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シャロンは、優しく撫でられる感触に、疲労にまみれた身体と泥のように重い頭を、ゆっくりと覚醒させようとした。
指先は、頬にかかる一筋の流れ髪も愛おしいとばかり、宝物を扱うように肌を滑る。
あまりの気持ちよさに安堵の息を漏らすと、その温かい手は頬から顎へと移動し、唇をそっと指先で触れてきた。
もしかしたら、唇が乾いているのかもしれない、潤す何かが欲しい。
「お水が……、欲しい……、です……」
瞼を開けないまま、そう小声で懇願する。
しばらくすると、唇に冷たい水が流し込まれた。
こくりこくりと喉を鳴らして飲み干すと、足りないとばかり、お代わりを求めて唇を大きく開いた。
すると再び水が口腔に流し込まれる。
唇に当たる柔らかい感触に、口移しで水を与えられているのだと覚った。
(ああ、夢ね。
いつもの優しい夢。
レスター様が助けてくださる、幸せな)
甘い唇から与えられる水は、渇いた喉を潤すだけではない、シャロンの心深くまで浸透し、疲れた身体と精神を癒やしてくれる。
美味しいと口にする代わりに唇を開き、催促の証として舌を蠢かした。
「シャロン、夢うつつのそなたは、とても可愛らしいな」
「んん……」
シャロンは揺らぐ夢と現実の狭間で、レスターのはっきりした言葉を鼓膜に受け、起きなければとゆっくり瞼を開いた。
薄暗い室内、霞むランタンの灯に浮かび上がるのは、端整な美貌と灯火によって揺らぐ黄金の髪、偉大なる国王レスター。
「レ……レスター、様……」
シャロンは目をごしごしと擦り、再びしっかりとレスターを見据えた。
どうやらシャロンは、ベッドの脇に座り込み、頭を乗せた姿勢のまま、いつの間にか寝てしまったらしい。
「寝ているところを起こしてしまったか。
でも床で寝るのはよくないな」
「わ、わたくし、寝てしまっておりましたわ」
(レスター様をお待ちするっもりでしたのに、寝てしまうなんて)
慌てて上半身を起こすと、レスターがシャロンの脇下に手を差し入れ、力強い腕で抱き上げた。
ふわりと抱きしめられると、安堵感で心がいっぱいになる。
シャロンはレスターの逞しい肩に手を回し、太い首に顔を埋めた。
だが大切なあることに気がついて、シャロンは眠気を追い出し、意識を明確にさせた。
「レスター様、腕をけがされているのに、わたくしを抱き上げたりなどして……」
レスターは笑いながら、ゆっくりとシャロンをベッドの上に下ろした。
「心配するな、シャロンは羽のように軽い。
けがをしたほうの腕でも持ち上げられる」
その言葉がどこまで本当かは判断しかねるが、少なくともレスターの外見は、まったくけが人には見えなかった。
レスターはシャロンがもたれやすいよう背にクッションを置き、ベッドに横向きで腰かけた。
「あの……、わたくしだけベッドの中では、失礼なのではありませんか?」
それもレスターはきっちりと軍服を着用しているので、自分だけ夜着でベッドの中というのは余計に失礼な気がした。
「構わない。
喉が渇いているようだな、飲み頃の温度で紅茶を用意させたから飲むがいい」
そう言うと、レスター自らポットを持ち、ティーカップに紅茶を注いだ。
湯気の立つカップを受け取ると、ふわりと甘い香りが立ち上る。
確かに言われるとおり喉がとても渇いていたので、早速こくりと一口飲んだ。
「甘い……、ベリーの実?」
甘酸っぱいベリーの味が喉奥から鼻腔にまで広がる。
潤うだけでなく、疲れた心までも癒してくれる紅茶を、シャロンは全て飲みほした。
「ベリーのジャムを溶いてある。
シャロンの好きなチョコレートもあるぞ」
「まあ……、わたくしの好きなお菓子とお茶をご持参されて、太らせる算段でございますか?」
おどけるシャロンを、レスターは心の底から可愛いと言わんばかりの顔で見つめた。
そして、中身が空になったティーカップをそっと取り上げ、 サイドテーブルに置いた。
さらに、皿の上のチョコレートを一粒摘まむと、シャロンの口元に差し出した。
唇を開きそれを受け入れると、レスターの指がシャロンの唇にそっと触れる。
本来なら子供扱いしないでと言いたいところだが、今はその行為が官能的に思えた。
「そんなに奥まで入れられましたら、レスター様の綺麗な指まで食べてしまうかもしれませんわ……」
レスターはくすりと笑いながら、もうひと粒取り、シャロンの小さな口に再び差し込んだ。
やはり指は唇に触れ、人差し指は舌や歯を掠めていく。
指についた溶けたチョコを、レスターが自らの口にあて舐め上げたとき、そこに蠱惑的な色気を感じて、心がどくんと跳ね上がった。
シャロンは、レスターもチョコレートを欲しているのだと勘違いし、一粒を摘まんで「どうぞ」とレスターの唇に刺しだした。
するとレスターは、チョコレートとシャロンの指を一緒に含んでしまった。
熱い口腔と滑る舌が、第一関節の先を全て覆い尽くす。
レスターの舌先が、シャロンの指のはらを、なぞるように行き来した。
驚きのあまり指を引き抜こうとすると、軽く甘噛みされ、痺れる痛みが背筋をぞくぞくと這い上がってくる。
脇がむずむずするようなこそばゆさと、甘く蕩ける艶やかさに、思わず身体を震わせてしまった。
「ああ……、ん……、駄目、です、それは、わたくしの……、指……」
なぜこんなことをされて、腰から下がじんじんと麻痺した感じになるのだろう。
身体の奥深く、いつもは隠している未開の部位に、不思議な煽情が灯されたような気がする。
レスターは指を抜こうとした罰だとでもいうように、シャロンの手首を持ち、濡れた音を立てて、指を一本一本舐めしゃぶった。
チョコレートの甘い香りが煽情の芳香となって、シャロンの羞恥心を刺激する。
「レスター様、わ、わたくし……、どうすれば……、あっあ……んっ……」
指に赤い舌先が乗る度、ぞくぞくと濃艶の瞬きが全身を駆け巡った。
下半身の奥が、レスターの淫猥な唇での愛撫で熱く滾っている。
指先のキスだけで、こんなにも感じてしまったら、もっと恥ずかしい場所に触れられたとき、どうなってしまうのだろう。
そんな想像をちらとしてしまう。
「お……、お放しくださいませ、指は、キャンディではございませんわ」
「シャロンの指はキャンディよりも甘い。
いや、きっと……」
やっと手を放してくれたと思ったら、今度はちゅっちゅっと音を立てて、レスターの唇が手の甲に吸い付いた。
騎士が貴婦人にするような儀礼的な口づけではない、明らかに欲情と淫靡さを兼ね備えた、深い情愛の口づけ。
真摯で直情的な愛を向けられ、頭がくらくらしそうになる。
「髪の一本から足の指まで、全てが甘そうだ」
こんな淫らな口づけを、身体中隅々にまで受けてしまったら、シャロンは快楽のあまり気を失ってしまうかもしれない。
それほどレスターの唇と舌は官能的で、色艶が濃い。
「ゆ、指はチョコレートのせいですわ……。
髪は食べられませんし、足の指など……」
羞恥で頬を赤らめるシャロンに、レスターがそっと囁いた。
「そなたは身体中全てが甘い。
この可愛い唇が特段に甘い」
シャロンの逡巡をどう捉えたのか、レスターが手の甲を吸いながら、愛欲の言葉を口にした。




