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シャロンは、レスターの馬に同乗し帰城した。
疲労困憊のあまり、馬上で何回も倒れそうになったが、その度レスターの頼りがいのある胸に支えられた。
応急処置された左腕に負担をかけないよう最善の注意を払ったが、馬に乗り慣れていないシャロンは、時折バランスを崩してしまう。
その度、レスターが負傷を感じさせない逞しさでシャロンの腰をしっかりと抱きしめてくれる。
シャロンはその頼もしさに安心感が沸き上がり、そっと厚みのある温かい胸に頬を寄せた。
城門に到着し、手を借りて馬から下りると、レスターがシャロンの髪を撫でながら瞳を覗き込んだ。
「シャロン、私は医師の手当てを受けたら、事後処理を終えたルードの報告を聞かねばならない。
終了したらすぐに顔を見に行くが、おそらく深夜になるだろう。
先にご両親と再会を喜び合いなさい」
「ありがとうございます。
でも、わたくし、けがのお手当てをお手伝いしてよろしいでしょうか?」
不安げに睫毛を瞬かせるシャロンに、心配をかけまいとしているのか、レスターがこれ以上ないというくらい優しい声色で言った。
「大丈夫だ、シャロン。
私は軍人だよ、この程度のけがで倒れるほどやわではない。
それにここは王城だ、今は安心して私を待ちなさい。
もう何も、気に病む要因などないのだから」
血の滲む白い軍服を目にして、シャロンはどうしても引き下がれなかった。
このけがはシャロンのために負った傷。
シャロンを助けるために、護るために、救うためにレスターが己の身を盾にして受けた傷。
できることならシャロン自身の手で治療にあたりたい。
とはいっても、医療行為の経験は無に等しい。
だから医師の手伝いだけでも……、とシャロンは必死で願った。
「お願いでございます、どうかお側に」
レスターはシャロンの懇願に負け、医師の手伝いを依頼した。
包帯や消毒液をせっせと医師に手渡すとき、レスターの傷口を見て一瞬気を失いそうになったが、かろうじて耐えきった。
治療のため、軍服の上衣とシャツを脱ぎ落とし、筋肉質な上半身を惜しげもなく晒すレスターに、シャロンは思わず赤面してしまった。
男らしく太くて長い首、浮き上がった鎖骨は無骨さの中に艶っぽさも含んでいる。
広い肩幅、厚い胸、そして割れた腹筋、黄金の軍神そのままの豪奢さに目が眩みそうになる。
レスターの上半身には傷痕が縦横無尽に残されていた。
特に、剣による細かい傷が多い。
(戦場を駆け抜けてこられた方なのだわ……。
国王であり軍人であり……、民衆を導きながらも、救世する偉大なる軍人王。
わたくしはそんな素晴らしい方の花嫁になるのね)
そう思うと倒れてなどいられない。
そう気丈に振る舞い、なんとか手当てを終了することができた。
治療を終えたレスターが、ルードの報告を聞くため政務室へ行くのを見送り、ドロシーに作ってもらったべリー入りのはちみつミルク粥を、家族三人で一緒に食した。
城の大きな貴賓室のテーブルに、親子三人。
父母は、豪華絢爛な装飾や、高名な画家が描いた絵画、銀製の食器類などを目にして気後れしている。
それでも疲労が激しいせいか、しばらくは無言でスプーンを動かしていた。
シャロンはあまり食が進まなかった。
父と母はピーターソンたちに満足な食事を与えられなかったのか、すぐに皿が空になり、ドロシーに何回もおかわりを貰っていた。
ようやく一息吐き、シャロンの皿もやっと空になった頃、父がどうしても訊かねばならないといった面持ちで口を開いた。
「シャロン……、クーリオに連れ去られてから、どういった経緯で、国王陛下の庇護を受けることになったんだい?
