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「シャロンの身体も心も、全てを私のものにするつもりだ。
嫌だろうか?」
「い、いいえ、わたくしは……、嫌だなんて、そんなこと……」
シャロンはレスターの美しい容貌を、再度じっくりと見返した。
天の使いのごとく神々しい軍神、困ったときに燦然と現れる、頼りがいのある救世主。
金糸のようにしなやかな黄金の髪、端整な美貌と逞しい体躯。
全てが賛辞と憧れの対象と言わざるを得ない。
「わたくしも……、レ、レスター様……が……」
言葉の途中だがシャロンは恥ずかしくなって口を噤んでしまった。
顔を直視することすらはばかられて、それ以上の愛を語れそうにもない。
だがレスターは待っていた。
レスターを欲する愛の言説が、シャロンの唇から囁かれることを。
シャロンは揺れる強い眼差しを受け、羞恥の心を奮い立たせた。
「あ、愛して、おります……。
どうか、わたくしをレスター様のものに、してくださいませ。
わたくしにもレスター様の全てを……、く……くださいませ」
たどたどしい口調でなんとか言い切った途端、目を伏せてエメラルドの双眸から逃れるように身を竦めた。
淑女教育で、女性のほうから男性を求めるなど、はしたなく恥ずかしい行為だと教えられてきたシャロンにとって、今の言葉がふしだらではないかと心配になる。
心臓をどきどきさせながら面を上げると、レスターが優しい笑みを浮かべていたので、ほっと胸を撫で下ろした。
(よかった……、自分からくださいなんて口にして、レスター様に浅ましいと思われたらどうしようかと思ったけど……、大丈夫みたい……)
シャロンは、歓びに溢れたレスターを確認して、どうしても訊いておきたかったことを口にした。
「教えてくださいませ。
なぜわたくしを妻にとおっしゃってくださったのですか?
闇オークションでレスター様の邪魔をしてしまっただけでなく、お言いつけを守らず城から出てしまいました。
レスター様のおけがはわたくしのせいです……。
浅慮で愚かですわ。
聡明なレスター様の妻として、ふさわしいとは思えません」
シャロンの自虐的な問いに、レスターは即座に首を振って否定した。
「いいや、私はそう思わない。
そなたが見せる気高さ、高潔さは、尊敬するに値する」
思いもよらなかった手放しの賛辞に、シャロンの心に潜む自省と卑屈が、ふわりと天に舞い上がる。
「嬉しい……」
レスターは、歓喜にむせぶシャロンの手を繋いだまま、そっと頬に引き寄せた。
「私はそなたを妻にしたい。
私は私の直感を優先する。
これまでもそうやって生き残ってきた。
どのような局面でも自分の経験と直感を信じ、最良の結果を導いてきた。
シャロンを選んだ決断を、正しいと確信している」
「レスター様……」
心中で黄金の軍神として崇め奉っていた男性にここまで言われて、それでも自分を卑屈に思える女性がいるだろうか。
シャロンは、天にも昇る気持ちになり、心が幸せで満ちあふれた。
「レスター様、わ、わたくしも……」
シャロンは頬を赤らめ、レスターに愛を語ろうと口を開いた。
でも、いざ口にしようとすると、気恥ずかしくて何も言えなくなる。
「あ……、わ、わたくし……も……、あ……」
シャロンは思わず俯いてしまつた。
どうしても恥ずかしさが先にくる。
(たった一言が、今は恥ずかしくて言えない。
こんな近い距離で、お顔を目の前にして……。
たった一言、愛していますと言うだけなのに)
シャロンの躊躇を見て、レスターは繋いでいたシャロンの手に、再度唇をつけた。
愛おしそうに、大事そうに。
恭しい仕草で手の甲に口づけをする。
シャロンは、レスターが見せる優しい愛の行為に、心の趣くまま自分の思っていることを口にする勇気を得た。
「あ……、愛しております。
わたくしも、レスター様を心から愛しておりますわ」
その言葉を心で受けたレスターが、至上の笑みを浮かべてシャロンを見つめた。
「今すぐシャロンを私のものにする。
シャロンの全てが欲しい」
「はい、わたくしをレスター様のものにしてくださいませ。
そしてわたくしにもレスター様の全てを与えてくださいませ」
レスターが、ギシリと音を立ててベッドに膝を乗せた。
シャロンの細腰を引き寄せ、強い力で抱き締める。
すっぽりと大きな胸にくるまれたシャロンは、そっとレスターの背へ手を伸ばし、筋肉質な身体をかき抱いた。
レスターがシャロンの顎を人差指と親指で支えると、頬に甘い息がふわりとかかる。
ふっくらとした厚みのある唇がシャロンの唇に、ちゅっちゅっと掠めるように何回も触れる。
唇と唇が当たるだけの軽い口づけを数回繰り返したあと、今度は上唇を咥えられた。
「あっ……」
唇を唇で食まれ、左右にすり合わせたり甘噛みしたり、感じる場所をゆるゆると弄ばれ、シャロンは思わず息が上がりそうになった。
厚みのある肉感的な唇と甘い舌に惑わされ、心臓の鼓動が最高潮に高鳴っている。
頬にかかる湿った吐息も、シャロンを快楽へと導くのに拍車をかけた。
するりと舌が唇を割って入り込むと、口腔の粘膜を全て拭い去るのではないかというくらい、器用に舌が蠢く。
レスターの熱い舌が、口腔内を縦横無尽に駆け回る。
レスターが、シャロンを強く抱きしめた。
圧倒的ともいえる強靱な力に、シャロンは心も身体も取り込まれそうになる。
シャロンは、艶やかなブラウンの髪を揺らしながら、熱烈ともいえるレスターの口づけに激しく翻弄されていた。
「ふっ……、うん……、ふぅん……」
口づけは情熱を宿し、シャロンの心ごと奪い去ろうと吸い上げる。
しばらくすると、ゆっくりと唇が解放された。
甘い口づけの余韻に酔いしれながら、シャロンはうっとりと夢心地の心境を口にした。
「まるで夢の中のキスみたい。
甘くて、熱くて」
それを聞いたレスターが、困った表情を浮かべながら、くすりと笑った。
「シャロンは、あれを夢だと思っていたのか」
そう言われて、シャロンは驚愕のあまり目を見開いてレスターを見返した。
「え……、だってあれは……」
レスターは何も言わず、余裕の笑みを浮かべている。
その表情は、夢の中の口づけが現実のものであったと肯定していた。
(夢ではなかったと……?)
シャロンは途端に動揺し、あたふたと焦ってしまった。
夢の中だと勝手に思い違えていたからこそ、唇と舌を淫らに動かし、火照った身体をあられもなく委ねてしまっていたというのに。
夢うつつでも、心にしっかりと刻み込まれている。
最初は差し入れられる空気を欲していたが、そのうち優しくて甘い舌に心地よくなり、自分から舌をなまめかしく動かしてしまったこと。
口づけがあまりにも官能的で、恍惚も心も委ねてしまい、胸や腰を淫靡に揺らしてしまったこと。
それら全てが現実で、レスターの秀麗な瞳に映されていたなんて。
「そ、そんな……、なんてわたくしは恥ずかしい真似を……」
「シャロンが私の口づけに悶えて淫らに振る舞う様は、寝ぼけているとはいえ愛らしかったよ。
そう恥ずかしがることもあるまい」
(夢だと思えたから、あんなに大胆な振る舞いができたのに……。
み、自ら唇を欲して……、いやだわ、思い出すだけで恥ずかしい)




