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両親に近寄ろうとするシャロンの腕を、ピーターソンが瞬時に掴み取ると、見た目からは想像もつかない強い力で胸中に取り込んでしまった。
小柄で非力なシャロンを、いとも簡単に羽交い締めにし、動きを封じてしまう。
「お、お放しください!
お父様とお母様のお側に……」
ピーターソンは、足掻きもがくシャロンの頭上に、冷笑を落とした。
「礼儀を知らぬお嬢さんだ。
まずは私に礼を述べるのが先だろう」
「礼ですって」
父母は、顔色も悪く来ている服は薄汚れ、髪もざんばらに乱れて、やつれ果てていた。
接待されているどころか、どう見てもひどい扱いを受けている。
両親は荒縄で手首を後ろ手に拘束されていた。
この状態で、よくもピーターソンは、心を込めてもてなしていたと口にできたものだ。
「シャロン、逃げなさい!
私たちのことはどうでもいい、お前だけは逃げなさい!」
「お父様……」
「ごめんなさい、シャロン。
全て嘘だったというの、愚かな母をどうか許して……」
「お母様……」
シャロンは悲しい父母の訴えに、瞼を伏せた。
何かに祈るように両手を組み、額に当てる。
(ルード様、優しいドロシー、メイドのみんな、親切にしてくださってありがとうございました。
直接お会いして礼を言えないわたくしを、どうか許してください。
……レスター様、お慕い申し上げておりました。
闇を切り裂く眩い光、高潔な魂を宿した強固な精神。
雄々しく逞しい黄金の軍神。
直接この想いを口にすることは、最早ないでしょう。
せめて心の中だけでも言わせてくださいませ。
愛しておりました、我が君、我が国王、わたくしのレスター様……)
シャロンが瞼を開けたときには、確たる決意が固まっていた。
両親さえ無事ならば、 もう何も思い残すことはない。
「こめんなさい、お父様お母様。
私は再びオークションにかけられます。
わたくしのことは忘れてくださいませ。
そして元の生活に戻ってくださいませ」
「シャ……、シャロン……」
シャロンはぽろぽろと涙を流し、項垂れる父母を霞む視界に捉え、そう悲しく告げた。
突然、ピーターソンが痛快と言わんばかりに大声をあげて笑い出した。
クーリオも追随して、腹を抱えて笑っている。
「な、何がおかしいのですか」
「シャロン嬢、あなたを異国に売り飛ばし、両親をここで殺ってしまえば、私たちの存在を知る者はこの国にいなくなる。
初めからそのつもりで、あなたを騙してここまで連れてきたのですよ、それを……。
あはははははーっ、もう、おかしくて黙っていられませんよ」
ピーターソンは、シャロンを背後から抱きしめたまま、肩を揺らして大笑いしていた。
「な、何を……、わたくしが再びオークションで売られれば、両親は助けてくださるのでは」
「甘いですよ、シャロン嬢。
私の正体を知った以上、解放するわけがないでしょうが」
「そ、そんな」
絶望の一言を受けたシャロンは、波が引くように全身から力が抜けた。
壊れた人形のごとく倒れ込みそうになったところを、ピーターソンに脇下を抱えられ強引に立たされる。
もう視界が真っ暗で、何がどうなっているのか、さっぱり理解できない。
シャロンの判断は、またしても間違っていたのだろうか。
両親に会いたいという気持ちを利用され、懸命に守護してくれたレスターに行先を告げないまま、再び捕らわれてしまった。
(わたくしは……、本当に愚かだわ……。
レスター様の邪魔ばかり……、黒幕のことも今の今まで気づきもしなかった……、親切や好意を無駄にしてばかり……)
打ちひしがれたシャロンを目にして、父母が無意味な願いをピーターソンに訴えた。
「お願いです、娘だけはどうか助けて……」
「うるさいですな。
クーリオ、そのふたりを殺してしまいなさい。
とても目障りだ」
残酷な一言を耳にしたシャロンは、慌ててピーターソンの胸にすがりついて、父母の命乞いをした。
「お願いでございます、父母を殺さないでください。
なんでもいたしますから、どうか」
清らかな涙をはらはらと零しながら切実に訴えるシャロンに、ピーターソンの目が鈍く光った。
ピーターソンは持っていた杖をテーブルに立てかけると、両手をシャロンの華奢な肩に置き、その真意を確かめるように顔を覗き込む。
「なんでもすると?」
シャロンがこくりと頷くと、ピーターソンがシャロンの髪をひと房掴み、唇へと運んだ。
「はい……はい……、隣国の公爵様のもとへ嫁げというのでしたら、その通りにいたします。
ですから……、お父様とお母様だけは……」
ピーターソンは、シャロンのブラウンの髪を唇では見ながら、劣情を秘めた黒い瞳を落とした。
従順に振る舞うシャロンに満足したのか、ピーターソンは口角を不敵に上げた。
「いいですね。
その貴く崇高な犠牲の精神、私が最も毛嫌いするものですよ。
しかしシャロン嬢のような愛らしい女性になんでもすると言われたら、男冥利に尽きるってものですねえ。
そうだな、売る前にその清らかな身体を、少々味見させてもらいましょうか。
クーリオ!
薄汚い年寄りは、裏庭の豚小屋にでも放り込んでおけ!」
それを聞いたクーリオが、欠けた金歯を光らせ、卑しそうにシャロンをねめつけニタニタと笑っていた。
「私にも、おこぼれをいただけますかねえ?」
「私が味わってから、ゆっくりと思う存分楽しむがいい」
「へい、ありがとうございます。
おいっ、こっちへこい!
おまえらの処分は後回しだ!」
シャロンの痛々しい犠牲の精神に、父母は慌てて口を挟んだ。
「シャロン!
逃げて、お願い、わたしたちのことは放って逃げ……」
「黙れ、余計なことを言うな!
さあ、来い!」
足蹴にされた父母を見て、シャロンは慌てて近寄ろうとしたが、ピーターソンの強い拘束に遮られて、心だけしか父母に寄り添うことができなかった。
「や、やめてください、ひどい真似はしないで……」
シャロンの哀訴は、悲しくも部屋に響くだけだ。
クーリオは乱暴に縄を引くと、嘆き悲しむ父母を、強引に扉の向こう側へと連れて行った。
「お父様、お母様……、どうか、ご無事で……」
シャロンは組んだ両手を額に当てて、ひたすら父母の無事を願った。
清冽ともいえる純真な行為に、ピーターソンがしみじみと感嘆の声をあげた。