国王陛下との結婚話は真っ赤な嘘で、シャロンは借金返済のためオークションに出す算段だと、何度もクーリオが口にしていたからね」
母もテーブルから身体を乗り出して、それだけは聞いておきたいとシャロンの答えを待っていた。
シャロンは簡潔に、今日までのことを説明した。
闇オークションにかけられている最中、摘発のため突入したレスターと憲兵隊に助け出されたこと。
レスターの意向で、人身売買オークションの黒幕をあぶりだすために、王城で匿われてたこと。
両親は説明している最中も、軽い悲鳴をあげたり顔をしかめたり、シャロンの身に起こった悲劇に胸を痛めていた。
それが、自分たちの落ち度となれば尚更心が辛いようで、ふたりともひたすら嗚咽を漏らした。
「本当に、本当にシャロンには申し訳ないことをした。
……毎日が地獄で辛かったよ。
無事でよかった。
許してくれ、シャロン」
「お父様、お母様。
わたくしは怒っていませんわ。
今は無事であったことだけが、とても嬉しい……」
「シャロン……」
父母はシャロンの手をぎゅっと握りしめると、これからは分不相応な話には耳を傾けないと固く誓った。
「二度と、このような愚かな真似はしない。
シャロン、本当に許してくれ。
心配をかけ、迷惑をかけ、心の底からシャロンに申し訳ないと思っている」
シャロンは、後悔という闇に父母が囚われるのを懸念して、微笑しながら首を振った。
「お父様、お母様、安心してください。
わたくしは幸せですわ、レスター様がお側にいてくださるのですもの」
それを聞いた父は、訝しむような不思議な話を聞いたような、困惑の表情で首を傾げた。
「シャロン。
先ほど国王陛下からのプロポーズを目にした以上、疑う気は更々ないのだが。
本当に国王陛下はシャロンを?
私はまだ信じられないのだよ」
今度はシャロンが、首を傾げた。
確かに、シャロンの一体どこをレスターは気に入ったのか、未だによくわからない。
「お父様、お母様、今は上手く説明できません。
でもレスター様はとても素晴らしいお方です。
わたくしは、レスター様を心からお慕いしておりますわ」
父母はそれを聞いて、涙を浮かべていた。
大事な娘シャロンが、幸せいっぱいの表情で、愛するひとのことを語っている。
その事が何よりも嬉しいのだと言わんばかりの表情で、ただひたすら涙を流していた。
父も母もしばらくは王城に留まることになり、全ての事後処理が終了したら、館に戻れるよう手配してくれるとルードが教えてくれた。
だが使ってしまった金と、売られたルートが判明しない調度品や絵画は、戻ってくる可能性は低いらしい。
それは仕方のないことだろう。
「シャロンが無事ならいい。
シャロンが私たちの一番の宝なのだから」
父母は、これからは堅実に暮らすと誓ってくれた。
ベアトリスは一族もろとも、国外追放になるかもしれないと、ドロシーから聞いた。
次期王妃に危害を加えようとした罰だというが、大嫌いなベアトリスでも、凋落する様を見るのは心が痛む。
シャロンが無事である以上、あまり厳しい処分はしないでほしいと願った。
だが今しばらくは、何もいわぬほうがいいと、ドロシーは言った。
「それだけレスター国王陛下は、シャロンお嬢様を大事に思っているということですよ」
ドロシーの助言通り、ベアトリスの話は当分しないと胸に誓った。
両親が与えられた部屋で休むのを確認したシャロンは、部屋に戻りドレッサーの鏡に映る自分の姿を確認すると、あまりの汚さに驚愕した。
髪はぐしゃぐしゃ、ドレスは勿論裾が破れているし、肌には土や泥もついている。
急ぎ入浴を済ませ、新しいネグリジェに身を包みガウンを羽織ってから、レスターの来訪を待つことにした。
最初は椅子に座っていたが、どうにも身体が悲鳴を訴えてくる。
シャロンはラグラン織りの絨毯の上に直接座り込んで、ベッドに頭を乗せた。
疲労が蓄積されていたのか、すぐに睡眠欲が四肢隅々にまで行きわたり、ものの数分で意識が沈み込んでしまった。




