


 怯えるシャロンに、クーリオは醜悪な笑みを向けた。




 シャロンは、こうして闇オークションの会場に連れてこられたのである。


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