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レスターとピーターソンが対峙すると、まるで見えぬ火花が散ったかのごとく、お互いの気がぶつかり合う。
レスターは、一歩、また一歩と迫ってくる。
剣を突きつけられたピーターソンは、距離をとろうとして数歩後ろへと下がった。
テーブルが邪魔をして、これ以上はレスターとの間を広げることができないと悟ったピーターソンは、情けなく床に這いつくばるクーリオに、無情な一言葉を投げかけた。
「クーリオ!
おまえのドジのせいで破滅に追い込まれた。
責任をとって、おまえだけが捕まりなさい」
「そ……、そんな、主様、ここまで尽くした私を見捨てるのですか」
「こうなっては致し方ない。
元はといえば、売り込んできた男の身元をしっかりと確かめず、オークション会場に引き入れてしまったおまえの欲深さが原因だ。
私の代わりに拷問でもなんでも受けなさい」
「ぬ、主様……」
低俗な男ふたりの、お粗末なやり取りを耳にして、レスターは冷酷にこう言い放った。
「残念だが、貴様ひとり逃げられる算段などない。
この館はすでに憲兵隊によって包囲されている。
何をどうしても逃げられないのに、今更何をどう足掻こうというのか」
ピーターソンは顔を歪ませると、右手でシャロンを拘束したまま、反対の手でテーブルに立てかけてあった杖を取り上げた。
素早くシュンと振り上げると、反動で抜けた鞘が大理石の床に転がる。
杖だと思っていたものは実は仕込み杖で、中はシルバーフルーレになっていた。
ピーターソンが、鈍く光る細いフルーレをシャロンの顔に突きつける。
「私は逃げも隠れもしませんよ。
最後の最後まで私の邪魔をしてくれて、さすがに腸が煮えくりかえる。
私が今したいのは、おまえの愛する女を殺して溜飲を下げることですな」
「レ、レスター様……」
フルーレの切っ先が、シャロンの豊満な胸元を掠めた。
少しでも動いたら、フルーレは容赦なくシャロンの心臓を貫くだろう。
シャロンもレスターも、ぴくりとも動けない膠着状態に陥り、そのまま数秒が経過した。
「貴様、これ以上罪を重ねる気か」
レスター問いに、ピーターソンは余裕の笑みを無言で返した。
メラメラと燃え立つオーラで、今すぐ焼殺してやりたいという憤怒でピーターソンをねめつけるが 当の本人はシャロンにフルーレを突きつけたまま嘲笑を浮かべていた。
シャロンは一触即発の光景を瞳に映して、再度決意を固めた。
(お父様とお母様にお会いできたら、地獄へ行ってもいいと決意したのですもの……。
これ以上、レスター様にご迷惑をかけたくはない)
いつ刺し殺されてもいいと覚悟し、そっと瞼を伏せた。
「おやおや、お嬢さんのほうが先に観念したようですよ。
実に健気で純真ですねえ。
さあ、国王陛下、私に突きつけている剣を下ろしなさい」
もしレスターたちが少しでも動けば、ピーターソンは容赦なくフルーレをシャロンに振るうだろう。
そして、シャロンの小さな心臓は、鋭いフルーレによって貫かれてしまう。
だが、このままではレスターたちは闇オークションの主催者である悪漢を捕らえることができない。
最悪はシャロンを盾にして、逃走する恐れだってある。
それでは、レスターの苦労が水泡に帰してしまう。
(黄金の軍神様、わたくしのレスター様、最後までお手を煩わせたわたくしを、どうか許して)
身も震わせながら、瞼を閉じ、組んだ両手を額に当て折りを捧げるシャロンに、ピーターソンは残忍な笑みを浮かべた。
ピーターソンが仕込み杖の柄を、ぐっと力強く握った。
「いい覚悟だ、お嬢さん。
その類い稀な美貌と華奢な身体を味わえなかったことだけが、心残りだ」
「シャロン、諦めるな」
シャロンは身じろぎひとつせず、目を伏せたまま祈りを続けていた。
(レスター様、愛しております)
シュンと空を切り裂く鋭音が頭上で響き、シャロンはぎゅっと身を強ばらせた。
心構えをしたとはいえ、フルーレに申刺しにされると脳裏で想像しただけで、全身を鋭い痛みが襲う。
ところが、フルーレはシャロンの身体にまったく触れることなく、カンッと鋭い音だけを部屋内に響かせた。
「え?」
数秒後、身体のどこにも痛みを感じていないと気がついた。
恐る恐る瞼を開けると、大きな背中が視界を遮っている。
シャロンを庇うように、レスターが立ちふさがっていたのだ。
フルーレはレスターの左腕にぐっさりと突き刺さっている。
レスターの左腕は、放射状に鮮血の深紅が広がり、白い軍服を染め上げていた。
「レスター様!」
シャロンは、レスターに護られていた。
ルードの合図で憲兵隊員が駆け寄り、ピーターソンを瞬時に拘束する。
「しくじりましたね……、この私が仕留め損ねるとは……」
「残念だったな、私を敵に回したことを牢屋で一生後悔するがいい」
ピーターソンが恨みを込めた視線で、レスターをねめつけた。
だがレスターはシャロンを背に守ったまま、強固な眼差しでピーターソンを睨み返す。
「一国の王が、まさか女性ひとりのために、ここまで躍起になろうとは……」
「くだらぬ当てこすりなら聞かぬ。
闇オークションによって運命を狂わされた被害者を、私は全員救出するつもりだ」
ピーターソンは目を細め、歪んだ笑みを浮かべながらも、負け惜しみを言い続けた。
「それはそれはご苦労なことで。
私は鉄格子の中でゆっくりさせてもらいますよ」
「そうはいくか。
どんな手を使ってでも、全てを白状させる」
ピーターソンは、レスターの強い口調と決意を込めた瞳を受け、鼻白んだ様子で肩を落とした。
両腕に手枷をはめられたピーターソンが、クーリオとともに憲兵隊に引きずられるようにして部屋から出て行った。
レスターが剣を鞘に納めると、続いて呆然とするシャロンの腰を右腕で持ち上げ、そっと助け起こした。
「大丈夫か、シャロン」




